グローバルネイチャークラブのガイド日記

グローバルネイチャークラブ(旧グローバルスポーツクラブ)のガイド仲間が観察した伊豆大島の自然の情報を中心にお届けします。

ジオパーク研修会その2「震災学習列車」

2014年10月31日 | 火山・ジオパーク
三陸研修会ツアー 午後の部の報告です。
午後は震災学習列車に乗りました。

三陸鉄道の列車を1両借り切り、所々で止まりながらガイドさんの説明を聞くツアーです。

我々の乗る車両が入って来ました。

窓の上に「団体」と書いてあります。

ツアー前には、参加者に発車ベルを押させてくれるサービスも…。

たぶん通常のベルより、長~く鳴っていたような気がします。

列車の中は、こんな感じです。

三陸鉄道のガイドさんが通路に立ち、挨拶とともに『気持ち』を語ってくれました。
(以下、全てガイドさんの言葉をカッコで閉じて書いてあります。)

「今の被災地を見て、聞いて、様々なことを感じてほしい。この電車に乗った人の、今後の防災に役立てていただきたい。お涙ちょうだいではない。もし住んでいる地域に同じことがおこったら、どうするかを考えてほしい。ガイドは本当はしたくない。話しをするのも辛いこともあるが、頑張って話す。」

ガイドさんからうかがった震災学習列車の概略は以下のとおりです。
「2年前からガイドを始め、今年の4月からだけでも250団体11,000名を案内している。最大300名受け入れたことがある。ガイドは北と南で4名と3名で対応し、三陸鉄道全体では計7名。学生の修学旅行などが半分、半分が一般。7割が県外から来る。話しを聞いて、泣き出す中学生もいる。手紙もいっぱい来るが『家族と話した。』という手紙が一番うれしい。車両は一両¥55,000で借り切れる。」

資料を見せてくれながら、説明は続きます。

「震災では15,800名以上が亡くなった。9割が津波の犠牲だが、1割は運良く陸に上がれたのに、治療を受けられなかったり、寒さでなくなった(東北の3月はまだ冬)。このことはあまり知られていない。地震発生は14時46分。明るくて、学校も下校の直前だったのはラッキーだった。これが夜だったら被害が大きくなったと思う。昭和、明治、チリ地震の津波も来ているが、暗い時の地震は被害が大きくなる。」

「犠牲者の中には他者の命を救おうと最後まで戦った人がいっぱいいる。消防団、警察官が大勢亡くなった。」

「ここは松林があって昔は海が見えなかったが、災害後、見えるようになった。」

「線路の反対側には、家がビッシリ建っていたが、災害後何も無くなった。今、土を盛って公園を作ろうとしている。少し高い公園を作り、家を守る。」「ここは復興がいち早く進んだ…なぜなら行方不明者がゼロになるのが一番早かったから。役場が流されなかったのもその理由。」

沿線で一番被害がひどかった地域で列車を止めて、海に向かって黙祷しました。
(毎回行っているとのことです)

犠牲になられた方達が、どうぞ安らかでありますように…。

さて、汽車に揺られながらガイドさんの話は続きます。

「防潮堤の堤防はほとんど海側に倒れていて、引く波の力の方が強いことがわかった。平均11~14mの高さの津波は『堤防を越えた』のではなく『堤防は壊された。』」

水門機械室の屋根37mの高さまで遡上した場所も、紹介してくれました。

37mの波って、どれだけ高いのでしょう!

