仏足石は「仏跡石」とも「仏脚石」とも
書くようです。
お釈迦さまが亡くなった後、
やはり、畏れ多くてとても今のような
仏像は作れなかった。
法輪とか菩提樹とか塔とか高座と
いったものを作り、その一つが
仏足石だったのです。
仏さま(お釈迦さま)がそこに
いらっしゃったシンボルとして
大切にしたようです。
薬師寺に「仏足石歌」という歌碑があります。
この歌の形を仏足石歌体、
五・七・五・七・七・七という
和歌の最後にもう一つ七が付いた
この歌には21首あり、
仏の徳を讃えたものが17種
世の無常を説いて仏道を勧める
歌が4種あります。
第1番の歌が
美阿止都久留 伊志乃比鼻伎波
阿米尓伊多利 都知佐閉由須礼
知知波波賀多米尓 毛呂此止乃多米尓
という万葉仮名で書かれています。
みあとつくる いしのひびきは
あめにいたり つちさえゆすれ
ちちははがために もろひとのために
と読み、
御石跡作る 石の響きは
天に至り 土さへ揺すれ
父母が為に 諸人の為に
と書きなおすことができます。
飛鳥のころの日本の人の心が
伝わってくるようです。
仏はすでに亡くなった
お釈迦さまはもう過去の人になった
しかし、未来の仏は
未だいらっしゃらない、
次の仏は弥勒さんです。
56億7千万年後に現れると、
では今はなにかというと、
未来の仏さまはまだ来ない、
過去の仏は入滅された、
その中間時に生きている
それが私たちだと、
その過去の仏の教えを
未来の仏が出るまで
維持していかなければならない、
こういう悲愴な気持ちで
この仏足石歌を作られたのでしょう。
絶望せずに、
過去の仏が残された、
つまり仏が歩んだ道、
そこに仏足石を見て、
その教え「八正道」を
歩む責任があるんだという
道に遇うた我々には
当来の仏が出るまでは
続けていく責任があるんだという
そういう歌が
この仏足石歌ではないかと思います。
私たちも同じこの中間時に
生きているのです。
今という現在に絶望せずに
過去のお釈迦さまが示された
「八正道」という道を
戒律を保ちながら
歩むしかないのです。
十地経を読む中で
この仏足石歌という歌に
であいました。
とても感動した一文です。
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