超兵器磯辺2号

幻の超兵器2号。。。
磯辺氏の文才を惜しむ声に応えてコンパクトに再登場。
ウルトラな日々がまたここに綴られる。

はるばる来たぜ道南の地へ

2016-12-24 10:45:25 | 旅行お出かけ
今回、降り立ったの北の国は幕末に下田と共に開港した地である。以前から憧れの地だったが、実際に訪れるのは初めてだった。しかし数日前から強い寒波で大吹雪となっており、航空便がストップしてしまって乗客1000人以上が空港で「夜を明かす」なんてニュースが流れていた。「やはりこの時期に北の国を訪れるのはリスク大きいよなー。」私は数年前にやはり吹雪の中、機長の神技的操縦により羽田空港に着陸したが、駐機場までに立ち往生となり結局空港で「野宿」となってしまった首都圏の大雪を思い出していた。幸い機内で聞いた天気予報によると到着地の天候は晴れ、気温は0℃ということだった。「アイツも大変な時に行ったもんだよな」別ロケにいる上司が心配してくれていたようだが、中々快適なフライトで、1年でこのシーズンしかしないネクタイをCAに「それ、可愛いですねー」と言われてホクホクしていた。予定では空港からバスで移動し、駅前集合だったのだが、前回支笏湖を回ってくれた「ゴリさん」「やっさん」がかなりごっついレンタカーで出迎えてくれたのである。初めての地だったが、それから向かう先は「熊も行かない」ような普段立ち入りの無いところだそうだ。

まず少し早めの昼食を兼ねて歩いたのが、有名な(昼なのに)朝市である。すごい人混みを予想していたのだが、雪が舞う平日だからか割りと閑散としていた。巨大なズワイガニや珍味加工品、干物店などがところ狭しと並んでいる。やたら呼込みの威勢のよい飲食屋で目立つのはやはり「海鮮丼」だが、札幌市内の某有名市場では観光地値段で「ヤラれた」経験があり、かなり警戒をしていたのだ。しかしゴリさんが抜かりなく地元の人にリサーチしてくれ、「ここが評判いいです」と指差したのは、小さな場末っぽい食堂だった。人気NO1という、うに・いくら・ほたてが「どどーん」と盛られた元祖巴丼を頬張った時は幸せ一杯の気分だった。味噌汁は岩海苔、お米は炭炊き蒸し釜戸を使用、この時期は生イクラをそのまま漬け込み、ウニは無添加塩水の蝦夷ムラサキウニ、ホタテは近海産のものを朝に殻から剥いて使用するこだわりがあるそうだ。(自分で決めてちゃ、こういう隠れ名店は分からんわな。)「すこしのことにも、先達はあらまほしきことなり。」仁和寺の法師のくだりを思い出したのだった。



昼休み時間に朝市を出て、ランクルは山に向かった。市街地から陸続きで上空から見ると江ノ島のように飛び出て見える。この山からの夜景が世界的に有名で、国内外からものすごい観光客がやってくる。ただしバスやタクシーの営業期間は11月までで冬季は道路そのものが閉鎖されてしまう。しかも唯一の足でロープウェイが人身事故発生のため営業を停止中で山歩きの準備をして「無理して登る」ことしかできない。「(一度は行ってみたいと思ってたが残念だなー)」と諦めていた。ランクルが向かっているのは展望台から少し道を外れて専用道路を行く施設である。ところどころで写真で宝石のような夜景を見たことがある「くびれた地形」が見え隠れする。「そんなわけ無いじゃん。でも東京の人には多いみたいよ」以前、妻には笑われたが、私もつい最近まではあのくびれた地形は全道地図の南部側にある形そのものだと思っていた。空気がきれいで航空機から地形が見えるときに写真撮影をしてから「んなわけないよな」と気づいたのである。この地は太陽が沈むのが早い。昼を過ぎて少しするともう太陽は西側に傾いてきた。たまたまか周辺の天候がやけに変わりやすく、さっきまでかなりヘビーに雪が降っていたかと思うと、雲の隙間から陽が指したりする。



