グローバルネイチャークラブのガイド日記

グローバルネイチャークラブ(旧グローバルスポーツクラブ)のガイド仲間が観察した伊豆大島の自然の情報を中心にお届けします。

七変化する椿?

2018年01月31日 | 植物

白い花も椿咲いています



左の木の根っこから出た2本の木なのです(右2本)
根っこから出たものだけ何故か白(元の椿は出ないの?)

左の元木は

絞りと呼ばれる白地に赤い色の入ったもの。大きさは8センチ前後ですが10センチぐらいの花の咲いています

赤1色の物も時々咲いたりもします(見つけたらすぐに摘み取ってしまいます)
ある時は赤半分、白半分の椿も現ました



今年確認した椿は!
“光源氏”紫式部の光源氏では無くて 花弁の縁が白いから(源氏の旗は白い)⇒(はたがしろい)とウィットにとんだ命名でした


蕾から今朝咲き始めました

元々の木は光源氏ですが、枝変わりの“源氏絞り”と言う木のようでした。でもまたまた枝変わりで元の光源氏が出てきたようです。又、変わった子でないかな~
本日 掲載の椿は時間が経ってしまい綺麗な椿を載せられませんでした。ごめんなさい(しま)
※この白花の花は今の所ないそうなので品種申請したら登録できるかもしれないとのこと
 
コメント

今回もオンリーワン!

2018年01月30日 | ツアー
昨日、お友達同士の女性旅の皆さんと、火口〜裏砂漠ツアーに行って来ました。
本当は前日のご予約だったのですが、雨模様だったため昨日に変更。

帰りの船の関係で、朝8時スタート…三原山に登る舗装道路は凍っているかもしれないと思ったので「幻の池」の位置から山の斜面を登ることにしました。

地面には、けっこう雪が残っていました。

足首ぐらいまで埋まるところもあります。

あ!リンゴが落ちてる!!

すみません、ウソです。
サルトリイバラの赤い実が目立っていたので撮ってみました〜☺️

雪道をセッセと歩いて「幻の池」までやって来ました。

実は、雪解け水が溜まっていることを期待していたのですが、残念ながらカラカラに乾いていました。

でも、ちょっとスペシャルな景色を見ることができました。
これ…

ただ白い雪が積もっている風景より立体感があるし、渋〜くありませんか?

雪と風と火山灰の合作!

しばし「今だけ」のデザインに見とれました〜☺️

さて、この後、山の斜面をまたまたセッセと登って…


1回目の休憩地点へ!


富士山を見ながら、いただきものの「富士山ラスク」でお茶にしました☺️


火口一周コースは、地面が出ているところと雪が積もっているところが交互に出てくる感じでしたが…


なんと雪だけでなく、予想外の風まで吹いてきました!

ビュ〜!!…とうなる風に皆さん歩きにくそうです。
三原山がツアーの中に「大島の風体験」を用意してくれたのかな?(笑)

眼下に見える馴染みの風景も、この日は黒と白の世界。

ええと〜、スキー場のゲレンデではなく「黒い砂漠」を見てもらいたいんですけど…(^◇^;)

「黒い砂漠、黒い砂漠」と心の中で念じながら歩いて、裏砂漠に到達しました。
すると…

なんと、いつも休憩する場所の周囲だけ、雪が全て無くなっていました!!


遊歩道には雪が積もっているのに、ここだけ綺麗に雪が溶けているのはとても不思議な感じでした。


帰りの1本道も…


樹海の中も、

雪に覆われていました。

樹海では大きなツララ発見!