線路を第二の堤防にする目的で、海側が滑らかで、陸側が凸凹の線路が作られたそうです。


海側の滑らかな斜面で水をやり過ごし…


陸側の凹凸で抵抗を大きくして、水の力を弱めるようにできているとのこと。


サケの養殖が行われた地域では震災後サケを放流し、「サケが戻ってこそ復興」と言っているそうです。
そして今が、その時期とのことでした。

「あ!サケが見えた!」誰かがそう言い、車内は一時、たいそう盛り上がりました。
残念ながら私には確認できませんでしたが…。

「この風景の中の港に船が浮かんでいるのも最近のこと。津波直後は何一つ無くなかった。」


「3月11日に避難しなかった人がいる。2日前に大きな地震があったが、津波は来なかった。今回も来ないだろう。防潮堤が命を救ってくれると思っていた。海が見えなかったため、津波が防潮堤を越えて始めてわかったがソレからではもう逃げられない。」

「ちょっとした知識があれば助かった命がいっぱいある。『地震があったら高い所に避難する』というシンプルなこと。『身近に起きることとして考えてほしい。』そのためにジオパークは外せない。ジオとトレイルも絡めて三陸を発信していきたい。」

最後に,印象に残ったガイドさんの言葉を…。
「被災した企業として、また支援をもらった企業として、続けることが役目だと思っている。」

今回も、つらい思いを乗り越えて語り継ごうとする勇気を持つ人々に、力をもらいました。
大島に持ち帰りたいと思います。

(カナ)

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ジオパーク研修会「自然災害とジオパーク」その1

2014年10月30日 | 火山・ジオパーク
現在、三陸で行われている「自然災害とジオパーク」というテーマの研修会に参加中です。

初日の今日は、ジオツアー。八戸~宮古まで、バスと震災学習列車を利用して移動しました。
とても中身の濃い内容で、考えさせられることがいっぱいのツアーでした。

1回では報告しきれないので、今日は午前の部だけ簡単にまとめてみます。

朝7時に出発し、朝食はここへ。



魚菜小売り市場で、各自好きなおかずを買い、御飯とみそ汁を買うシステム。

イワシやサンマ一皿¥100、名物のイカ(真イカ?)は一皿¥210。

八戸が豊かな漁場であることが、良くわかる品揃えでした。

ここの商店の売り主は、この道40年の地元の女性陣とのこと。

朝からこの地でないと味わえない雰囲気の中で、味しい海の幸をいただいて、気持ちも温かくなりました。

さて、最初の訪問地は、種差海岸の蕪島神社。
ラジオで神社の案内を聞けるシステムも、導入されています。

鳥に詳しいプロのガイドさんが、色々説明してくれました。

ここはウミネコの繁殖地とのことで、草笛でウミネコの鳴き声を真似て聞かせてくれました。

これが本物と区別がつかないぐらいそっくりで、とてもビックリしました!

さらに、鳴く時の動作まで解説してくれ、全員でジェスチャーするという楽しい盛り上げも…。

語りの上手さに引き込まれました。

階段の途中に津波の到達点の表示がありました。

昭和8年の津波到達点です。

さらに少し上がった所にはこの表示が…

ここでガイドさんから「皆さん、最初の表示からここまでどのぐらいかかりましたか?」という問いかけがありました。

聞かれるほど離れていないので、問いかけに少し驚きました。
「10秒ぐらい?」と考えていると…

「津波は怖れる自然現象ではありません。逃げ道の確保と地震警報が鳴る前に逃げることが出来れば、命は守れるんです。」と語ってくれました。これ、かなり目からウロコの話しの展開でした。

さらに「八戸は丘の上に町があります。東日本大震災では8-15mの津波が来て、経済的被害は大きかったが死者は2名で、それは海に見に行った者だけでした。20mの崖は海成段丘。全部で8段の段丘があり、削られてなだらかになっています。崖には小道がついていて、上に容易に逃げられます。

家が丘の上にあるので、このあたりで昔から住んでいる人は『防潮堤はいらない。』と言い、作りませんでした。明治以降8回、5mを越える津波が来ました。『防潮堤は命を守るためではなく経済活動を守るため。職場はまた建て直せば良い。』という考え方です。津波を怖がっているのは、新しく来て低い土地に住んだ人たちです。」とも語っていました。

