漢字の音符

漢字の字形には発音を表す部分が含まれています。それが漢字音符です。漢字音符および漢字に関する本を取り上げます。

落合淳思 『甲骨文字辞典』 朋友書店

2016年11月13日 | 書評
これぞ待ち望んでいた辞書
 ネットで甲骨文について検索していたら、落合淳思氏の『甲骨文字辞典』を見つけた。「アッ出た」と思いながら、説明文を読むと、「現在までに発見された甲骨文字種のほとんどを収録し、かつ個々の字義について用例を逐一掲載」 と書いてある。これぞ私が待ち望んでいた辞書である。落合氏の『甲骨文字小字典』を愛読している私は、いつもその文字数の少なさにため息をつき、もっと字数の多い字典が出ることを切望していたからだ。

 さっそく購入しようと思って定価を見ると、なんと9,504円(税込)もするではないか。高‼。5000円までだったら無理してでも買うのだが…。私は購入を躊躇した。思いついたのは図書館へリクエストすることである。そこで私は地元の茨木市立中央図書館へリクエストした。「甲骨文字の字典として定評のある『甲骨文字小字典』の拡大版です。高額なので図書館で購入し、閲覧コーナーに置いていただけないでしょうか」と添え書きして。

図書館で購入してくれた
 しばらくして図書館から連絡があった。「リクエストされた『甲骨文字辞典』を購入しました。貸出ができませんので、閲覧室でご覧ください」。私はすぐ図書館へ行き、参考閲覧コーナーでこの辞典を手に取り、じっくり内容を見ることができたのである。購入いただいた図書館には感謝している。
 茨木市立中央図書館で

 さて、閲覧室で手にした『甲骨文字辞典』は、本製本の堅牢な一冊であった。甲骨文字や殷王朝の概論が53ページ、本文が597ページ、索引など107ページからなる、合計757ページの辞典である。
 親文字の数は、1777字で、この中には多くの異体字を含めているから、一般に四千字といわれる甲骨文字の字種は異体字を含めた数を言うから、親文字としてはほとんどが含まれているといえるだろう。この中には、現在は使われていない亡失字も含まれている。

甲骨文字のすべてに字形の解説がついている
 各親文字には、原文をかたどった字形が紹介され、それぞれに字形の成り立ちの解説と、甲骨文字での意味が記されている。また、実際に使われた文例を表示している。これまでの甲骨文字字典は、そのほとんどが原字と現代字を対照させたもので、各字形の成り立ちをすべて解説したものは、同じ著者による『甲骨文字小事典』以外はなかった。今回、甲骨文字のすべてに字形の解説がついているのは例がない。その点でも貴重な一冊と思う。
 ただし、解説は『甲骨文字小字典』のように、まず先学者である加藤常賢・藤堂明保・白川静の各氏の説を紹介したのち自説を展開する形でなく、すぐに解説に移っている。これは、限られた少数文字を扱った前著と違い、多くの文字を解説するためやむを得ないだろう。

 親文字の配列方法は、甲骨文字特有の部首配列を用いている。例えば「人体に関する部首」として、人・大・女・子・耳・目などあげ、続いて「自然」「動植物」「人工の道具」「建築土木」「骨・肉」ときて、最後に「幾何学的符号」まで、7部に分けている。これは類似の文字を続いて見ることができ便利である。索引も充実している。音索引のほか、画数索引、それに詳細な部首別索引もあるから、探す文字にすぐたどり着くことができる。

実際に辞書を使ってみて
 それからの私は家で調べる文字をメモしておき、ある程度たまると図書館へゆき、この辞書を見る。その結果は、(1)収穫があったもの。(2)収穫がなかったもの。(3)文字そのものがなかったもの。に分けられる。
(1)は、例えば「召ショウ」という字。この字には「刀+口」の説と、「人+口」の説がある。甲骨文字では第一期に「人+口」の字があり、意味は人を口で召喚(呼び出す)すること。のち第一~二期の間に「刀+口」の字が出現したという。したがって、「人+口」で解字するのが良い事が分かった。
(2)は、例えば「襄ジョウ」という字。この字は金文で、衣にかこまれた中がとても不思議な字形で、まったく意味が分からない。甲骨文字に有ればその意味が分かるかと思ったが、あったのは皿の略体が人の上にのった形で、意味は地名を表し、字の成り立ちはわからないという。ますます疑問がふくらむ結果となった。(下図は左が「甲骨文字辞典」の襄ジョウ、右が「字統」の襄ジョウ
 
 一般に甲骨文字は、人名や地名に用いられる例が非常に多く、本来の意味を表す場合は少ない。これは甲骨文字が占いのために用いられたことと関係しているのだろう。占い以外の目的で使われた竹簡などがあったとも考えられる。甲骨文字から本来の意味を推定する想像力も必要であろう。

(3)は、例えば「卓タク」や「氏シ」など、『字統』(氏の字)や『古代文字字典』(氏・卓)などには甲骨文字が出ているのに本辞典には掲載されていない。これは何故だろうか。その理由は「はじめに」の凡例に「本書は拓本として発表されたものだけを対象にしている。摸本(手書きの写し)は信頼がおけないため、摸本にしか見えない字形は採用していない。」とあり、私が列挙した字は摸本にのみ見える字のようである。(追記:なお「氏シ」については昏コンの説明に、昏の上部の氏は屈んだ人の手に単線をつけて強調した形が後に氏となった形で、甲骨文字には「氏」は単独では見られない、という記述があることが分かった)

 この辞書は甲骨文字を集大成し、かつ一字ごとに解釈をした辞典として、これまでに見られない資料的価値をもつ。特に私のように甲骨文字を直接解読できず、研究者の成果に頼って字源解釈をしている者にとって貴重な本だ。また、今後の甲骨文字研究および漢字の字源研究の基礎となる本であろう。私も座右に置いて常に調べたいので近く思い切って購入しようと思っている。

(落合淳思著『甲骨文字辞典』朋友書店 2016年3月刊 8800円+税)




 
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