いっちょー会

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社会的弱者を「劣悪な終の棲家」に押し込みかねない住宅政策の危うさ

2018-12-07 20:02:04 | Weblog

         社会的弱者を「劣悪な終の棲家」に 

         押し込みかねない住宅政策の危うさ  

社会的弱者を「劣悪な終の棲家」に押し込みかねない住宅政策の危うさ
https://diamond.jp/articles/-/187729

厚労省の「目立たない」検討会が社会的弱者の暮らしを大きく変える

 2018年12月17日、厚労省は「社会福祉住居施設及び生活保護受給者の日常生活支援のあり方に関する検
討会」の第2回を開催する予定である。この非常に長いタイトルを持ち、しかもそれほど注目されていな
い検討会は、近未来の日本の高齢者や社会的弱者の「住」を大きく変えてしまうかもしれない。

 日本の「健康で文化的な最低限度」の住については、すでに面積と設備が、国交省の「最低居住面積水
準」に定められている。今回の検討会の成り行きによっては、国交省の定めた「最低」以下の住を、厚労
省が定めて定着させることになりかねない。

 「日常生活支援住居施設」を一言で言えば、「人的支援つき無料低額宿泊所」だ。無料低額宿泊所は、
すでに住居を喪失していたり、あるいは住居を喪失したりしそうな生活困窮者に対して、一時的に無料ま
たは低額で住居を提供するものである。「一時的」とされているのは、生活保護の原則はあくまで居宅、
地域での安定した住生活を前提にしているからだ。

 しかし、高齢・障害・犯罪歴などがネックとなって、あるいは地域の家賃相場が生活保護の想定してい
る住居費に比べて高すぎ、実際に住むことのできるアパートを見つけられない人々も多い。日常生活に
様々な支援を必要とするため、支援なしで1人暮らしを営むのは困難な人々もいる。管理スタッフのいる
無料低額宿泊所は、好都合といえば好都合かもしれない。そして、「一時」のための無料低額宿泊所での
暮らしが長期化し、ついにはそこが「終の住処」となることも珍しくない。

 無料低額宿泊所は生活保護法に定められているが、社会福祉に関する法律の規制対象とならない「施
設」もある。簡易宿泊所(いわゆる「ドヤ」)もあれば、法的には「老人ホーム」ではない事実上の老人
ホームもある。故意に法の規制を逃れている場合もあれば、あるべき居住と支援の姿を考えた結果もあ
る。一定の防火対策が採られている場合もあれば、不備がある場合もある。まぎれもない「貧困ビジネ
ス」もあれば、良心的な運営がされている場合もある。

 ともあれ、厚労省が提示しているスケジュールによれば、2019年4月頃までに、主に「社会福祉住居施
設」の建物や住居部分のハードウェアに関する部分が決定される予定である。その大枠は、早くも12月17
日に予定されている第2回で決定される可能性が高い。

 検討会の最初の大きな焦点は、「スプリンクラーの設置は義務化するのか」と「アパートの1室をベニ
ヤ板などの間仕切り壁で仕切った『簡易個室』を認めるかどうか」の2点になりそうだ。まず、実質的に
は相部屋である『簡易個室』の成り行きに注目すべきだろう。

簡素な間仕切りだけの簡易個室 業者にとって財源は「税金」

 無料低額宿泊所の居室には、個室、「いわゆる簡易個室」、多人数居室(相部屋)の3通りがある。
「いわゆる簡易個室」とカギカッコでくくったのは、現在のところは正式に公認されていないまま、11月
5日に厚労省が開催した第1回検討会の資料に出現しているからだ。

 高齢化と人口減少が著しく進行している関東のベッドタウンに実在する、ある無料低額宿泊所の「簡易
個室」を運営しているのは、「貧困ビジネス」として名高い事業者だ。おそらく6畳と思われる1室が、角
材とベニヤ板で出来た間仕切り壁で仕切られており、1人あたりのスペースは2.3畳程度。布団を敷くと、
0.5畳以下のスペースしか残らない。出入り口となっているのはカーテンだ。そして、間仕切り壁の上下
には隙間がある。隣の物音も匂いも筒抜け、というわけだ。