確かに建物は高い丘の上にありました。

昔から引き継がれて来た、生きるための知恵に感心しました。
(ただ、全ての地域が高い所が平らとは限らず、地域ごとの差が大きそうな気がしますが…。)

次に天然芝生地の種差海岸を訪ねました。

バスの中での説明によると
「岩手県から青森県一部にかけて、海成段丘として馬の飼育に適したなだらかな地形が16kmに渡って続いている。八戸は『やませの風(初夏から夏場にかけて海から吹き上げる、霧をともなった冷たい風)』が吹き米がとれないため、馬で収益を上げていた。トラクター代わりの馬として、武士の乗る軍馬として高く売れた。現在は放牧はしていないが、馬刺、駒踊り(馬の健康的飼育を祈って神に奉納)などが残っている。また、米の代わりの雑穀料理(南部せんべい、八戸せんべい汁、マメ部汁など)が発達した。」とのことです。

次に「種市層ウニ増殖溝」を訪ねました。

干潮時に岩盤が露出して海藻などが育たない岩盤に、昭和50年から養殖を開始。
くし形上に溝を掘り、海水の流れを起こしてウニの養殖場を作ったそうです。
津波で流されて大変だったところに、水産会館も完成したばかりとのことでした。

午前の最後は「琥珀博物館」へ。

日本最大の琥珀の山地が久慈市で、琥珀は樹木から染み出た樹脂などが化石化したものだそうです。明治時代には1日1トン採掘し、船の塗装などに使ったそう。

「なぜ、久慈に琥珀が多いのか?」という質問に対し、ガイドさんは…
「この地域に杉が多く、樹脂が出た瞬間に何度も大雨洪水があって、流れた樹脂が流されて海に運ばれた。海面からの隆起が大きく、琥珀が積った地層が地上に出て、波で海岸に寄せられたのではないか?」という意味のことを語られていました。

ガイドの皆さんのおかげで、八戸のジオをとても興味深く感じました。

では、続きはまた明日報告します。

(カナ)
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牧場で鳥見

2014年10月29日 | 
今日は朝と夕方、合計2時間くらい牧場で鳥見をしました。
洗濯物を干しているときに上空をナニカ紅い小鳥が飛んで行ったので、もしかしたら牧場に来ているかもしれないと思ったのです。

今季初のアオジがいました。

枝被りですが(汗)


これは・・・

ホオアカでいいんじゃないかな?
と、遠い~。


たっくさんいるヒヨドリ。

この下にある水路に水浴びにやって来ます。


チョウゲンボウとハシブトガラス。

ハシブトガラスが追い掛け回していました。


でもへっちゃら~。


キジ(オス)

メスもいたけど撮れませんでした。
びゅーっと飛んで行ったので。


カシラダカ。

カメラに収まるのは今季初です。


ホオジロ(オス)

大島には年中たくさんいますが冬は北の国からさらに大勢やって来てます。


すぃーーーーーっと飛んで遠くの木にとまったのは・・・

アレマ!!
アカアシチョウゲンボウじゃないの!?

すぐにハシブトガラスに見つかって飛び立ちました。





だいぶ離れたところまで飛んで行ってしまいましたがしばらくするとなにやら捕まえて戻ってきました。



バッタのように見えます。





えー、私の真上をぐるぐる旋回していたので慌てちゃってブレブレ画像量産でした(涙)


たまに割とまともなのも。







アカアシチョウゲンボウはほぼ1年振りの出会いでした(前回は2013年9月21日)
そのときはコチョウゲンボウだと思っていたのでそのタイトルでUPしてます。


チョウゲンボウに絡まれました。

大きさは同じくらいです。
あー、また成鳥オスに出会いたいなー。
この子は眉斑があるので幼鳥、去年の子はメス成鳥です(以前のオス成鳥は2011年5月18日にUPしています)
紅い鳥さんには会えなかったけど、アカアシチョウゲンボウに会えて大満足でした。


んで、今日のオマケ。

朝陽に輝くタイ国際航空のB747―4D7。
むぅー・・・ステキだ!

