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ぽかぽか春庭「私の奥様・日本語の親戚」

2012-07-29 00:00:01 | 日本語教育
2012/07/29
ぽかぽか春庭ニッポニアニッポン語教師日誌>2012年前期(5)私の奥様・日本語の親戚

 「日本語の数あてクイズ」をツカミとし、日本語の類型や系統を話して、「世界の中のニホン語」概論90分の授業になります。

 現在、英語が世界共通語のようになってしまっていますが、英語は、日本語母語話者にとって、発音面も文法面もどこをとっても、習得が容易な言語ではありません。英語を学校教育で6~10年ほども費やしてなお、流暢に操れるという人は一部分です。
 
 しかし、日本人にとって習得がそれほど難しくない言語もあります。発音が日本語と同じ開音節であるイタリア語やスワヒリ語は、発音面ではむずかしくない。
 また、ことばの並べ方(統語論=シンタックス)が同じ、SOV型の膠着語である朝鮮韓国語やモンゴル語は、日本人にとって、発音は難しいけれど、文法は簡単です。モンゴル人力士にとっても、日本語習得はそれほどむずかしくありません。

 ただし、日本語の敬語丁寧語などの待遇表現はむずかしいようで、7月22日の、大相撲夏場所優勝力士インタビューで、日馬富士は「後援会のみなさま、ファンのみなさま、親方とおかみさん、そして奥様に感謝したい」と述べました。「親方とおかみさん」と並べて、自分自身の妻を「奥様」と呼ぶと、日本人ならよほどの恐妻家と見なされるところですけれど、観客も「奥様」発言をほほえましく見守っていました。
 日馬富士の奥様ダワーニャム・ビャンバドルジ さんが1歳半のお嬢さんといっしょに画面に映りました。とても美人の「奥様」でした。奥様は、日本留学中に日馬富士関と知り合ったそうです。

 モンゴル語には「ていねいな言い方」はあっても、日本語のような敬語システムはありません。「私の奥様」と言ってしまうのも、やむをえないでしょう。

 私の授業では「妻・家内」と「奥さん・奥様」、「私の母」と「○○さんのお母さん・お母様」は、きちっと使い分けるよう指導はしています。
 けれど、朝鮮韓国語は絶対敬語であり、身内でも年上には敬語を使います。日常会話で「私のお母様」と言うので、韓国人留学生は日本語でも身内に敬語を使ってしまうことがあります。

 どのような場合でも、目上や先輩に敬語をつかう、という敬語システムだった韓国語で、おもしろいエピソード。韓国のサッカー、昔は、フィールドで「先輩様、わたしのほうにボールをお蹴りいただけないでしょうか」というように、敬語で指示を出すしかなかった。外国人監督が就任したとき命令を出した。「フィールドでは敬語禁止」。それ以来、先輩に向かっても「こっちへパス!」と言えるようになり、韓国サッカーは強くなったとか。

 父、母、兄弟姉妹、奥様と、家族にあてはめて、世界の各国語を概観してみましょう。
 
 日本語には、同系統と見なせる言語はありません。ことばの家族がいないのです。
 西欧語には、ラテン語やゲルマン語をもとにした同系統の言語が多く、ドイツ語と英語は従兄弟くらいの近さ、スペイン語とポルトガル語は兄弟くらいの近さ、デンマーク語スエーデン語ノルエ-語は、三卵生の三つ子くらいの近さ、ルーマニア語とモルドバ語は、一卵性双生児(同一言語)です。
 一方、日本語は、朝鮮韓国語が、数千年前に別れた遠い親戚かもしれない、と思われる程度で、家族はもちろん、「近い親戚」もありません。

 7~8世紀に大陸そして半島からの移民難民が数多く日本にやってきて、「渡来人」として日本文化に大きな影響を与えたことが知られていますが、「万葉集は朝鮮語で読める」などの言説は、言語学の基礎を知らない人の当て推量です。