現地の施設の内外点検や老朽度合い、新たな施設の設計状況、工法などを確認し終えた時は薄暗く雪がチラつくような雰囲気だった。「専用道路から裏ルートで入れるので行ってみましょうか」やっさんは車幅ギリギリの雪道に入った。うーむ。。。「ウルトラ警備隊西へ」のシークレットハイウェイ-ルート9みたいだな。よく見るとすぐ下は崖っぷちのようで、あちこちで木の枝が擦れる音がしている。「倒木に塞がれたりしたらアウトじゃん・・・」ハラハラしながらハンドルを左右するやっさんを見ていたが、15分ほど走り続けてなんと広々とした展望台駐車場に飛び出たのである。ロープウェイの営業停止に伴い営業施設も閉鎖されてしまっているので人っ子一人いない。。。ゴリさんによると事故は数日前の夕方、清掃の際に作業員が挟まれ不幸にも死亡してしまったという。その時は山頂には夜景見学の観光客が1000人もいたというから、「誰もいない」この光景はいかにも不思議だ。「こんなところで転んで怪我でもしたらやばいよな」足跡ひとつない地面をそろそろと歩いて進むと、ちょうど陽が指してきたので(昼間だけど)写真で見る夜景の地形がよく眺められた。車にあった温度計を見ると−2℃だった。。。



市街地に戻ってもう2箇所ほど関連施設を回って現場を確認し、簡単な打合せを済ませた頃には再び雪が降り始めていた。「鍵を返すところのすぐ近くなんで、とりあえず寄ってみましょうか」雪が道路を真っ白にするぐらい強くなってきたが、やっさんは車を走らせた。向かうのは幕末最後の戦争があった城郭である。この名を聞いてすぐに思い浮かぶのがもう30年くらい前になるだろうか、田原坂、白虎隊など「滅びの美学」みたいなシリーズとなった年末時代劇だった。どれも里見浩太朗さん主演(榎本武揚)で、この街ではヒーローと思われる新撰組副長土方歳三が渡哲也さん、私の尊敬する歴史上の人物、勝海舟は津川雅彦さんという豪華メンバーだった。夜になればライトアップし、桜の時期は城郭じゅうが一気に咲いてそれは美しい写真だった。雪が降り続き、周辺が真っ白くなってきた光景も中々のものだ。実際に城郭に入って歴史を噛みしめたかったが、残念ながら雪がさらにひどくなり、前も見えづらくなって暗くもなってきたので、タワーの上から見学するに留めた。





宿泊はすぐ近くの湯の浜温泉という海沿いの地である。出張時の晩御飯は自己解決なのが普通なのだが、このホテルはよく母とのプチ旅行で利用する伊○園のようにブッフェ形式のディナー付きだった。「もしかして?!」と期待したが、ドリンクはフリーではなかった。外国人観光客の団体が3組、合計60人くらいやってくるというので、早めに食事時間をセットし、盛るだけもって後はゆっくり飲むことにした。東京から同行したのは今回現場検証した施設のプロ、グンマに赴任する前の職場でご一緒したマラウェイ(仮称)である。アフリカのとある国に青年海外協力隊として勤務した経験をもつ。このサイトでも紹介した脳科学的な考察で「スワヒリ語を40単語覚えるプログラム」をプレゼンに組み込み、「スワヒリ語の単語なんて誰もしらないでしょう?」と語りかけた時にこれまでいた通算300人以上の聴衆の中で唯一「(知っている)」と内心答えたというツワモノである。そのセクションにはなんと南極越冬隊上がりもおり、ゲテモノ(もとい!達人)揃いだった。。。朝ホテルの部屋から見える海面からは湯気が上がり、水温と気温の差の大きさを見せつけられた不思議な景色だった。



朝一にレンタカーを近代的な建築物に生まれ変わった駅で返し、札幌行の特急に乗り込む。結構観光客もいて指定席は割と混んでいた。新しく開業した新幹線の駅は駅にして二つ先にある。駅構内に「はやぶさ」が停車していたようにも見えたが写真には写っていなかった。実はよく知らなかったのだが、札幌までのルートは海沿いを走ることが多く、そしてとてつもなく遠い道のりだった。新幹線の建設予定もあるそうだが、特急でたっぷり4時間近くかかる。改めて地図で見るとなるほど、東京から名古屋くらいは軽くありそうだ。こんなに列車に揺られるのは「のぞみ号」で広島を訪れて以来である。昼過ぎに札幌に到着、私のリクエストで美唄地鶏の蕎麦屋で昼食を摂り、いつものオフィスへ向かったのだった。今回の行程で初めて訪れた地は小夏師匠もご旅行されて記事になっていた。いつもの通り仕事の隙間に走り回るだけだったが、今度はゆっくり新幹線で旅してみたいと思う。



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