グローバルネイチャークラブのガイド日記

グローバルネイチャークラブ(旧グローバルスポーツクラブ)のガイド仲間が観察した伊豆大島の自然の情報を中心にお届けします。

阿蘇ジオパークのガイドさん登場!

2016年01月31日 | ツアー
今日、阿蘇ジオパークのガイドさんが旦那さんと2人で来島、ツアーをリクエストしてくれました。

現在は神奈川県在住だけれど、阿蘇で生まれ育った山崎さん。

阿蘇のジオガイドさんの制服を着て、伊豆大島初登場です!

火山をよく学んでいる山崎さんと、冷静に様々なことを観察する旦那さん。お2人とも全身で火山を楽しみ、発見の連続でした。

たとえば少し高い所に降り積もった火山灰の層に近づいて…

「この層だけ植物が生えてる。噴火と噴火の間が開いていたんですかね?」と指摘。

このシマシマの層全体は三原山が積もった噴火の最後の方に、時々火山灰を降らせる噴火をして、10年ぐらいかけてできたもののようですが…

植物の根が混じっていると言うことは、確かに少し土っぽくなって栄養分があるのかも…。

『観察眼』が鋭いなぁ~。

その後も…

29年前の噴火で火口のそばから転がりながら流れて来た巨大な岩を「ホカホカの泥団子みたいな状態だったのね」と楽しそうに観察。


火山好きな人が訪れると、時々「溶岩フォトフレームで写真を撮ります?」と提案してみるこの場所では…

かなり頭を中まで入れて、お2人で写真を撮りあっていました!
…で、撮れた写真は…

こんなに嬉しそうな笑顔でピースサインを出してくれた人も、もしかしたら初めてかもしれません。

(^^)v

休憩時間の合間にも「足元の下に溶岩チューブがありそうだなぁ…」と自ら発見。

スバラシイです!

火口一周コースで「今にも転がりそうな岩」が、絶妙なバランスで残っているのも見つけてくれました。

小さな3角の石が、大きめの岩を支える役目をしているようです。
これ、次に歩く時は、もう無いかも…。

「降り積もったマグマのしぶきの、粒の大きさによって音が違う」ということも発見し…

おふたりで別々の場所を歩いて、音を比べていました。(ひたすら感心)

恒例の裏砂漠でのジャンプは、後ろ飛び!

「阿蘇ジオパークの文字が写るように」という、阿蘇愛にあふれるジャンプでした~。

そして溶岩地帯では、なんと「くまモン」の横顔を発見!

さすが熊本県の阿蘇育ち!
改めてくまモンの横顔を調べてみたら、本当にそっくりでした!

ススキの原を歩いた時の感想も、面白かったです。

「野焼きをしたい!」
「いや防火帯を作らなきゃいけないから、このままじゃできないよ」と話しあう2人。

長い年月野焼きをして草原を保ち、牛を放牧してきた阿蘇の歴史文化。

野焼きのボランティアをした時の体験談などを聞きながら、火山と共に生きてきた阿蘇の人達の暮らしを思い描き、楽しい時を過ごしました。

そして最後の夕陽タイム。

「阿蘇ジオパーク、伊豆大島ジオパークで溶岩の向こうに沈む夕陽を眺める」の図です。

一度雲に沈んだかに見えた夕陽は、おふたりに別れを惜しむかのように、また出てきてくれました。


そして「海岸には宝物がいっぱいさ~」という旦那さんの言葉で、みんなで海岸をさがしたら…

ハート型の溶岩が見つかりました!
きっと伊豆大島の火山からのプレゼントですね!!

最後に「笑顔」を作りました!

今日1日の楽しい時間と出会いに感謝!!

ちなみに山崎さん「楽しく美味しく癒されるジオパークをご紹介したくて、ジオパーク武者修行中」とのことで、ご自身のブログでジオパークのことなどを発信されています。とても楽しい記事が多いので、ご一読をお勧めします。
http://asoguide.net/geopark/post-781

明日も一緒に歩くので、楽しみです!

