2014/02/15
ぽかぽか春庭@アート散歩>明治の館、大正のお屋敷、昭和の邸宅(19)番外・スタジオジブリ社屋
明治大正昭和前期に個人の住宅として建てられたおやしきのある町を徘徊し、写真を撮ってきました。
時代別に並べたり、地域別に並べたりしたほうがわかりやすいと思いましたが、アトランダムに紹介してきたので、少々ごちゃごちゃしたおやしきシリーズになってしまいました。ごちゃごちゃついでに、個人住宅でもない会社の建物を紹介して、都内のおやしき紹介をひとまずおひらきにいたします。
一番最近に訪問した建物、スタジオ・ジブリ。
1992年夏、小金井市梶野町にジブリの新社屋が完成しました。

2月12日の夕方、まだ駅前に雪のなごりが残っている東小金井駅前からぶらぶらと歩いて5~10分くらい。スタジオジブリの社屋を見にいきました。

すてきな外観でした。正式な書類上では専門の設計者が図面をひいたのでしょうけれど、「このような外観、このような間取り、内装」という実際の設計を手がけたのは、スタジオ所長の宮崎駿ご本人だということです。
第二スタジオ

夕方、もう社内の人もあらかたは退社したところだったのか、夜に備え晩御飯を食べに行っているときだったのか、私が中を覗いた時には、社内の製図台のようなデスクに張り付いている人は見当たりませんでした。
NHKのドキュメンタリーで、夜まで仕事をしている人たちに宮崎駿がラーメン作っているようすなどが撮影されていました。もしかして、みんなしてラーメン食べていたのかしら。
ジブリ社屋は、なかなかすてきな建物でした。近くにジブリ社員のためのかわいらしい外観の保育園があると聞いていたのですが、保育園まで行き着かないうちに、東小金井駅に戻りました。講師仲間の今期打ち上げ食事会の時間が迫っていたので。
まだ、「風立ちぬ」も「かぐや姫」も見ていませんけれど、これからもジブリのアニメ、よい作品が生まれてくることを期待しています。

<おわり>
ぽかぽか春庭@アート散歩>明治の館、大正のお屋敷、昭和の邸宅(19)番外・スタジオジブリ社屋
明治大正昭和前期に個人の住宅として建てられたおやしきのある町を徘徊し、写真を撮ってきました。
時代別に並べたり、地域別に並べたりしたほうがわかりやすいと思いましたが、アトランダムに紹介してきたので、少々ごちゃごちゃしたおやしきシリーズになってしまいました。ごちゃごちゃついでに、個人住宅でもない会社の建物を紹介して、都内のおやしき紹介をひとまずおひらきにいたします。
一番最近に訪問した建物、スタジオ・ジブリ。
1992年夏、小金井市梶野町にジブリの新社屋が完成しました。

2月12日の夕方、まだ駅前に雪のなごりが残っている東小金井駅前からぶらぶらと歩いて5~10分くらい。スタジオジブリの社屋を見にいきました。

すてきな外観でした。正式な書類上では専門の設計者が図面をひいたのでしょうけれど、「このような外観、このような間取り、内装」という実際の設計を手がけたのは、スタジオ所長の宮崎駿ご本人だということです。
第二スタジオ


夕方、もう社内の人もあらかたは退社したところだったのか、夜に備え晩御飯を食べに行っているときだったのか、私が中を覗いた時には、社内の製図台のようなデスクに張り付いている人は見当たりませんでした。
NHKのドキュメンタリーで、夜まで仕事をしている人たちに宮崎駿がラーメン作っているようすなどが撮影されていました。もしかして、みんなしてラーメン食べていたのかしら。
ジブリ社屋は、なかなかすてきな建物でした。近くにジブリ社員のためのかわいらしい外観の保育園があると聞いていたのですが、保育園まで行き着かないうちに、東小金井駅に戻りました。講師仲間の今期打ち上げ食事会の時間が迫っていたので。
まだ、「風立ちぬ」も「かぐや姫」も見ていませんけれど、これからもジブリのアニメ、よい作品が生まれてくることを期待しています。

<おわり>
左手をテーブルの下にやり、あんまり行儀のいい食べかたじゃなかったけれど、そこは、まぁいいか笑
技術の『かぐや姫』、こころに訴える『風立ちぬ』といったところでしょうか。
ドキュメンタリー『夢と狂気の王国』も、NHKとはちがう視点でジブリを迫り、見ごたえありました。
雪は大丈夫でしたか。
自分、きのう静岡取材。死にましたが、少し休んで復活、いまから完治祝いをしてくれるという友人宅に向かいます。
代えの靴下、準備して。
ジブリのたてもの、思った以上にかわいらしくて、建物の中にずらりとならんだ製作台を見ていると、みな情熱をもって絵をかきつづけているんだろうなあと思いました。
ジブリの製作台からも、まっき~さんのパソコンからもよい作品がうみだされんことを!
羽生、金だし。