 もしも、この2つの6畳間をそれぞれ「個室」として扱えば、2人が暮らせることになるのだが、間仕切
り壁によって1室を2つの「簡易個室」とすれば、4人を収容できる。

 生活保護の家賃補助の基準額は、同地域では4万5000円だが、狭すぎる場合には30%までの減額が行わ
れる。最大の減額幅が適用されると、1人あたり3万1500円となる。4人分なら12万6000円だ。
 ところが同地域の家賃相場を見ると、同等のファミリー向けマンションの家賃は、最大で5万円程度な
のだ。そう都合よく「常に満室」とはいかない可能性を考えて、生活保護からの家賃収入の毎月平均が10
万円としても、家賃だけで5万円の利益が得られることになる。

 この無料低額宿泊所は、老朽鉄筋マンションを使用して運営されているのだが、中に同じような「簡易
個室」が80人分、つまり本来のマンションの20室分あるのなら、家賃収入だけで年間1200万円の利益とな
る。しかも財源は生活保護費、すなわち税金だ。

安全面の懸念が解消されればそれでよいのか

 この「簡易個室」には、安全面の懸念もある。
 火災の際、もしも火元が下の階なら、窓を開けてベランダに逃げるのが自然だろう。しかし間仕切り壁
があるため、片側の人が窓を開けてベランダに出ようとしているとき、もう片側の人は出られない。若い
健常者なら、状況を判断してキビキビと避難できるかもしれない。しかし、このような施設に生活保護を
利用して居住している人々の約40%は65歳以上だ。約50%は40~64歳だが、精神障害・知的障害・発達障
害などの障害を抱えていることが多い。だから支援を必要としており、そこにいるのである。

 建物自体は、老朽化しているとはいえ鉄筋コンクリート造なので、スプリンクラーを設置することは可
能そうだ。しかし、スプリンクラーを設置して避難までの若干の時間稼ぎを可能にしたところで、それほ
ど安全性が高まりそうな感じはしない。

 さらに、「簡易個室」とするための間仕切り壁や、出入り口となっているカーテンも、私が見たとこ
ろ、防燃・難燃加工がされているわけではない。角材やベニヤ板やカーテンを、燃えにくい素材の製品に
交換することは、それほど困難でも費用がかかるわけでもないだろう。しかし、入所者の行動の自由を奪
うわけにはいかない性格の「宿泊所」だ。あらゆる私物、あらゆる寝具について、万全の対策を行うこと
は不可能だろう。

 安全性の面から見ると、追求できるのはせいぜい、同等の集合住宅並みの「安全」だ。それならば、一
般のアパートやマンションで、生活保護制度本来の「居宅」での生活を支援し、人的支援を充実させる方
が好ましいのではないだろうか。
 さらに、近隣社会への経済的・社会的影響も考える必要があるだろう。

地域経済にも貢献せず 誰の利益になっているのか

 1つの施設に80人が居住し、地域で消費生活を送ることは、もしかすると地域の中規模スーパーの撤退
を予防するかもしれない。馴染みのパン屋さんで毎日、昼食の惣菜パンを購入することが、そのパン屋さ
んの「やりがい」を支え、地域との交流のきっかけになるかもしれない。では、その80人は、生活保護費
のうち何円を自分の意志で消費できるのだろうか。

 生活保護から支給される生活費は、年齢によって異なるが、施設利用料はあくまで「1人あたり」だ。
家賃補助と合わせて8~9万円程度の利用料には、食費や水道光熱費なども含まれているのだが、本人の手
元に残るのは1万5000円~2万円程度。1日1箱のタバコと若干の必需品で消えてしまう。これでは、地域で
消費するわけにはいかない。ちなみに食事は、1日500円でも「高すぎる」と感じられるほど粗末なもので
あるが、入所者は1ヵ月あたり3万円の食費と合計2万円の水道光熱費・管理費を支払っている。

 近隣地域で、アパートの一部を利用して「施設臭さ」のない無料低額宿泊所を営んでいる別の事業者の
場合、利用料は1万円前後に抑えられ、本人の手元には6万円以上が残る。その現金は主に、地域での消費
に使用されることになる。近隣で買い物をすれば、馴染みの店ができ、会話が生まれる。そして近所の顔
見知りが増え、通りすがりに挨拶をする間柄の人が増えていく。もちろん、入所者の部屋は個室である。
 その事業者は、入所を長期化させない方針を貫いているため、1人暮らしの可能な入所者は一般のア
パートに転居していく。地域に「馴染み」ができた状態でのアパート探しと転居は、その後の安定した居
住につながりやすい。