(カナ)
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ナミスジフユナミシャク

2016年01月30日 | 
夜間照明が点いているところは朝見に行って、ナニカいるかいないか探すのが日課になっています。
特に熱心に探しているわけではないですがやっぱり冬はフユシャクが気になります。
一昨日、今季第1号を発見しました。

見つけたときはこんな格好でとまっていました。





ナニモノか調べようと手にとるとはばたいて飛ぼうとします。



元気はいいのですがかなりスレた個体でした。
メスには巡り会えたのでしょうか?
この冬はアカウスバフユシャクには遭えないのかなぁ・・・

                                   がんま
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自分がダンゴムシだったら…

2016年01月29日 | 火山・ジオパーク
昨日は、第5回ジオガイド養成講座「伊豆大島の動物2」の日でした。

講習講師として長谷川雅美先生(東邦大学)が来島。
ガイド仲間に声をかけ、空き時間に一緒に島を歩きました。

最初の訪問先は、夏の学生さんの合宿下見を兼ねて「砂浜と岩場が両方ある海岸」へ。

「天気も良いし、私のお気に入りの岩でお弁当を食べよう!」という企画だったのですが…

相当海が荒れたらしく「座り心地の良い岩」は下の砂が掘れて、足が届かなくなっていました!

…なんだか落ち着きません(^_^;

…で、場所をこちらに移し…

ランチタイム!
ここは、と~っても座り心地が良かったです!

食後に散策が始まりました。

「こんなところに生きてるよ!」と長谷川先生。
何を見つけたのかな?…と思ったら…

穴の中の小さな緑でした。

みんなで観察した結果「シダの子どもかね?」ということになりました。

そのほか、固く結ばれた(?)流木や…


土石流に巻き込まれた木の痕。(たぶん)


「天然の配水管みたいだね」…という「!」な風景。

(丸い穴は、たぶん木の跡)

何か見つける度に、長谷川先生の目が嬉しそうにキラキラ輝くのが、とても印象的でした。

次に、一見生き物がいないように思える冬の海岸で、生き物をさがすコツを教えてもらいました。湿度のある石の下が狙い目だそうです。

「この石の下に、ハマトビムシとハネカクシとゴミムシダマシがいましたよ」と長谷川先生。

黒い20cmぐらいの石をめくって見ると…

ええと~(^_^;

砂粒しか見えないのですけれど…。←細かい物が見えない(^_^;

…と思ったら、動き出しました!
ゴミムシダマシ!!

(名前を調べたら、ハマヒョウタンゴミムシダマシという砂浜の生物のようです)

こちらはハマトビムシ。(ピントがあっていませんが細長い透明感のある虫です)

ハネカクシの仲間は、素早すぎて撮れませんでした(T-T)

そして別の石の下からは「何者かのさなぎ」


同じサイズの「ハマダンゴムシ」

完全に砂粒サイズ!
これを瞬時に見つけるって…スゴすぎます。

この後場所を移し、伊豆大島で一番長いビーチ「砂の浜」へ。

砂浜に着くなり「ここの海の中は砂地ですか?」と長谷川先生。
「どういう意味かな?」と思ったら「砂地に住むアサリの仲間の貝殻があるから…」とのこと。

そう言われて見れば、この貝殻がある海岸は限られているような…

今まで、あまりそういう見方をしたことって無かったなぁ…と気づきました。

最後に、巨木の森の様子を観察しに「薬師堂」へ行きました。
森の中から空を見上げた時の風景。

スダジイの木々が、葉が重ならないように同じ太さの隙間を空けて共存しているのを感心して見上げていたら…

「空が開くと木は光を求めて、葉をいっぱい出して競争するんですよ。たとえば…」…と社の上の空を説明してくれました。

1本の木でも、右と左で葉のつきかたが違っています!

空が広く開いている場所は、葉が一杯ついていて色が濃い…

競争が激しいのですね!

「いつも自分がダンゴムシだったら…とか、木だったら…とか考えるんですよ」と楽しそうに語る長谷川先生。

私にもその傾向はありますが、今日初めて気づかせてもらったことがいっぱいありました。
楽しかったです。

「知識と経験が多ければ多いほど、不思議を楽しめるようになる」ということを、ますます実感しました。

さあ、この楽しさを、次のツアーでお客様にお裾分けしなければ!

(カナ)



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第4回ジオガイド養成講座「伊豆大島の歴史と暮らし」

2016年01月28日 | 火山・ジオパーク
一昨日(1月26日)第4回ジオガイド養成講座「伊豆大島の歴史と暮らし」が行われました。

参加者は58名。

講師は現在大島町の教育委員会で文化財の整理などを担当している岩崎薫氏。


会場に行って最初に感動したのが、配布された資料の内容でした。

写真や図表以外に、初心者でも理解しやすいように、わかりやすい文章でまとめられた46pに及ぶ資料…これを作るのはきっと大変だったことでしょう(感謝)

岩崎氏の説明によると、現在島内には52カ所の遺跡が見つかっており、それらの発掘は大学に任せきりにするのではなく、継続して島民が関わって来たとのこと。(高校生が発見した遺跡もあります)