「こんなところから水が滲み出ていたんだな」と初めて知りました。

雪から顔を出した小さな赤い実。

お客様に「かわいい!」とウケていました☺️

ところでこの日、森で一番目立ったのは“キョンの足跡と…


“糞”でした。

もう本当にあちらこちらに、たくさんの糞が落ちていました。

大島ではキョンが増え過ぎ農業被害も出て、駆除の取り組みが行われています。
雪が積もっている間に本気で調べたら、かなり色々なことがわかるかも…と思いました。

何はともあれ、今回も、オンリーワンのジオツアーでした。
ツアーにご参加いただいた皆様、ありがとうございました!!☺️

(かな)
コメント

椿祭りが始まりました

2018年01月29日 | 今日の大島
は~い 椿祭りが始まりました

オープニングはパレード 

パレードに参加した私はカメラには収めることが出来ませんでした
自分の出番が終ってから


ミス雪椿の方々


元気な“よさこい”私も踊りたいけれど息が上がりそうです


神輿の方とご一緒に!


神輿がやって来ました


神輿の担ぎ手 女子も居ました 手提げに注目してしまいました(何が入っているの?何て質問したり)


こちらの神輿女子 う~ん 粋ですね! 


長いじか足袋 マイネーム入りなのです(食いつく私)
足袋を忘れてきた方も居ました(大島には販売していなさそう)


大型船のお見送りはテープが乱れ飛びました 
その後のジェットホイルは手振るだけですが(速くて良いのですが味気ない)



今日の大島公園の“椿プラザ“では特別ステージが設けられていて1日4~5回アンコが手踊りを披露します。他アンコさんの衣装着付けのお手伝い致します。記念にぜひ変身してくださいね。

見に来てくださいね

勿論大島公園では“国際優秀椿園”ですので椿も沢山咲いています
しかし、世界から集まった椿ですので咲く時期も時間差が有りますので期間中3回は来ていただかないとすべての花は見ることが出来ないかもしれません








本日見つけた椿です厳選して白・ピンク・赤・黄・小さい椿 
是非見に来てお気に入りの椿を見つけてくださいね(しま)
コメント

「昭和40年代の早稲田大学探検部による三原山火孔探検」講演会

2018年01月28日 | 火山・ジオパーク
おととい、表題の講演会を聞きに行ってきました。


伊豆大島ジオパークのブログに紹介されていた文章には
「かつて三原山上空が赤く光る「火映現象」がしばしば見られた頃、山頂火口は現在よりも深く、火口底には溶岩湖が存在しました。1968~1972(昭和43~47)年に計4回、その火口を下って溶岩湖の様子を間近に体感された早稲田大学探検部OB会の方々をお招きし、当時の貴重な体験談をお話しいただきます! 」と書いてあり、この2度とないであろう貴重な機会を、とても楽しみにしていました。

伊豆大島ジオパークのブログでは、当時の貴重な写真が数枚紹介されていますので、関心のある方はご覧ください)

会場は満席の状態で、最終的な参加者は62名だったそうです。

(この写真は開始前)

まず最初に恵谷治氏(第1次三原山火孔探査隊隊長)から、探検の経緯などの説明がありました。
メモができた部分の中から、要点だけまとめてみます。

「早稲田大学探検部による三原山火口探査は、かつて読売新聞がゴンドラを火口におろして取材したという情報を知り1965年に発案されたが、調べた結果、探検部だけで実施するのは無理と判断し、計画は棚上げとなった。」

「その後1967年に自分は早稲田大学に入学・探検部に入部し、保留となっていたその計画案を知った。何か大きいプロジェクトをやってみたいと考えていたため、1968年、大学2年生・19歳のときにその計画案を自分が再開することとした。」

「1968年5月三原山を見に来たが、立ち入り禁止で見られず。国土地理院地図などをもとに地形図を作成。その後、町、警察、測候所に許可願いを出したが全て門前払いだった。それで「許可願い」ではなく「調査届け」を出した(会場・笑)。学生運動まっさかりの時代で「君らの方がまし」と、警察や町が協力してくれ、ガスマスク、耐熱服なども貸してくれることになった。穴の中温度、ガスのデータがない中で火口に潜った」…この後に続いた恵谷氏のお話はとても興味深く、夢中になって聞きました。