 事業者は、入所中もアパートへの転居後も、適宜、訪問して必要な支援を行っている。そのことも、本
人と周辺の安心につながる。なお、1人暮らしの継続が困難な入所者に対しても、入所を長期化させず、
適切な社会福祉施設等への入所を支援している。

 本人の「住み心地」という面で、確実な指標になるものの1つは「失踪率」だ。失踪率は公開されると
しても名目はさまざまで、名目によらず公開している事業者は非常に少ない。しかし今回紹介した2つの
事業者は、いずれも公開しており、違いははっきりしている。

 最初に紹介した「簡易個室」の事業者では、おおむね6人に1人が失踪しているのに対し、次に紹介した
地域の中の「個室」の事業者では、多く見積もっても失踪者は14人のうち1人にとどまっている。

無料低額宿泊所が終の住処に 現状を追認しかねない厚労省

 長年にわたって、生活困窮者の「住」にかかわる活動を続けている稲葉剛さん(つくろい東京ファン
ド・立教大学准教授)も、厚労省の検討会の成り行きを気にかけている。

 「無料低額宿泊所が終の住処になってしまっている現状を、追認してしまうような制度改革にならない
かと、懸念しています」(稲葉さん)

 建前は、貧困ビジネスを排除し、良質な人的支援に対しては金銭的に報いることだ。しかし、その期待
通りになりそうにない原因は、入所の契機にもある。

 「誰がそこに住むかは、福祉事務所が決めるわけで、本人の意向はないがしろにされがちです。本人が
『地域の中で暮らしたい』と思っていても、福祉事務所に『無理』と言われたら、亡くなるまでそこにい
るしかありません」(稲葉さん)

 さらに問題なのは、せっかくの民間企業の活動の芽を潰しかねないことだ。2015年、川崎市の簡易宿泊
所で火災が発生し、生活保護で暮らす人々を含む11名が亡くなった悲劇から、全国の賃貸住宅オーナーの
団体「ちんたい協会」は、生活保護で暮らす人々を含む「住宅弱者」に対する住居の提供に取り組み始め
た。その成果は、国交省の「セーフティネット住宅」として制度化されている。まだ歩み始めたばかりの
制度だが、少子高齢化と空き家・空き室問題を背景に、「住宅弱者」が地域で普通に暮らせる制度づくり
と実行は、少しずつ進展しつつある。

 「高齢者でも障害者でも生活保護でも民間賃貸住宅に入れるように、賃貸住宅業界も国交省も動いてい
ます。今回の厚労省の検討会は、それに逆行する可能性もある動きではないかとは思っています」(稲葉
さん)

きちんとソロバン勘定を 人権侵害で「トク」する人はいない

 ケースワーカーから見れば、気がかりな「住宅弱者」たちが地域に分散して住んでいるよりは、いくつ
かの施設に集中しているほうが、仕事はラクかもしれない。受け持っている100世帯のうち60世帯が、2つ
の施設に居住しているのなら、最低で年に2回と定められている訪問調査の手間は「100世帯分」ではなく
「おおむね42世帯分」になるだろう。さらに、近隣や家主との間で発生するトラブルも回避されるため、
業務の手間は、全員が地域生活の場合の40%以下まで減らせるかもしれない。

 「福祉事務所に『居宅移行が難しい人』、つまり1人暮らしが難しい人は、高齢であったり、何らかの
障害を抱えていたりすることが多いです。ご本人が抱えている何らかの生きづらさの正体は、認識されて
いない精神障害、知的障害、発達障害であることが少なくありません。その方々をアパートに移行させて
地域生活を支援するのではなく、施設に留め置くのは、『国連障害者権利条約違反である』とも言えるの
ではないかと思います」(稲葉さん)

 誰かの人権を制約することで、福祉事務所を含め、社会は若干の「トク」をするのかもしれない。しか
し人権侵害は、そのことによる「トク」を上回る大損を社会にもたらす可能性もある。日本は2014年に、
国連障害者権利条約の批准国になっている。世界に「条約を守ります」と約束してから5年も経たないう
ちに、政府が条約に違反する政策を推進しはじめたら、国際社会は日本をどう見るだろうか。
 経済効率から物事を考えるのなら、それはそれで1つの道筋だ。せめて、きちんと考えて、日本社会全
体での「大損」を避けるべきではないだろうか。
(フリーランス・ライター みわよしこ)