視 点 ・ 論 点
「餓死・孤立死をどう考えるか」
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視点・論点 「餓死・孤立死をどう考えるか」
2012年04月20日 (金)
弁護士 尾藤廣喜
1.最近、「餓死」、「孤立死」といわれる悲惨な事件の発生が相次いでいます。
例えば、今年に入ってから見ても、1月12日には、釧路市で84歳の夫と
72歳の妻の死亡が発見され、1月20日には、札幌市白石区で、42歳の姉が
病死し、次いで40歳の障がいを持つ妹さんの凍死が、2月13日には、立川市
で45歳の母親と4歳の障がいを持つ息子さんの死亡が発見されました。
そして、その後も、2月20日、さいたま市北区、3月7日、再び立川市で、
3月11日に東京都足立区、3月14日に川口市、3月23日に埼玉県入間市、
東京都世田谷区で、そして、3月27日には、東日本大震災の被災地である福島
県南相馬市で、それぞれ、複数の家族の「餓死」、「孤立死」が発見されています。
このような「餓死」「孤独死」は、本来、あってはならない事件ですが、残念
ながら、最近になって突然発生するようになったものではありません。しかし、
今回の事態が改めて衝撃的なのは、短期間にあまりにも多数の「餓死」「孤独
死」が集中して発生していること、また、1人だけではなく、2人以上の家族が
ともに生活されているにもかかわらず、そのご家族が相次いで亡くなられている
ところが、一層深刻な事態であることを物語っています。
2.それでは、なぜ、このような「餓死」「孤立死」が多発しているのでしょ
うか。報道された内容を見てみますと、実は、それぞれの事件毎に、さまざまな
要因がからみあっていると考えられます。
これらの事件の多発の背景には、(1)家族の変化、(2)地域社会の変化、
(3)社会保障の劣化、そして、何よりも大きく、また、それぞれの事件に共通
する要因として、(4)貧困の拡大があげられます。
そこで、その各要因を考えてみますと、まず、第1の家族の変化では、孤立状態
にある高齢者や高齢者夫婦世帯が急増していることがあげられます。
高齢者のいる世帯は、昭和58年には、全世帯の25%であったものが、平成
20年には、36.7%にまで増加しています。そして、高齢者のいる世帯のう
ち、単身の高齢世帯が、昭和58年には、11.3%であったものが、平成20
年には、22.7%と倍以上の割合となり、高齢者のいる夫婦世帯が、昭和58
年には、16.7%であったものが、平成20年には、28.1%と大幅に増加
しています。高齢世帯の「孤立化」が進んでいるのです。
また、第2の地域社会の変化では、高齢者が多い地域として、いわゆる過疎地
域とか限界集落と言われる地域とともに、東京都や大阪市などの大都市地域があ
げられます。このうち、過疎地域とか限界集落と言われる地域では、地域の関心
や見守りが、ある意味で、比較的高いレベルにあるため、「餓死」や「孤立死」
の発生は、今回は、それほど問題とはなっておりません。しかし、大都市地域の
社会的つながりの喪失や「きずな」がなくなる状況は、極めて深刻です。
そして、第3の社会保障の劣化は、高齢や障がいに対する年金の額が少なく、
失業した場合でも、失業給付を受けることができる人の割合が20%程度しかな
く、国民健康保険でも、2010年6月1日現在で保険料滞納世帯が436・4
万世帯、全体の20.6%にものぼるという状態にあるなど、住民の生活を支え
る社会保障の仕組み自体が崩壊の危機に瀕していることを示しています。
また、今回の事件の発生の最も大きな、そして深刻な原因となっているのは、
「貧困」の広がりです。低所得者の割合を示す貧困率が平成21年には16%と
最悪の数字を示しているほか、生活保護制度の利用者が、平成23年7月には、
過去最多の205万人となるなど、住民の多くの人が、何らかの生活上のつまず
きがあれば、「餓死」や「孤立死」に直結しかねない生活状況となっているいの
です。
3.(1)これまで述べましたように、「餓死」「孤立死」の原因には、さまざ
まな要因が、複雑にからみあっています。私たちは、まず、それぞれの事件の原
因を究明し、この分析の中から対策を考えて行かなければなりません。
(2)そして、社会保障制度が、劣化して、生活を支える機能を殆ど失っている
今日、最後のセーフティネットと言われる「生活保護制度」が、本来利用できる
人の15%とか20%しか利用できていないことが、まず問題です。札幌市白石
区の事件では、亡くなられた姉妹のうち、お姉さんが、3回にわたって福祉事務
所を訪れ、生活保護の相談をしており、収入としてはわずかな年金しかなく、手
持ち金もわずかであることを福祉事務所は十分に知っていました。にもかかわら
ず、福祉事務所が受け付けなかったという事実が浮かび上がっています。白石区
では、昭和62年1月にも、今回と同じように福祉事務所で保護申請が受け付け
てもらえず、餓死したという事件が発生しています。
福祉事務所は、まず、違法な窓口での申請妨害をやめて、必要な人が必要な時
に利用できる、そういう生活保護制度に変えていく必要があります。
(3)立川市の始めのケースでは、行政の各部所が、手当ての申請手続きを受け
つけていたり、ファミリー・サポートセンターなどさまざまな施策や事業で関与
しておりながら、縦割りの対応に終始し、情報の共有と連携がなされていなかっ
たことが、このご家族の「孤立死」を招いてしまいました。
行政庁の内部で、お互いの部所の連携を強化し、情報を共有し、キーパーソン
となる部所が住民に「寄り添う支援」を実行しなければなりません。
(4)また、多くの「餓死」「孤立死」の事件には、電気、ガス、水道などのラ
イフラインがうち切られるという事態が先行する場合が少なくありません。この
ような場合、これらのライフラインがうち切られるという情報が、福祉を担当す
る部所に届けられ、速やかに適切な対応ができるようなシステムを確立すること
も大切です。
そのためには、行政だけでなく、地域包括支援センター、民生委員やボラン
ティア、さらには、民間の事業者が有機的に結びついた、地域の総合的な「見守
り」のシステム化も重要です。生活問題で困ったときにはすぐ相談に乗ってもら
うことができる「よりそいホットライン」という制度もありますが、まだまだ、
知られておらず、広がってもいないので、地域毎にこれをより充実することも必
要です。
(5)根本的には、地域福祉を地域から再構築することが大切です。
発生してはならない「餓死」「孤立死」の防止、根絶するためには、まず、こ
れまで不幸にも発生してしまった1件1件の事件の原因を徹底的に究明し、その
分析を十分に行ったうえで、地域から、国、自治体とともに、教訓を生かす努力
を積み重ねて行かなければなりません。