ホタルの独り言 Part 2

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ヒサマツミドリシジミ

2021-06-12 14:40:55 | チョウ/ゼフィルス

 ヒサマツミドリシジミ Chrysozephyrus hisamatsusanus (Nagami et Ishiga, 1935) は、シジミチョウ科(Family Lycaenidae)ミドリシジミ族(Tribe Theclini)メスアカミドリシジミ属(Genus Chrysozephyrus)のチョウで、オスの翅表はクリソゼフィルス特有の金緑色に輝く。翅裏の斑紋には特徴があり、後翅裏面白帯の後端が他のゼフィルスはW字状であるのに対し、本種は、唯一後翅肛角の赤斑で1度折り返しV字状となっている。またオスの前翅裏面には黒い円状の斑紋がある。
 日本の特産種で、本州(東限は、太平洋側では神奈川県足柄上郡、日本海側では新潟県西頸城郡)、および四国、九州に分布するが、生息地域や場所は、極めて局所的であり、ゼフィルスの中で最稀少種と言われている。1970年に生態が解明されるまでは、「謎の蝶」「幻の蝶」「日本産最稀種」と呼ばれ、日本鱗翅学会が生態解明に懸賞金をかけたこともあったほどである。食樹は、尾根沿いや渓流沿い等の温暖湿潤な環境に生育するブナ科コナラ属のウラジロガシやアカガシ等である。
 環境省RDBに記載はないが、都道府県RDBでは鹿児島県で絶滅危惧Ⅰ類、熊本県・宮崎県・高知県・大阪府で絶滅危惧Ⅱ類、10の県で準絶滅危惧種に指定している。また、山梨県南巨摩郡早川町では、平成17年に文化財保護条例において本種を天然記念物に指定し保護している。卵・幼虫・蛹・成虫の全ての段階において、採集は禁止である。

 日本国内に生息するゼフィルスは、6月6日の記事(ヒロオビミドリシジミ)のようにオスの翅表が美しい種が多く、そのほとんどを撮影しているが、このヒサマツミドリシジミは、2015年と2016年に北陸の生息地を7回訪れたが、メスの吸水と開翅は撮ったものの、オスは撮影どころかその姿さえ確認できておらず、私には「幻の蝶」であった。今回、意を決して再び北陸の生息地に行って見ることにした。
 本種は、5月の下旬には羽化するが、その後一ヵ月ほどは、オスはテリトリーを見張る行動を一切せず、天候のよい日は雌雄ともに吸水するが、それ以外はほとんど飛ぶことなくじっとしている。精細胞が成熟する6月下旬頃になってから、オスは主に14~16時頃にテリトリーを見張る行動を行う。オスは、交尾後に死んでしまうが、メスは夏眠をし、9月に再び活動を開始して産卵をするのである。また本種は、兵庫県北部山地のように、羽化後は生育した食樹を離れて山頂付近に移動し生活することが知られているが、北陸と山梨の生息地では、食樹がある生育場所に留まって一生を終える地域特性がある。
 天候次第で比較的容易に撮影できそうな兵庫県北部山地への遠征も一昨年から考えてはいたが、梅雨の時期、撮影適期である6月下旬の週末土曜日が晴れるという時がなく、また、600kmを超える遠征、捕虫網との争いの場でもあることから、7年越し8回目の戦いの地は北陸を選んだ。