 「このふたつの言語は親戚同士である」と言うためには、半数以上の語彙に「音韻対応」という比較方法による対応関係の規則が見いだせなければなりません。そもそも、日本語の文献は7~8世紀からのものが存在しているのに対して、古朝鮮語文献は、存在しません。(断片的な語は、中国語文献、日本語文献のなかに残存しているけれど、古朝鮮の史的文献は中国語で記録されています。日本語のひらがなカタカナに当たるハングルは14世紀の成立なので、それ以前、朝鮮の文献はすべて中国語で記録されていたから)

 比べようがないものを比べて「同系統」と言えるなら、英語と日本語は同じような語があるから、同系統ということになる。「あ、そう」という日本語と「Ah! So.」と言う英語は同じ意味ですし、日本語のnamae名前と英語のnameネイムは、そっくりです。しかし、英語と日本語が親戚だと思う人はいません。赤の他人との「他人のそら似」がいくつか見いだせるとしてDNA鑑定すれば、他人とわかります。言語におけるDNA鑑定にあたるのが、基礎語の音韻対応です。

 英語とドイツ語が分離したのは、およそ2000年前。英語とドイツ語は、従兄弟くらいの間柄。フランス語とスペイン語とが1500~1600年前に分裂。兄弟の間柄。
 一方、東京方言と首里方言とは、1700年前ごろに分裂したことが、方言の比較調査、音韻対応によって推定されています。フランス語とスペイン語の差は、日本語と首里方言の差より小さいのです。つまり、標準語と琉球方言が話せる人は、フランス語とスペイン語のふたつが話せる人よりすごい。

 よく、「私は数カ国語ができる。英語、ドイツ語、フランス語、スペイン語、ポルトガル語、イタリア語ができる」というような西洋人の言いぐさに対して「すごいですねぇ、何カ国語もしゃべれて」と、感心する日本人がいますが、日本人が「私は、大阪弁と京都弁と名古屋弁と東北弁と琉球方言が話せる」というのも、同じくらいすごいことなのです。数カ国語といっても、同系統の言語なら、習得はむずかしくない。
 「英語とバスク語とアラビア語と中国語とモンゴル語とマサイ語とホピ語が、すべて流暢に話せて読み書きできる」というような人なら、語学の天才として瞠目するに値しますが。

 さて、言語を家族に見立てた話のひとつ。○○語さんが他の言語△△語さんと国際結婚した場合を考えてみましょう。
 ひとつの地域にふたつの言語が流通しているとき、その両方の要素を取り入れた言語が発達することがあります。これをピジン語といいます。ピジン語を母語として生育する子どもが大多数になったとき、この新しい言語をクレオール語と呼びます。
 世界には、パプアニューギニアのピジンイングリッシュや、カリブ海地域のクレオールフランス語が成立してます。

 日本語も、南方の開音節、北方の母音調和、大陸の語彙、さまざまな言語が混合して成立したクレオール語の一種だろう、という説があります。1万年~2000年くらい昔の話です。
 言語学者の大野晋さんは、タミル語と原日本語(縄文語?)が混合したクレオール語が現在の日本語の元になったと主張していました。
 私は、タミル語は「もしかしたら、混じり合ったのかも知れない言語のひとつ」とは思いますが、日本語が「ふたつの言語のクレオール語」とは思いません。さまざまな言語が混合したのだろうと思います。残念ながら、アイヌ語基礎語彙と日本語(ヤマト語)基礎語彙の音韻対応は見いだされていません。

 言語の類型から日本語を見てみましょう。
 日本語は、トルコ語、モンゴル語、タミル語、朝鮮語などとともに、単語に機能語(助詞など)が付属する「膠着語」の類型に属します。同類系ではあっても、親戚といえるほど近い言語ではないのです。日本語と朝鮮語が遠い遠い祖先から分離したとして、それは数千年まえのことになるだろうと見なされています。

 中国語は単語がひとつひとつ独立して並べられ、語順によって文法機能を決定する「孤立語」です。語順はSVO。
 ラテン語は、単語の形を変えて文法機能を表す屈折語。英語は、孤立語と屈折語の両方の性質を持っています。語順はSVO。

