超兵器磯辺2号

幻の超兵器2号。。。
磯辺氏の文才を惜しむ声に応えてコンパクトに再登場。
ウルトラな日々がまたここに綴られる。

米軍補給廠を走る

2015-04-24 23:16:27 | スポーツ・健康
「新・共通の趣味」編で書いたが1月に「湘南藤沢市民マラソン」で10マイルを何とか走り切った後、妻とは次回は一緒に出場しよう、ということになった。最近運動不足が気になるようで、平日の昼間は少しずつジョギングしているらしい。むろんペースなども異なるのでお互いに足を引っ張らないように一緒には走ることはほとんどない。「マラソン大会に一緒に出場する」というのは意外にも私の知る限り周囲の知人にいないが、準備は別々でもレース前の体調管理や前日のコンディショニング調整、会場までの道のりでの緊張感やスタート直前の高揚感、そしてゴール後の達成感など一緒に味わえる収穫は多く、粋な趣味だと思うのである。湘南マラソン完走後、気分がノッていた私は次回一緒に走ることになってから、妻の気が変わらないようにすかさず手頃なレースにエントリーしておいたのである。自身の練習実績から「7km以上は未知の世界」というから、出場レースの条件は「私が10km、妻が5km」という選択肢があること、普段行かないところで面白い風景が楽しめそうなこと、景品に記念Tシャツがあること、などで、「東日本国際親善マラソン」というのを選んだ。

コースは相模原の米軍補給廠敷地内である。国際親善というから、在日米軍との親睦を深めるようなイベントなのだろう。普段は足を踏み入れられないところだから、中々興味深いものがある。今回で19回を数え、店員は何と1万2千人というから、湘南藤沢マラソンより大きい規模の由緒ある大会のようだ。全コースフラットで走りやすく模擬店などアメリカンムードがいっぱい、というのが楽しみだった。私はグンマで初めて10kmレースを走ってから毎年そこそこは出場しているから、経験的に身体が「1時間走り続ける」というのを覚え、それなりには自信がついてきたが、妻は数週間前くらいから結構心配になってきたようだった。数年前に藤沢マラソン5kmを一緒に走った時はヘルニアが完治していない不良コンディションで途中ウォーキングを交える苦戦だったそうだ(私は途中で置いて行ってしまったので知らない)が、たまたま今回もJAL工場見学にも行けないくらい仕事が忙しく練習不足だというのである。

制限時間内にゴールしないと回収されてしまう「ドナドナルール」もこのレースは結構厳しく10kmが70分、5kmが35分である。目安となるのが時速10kmだが、スポーツジムの「はつかねずみマシン」でこの速度を設定するとものすごく速く感じて、とても1時間はもたない気がしてしまう。。。「大丈夫かな、ドナドナされないかな・・・」と妻は不安そうだったが、その割には前日、前々日(何と当日まで!)に趣味となった「スカッシュ」を予定に入れてガンガンに打ち込んでいた。当日に「やっぱ止めておく」と敵前逃亡されると困るので「回収車はたぶん最後尾のランナーがスタートしてから35分で出ると思うよ。30分なんか、あっという間だぜぇ」とフォローし続けた。確かにエネルギー消費量ではジョギングにも勝るスカッシュを1時間以上続けても平気なんだから、30分くらい走れないわけがないと思っていた。私はさすがに怪我を避けるために前日のスカッシュはパスし、スポーツジムの「ボディバランス」というヨーガと太極拳、ピラティスを取り入れたスタジオプログラムでコンディション調整にはしった。

二人でスーパー銭湯の高濃度炭酸泉で身体をほぐしキング・カズ選手の試合前日のように「消化がよくエネルギーになりやすい」パスタを晩御飯にするつもりだったが、「原料が小麦なら一緒じゃね?」とラーメンにしてしまった。健康センターにあるパンフレットによるとマラソンなどの運動前は「3時間以上前に炭水化物を摂り、直前は捕食として胃に負担のかからない糖分を摂るのがよい」とされていた。妻は「お腹が痛くなると困る」からと、朝から固形物を食べないでエネルギードリンクやゼリーを食しており、私もそれにつきあっていたが、これが後にかなりの試練を強いられることになる。会場までは電車を乗り継ぎ45分くらいで、相模原駅の真横に米軍の広大な敷地があり、ゲート通過待ちの長い列が出来上がっている。諸般の情勢で米軍の警戒レベルが上がっているそうで、ゲートでは特設の持ち物検査場があって結構念入りに中身をチェックされている。検査員は皆迷彩服を着ていたが、にこやかでアットホームな雰囲気だった。「Thank You., Good Luck!」

