20180120
ぽかぽか春庭ニッポニアニッポン教師日誌>質問に答えます(2)
(日本語音声学)
質問4)日本語の「に」のIPA表記は、[ɲi] [ni] [nʲi]の三種類です。
一つ目の[ɲi]の場合は、調音点が硬口蓋になるので、グループ発表で言った「か[ka]のみ軟口蓋音で、他は歯茎音」というのは間違いになってしまいます。
[回答]
[子音の調音点]という観点から、A~Eの中の仲間はずれを選びなさい。
A)か[ka] B)せ[se] C)た[ta] D)つ[tsu] E)に[ni]
という設問でした。
E)に[ni]は、[ɲi]でもなく、[nʲi]でもなく、[ni]の発音を問題にしています。歯茎音です。[ ]のカッコは、IPA発音を示す記号です。この質問では[ɲi]ではなく[ni]の発音を問うているのであって、「に」の発音を3種類出すことは意味がありません。問われているのは[ni]のみです。
日本語の「に」の一般的な発音を問題にしています。[ɲi]は、「蟹が」と発音したときのカニの二が、「軟口蓋音のガ」に寄せられて口蓋化した音です。口蓋音ではありません。設問は、口蓋化した「に」ではなく、一般的な「なにぬねの」と発音した場合の「に」の音声を問うています。よってAの「か」は軟口蓋音、他は歯茎音という調音点の回答でよろしいと思います。
質問5)「結局モーラって何なの?」「モーラと拍と音節って何が違うの?
[回答]
mora英語モーラ、ラテン語モラとは、音韻論上、一定の時間的長さをもった音の単位。日本語訳は拍。音節は、音韻の構造によって定められる、日本語の音節は「子音+母音:が基本の単位。モーラの長さは、各言語内によって異なるが、日本語は音節が拍とほぼ等しいので、日本語は拍が一定を保つ場合が多い。イヌの発音の長さとネコの発音の長さはほぼ等しい。英語のばあい、ドグという人もドォッグも犬を表しており、拍の長さは話者によって異なる場合もある。ワタシをワタ~シという外国人の発音が気になるのは、ワタシは3拍の音節であるのに、ワタ~シは4音節になっているからです。
(私が担当している日本語教育学は、学部の方針で、日本語学(文法)や日本語音声学を履修していない学生でも選択することができ、基本的な日本語学知識を持たない学生でもクラスに存在します。したがって、基本的なことがらも授業中に随時解説しながらすすめていくのですが、算数ができない学生にいきなり線形数学を教えるようなことになっており、たいへんです)
(文法、語彙・意味)
質問5)「足りない」と「足らない」の違いがよくわかりません。
[回答]
「足りない」は「足りる」という動詞(上一段活用)の否定形です。
「足らない」は「足る」という動詞(五段活用)の否定形です。
「マス形」ではどちらも「足ります」になる。
足りる(一段):足りない、足ります、足りる、足りれば、足りよう
足る(五段) :足らない、足ります、足る、足れば、足ろう
足る(古語四段):足らぬ 足りて 足る 足れる 足れば
「足る」は万葉集にも用例があります。東歌、真間手児奈の伝説を詠んだ長歌です。
[万葉集1807] 望月の足れる面わに花のごと笑みて立てれば夏虫の 火に入るがごと 港入りに 舟漕ぐごとく 行きかぐれ,,,,,,,,
「足る」は現代語でも「足るを知る」「信用に足る人物」など、ことわざや格言などには使われ、古風な言い回しに感じられます。
「足りる」は江戸時代以降になって使われるようになったことばです。
例文)結婚資金の足りない分は、親に借りて足りるようにした。
肯定形では「足りる」のほうが多く使われていますが、否定形では「足らない」も「足りない」と同じように使われています。
否定形を用いた「舌足らず、寸足らず」や「1時間足らずで仕上げた」などのように否定の「~ず」が接続する場合には、「~足らず」のみで「足りず」という言い方はありません。これは否定の「ず」が古語的だから、新しい動詞の「足りる」ではなく古いほうの「足る」が使われるためと思われます。
(待遇表現)
質問6)餌はあげる? やる?
「動物にえさをあげないでください」「動物にえさをやらないでください」どちらも表現としては使える。『みんなの日本語』には「えさをやる」のほうが登場していたので、恐らく日本語教育では餌は「やる」ものなのだろう。
しかし、学習者が「えさをあげる」と発言したら、それは間違いだと言って訂正すべきか? それともそういった表現も使われる、ということで容認すべきか?