                         がんま
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ハワイ島からのお客様

2014年10月28日 | ツアー
昨日,大島の姉妹都市でもあるハワイ島から、ハワイ郡長の側近の副マネージャー部長R氏が義援金を持って来島され、歓迎のセレモニーが行われました。その中で私は、日中のジオツアーのガイドを担当しました。

朝の飛行機で到着後、すぐに町長への表敬訪問。

2つの火山島の代表らしく、噴火写真の前で記念撮影。

そして献花台へ。


その後、町に迫った溶岩流を見ていただきました。

ハワイ島は伊豆大島と同じような、粘りが少なく冷えると黒く固まるタイプの溶岩を流す火山です。

ハワイは今も噴火をしており、溶岩が道路をふさぎ、民家をのみこもうとしているそうです。
スマホで噴火による被害をこまめにチェックし、とても心配されている様子でした。

27年前に元町の民家近くまで流れて来た溶岩が、黒々とした状態で残る景色はかなり「生もの」だと思っていましたが、ハワイ島は「今まさに、流れている」のですよね。

噴火は島に新しい大地を作りますが、溶岩が民家を取り巻いてゆく様子を見ると「住んでいる人の気持ちはどんなだろうと」考え、なんともいたたまれないような気持ちになります…。

さて、元町溶岩流の次は“ホテル椿園”さんを、訪ねました。
椿園のご夫妻のお祖父さんが町長をされていた時代にハワイ島と伊豆大島の姉妹都市が締結されたそうです。

土砂災害を奇跡的に免れた安永元年の建物の中には、ハワイから送られた飾りが置かれていました。

被害にあったホテルの玄関に、ずっと飾られていたものだそうです。
昔の写真を見ながら、ひとしきり共通の知り合いの話しに花が咲き、時が過ぎました。

ホテル椿園、屋上からの眺め。

流されずに残った椿の木(写真右下)に、花が咲いていました!

この椿の花の開花は、嬉しかったです。

椿の木が、見る人を励ましてくれているようにも感じられます。
で…

みんなで写真を撮りました。

椿よ、ありがとう~!

波浮の港でランチを取り、その後裏砂漠へ。
みんなで「アロハ~!」と言いながら、親指と小指を立てるのが、ハワイ流の「ピース」のようです。

ハワイにも砂漠のような景色があるのか聞いた見たら「カウ砂漠」という黒い砂漠があると教えてくれました。

ところでR氏は、大島の景色と同様に、人との触れ合いをとても楽しんでくれていました。
40年間ここで手作りお土産を売っているお店では…

いっぱい買い物をしてくれました。

椿花ガーデンでは、園長さんが自ら園内を案内。

早咲き椿を紹介してくれました。

広大な敷地をいつもキレイに手入れをされている、超・働き者の園長さん。
人が手をかけているから、ここの園内が居心地が良いのだと思います。

この椿も、小さな苗木の時代から20年近く世話をして育てたそうです。

その話しを聞いて感嘆の声を漏らし、熱心に椿の木を撮影するR氏…どんな写真が撮れたのでしょか?

もしかしたら…こんな風景?

椿と、淡いピンクの雲に包まれた富士山が素敵でした。
こんな景色が撮れるのは、もしかしたらここだけかも!?

そして深層水を使って理想の塩を追い求める阪本氏のプラントへ。

ここでも、熱心に話しを聞き、質問されていました。

最後に、ハワイ島から送られた木の象を訪ねて郷土資料館に行きました。

火山島同士の50年以上に及ぶ交流…素敵ですね!