  

広大な敷地にたくさんの人が詰めかけており、めいめいにウォーミングアップしている。開会式や準備運動代わりのエアロビクスなどが催されているが、走る前のランナーはあまり顔を出さない。我々もエネルギーゼリーを飲み込んで、荷物置き場でもらったビニール袋に二人分のバッグを入れて所定の位置に置いた。(と言っても芝生に番号が書いてあるだけなので、雨が降ったらアウトである)イベント会場の端には協賛している靴メーカーのシューズがかなりお得な値段でほとんど「投げ売り」されていた。妻は熱心に段ボールの中を引っ掻き回し、まるでこれから走るのを忘れたかのように、息子甘辛用のいい品物がないか物色していた。「なーんだ。アメリカサイズだからでかいと思ったのに27cmまでしかないじゃん・・・」ちなみに甘辛の靴サイズは28cmでちょうどくらいである。敷地は米国だが協賛している企業は完全な日本企業なので日本サイズしかないのは当然か。しかし結構掘り出し物もあり、私の夏用サンダルと妻のシューズを取り置きしてもらった。

  

そうこうしているうちにスタート時間が迫ってきて、地点に集まるようアナウンスが流れた。もうすでに多数の人がスタートラインから長い行列を作っている。5kmのスタートは10時、10kmのスタートは10時10分で5kmランナーの列の後ろに並ぶから、ゴールした後の落ち合う場所を決めて妻と分かれた。。「ただ今、スタート5分前です・・・」その後1分刻みでカウントダウンアナウンスがあり、会場は別に緊張する必要もないのに条件反射的に熱気を帯びてくる。(この雰囲気は結構独特なものだ)
「よーい、ドン」の号砲が鳴って、しばらくは前がつかえて「たらたら歩き」が続くと思っていたら、さすが米軍基地でコース道路の幅がやたら広いので、あっという間に皆スタートを切ってしまいそそくさと走り出してしまった。準備運動をしない私はいつもだらだら走りで色々身体を動かして心拍数を少しずつ上げていくのだが、今回はいきなり結構なスピードになってしまい閉口した。(ちゃんとストレッチやっとけばよかった・・・)

    

スタート直後に青山学院吹奏楽部による応援ソング「100%勇気」が演奏されていた。10分くらいはやはりキツかったが、心拍数があがって身体が走りに慣れてくると周囲をきょろきょろ見渡す余裕ができてきた。補給廠ではあったが普段は入れない米軍施設で何か目新しいものはないかスマホを片手に物色していたのだが、見事なまでに何もない・・・(当たり前か!)巨大な倉庫とマンションが何棟建てられるか分からない空き地ばかりである。コースは1周5kmで、先にスタートした妻は1周、私は2週することになる。ちょっと日差しが出てきて気温が上昇気味だったが、時折受ける横風が結構心地よく、いつもより多めに給水しながら走っていた。身体と会話しても何の異常もなかったのだが、4kmくらい走って何か退屈になってきた・・・ところどころ許可されたエリアは人がいるのだが、ほとんどのコースは人っ子一人いないただのコンクリートの荒野なのである。湘南藤沢マラソンは一本道の単調なコースだが、沿道には大人も子供もたくさんの声援を送ってくれる人々がおり、走っているだけでパワーが漲ってくるようだった。知り合いは少なかったが、Mラさんのメガホン声援に勇気百倍となったものだ。

「(何か沿道の声援がないと、元気出ねえなー)」今更のように「応援の力」というのを思わざるを得なかった。1周目のゴールが見えてきたが、身体の調子は申し分ないのに何となく足が重い・・・「(妻はこれでゴールか。。。あっという間、全然楽勝じゃないか。オレも5kmにしとけばよかった・・・)」少し憂鬱な気分になって1周目のゲートをくぐった直後、「磯辺さん、磯辺さぁん!」と手を振る4人組くらいの男女がいた。「(はて?誰だったかな。私の名前を知っているということは知り合いのはずなんだがな)」まっすぐ近づいていくと、おーっ、遥か昔に同僚だったクニさんではないか!妻以外には誰も知り合いなどいないと思っていたから、とたんに嬉しくなり思わず両手を振って欽ちゃん走りしていた。彼は自転車をやると聞いていたが、ゴール後ろでランナーのスタイルをしているということは我々の後にハーフマラソン走るのかな。同じ年なのに大したもんだな。何か少し元気が出てきて、少しスピードアップした。