発掘の際には考古学者と地質学者の意見を聞きながら年代特定などをしていくそう。

…で、その意見調整の結果、大島には今から8000年前には人が住んでいたことになっているそうです。

興味深い話がたくさんありました。

その1 縄文時代の遺跡よりも古墳時代後期の遺跡が一番多く発掘されている。

古墳時代後期に人がいっぱい住み始めていたことを示しているそうです。

その2 溶岩流の下の龍の口遺跡の土器は赤く焼かれた独特の色をしている。

流れて来た溶岩の熱で焼かれて赤くなったのでしょうか?溶岩流が人の暮らしを飲み込んでいく…これは過去の出来事であると同時に、未来の私たちに起こることでもあるのだなぁと思いながら、話を聞きました。

その3 縄文時代の遺跡にはイノシシの骨は出土するが、シカは角しか出てこない。
「縄文時代の移動手段は丸木舟。イノシシの子どもは船に乗せ、食料として連れてこられたのだろうが、シカは足が長くて丸木舟に乗せにくかったのでは無いか?」とのことでした。

その4 土器はどの時代も島外から持ち込まれたもの。
大島には粘土が無いので土器が作れなかったのだそう。
石器はほとんど大島内か利島の溶岩とのことでした。

神津島の黒曜石もたくさん使われていたそうです。

神津島まで丸木舟で航海していたこともスゴいと思いますが、縄文時代にどうやって情報を入手し、交易をしていたのか想像すると楽しいです。

縄文時代から現代まで続く、島の住人の暮らし…
資料には、今に至るまでの島の水事情も載っていました。

水はけの良い火山灰に覆われ川が無い伊豆大島。標高の高いところから沸き出る真水と、海岸近くに掘った塩分を含む水を、用途によって使い分け大切にしながら営まれてきた島の暮らし…。

今、唯一当時の姿を残す「掘り井戸(ハマンカーと呼ばれる)」の、中の写真も資料にありました。

キレイに埋め込まれた溶岩の井戸!
火山の島の井戸だなぁと思いました。

この日の講習、本当に面白かったです。縄文時代の島の暮らしから今の自分の暮らしまでがつながって、そこに火山の存在を感じました。

そして、私たちに「わかりやすく島の歴史を伝えよう」としてくれている岩崎氏の熱意も感じました。

その熱意に応えられるように、作っていただいた資料をしっかり読み直して、ガイドの時に伝えていきたいと思います。

(カナ)
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ノスリ

2016年01月27日 | 
もうこのブログではすっかり常連さんです。
昨日の昼過ぎに海風を受けて飛んでいるのを見つけました。

お、こっちに来るかな?



上空でハンギング(羽ばたかずに尾と広げた翼を動かしてバランスをとりながら空中に停止する飛び方)して・・・



私をまったく気にせず獲物を探していました。







なにかを捕らえるシーンを期待しましたが弧を描いて飛び去って行きました。
ノスリが獲物を仕留めた場面にはなかなか出遭えていません。

                                      がんま
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秋川流域ジオパーク構想・シンポジウム

2016年01月26日 | 火山・ジオパーク
1月23日午後行われた表題のシンポジウムは

参加者は70名以上だったとのことです。

スケジュールは以下の通りでした。


目代氏の…

…と言うテーマのお話のあと…

私が「ジオガイドの仕事で心がけていること、仕事の現状、そしてジオパークだからこそできること」についてお話をしました。(今回は写真はありません~)

秋川渓谷はこんな場所(秋川流域ジオパーク推進会議代表・長田氏の資料より)

私も東京に住んでいた頃に遠足で2回ぐらい行ったことがあるし、
あきる野市と伊豆大島は姉妹都市だし、
一昨年の土砂災害前までは、毎年あきる野市の子ども達が、三原山を歩きに来てくれていたし…
会場にも、伊豆大島に来たことがある人が何人もいました!

