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四季・めぐりめぐりて

近隣の城館跡・古墳などの史跡めぐりなどをぼちぼちながらやっています

万葉遺跡 伝大伴部真足女の遺跡・防人檜前舎人石前之館跡(埼玉県美里町)

2019年07月07日 | 史跡・遺跡・文化財


名 称:万葉遺跡 伝大伴部真足女の遺跡・防人檜前舎人石前之館跡
   (まんよういせきでんおおともべのまたりめのいせき・さきもりひのくまのとねりいわさきのやかたあと)
概 要:万葉歌人大伴部真足女の居住地と伝える。万葉集巻20「枕太刀腰にとりはきまかしきせろがまこむ月の
    しらなく」の関連遺跡。
時 期:奈良時代
指 定:埼玉県指定旧跡 (名称:万葉遺跡 伝大伴部真足女遺跡(昭和36年(1961)9月1日指定替・平成8年
   (1996)3月19日名称変更)
所在地:埼玉県児玉郡美里町広木1300

ここ一帯を大字広木字御所の内と呼ぶようです。堀形の田畑に囲まれた90メートル四方を防人檜前舎人石前の館
跡であったと伝わります。真足女は檜前舎人石前の妻であり防人として九州に赴く夫に歌を寄せています。




標識の方向に歌碑等がありました




石碑 歌碑 石標 説明板が並んでいます




万葉遺跡  伝大伴部真足女の遺跡
  県指定旧跡(昭和36年9月1日)
ここ一帯は大字広木字御所の内と呼ばれています。堀形の田畑に囲まれた90m四方の遺跡が、防人檜前舎人石前
(さきもりひのくまのとねりいわさき)の館跡といわれています。
真足女は、檜前舎人石前の妻で、防人に赴くことになった夫に、この悲しい別れに臨んで、惜別の情を詠じたのが、
防人の歌として、万葉集巻20に載せられています。
「枕太刀腰に取り佩きまかなしき背ろがまき来む月のしらなく」
この歌は夫を思慕する妻の真情を、遺憾なく吐露したもので、1200余年後の今日でも、なお切々として、人の
心を打ってやまないものです。           
                            美里町教育委員会




『歌碑』

まくら太刀腰にとりはき 万かなしきせろかまきこむ 月のしらなく

と刻まれています(崩し文字ですので読み間違いがあるかもしれませんが)


原文は萬葉集巻20-4413

 麻久良多之 己志尓等里波伎 麻可奈之伎 西呂我馬伎己無 都久乃之良奈久
 



『石碑』
内容はよくわかりませんが、遺跡・防人檜前舎人石前之館跡の整備保存についての経緯が記されているようです(?)
昭和26年1月20日 松久村農青連並後援覚機関各団体 とありますので相当古い石碑です




『防人檜前舎人石前之館跡』石標




歌碑・石碑の背後のこの麦畑一帯が館跡のようです




美里町内を走る国道254号線沿いにあるJA埼玉ひびきの美里直販所です。無知で恥ずかしい話ですが、この直販
所の前を通る度に、何故「万葉の里」を名乗っているのかと不思議に思っていました。美里町が、「あんずの里」
(今はブルーベリーを売り物にしているようですが)であることは知ってはいたのですが、万葉集とどういう関係
があるのか分りませんでした。今回、『さらしの井』やこの『伝大伴部真足女遺跡』を知って訪ねたことにより、
初めて「万葉と里」を名乗っている意味を理解した次第です。

散策日:令和元年(2019)5月13日(月)