4回に及ぶ火口探検中には、三原山が小爆発を始めたため中止になったり、濃霧に阻まれて中止したり…などなど、様々なことがあったそうです。

「とにかく事故を起こしては協力してくれた方々に迷惑をかけると毎日気を使った」とのことで3回めの時の火口に降りる装備は・・・

当時としては画期的だったヘルメットに装着できるトランシーバー、ヘルメット、ガスマスク、海用ライフジャケット、ザイル、カメラなど。

安全要員の配置も、とてもしっかり考えられていたようです。


だから4回もの「火口を降りる」という大冒険を、事故なく終えることができたのだと納得しました。


当時は自殺者が多かったので、警察に協力してご遺体を回収したり、冒険に学術的な意味を持たせたくて専門家の先生にも加わってもらったり、火口の測量をしたり…単なる「冒険」ではなく、それが科学的、社会的に価値のあるものに変わっていったことを「すごい」と思いました。

4次隊では、初めての測量を実施。

今から50年前に、火口を測量していた大学生がいたんですね(驚)

「最初は火口底まで降りようと思ったが、写真を見ると黒い部分に小さな赤い部分もあり、かなり不安定なのではないかということになり、底に降りるのは中止になった」そうです。


そして火口に張ったワイヤーの中央からさらにワイヤーを垂らし、溶けている溶岩を採取しようと試みたそうです。

学生さんが、この大掛かりなセットを自分たちで考えて作るとは…すごいの一言です。

マグマのしぶきで一瞬でワイヤーが切れて、るつぼは溶岩に落ちてしまったけれど、溶けた溶岩を初めて採取することができたとのこと。

やがて三原新山に溶岩湖をのぞける場所を発見し、定点観測が可能になったそう…

そして観察の結果「溶岩湖の形は刻一刻と変化した」のだそうです。

輝きを発しながら跳ねていたというマグマ。
脆く変化する溶岩湖…

今は岩で蓋をされて「見えない」だけで、私たちが暮らす島の下では、この写真と同じマグマが動いているのですよね。

まさに火山は「いきもの」
恵谷氏の実体験に基づくお話から、そのことを改めて強く感じました。

講演会では、恵谷氏の他に2名の方からお話を聞くことができました。
お話の中から印象に残ったことを簡単に報告します。

天野猛人氏(第2次隊三原山火孔探査隊隊長) 
「46年ぶりに伊豆大島に来て感無量。青春の一コマが蘇って来た。ジオパークにお礼。
1969年4月19歳で入学。サークル勧誘がたくさんあり、その中で山関係サークル20ぐらいあった。そこに目立つ人がいた。「山登りとは道のないところに道をつけながら登るもの。三原山の火口も潜った」と話していた。映像見せられ、即決で入部。以来探検部か法学部かわからなくなった(会場・笑)
火孔探検は10泊でベースキャンプでテント生活。野外生活の能力、重い荷物を運べる体力、各隊員が歯車となってうごける団体行動力がないと続かなかった。冒険心だけではダメ。冒険の中に学術的な意味が欲しいと思った。地震学者木村正明先生(地質調査所次官)も参加。この時プレート移動説を聞いた。大きな理論の中で伊豆大島の噴火活動があると知った。学生運動では敵と味方の立場の、ほぼ同年代の巡査と気持ちを共有できたのが良い思い出。5年間にわたる活動ができたのは、野外能力の高さや技術だけではない、仲間を引っ張り続けた強烈な個性があったから(恵谷氏のこと)」