 今年は、まだ関東甲信、北陸、東北地方は梅雨入りしておらず、乾燥注意報が出るほど雨が降っていない。連日、週間天気予報をチェックしていると、この週末は晴れの予報になっていた。しかも、11日(金)は計画年次有給休暇で休みをとっており、更に10日(木)は昼で退社できる勤務交番。先週は、ヒロオビミドリシジミで片道約530kmを走ったが、今週はおよそ400km弱。10日の夕方出発し、北陸道のSAで車中泊。当日は午前6時に現地入りし、6時半から探索を開始した。
 この生息地は4回目。何キロにもわたって断崖絶壁にウラジロガシがへばりつく。ちょっとでも踏み外せば、50m下の谷底へ転落する。ヒサマツミドリシジミの生息域は広いのだろうが、どこでも飛んでいる訳でもなく、集まったり止まったりする場所は、ある程度決まっている。また順光で見下ろすように撮影しようと思うと、場所は更に限られる。この知識は、過去の経験所以であるが、その場所へも、命がけである。
 今回の撮影は、ひたすら待つ。飛んでくるのを待つ。待機して3時間弱が経った頃、翅をキラキラと輝かせて飛ぶ1頭のシジミチョウを発見。目で追うと、3m先の見下ろす枝先に止まって半開翅している。ただし、種類は分からない。急いでカメラを向けるが、300mmの単焦点レンズに2倍のテレコンを付けているので(600mm、35mm換算で960mm)ピント合わせは、カメラ背面のモニターに映してマニュアルで合わせなければならないので時間がかかる。レンズが長いためシャッターはレリーズで押す。角度が悪く後翅の色が付かないが、何とか1カット撮影。翅を閉じたので、翅裏も撮りたい。何故なら、ヒサマツミドリシジミの特徴である後翅裏面白帯のV字を確認したいからである。しかしながら、真横のカットではないため撮影後にモニターで確認ができない。ただし、前翅裏面の黒い円状の斑紋が確認できたので、ヒサマツミドリシジミと断定。その後、この個体は飛んで行ってしまった。
 ようやく、7年越しの目標を達成したが、できればオスの全開翅と翅裏の特徴が分かる写真を撮っておきたい。先ほどの個体が、また現れるのを待つことにした。2時間が経過。他にすることもなく、そこで待つだけでは疲れも溜まる。息抜きに、崖沿いの道を歩いて行くと、苔むした岩壁に何とオスのヒサマツミドリシジミが1頭止まっているではないか!いそいでカメラを取りに戻り、テレコンを外してカメラを向けた。
 地上50cmの眼の前。他のクリソゼフィルスより尾状突起は長く、全体的にかなり小さいという印象であるが、翅がまったく擦れていない奇麗な個体である。ちょっと飛んで移動した時に見えた翅表の輝きが素晴らしい。しばらくすると、翅をこすり合わせ始めた。これで翅を開いてくれたら思い残すことはない。すると、私に向かってオオスズメバチが飛んできた。慌てて逃げ、すぐに戻ってみるとヒサマツミドリシジミの姿はなかった。
 その後、15時半まで待機したが、本種はまったく姿を見せることはなかった。やはり、まだ不活性期間なのであろう。もう1~2週間もすれば、晴れた午後はテリトリーを見張る行動を開始すると思われるが、今年は他にも予定があるため、また来年以降に期待したい。

 この日は、9時間ほど生息地にいたが、誰一人として来なかった。ソーシャルディスタンスは、恐らく3km以上はあったであろう。先週に引き続き、長年の目標を達成できた喜びを味わいながら現地を16時に出発し、90分ほど走行してゲンジボタルの生息地へと向かった。その記事は次頁で紹介したいと思う。
 以下には、参考までに2015年に撮影したヒサマツミドリシジミのメスの写真も掲載しておきたいと思う。ムカシヤンマのメスの写真は、5月23日の記事に追加掲載した。

参照

  1. ヒサマツミドリシジミ(メスの吸水行動)
  2. ヒサマツミドリシジミの発生時期に関する考察

以下の掲載写真は、1920*1280 Pixels で投稿しています。写真をクリックしますと拡大表示されます。また動画においては、Youtubeで表示いただき、HD設定でフルスクリーンにしますと高画質でご覧いただけます。

ヒサマツミドリシジミの写真
ヒサマツミドリシジミ
Canon EOS 7D / Tokina AT-X 304AF 300mm F4 / 絞り優先AE F8.0 1/400秒 ISO 3200(撮影地:北陸 2021.06.11 11:41)
ヒサマツミドリシジミの写真
ヒサマツミドリシジミ
Canon EOS 7D / Tokina AT-X 304AF 300mm F4 / 絞り優先AE F8.0 1/500秒 ISO 3200(撮影地:北陸 2021.06.11 11:37)
ヒサマツミドリシジミの写真
ヒサマツミドリシジミ
Canon EOS 7D / Tokina AT-X 304AF 300mm F4 / 絞り優先AE F8.0 1/500秒 ISO 3200(撮影地:北陸 2021.06.11 11:32)
ヒサマツミドリシジミの写真
ヒサマツミドリシジミ
Canon EOS 7D / Tokina AT-X 304AF 300mm F4 + Kenko TELEPLUS 2X / 絞り優先AE F8.0 1/800秒 ISO 3200(撮影地:北陸 2021.06.11 9:21)
ヒサマツミドリシジミの写真
ヒサマツミドリシジミ
Canon EOS 7D / Tokina AT-X 304AF 300mm F4 + Kenko TELEPLUS 2X / 絞り優先AE F8.0 1/320秒 ISO 3200(撮影地:北陸 2021.06.11 9:20)
ヒサマツミドリシジミの写真
ヒサマツミドリシジミ(メスの吸水)
Canon EOS 7D / Tokina AT-X 304AF 300mm F4 + Kenko TELEPLUS 2X / 絞り優先AE F9.0 1/800秒 ISO 640 -1/3EV(撮影地:北陸 2015.09.23 7:59)
ヒサマツミドリシジミの写真
ヒサマツミドリシジミ(メスの開翅)
Canon EOS 7D / Tokina AT-X 304AF 300mm F4 + Kenko TELEPLUS 2X / 絞り優先AE F9.0 1/800秒 ISO 12500(撮影地:北陸 2015.09.23 8:07)
ヒサマツミドリシジミ生息地の写真
ヒサマツミドリシジミの生息地
ヒサマツミドリシジミ生息地の写真
ヒサマツミドリシジミの生息地

ヒサマツミドリシジミの映像

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