ハワイ島が少し近くなったように感じた1日でした。

(カナ)
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キラキラのために。

2014年10月27日 | ツアー
一昨日の午後の高速船に乗って、海の常連のお客様が“キラキラのススキ”を撮影しに来島しました。

午後4時近かったので、太陽の光はかなり下になっていました。
外輪山に日が沈むとススキの色が失われるので「大丈夫かな?」と心配になりました。

さらに山の上には、なにやら心配な雲…

「キラキラは難しいかも」と思い、お客様と相談したら「それでも、とりあえず挑戦する。」ことになりました。

で、ススキキラキラの撮影ポイントへ行ってみましたが…

夕陽はシッカリ雲の中!
左側には青空が見えているのに、ちょうどだけ雲がかかっていました。

雲はゆっくりゆっくり動いていました。

「雲が消えるのが先か、日が沈むのが先か、ですね。」
用意したコーヒーを飲みながら、雲の隙間から太陽が顔を出すチャンスにかけました。

空には様々な形の雲が浮かんでいて、見ていて飽きませんでした。

下からモコモコ出ている雲が可愛かったです。

さて、三原山の上空には青空が広がり、青空の範囲は段々広くなってきましたが…


太陽は、うす雲の向こうに一瞬現れただけでした。

黒い溶岩の丘とピンク色のモクモク雲の風景は素敵でした。

超特急のツアーでしたが、楽しかったです。

ところで毎週月曜日にブログを上げてくれている嶋田が、お孫さん誕生につき離島中です。
心配される方もいるかもしれないので、この場でお知らせします。

(カナ)


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「どうして溶岩で生きられるの?」

2014年10月26日 | ツアー
今日は、4歳のお子様連れのご家族とダイビング仲間の皆さんと一緒に、三原山を歩きました。

天気予報は雨から曇りに変わっていましたが、山の天気はわからないので、いつもの如くレインウェアと長靴をお貸しして、着替えてもらってから歩き出すことにしました。

ツアー用に大人の長靴はかなりそろえたのですが、子供用長靴は店に置いていません。
昨日、電話でその話をしたところ…

ジャ~ン!

新しい長靴を買ってもらったようです!(カッコ良い~!)

で、全員完全武装で出発!


歩き始めは、薄い霧の向こうに三原山が透けて見える感じでした。

「何も見えないと思っていたのに、良かったです!」などと言いながら歩き始めたところ…

雨がザ~っと降り出しました!

道路が濡れて、鏡のように景色を映しています。

「奇麗だな~」と見とれていたら、やがて水に太陽が映りました!


雨は降ったり止んだりですが、青空も見え始めました。


ちなみにヘルメットって雨粒避けにもなるので、かなり優れものですね。


さて、後半は雨も上がったので、いっぱい遊びながら歩きました。
「4歳男子、溶岩に登る」の図。

高いところが好きなのだそうです。

火山噴火の説明の後、全員で噴火を再現。

普通は皆さんここで「噴火!」と言って、穴だらけの黒い小石を空中に投げるのですが、今日のかけ声は「ボルケーノ!(火山)」でした。

ヘルメットをかぶった皆さんが、全員で「ボルケーノ!」と声を合わせる風景は、なんだかとても本格的(?)で、かっこ良かったです。

頑張ってゴツゴツ溶岩を登り…


まるで馬にまたがるかの如く、溶岩に座り…


翼を持つハチジョウイタドリのタネが「これだけ入れても引っかかって落ちない。」ということを発見し…


みんなで、雨上がりのキラキラ輝く溶岩の上を歩きました。

雨と太陽の合作の、スペシャルな風景でした。

ところで今日一番印象に残ったのは、4歳の男の子の一言でした。

オオバヤシャブシの実を手に持って「ねえ、これどうして溶岩で生きられるの?」と聞きに来てくれたのです。

この質問に、シビレました。

「そうだよね、そう思うよね。でも生き物って皆そうやって、何度でもよみがえるんだよ。人間もね。」…と、熱く語りたくなりました。(いや、もしかしたら語ったかも…?←記憶不鮮明)

歩いた距離は短かったですが、とても素敵な時間でした。
ご参加いただいた皆様、ありがとうございました!