東京から電車でわずか1時間の距離ながら、渓谷有り、滝有り、鍾乳洞有り、温泉有り、歴史有り、伝統工芸あり、豊かな生き物の宝庫でもある秋川流域。

シンポジウムでは、マウンテンバイクツアーの『東京裏山ライドhttp://www.ura-yama.com/BIKE/cn21/about-us.html』を営むJ氏が「僕のやって来たことがまさにジオパークなんだと思いました」と語り、忍者プログラムを提供する「野忍http://www.yajin-ninja.jp」のJ氏も「僕のやって来たことがジオパークなんだと思った」と語り…

会場にはインタープリターの大先輩や、三宅島のジオツアーの土台を築いた地学の先生も参加。

そして今回のシンポジウムの司会の有馬氏は、仕事でこの地へ通ううちに気に入って移住してしまった人。他にもベテランから若い人まで熱いハートを持った人に、たくさん出会いました。

東京から近いから、ジオパーク関係者も行きやすいし、人にもジオ素材にも恵まれた場所だなぁ~と思いました。

会場からは「ジオは難しい」「一部の地質好きな人がやっているイメージ」などの意見が出ていました。

組織作りやガイドの物語作りなどは、この先たくさんの努力を必要としそうですが「皆で考え続けていくチーム」はきっと作っていけるはず…。

秋川流域の皆さん、頑張ってください。

伊豆大島も頑張ってます!
(今日もガイド講習でした~)

(カナ)










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島の大地約2メートル下に!

2016年01月25日 | 火山・ジオパーク
大島の大地は火山が作った大地です


噴火によって大地が作られています。大地は空からやってくるのですが、時々流れてきたりもします(溶岩流・土石流他)
空からやってくるものは大きい物、スコリヤと呼ばれる小さな石(噴石)火山灰でも植物などの有機物の層も有りますが
しかしこの縞々の中に自家製の物でないものも挟まっています(この写真はイメージです)
838年に神津島の天上山が噴火した際の降灰です。これを見つけることでその上下層の年代が分かりやすくなるそうです
捜しに行ってみましょう


河童の水付近、都道脇


くっきりでしょう?



この辺に出ていたのですがあそこかな?


温泉ホテル駐車場の露頭  真ん中の石の下のライン


大島の中腹  椿花ガーデン付近

道から30~40センチ上の白いライン


南部の試合場近くの間伏林道


このへんかな?

ラインは分からないですが霜柱がきれいです


あまり分からないので去年の6月写真を!でもいまいち分かりませんね

何処も専門家と一緒に観察した場所ですが少しの間でも他の土砂に覆われてしまい見えなくなってしまいました。もっとしっかり削れば出てくるのですが持ち主の居る土地を無断で崩すこともできません。またの機会に期待します(しま)
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秋川流域のジオ素材

2016年01月24日 | 火山・ジオパーク
昨日は午前中に「秋川流域ジオパーク構想」のガイドさんに案内していただき、フィールドを回りました。


長い長い年月をかけて海底にたまった砂や泥が、シマシマの模様を作っている渓谷の風景。

本当はシマシマを近くで観察する予定だったようですが、雪で滑るため、遠くから観察することになりました。

ガイドさんの少々専門的な地質の説明に、一緒に参加していたJGC委員の目代さんから「もっと目の前の景色を説明した方が良いですよ」とアドバイスがありました。

「なんで川の両側の崖の傾斜が違うのかとか、なんで片側にだけ人が住んでいるのかとか…」

なるほど確かに言われてみれば、川の片側は急な崖で家はなく、なだらかな側に家が集中しています。何でなんだろ??

不思議でたまらなくなって、理由を聞いてみました。

目代さんの回答を要約すると「“日当たり”が一番大きな理由だろうけれど、水の流れとシマシマの地層の角度との関係で崩れやすさに差が出る」とのこと。今まで考えたことのなかった視点に「へ~!」っと思いました!!

ガイドさんは交代で、説明をしてくれます。

渓谷を流れる美しい水に「ここで死にたい」と言い切るガイドさんに「地元愛」を感じてウレシクなりました。

町中の橋には歴史があって…


この橋だけでも、人とジオの物語を見つけられそうだし…


吉祥寺というお寺の中では…
 

住職さんに「13仏を回るハイキングコースがある」と教えてもらい、何かジオ物語が見つかりそうな予感が…。

「歩いてみたいなぁ…」と思いました。

そして、開かれた斜面に作られている墓地に、驚きました。
石垣と墓石だけで植物が植えられていないので、整然として見えます。

眺めが良くて明るくて、中に眠る人も明るい気分になれそうなお墓だなぁ、と思いました。
…しかし…なんでこの地域は、お墓に草木を植えなかったのでしょう?
石垣の石は、渓谷の石でしょうか??疑問はつきません…。

そして私が一番印象深かったのが、3月1日の神事の話。

「夜中に男衆がフンドシひとつで川に行き、水で体を清めた後、川縁にあるチャートという固い石をたたいて火を起こす。6人が3回ずつたたくが、誰も火をつけられないともう一度体を清め、再挑戦する」…という儀式があるそうで、その儀式を体験した人がいかに寒いかをリアルに語ってくれました。

面白かったです。
でも、ここでひとつの疑問が…「チャートはどうしてそんなに硬くなったのか?」

以前室戸ジオパークの専門員で、今は別のお仕事をしている地質専門家の柴田さんもこのツアーに参加していたので「なぜ固いんですか?」と聞いてみました。「放散虫という石英でできた固い殻を持つプランクトンの死骸でできているから」なのだそうですが、そのプランクトンは海の中に、それほどたくさんは居ないのだそうです。

では、それほど多くはないプランクトンの死骸でできた石が、この辺りにいっぱいあるのはなぜでしょう?