 日本語モンゴル語などのようにSOVの語順の言語、世界の5000の言語の中では多数派です。しかし、話者数からみると、中国語英語のSOVが多数派になるので、日本語話者は、自分たちはマイナーだと思ってしまう。
 
 「西欧語やアフリカなどのことばには、家族や親戚があるのに、日本語は孤児である」という話、毎回、日本語学の最初に学生に伝えます。
 言語ファミリーでは孤児である日本語ですが、世界の中では10番目に「体がでかい」言語であることを前回お話しました。日本語は、「でかい孤児」です。

 言語の話者数の大きさの話とセットで、「国連公用語はどのことばか」という話のときに、日本語、ドイツ語が話者数では10番目前後であるのに、国連公用語ではないことにつき、「どうしてですか」と、疑問を呈する学生もいます。
 あのね、戦後の国連体制において、日本は敗戦国側だったんだよ、と説明すると、「へぇ、日本が戦争したことあったんですか」「負けた方だったの?」という学生もいて、いやはや昭和も遠くなりにけり、と昭和生まれの老師はため息をつきます。

 日本語では、老師は、文字通り老いた教師、年取った教師。中国語では、20代の先生でも老師ラオシーです。中国語「老」に元々含まれていた「知識経験豊富な人」の意味が日本語では無くなって、「年を取った人」の意味しか無くなってしまいました。「老」のつく熟語でよい意味の語は、老練と老舗くらい。

 老師が老婆心から、学生に言いたいこと。
 二度と戦争をしないためには、戦争をしたことも、負けたことも、どのような事実があったのかも、しっかり学んでいかなければ、いつのまにやらあなた方が戦争の中に引きずり込まれることもあるんだよ、と伝えていかねばならないのですが、この先どうなりますか。

 「原子力基本法」が自民党提出の修正案により「原子力利用の安全確保は国民の生命、健康及び財産の保護、環境保全並びに我が国の安全保障に資することを目的として、行うものとする」という一文が追加された、ということ。

 私は、あまりのえげつない文言を見て、「この一文は削除された」と勘違いしてしまいました。私の誤解でした。削除されたのではなく、追加された!!
 まさか、こんなことを、仮にも国民の生命を守ることを第一の仕事とすべき為政者が言うはずないだろうと勝手に憶測してしまった。勝手な思い込み、こわいです。

 私たちの財産を保護し、環境保全するために「原発」が必要?原発のために財産すべてを失って難民となった人をどうするのか、1年たっても放射能指数が下がらないままの土地を残して、環境保全のために原発は「資する」だって?
 原発は「安全保障に資する」?あまりの文言に口あんぐりです。

 日馬富士は、美人の「奥様」とかわいいお嬢さんを守るために、稽古をかさね、「全身全霊で」精進する日々が続くことでしょう。私も、私と家族の生命を守り、豊かな国土を守るために、原発にも戦争にも反対していきます。

 国土の安全と環境を守り、文化を守るための私の仕事は、「日本語」を大切にすることです。私の「大切にする方法」は、「守旧派」とは異なるやり方ですけれど。
 さまざまな言葉を取り入れてきた日本語。1万年前の縄文語から、この言葉はこの国土に生きてきました。さまざまな言語と混じり合い、膨らみながら生き延びてきました。

 最後に、世界の重要なコミュニケーションツールとなったインターネットの使用言語ランキング。
1.英語/5億3千万人 
2.中国語/4億5千万人 
3.スペイン語/1億5千万人 
4.日本語/9千万人 
5.ポ ルトガル語8千万人
以下、 
6ドイツ語 7500万人  7 アラビア語/6500万人 8 フランス語6000万人  9 ロシア語/6000万人 10/朝鮮語 4000万人

 日本語は、系統はわからない孤児の言語ですけれど、世界では話者数では10番目のメジャー言語、インターネットでは世界4位のメジャーです。
 がんばれ、孤児にほんご。
 生き続けてほしいです。

<つづく>
コメント (4)
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