ところで…私がツアーで歩いていた時間帯に、大島町では昨年の台風26号土砂災害犠牲者の追悼式が行われていました。

追悼式には日本ジオパークネットワーク会長の米田氏(糸魚川市長)と事務局の斎藤氏が来島し、参加してくれました。

大島を気にかけて遠方から訪ねてくださったことに、この場を借りてお礼申し上げます。

「ありがとうございました!」

(カナ)








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2羽になりました。

2014年10月25日 | 
乳ヶ崎(ちがさき)のハヤブサ、17日に2羽いるのを確認しました。
画像は昨日のものです。

以前も書きましたが毎年同じ個体が来ているのかはわかりません。
私的には何年も連れ添った夫婦だと思いたい~。

これは19日に撮影したもの。
それぞれが獲物を捕らえました。
1羽(たぶんメス)はキジバトを。



もう1羽(こっちはたぶんオス)は何か小鳥を。

ハヤブサの狩りは何度見ても自然の厳しさや美しさ、命のはかなさや逞しさをまざまざと見せ付けられて感慨深いものがあります。


昨日は他に、



ジョビ子さん(ジョウビタキ メス 今季初確認)2羽。


オオセグロカモメ(たぶん)

これは幼鳥を12日に見てます。


ノスリも来ました。

初確認は8日です。


画像はありませんがタヒバリとカシラダカも目撃しました。
あとシロハラらしき鳥も。
冬鳥たち、じゃんじゃんおいで~。

                         がんま
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砂防ダムの涙

2014年10月24日 | 火山・ジオパーク
このところ全然立ち寄っていなかった林道を、ほぼ11ヶ月ぶりに歩いて来ました。

昨年の台風で崖が崩れる前まで、ここは山に向かう2本の登山道を山腹で結ぶ林道でした。

しかし昨年の台風26号後、道が崩れて寸断されてしまいました。

写真は約1ヶ月後の風景です。

同じ場所を、ちょっと角度をずらして撮った今日の風景。

車が通れる道が、できていました!

昨年、崖が大きく崩れたこの風景は…


ほとんど変わっていませんでした。

なんで植物が生えないのでしょう?
ちなみに斜面に垂れ下がったロープは、法面工事のためのロープだそうです。

林道の中間地点。昨年大きく崩れていたこの場所は…


ちょうど工事の真っ最中で先に進めませんでした。

崖の上のイズノシマダイモンジソウの無事を確認したかったのですが、残念です。
…また行ってみなければ!

それにしても、切り取られた崖の中身が真っ赤です。

崩れていない緑の葉に覆われた崖にも、所々赤い地面が見えていました。

きっと昔、ここに熱々のマグマのしぶきが降り積もったのでしょうね。

黒っぽい固そうな岩が見える場所もあります。

ここにはその昔、溶岩がカラカラ音をたてながら流れて来て、森を焼いたのかも…などなど、想像しながら歩きました。

ところで今日は、嬉しい出会いがありました。
ほぼ1年ぶりに見たテンニンソウの花!

旧友に会った気分でした。

オレンジ色の小さなキノコも発見!