伊藤達生氏(第3次隊三原山火孔探査隊装備担当)
「北極の仕事したいと高校から思っていて、探検部で北極のことやっていたので2年生で入部。
三原山は「手伝え」と言われてついて行った。高さを毎週計測しろと言われて毎週三原山に登って計測を続けていた。それが意味があるとだんだんわかって来た。プレートテクトニクス理論(フィリピン海プレートおしていく)
溶岩採取は採取した溶岩でタバコの火をつけるのが目的だった。100kgのワイヤー引いて、るつぼ下げるなど大変な思いをして、目的はタバコの火!頭がおかしくないとできない。(会場・笑)探検部は体力、心、個性も強い、誰かがなにか始めると反目しあっていても協力しあうのが良いところ。三原山の活動に関わった人間100人ぐらいいる。警察、町の協力あってのこと、大島は早稲田大学探検部の心のふるさと。今住んでいる鎌倉からは大島よく見える。距離感が大切。天城山、三浦半島、大島の距離感、雲の高さ、プレートがあるのが見えるような気がした。大島は実際のプレートの動きを目の当たりに見える面白い場所、それを生かしてほしい。」

…それぞれのお話が、とても面白かったです。

ところで、探検部の皆さんは、最大100kgにもなる重い荷物を歩いて運び、命がけで火口におりました。

なぜでしょう?
一体何が、100人もの大学生を、大冒険に向かわせたのでしょうか?

その答えの一つとして印象に残ったのが…
「火山国に住みながら、活火山の真の状態をあきらかにされないことが残念で、自分たち自身でそれを確かめたいと思った」という言葉でした。(メモが不十分で、言葉は正確ではないかもしれません)

草津白根山が噴火し、正直なところ「人間にはわからないことだらけなのが火山」だというのが実感です。

でもその「わからないもの」に全力で向き合った早稲田大学探検部の皆さんの話を聞いて、とても力をもらいました。

演者の皆様、そして、この会を企画・運営してくれた推進委員会事務局に感謝です☺️

(かな)
コメント

ウソ

2018年01月27日 | 
その声はだいぶ前から聴き、上空を飛ぶその姿も確認していましたが撮影は一昨日です。
数羽の群れでツルウメモドキを食べていました。





モグモグ。
もうずいぶん食べ尽くされていますね。


別個体。



さらに別。



さらにさらに(笑)


赤いオスがいるかなー?と目を凝らしましたが見つかりませんでした。
次に期待!

がんま
コメント

雪に魅せられて

2018年01月26日 | 今日の大島
ちょうど大雪が降った日に上京しました。
大島の港は雨だったのに、船を降りたら銀世界!



ひとり新雪を踏む贅沢な足跡。


大島に帰れたのは降ってから4日目だったので、雪がどれだけ残っているか心配でしたが、
とりあえず向かってみたら、残ってるどころではなく。


やった~!どこから行くかは少し迷いましたが、
そのまま山頂口に向かいました。


昨日の西谷のブログ記事でお客様が滑った!
と書いてあったカルデラ内の舗装道は、15㎝くらい積もっていました。
私たちはおっかなびっくり、ヨタヨタくだりました。



行けるところまで行こう!ということで、友人と進んでいると、
人間の足跡だけじゃなく、いろんな足跡が。

これは確実にキョンでしょう!ハートマーク♡
(最初はストックの刺し跡をキョンと間違えそうになりました^_^;)


よく見ると隣のハートの中には白鳥がいる!



これはどなたの足跡?まつげのようなあとがついているんです。


行く先をたどってみると、、、


藪の中に入っていきました。



キョンも多かったですが、まつげ足跡も多く、中にはこんなのもありました。

きれいな「e」! 
行こう、と思ったけどやっぱやめた、でくるっと回転して…だめだどう推理しても謎は深まる^_^;

ウサギと小人の足跡

それにしてもどなたでしょう??

他にもだれのかわからない足跡が色々ありました。
そして、藪から出てきて他の足跡と遭遇して、一通りお話ししてまた別れた、みたいな跡とか、
藪の中の、とこから飛び立てる?みたいな場所でいきなり足跡が消えていたりとか、
物語を感じさせる痕跡も色々。
カルデラの中にもいろんな生き物の生活・ドラマがあるなぁと思いました。


なんだかんだやってるうちに、溶岩流の先端まできました。


そしてまた謎が。舗装道よりも明らかに雪が溶けているのです!