[回答]
現在の待遇表現基準では、犬には「エサをやる」が標準のいい方です。しかし、待遇表現のうち、丁寧表現はすぐに「すり切れる」ものであり、長年使っていると敬意がすり切れてきます。対称のうち二人称を例にとると、御前(おまえ)は自分の目の前にいる尊い人に用いられてきましたが、現代語ではオマエは、目下に使われています。「やる」は、目下の対象者に話し手の所有物を与えるときに用いますから、犬には「やる」でよろしい。しかし、できるだけ丁寧な言葉遣いをしたい、と考える現代人にとって、「やる」は乱暴な言葉遣いに思えてきました。そこで、同等または目上に人にものを与える「あげる」の敬意が薄れてきて、尊敬語ではなく丁寧語として使われるようになったのが、「犬に餌をあげる」「花に水をあげる」です。
日本語教科書には規範通りに「犬に餌をやる」が出ていますが、学習者が「犬にえさをあげる」と表現したとき、「それは間違いです」と訂正する必要はありません。この「あげる」は丁寧表現だからです。しかし、「犬にえさを差し上げる」となったら、それは誤用です。犬はたとえ、目上の人の飼い犬だとしても、尊敬語の対象にはなりません。「社長の飼い犬にドッグフードをさしあげた」という人がいたら、その人は「犬」に対してではなく社長に敬意を示したのだ、と判断することもできますが、現在のところ、私は、犬に対して敬意表現は用いたくないです。
質問7)バイト敬語で「よろしかったですか?」はよく使うけれど、「よろしかったです」と答えられると違和感……、これって何故?
[回答]
注文された飲食物をテーブルに並べて「ご注文は以上でよろしかったですか」というような表現は、レストランなどでよく使われる表現です。それに対して「はい、よろしかったです」と答えると、なんだか変に感じる、ということが質問の趣旨と思います。
まず、「よろしかったでしょうか」は、「ご注文の品は、これで全部そろったと考えてよろしいでしょうか」と、ウエイターウエイトレスが客に確認しています。客に対して、確認作業をお願いしているので、より丁寧な言葉遣いをしたという意識が働き、「注文した品はこれでいいですね」よりも「これでいいでしょうか」のほうが丁寧だと感じ、さらに「よろしいでしょうか」よりも「よろしかったでしょうか」と、タ形(過去形)にしたほうがより丁寧に感じられる、というバイト敬意の表現になっています。
したがって、レストラン従業員に対して敬語を使う必要のない客が「はい、注文した品は、これでよろしかったです」と、言うと違和感が残るのです。
では、客はなんと答えればいいのでしょうか。「ご注文の品、以上でよろしかったでしょうか」「はい」これだけでいいと思います。もっと付け加えたいなら「はい、けっこうです」くらいでしょうか。
<つづく>
ぽかぽか春庭ニッポニアニッポン教師日誌>質問に答えます(2)
(日本語音声学)
質問4)日本語の「に」のIPA表記は、[ɲi] [ni] [nʲi]の三種類です。
一つ目の[ɲi]の場合は、調音点が硬口蓋になるので、グループ発表で言った「か[ka]のみ軟口蓋音で、他は歯茎音」というのは間違いになってしまいます。
[回答]
[子音の調音点]という観点から、A~Eの中の仲間はずれを選びなさい。
A)か[ka] B)せ[se] C)た[ta] D)つ[tsu] E)に[ni]
という設問でした。
E)に[ni]は、[ɲi]でもなく、[nʲi]でもなく、[ni]の発音を問題にしています。歯茎音です。[ ]のカッコは、IPA発音を示す記号です。この質問では[ɲi]ではなく[ni]の発音を問うているのであって、「に」の発音を3種類出すことは意味がありません。問われているのは[ni]のみです。
日本語の「に」の一般的な発音を問題にしています。[ɲi]は、「蟹が」と発音したときのカニの二が、「軟口蓋音のガ」に寄せられて口蓋化した音です。口蓋音ではありません。設問は、口蓋化した「に」ではなく、一般的な「なにぬねの」と発音した場合の「に」の音声を問うています。よってAの「か」は軟口蓋音、他は歯茎音という調音点の回答でよろしいと思います。
質問5)「結局モーラって何なの?」「モーラと拍と音節って何が違うの?