柴田さんの説明によると「陸の近くには砂や泥がたまるから、数が少ないプランクトンはその中に紛れてしまう。陸から離れていても珊瑚礁などの浅い海では、サンゴの死骸などに紛れてしまう。外洋の深い海には他のものがたまらないので、放散虫の死骸がたまってゆっくり時間をかけてチャートができる」のだそう。この説明、すごくわかりやすかったです。

この説明を聞いて初めて、深い深い真っ暗な海の底に、プランクトンの死骸がゆっくりゆっくり溜まって岩になり、それがプレートに乗って運ばれて、長い長い長~い旅をしてここまでやって来たという「物語」が頭に浮かびました。

そうやって最も固い石になった「チャート」を、人間が火打ち石として寒さに震えながら神事に使っているなんて…面白すぎます!(今まで何度聞いても覚えられなかった自分とは関係のない遠い存在だったチャートを、初めて身近に感じました)

海に囲まれた若い火山島の伊豆大島と対照的な、4億年近く前からの大地の歴史や人との関わりを探していける秋川流域。同じ東京都なのに全然違う角度から地球の物語を語れる場所…秋川流域の皆さんに頑張って地域の宝物をいっぱい探してもらいたいです。

ぜひぜひ、頑張ってください~。

(カナ)




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シノリガモ

2016年01月23日 | 

一昨日、和泉浜(いづみはま)近くで見つけました。



潜って・・・





カニを捕まえました。


結構な波でしたがものともせず潜水を繰り返していました。


                                 がんま
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ジオパークの楽しみ方

2016年01月22日 | 火山・ジオパーク
数日前、室戸ジオパーク専門員の白井さんからポンカンが届きました。

私が室戸であまりにも「ポンカン、ポンカン」と騒いだので、収穫後送ってくれたようです。(ありがとうございます!)

その気持ちだけでも嬉しいのに、箱の中にはなんと、ポンカン作りのレシピを書いた手作り絵本が入っていました。

表紙をめくると…


ポンカン作りに必要な材料が書いてありました。

砂と泥と礫をたくさん、フィリピン海プレート1枚etc…そして愛情たっぷり!

さらにページをめくると…

「海の中でフィリピン海プレートをユーラシアプレートの中に沈み込ませます…」フムフム。

南海トラフに砂や泥がたまり…


どんどんたまって地層ができることが、シンプルな絵と可愛い言葉で綴られています。


ジオパークセンターで本物が見えるというお知らせも…


地球が冷えたり、暖かくなったりの時を経て今は…

「地球と人が力を合わせてできた5000万年分の味を凝縮したポンカン」ができあがりました!(実際には、もっと丁寧に書かれているし絵のページも多いです)

最後のページ。

…いや~、これ読んで感動しました!

このレシピ本がポンカンとセットになっていたら…ぜひ友人に送りたいし、何箱も注文してしまいそうです。

こうやって地元の食べ物とジオを結びつけた物語を、商品を買ってくれる人が楽しめたなら…きっとより美味しく食べられるような気がします。スバラシイです!(伊豆大島でもクサヤや、塩、大島牛乳、牛乳せんべいなど、色々なものに活用できるかも)

ジオパークの新たな楽しみ方のヒントをもらったような気がして、とても嬉しかったです。(白井さんに感謝)


ところで、私は今、秋川渓谷の温泉に滞在中です。

明日開催される、秋川流域ジオパーク構想のシンポジウム「みんなで語ろうジオパーク」でお話をさせていただくために、今日この地へ来ました。https://www.city.akiruno.tokyo.jp/cmsfiles/contents/0000006/6626/GeoPark_Symposium_flier.pdf
地元の美味しい食材を使ったお店で、この地域の熱いハートを持ったジオパークな皆さんと語り合い、楽しい時間を過ごしました。

明日は午前中にこの地域を周り、午後にシンポジウムの予定です。
秋川流域のジオ、そして人との出会いが楽しみです。

また明後日のブログで報告します~。

(カナ)


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