2週目、残り3kmくらいになった時に思いもしない試練が待ち構えていた。尿意を催してきたのである。おかしいな、出走前にちゃんとトイレには行ってきたのに・・・どうもエネルギードリンクやゼリーの類は吸収が早い分、利尿作用もあるらしいのである。近所を走るマラソン大会では公衆も含め至るところにトイレが設営されていたのだが、ここは米軍施設内、簡易トイレなど置かせてはくれないらしい。その辺の陰で済ませて、MPにでも見つかったら銃口を突きつけられるかもしれない。かと言って、勝手に建物の中に入るわけにもいかない。こうなったら1秒でも早くゴールするしかない。幸いどこも痛いところはなく、疲労もピークには達していなかったので残り2kmの看板を通過すると2か所あった給水場をスルーして、その時出せる最高速度で必死に疾走した。しかしラストスパートをかけるには早過ぎたらしく、途中から足首やら太もも、股関節あたりが同時に悲鳴を上げてきた。ゴール前で手を振る妻に辛うじて応え、急いで計測チップを外して記念のTシャツを受け取り、さらにスピードアップして特設トイレにダッシュした。エネルギードリンクものは利尿作用があるのでコースにトイレのないレースでは気を付けなくてならない、というのはどのサイトにも書いてなかったが、貴重な教訓となった。。。

妻も無事30分を切ってゴールしたようで、ハイタッチしたものだ。帰り支度を終えて気になるアメリカンフード模擬店群に行ってみると、気が遠くなるような長い列・・・しかも偵察しているうちに半分近くのメニューが売り切れになってしまった。写真で見ると巨大なビーフステーキサンドやツナ・パニーニ、特製クラムチャウダーなどはあっと言う間だったらしい。ハーフマラソンは数十分前にスタートしており、帰りのゲートまでの道のりもコースになっていたから、先頭ランナー以降しばらく声援を贈っていた。「クニさん、わかるかなー」ガチンコ集団が過ぎ去ってしばらく1周目のランナー群が続いたが、まだかなりの塊で走っている。私も走っている最中だったので彼がどんなウェアを着ているか思い出せず「こりゃー、見つけるのは無理かもなー」とゲートに向かってゆるゆる歩き出した時、一番我々のいる側を真っ黄色なウェアな走り過ぎた。「おおーっ、クニさん、クニさん!」私は反射的に叫んでいた。奇跡的にも彼の姿を見つけ出し、声援を贈ることができたのである。ちょっと興奮のあまりダブルサムズアップで「指圧の心は母ごころ」みたいなジェスチャーになってしまったが。。。

  

身体が記憶していて、支障なく1時間走り切れたとしてもやはりダメージは小さくない。我々はその後、息子甘辛の試合を見物に行ってつぶやき一家と合流、スカッシュすることになっていた。(よくやるよなー)妻はなんと、マラソン大会を挟んで3日連続のスカッシュ漬である。打上げ会場のサイゼリヤに向かう道で「きなこもちさんって走るの好きなの?」と聞くつぶやきさんに「いやー、嫌いみたいだけど・・・」かく言う私は前述したように「ただ走る」だけのジョギングなど退屈で我慢ならない。しかし二人で出場するマラソン大会は走ること以外にも色々と話題があり、今回ちゃんと走り切れたことは大きな収穫だった。会場出口では「湘南ビーチラン」という大会のパンフレットを配っていた。まさしく我が家の真ん前の海岸を走ることになる。「面白そうじゃんか。ビーチはヒップに負担かかるってよ」と軽く振ってみると「何が悲しくて、お金払って目の前の砂浜走らなければなんないのよ・・・」と一蹴。。。それもそうだ。約1ヶ月先だが、その日は波乗りした後ビール片手に応援する側に専念するとしよう。