[回答]
mora英語モーラ、ラテン語モラとは、音韻論上、一定の時間的長さをもった音の単位。日本語訳は拍。音節は、音韻の構造によって定められる、日本語の音節は「子音+母音:が基本の単位。モーラの長さは、各言語内によって異なるが、日本語は音節が拍とほぼ等しいので、日本語は拍が一定を保つ場合が多い。イヌの発音の長さとネコの発音の長さはほぼ等しい。英語のばあい、ドグという人もドォッグも犬を表しており、拍の長さは話者によって異なる場合もある。ワタシをワタ~シという外国人の発音が気になるのは、ワタシは3拍の音節であるのに、ワタ~シは4音節になっているからです。
(私が担当している日本語教育学は、学部の方針で、日本語学(文法)や日本語音声学を履修していない学生でも選択することができ、基本的な日本語学知識を持たない学生でもクラスに存在します。したがって、基本的なことがらも授業中に随時解説しながらすすめていくのですが、算数ができない学生にいきなり線形数学を教えるようなことになっており、たいへんです)
(文法、語彙・意味)
質問5)「足りない」と「足らない」の違いがよくわかりません。
[回答]
「足りない」は「足りる」という動詞(上一段活用)の否定形です。
「足らない」は「足る」という動詞(五段活用)の否定形です。
「マス形」ではどちらも「足ります」になる。
足りる(一段):足りない、足ります、足りる、足りれば、足りよう
足る(五段) :足らない、足ります、足る、足れば、足ろう
足る(古語四段):足らぬ 足りて 足る 足れる 足れば
「足る」は万葉集にも用例があります。東歌、真間手児奈の伝説を詠んだ長歌です。
[万葉集1807] 望月の足れる面わに花のごと笑みて立てれば夏虫の 火に入るがごと 港入りに 舟漕ぐごとく 行きかぐれ,,,,,,,,
「足る」は現代語でも「足るを知る」「信用に足る人物」など、ことわざや格言などには使われ、古風な言い回しに感じられます。
「足りる」は江戸時代以降になって使われるようになったことばです。
例文)結婚資金の足りない分は、親に借りて足りるようにした。
肯定形では「足りる」のほうが多く使われていますが、否定形では「足らない」も「足りない」と同じように使われています。
否定形を用いた「舌足らず、寸足らず」や「1時間足らずで仕上げた」などのように否定の「~ず」が接続する場合には、「~足らず」のみで「足りず」という言い方はありません。これは否定の「ず」が古語的だから、新しい動詞の「足りる」ではなく古いほうの「足る」が使われるためと思われます。
(待遇表現)
質問6)餌はあげる? やる?
「動物にえさをあげないでください」「動物にえさをやらないでください」どちらも表現としては使える。『みんなの日本語』には「えさをやる」のほうが登場していたので、恐らく日本語教育では餌は「やる」ものなのだろう。
しかし、学習者が「えさをあげる」と発言したら、それは間違いだと言って訂正すべきか? それともそういった表現も使われる、ということで容認すべきか?
[回答]
現在の待遇表現基準では、犬には「エサをやる」が標準のいい方です。しかし、待遇表現のうち、丁寧表現はすぐに「すり切れる」ものであり、長年使っていると敬意がすり切れてきます。対称のうち二人称を例にとると、御前(おまえ)は自分の目の前にいる尊い人に用いられてきましたが、現代語ではオマエは、目下に使われています。「やる」は、目下の対象者に話し手の所有物を与えるときに用いますから、犬には「やる」でよろしい。しかし、できるだけ丁寧な言葉遣いをしたい、と考える現代人にとって、「やる」は乱暴な言葉遣いに思えてきました。そこで、同等または目上に人にものを与える「あげる」の敬意が薄れてきて、尊敬語ではなく丁寧語として使われるようになったのが、「犬に餌をあげる」「花に水をあげる」です。
日本語教科書には規範通りに「犬に餌をやる」が出ていますが、学習者が「犬にえさをあげる」と表現したとき、「それは間違いです」と訂正する必要はありません。この「あげる」は丁寧表現だからです。しかし、「犬にえさを差し上げる」となったら、それは誤用です。犬はたとえ、目上の人の飼い犬だとしても、尊敬語の対象にはなりません。「社長の飼い犬にドッグフードをさしあげた」という人がいたら、その人は「犬」に対してではなく社長に敬意を示したのだ、と判断することもできますが、現在のところ、私は、犬に対して敬意表現は用いたくないです。
質問7)バイト敬語で「よろしかったですか?」はよく使うけれど、「よろしかったです」と答えられると違和感……、これって何故?
[回答]
注文された飲食物をテーブルに並べて「ご注文は以上でよろしかったですか」というような表現は、レストランなどでよく使われる表現です。それに対して「はい、よろしかったです」と答えると、なんだか変に感じる、ということが質問の趣旨と思います。
まず、「よろしかったでしょうか」は、「ご注文の品は、これで全部そろったと考えてよろしいでしょうか」と、ウエイターウエイトレスが客に確認しています。客に対して、確認作業をお願いしているので、より丁寧な言葉遣いをしたという意識が働き、「注文した品はこれでいいですね」よりも「これでいいでしょうか」のほうが丁寧だと感じ、さらに「よろしいでしょうか」よりも「よろしかったでしょうか」と、タ形(過去形)にしたほうがより丁寧に感じられる、というバイト敬意の表現になっています。
したがって、レストラン従業員に対して敬語を使う必要のない客が「はい、注文した品は、これでよろしかったです」と、言うと違和感が残るのです。
では、客はなんと答えればいいのでしょうか。「ご注文の品、以上でよろしかったでしょうか」「はい」これだけでいいと思います。もっと付け加えたいなら「はい、けっこうです」くらいでしょうか。
<つづく>