犯罪被害者の法哲学

犯罪被害・刑罰・裁判員制度・いじめ・過労死などの問題について、法哲学(主に哲学)の視点から、考えたことを書いて参ります。

松崎龍一著 『自己破産図解マニュアル』

2007-11-16 12:15:15 | 読書感想文
日本の自殺者が、平成10年以降9年連続で3万人を超えている。ちなみに、哲学者と言えば自殺のイメージがあるが、本物の哲学者は何があってもまず自殺しない。生死に対する覚悟が違うからである。世論を盛り上げよう、次世代に語り継ごう、何かを後世に伝えようといった主義主張には、哲学者はまず乗らない。どんなに後世に語り継いだところで、いずれ人類は滅亡し、地球も滅亡するのだから、社会運動に一体何の意味があるのか、この絶望を見失わないからである。この極限を経て戻ってきて、それでも生きることを選択しているのだから、その思想は極めて強靭である。ちょっとやちょっとのことで自殺するわけがない。

さて、この本の著者である弁護士は、借金を抱えて自殺しようとしている人に呼びかけ、励ましている。「自殺しても、問題の解決にはなりません。本人が自殺してしまうと、残された家族が困ります。多額の借金を抱えたまま本人が自殺すると、家族は相続放棄をしない限り、借金も相続することになります。そうすると、今度は家族が借金の返済で苦しむことになってしまします。残された家族は、本人に死なれた悲しみに加えて、経済的にも苦しめられることになるのです。また、いくら借金が返せないからといって、自殺する必要はありません。サラ金の厳しい取り立ては、借金の整理を弁護士に依頼すれば止まります」。

実際にこの文を読んで励まされて、自殺を思いとどまるならば、それに越したことはない。しかしながら、あまりと言えばあまりの励まされ方である。生は始まりであって死は終わりである、誰も好きで自分から人生を終わらせたくない、しかしそれでも生に意味が見出せない、そこへ持ってきて「死んでも終わりません」である。逆説的真実を示しているのかと思いきや、「死なれた苦しみの上に借金で苦しむ」との激励である。どうしようもなく生命が軽い。軽すぎる。こんな励まされ方をして自殺を思いとどまったところで、再び経済的な悩みを抱えてしまえば、その人はやはり自殺してしまうだろう。

多重債務、雪だるま式の借金、これらはすべて観念である。100万円を年利29.2パーセントで借りると、1年後には133万4515円となり、3年後には238万円を超え、8年後にはついに1000万円を突破してしまう。この数字に潰されれば、首が回らなくなって、首を吊るしかないという話にもなる。しかしながら、冷静に考えればすぐにわかるが、すべては自分の脳内の出来事である。真夏に雪だるまが存在するわけがない。雪だるまのイデアに振り回されているならば、それは単に妄想である。多重債務を整理して一本化すれば安心であるような気もするが、そもそも目に見えない債務を5本・10本と数えていること自体が妄想であるから、一本化したところで安心できる道理ではない。このような哲学的真実に背を向けて、生命よりもお金を大切にする社会を維持するならば、やはり自殺者の減少は望めない。