杯のような形で可愛いかったです。

そしてこのキノコ…

顔に見えて笑いました。

ところで今日は、もうひとつの“顔”に出会いました。

泣きながら吐いている人の顔…に見えます。

実は昔、犬と一緒に毎日のように通った大好きな森にこの砂防ダムができた時、悲しい気持ちになりました。大切なものに傷がついた…ような気がしました。

でも昨年の土砂災害で、砂防ダムの働きを実感しました。増えすぎた人が、命や住む場所を守りながら日本で暮らすために、必要とされる砂防ダム。

人と自然との関わりを突き詰めて考えると、とても「この方法だけが正しい」と簡単には言えなくなります。

様々な人の思いを受け止めて、森の中で1人で泣いている砂防ダム…

雨の後は時々見かける風景ですが、毎回そんなふうに感じています。


(カナ)
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雨の森のキラキラ。

2014年10月23日 | ツアー
伊豆大島は、冷たい雨の降る2日間でした。

昨日のツアーでは強い雨が予測されたので、お客様と相談して島の“食”に重きを置くことになりました。

でも美味しい御飯を食べるために、まずはジオを楽しんでもらわなければ…ということで、上下のレインウェアと長靴をお貸しして、まずは“赤禿”へ。

熱い溶岩が、どんどん積ってできた赤い崖と一緒に、写真を撮りました。

次に1986年噴火で山の中腹から流れ下った溶岩の上へ。

かつて森を焼きながら流れた溶岩を、想像しながら歩きました。

ツタが紅葉して、説明看板の枠をカラフルに飾っていました。

可愛いです!

地層大切断面の前では「マルバシャリンバイ」というバラ科の植物が、実をつけていました。

雨がしずくとなって、実から滴り落ちる風景…
一瞬で消える水滴の奥に、2万年の地面があるのが素敵です。

さて、こだわった“食”は、味わい深い港町“波浮港(かつての火口です!)”で…

この風景の中にあるお寿司屋さんで、ランチです。

9つとも島のお魚の刺身で握ったお寿司は、伊豆大島ならではのメニューのひとつです。

いつも「どの刺身がどの魚か」確認しながら食べはじめるのですが、途中から止まらなくなってパクパク…。最後まで確認できたことはありません(笑)。

食後は少しだけ、神社の森を歩きました。


人の背丈より少し高く伸びたスギが葉の先に水滴を一杯つけて、まるでクリスマスツリーのようでした!


大きなスギの木の下では、こんな小さな命がスクスク育っていました。

小さなスギは、雨を喜んでいるようにも感じました。

「キレイ~。」と、お客様と意見が一致したのが、この風景。

地面を覆うヘラシダが、雨にぬれてキラキラ光っていました。

そして、これまたツヤツヤの串団子のようなイヌマキの実を、お客様が見つけてくれました。

赤い実は甘く食べられて、緑色の実は有毒だと言われています。確かに赤い実の方は拾ってでも食べたくなるかも?(以前私も食べましたが甘かったです。)

さて、お客様を港にお送りしてから再び赤禿に戻りました。
実は、撮りなおしたい風景があったのです。

これ…

オオシマハイネズの先端から、雫が足れる風景です。

先端に水が集まるのか、1枚の葉と同じサイズの大きな水滴ができていました。
なんとかキレイに撮ろうと思ったのですが、風が強くなっていて、なかなかうまく撮れません。

で、オオシマハイネズの葉と格闘していたら水滴が…
「動いた!」

…と思ったら、水滴サイズの小さなクモでした。

体には、さらに小さな水滴をつけています。
水滴のサイズも様々。

雨の日はキラキラがいっぱいだぁ~!…と思いました。

(カナ)







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キビタキ

2014年10月22日 | 
20日の朝、張り込んでいて撮影できました。
15日と19日に見かけていてこの場所にいればきっとまた現れるだろうと車を停めて待っていました。
30分ほど待って森の中からふいに姿を見せてくれました。

初めのうちは警戒しているのかなかなか込み入った枝の中から出てきてくれません。

しかししばらく待つと・・・

地面に飛び降りました。
お腹のレモンイエローが綺麗ですね~。

その後は道路脇の枯れたササにとまったり。


遠くの蔓(テイカカヅラか?)にとまったり。

こうして見ると鮮やかな黄色がとても目立つように思えますが実際は動かなければどこにいるのかわからないくらいです。

これは同じ日のお昼に撮ったもの。

腰も黄色いんです。

今日も雨の中少し待ちましたが私の前には現れませんでした。
秋に美しい成鳥オスを見るのは初めてだったのでとてもうれしかったです。

                             がんま
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