アスファルトの舗装道だって結構黒いから、溶岩が黒くて熱吸収率がいいから、ではないだろう。
なんで???となっていると、友人が
「舗装道は、雪が解けてできた水が、抜けないからまた凍って氷の層になって、保冷剤状態になり上の雪を保つ。
でも溶岩は水の抜けがいいから、氷の層ができない。で太陽光と溶岩の吸収する熱でどんどん溶けていく」
という説を編み出してくれました!
その時は、もうぜったいそれ!と思ったのですが、

ジグザグ登っていくと、さっきまで雪深かったのに、折り返したとたんに雪が全くなくなって、
さっきの説に疑問が生じてしまいました。


結局私たちの中では、陽あたり、という当たり前の結論に収まりましたが、
どなたかわかる人&新説ある人は教えてください!


途中のいつも水が滴っている露頭には、奇妙なツララが色々できていました!!

時がとまった滝のよう


岩から氷の手が伸びてきて、地面にズボッ!

ほんとに指みたい


上から伸びてきたツララに捉えられて氷漬けになった新芽。
出てきて早々エライ目に遭ったね…



ツララの概念をくつがえす珍景に夢中になりすぎて、
気がついたらだいぶ陽が傾いていました。
それにここから先はまた傾斜が一段ときつくなるし、
ということで、ここで引き返すことにしました。


駐車場まで戻ると、夕陽に照らされた対岸と富士山が
鮮明に美しく見えました。


マジカルなこの時・この大自然に感謝して、思わず手を合わせました。(あい)
コメント

雪♡

2018年01月25日 | ツアー
昨日は、3泊4日で大島に滞在されたいた香港からのお客様の、最終日のツアーでした。

一昨日は南部まで行ったけれど大雨、一昨日は体験ダイビングであまり静かではない海へ、昨日は強風で船が繰り上げ出帆になり、6時間の予定が2時間になる…という状況での昨日のツアースタート…

最初は港周辺をゆっくり回ろうかと思いましたが「少しでも山へ」というお客様の希望で、三原山を目指しました。

朝9時の山頂駐車場。

溶けた雪が氷になって、けっこう滑ります(^_^;)

山に向かう坂も真っ白で、雪が締まって下り坂が歩きにくかったのですが、お客様は…


なんと、雪坂を滑り台に!!


まだ誰も歩いていない平らな斜面を、かなり快調に滑っていました〜☺️


滑り降りた先の平坦な道には…

雪の表面に「風紋」ができたまま固まっていたので驚きました!

1年のうち数日しか雪が降らない島で暮らしているので、こういう模様を見ると嬉しくてドキドキします(笑)


風紋に見とれながら歩いて、目的の溶岩地帯へ。


これこれ、これを見ていただきたかったんです!


黒と白のスペシャルな風景☺️


短かったけれど、ワクワクがいっぱいの時間でした☺️

お客様は日頃香港の大都会で忙しく仕事をされているので、雪は見る機会がないのだそうです。

そして、実は馬にも触ったことがなかったのだそうですが…

ちょうど餌をやりに来ていた馬の持ち主のHさんの好意で、餌やりも体験できました!(感謝)

下山中は明るい色の椿も眺めつつ、2時間ツアーを終了しました。

楽しかったです。

こんどはぜひ「黒い大地」を見にいらしてください〜☺️

(カナ)
コメント (2)

お約束の

2018年01月24日 | 
ツグミです。
10日のブログで予告していました(笑)

撮影は18日、牧場です。

スズメとツーショット。

しばらくすると地上に降りてきました。



地面をほじってミミズ(?)をゲットー!



いっただっきまーす!



むん!

お得意のポーズ。
このあと何度も地中から食べ物を探し出していました。

がんま
コメント (2)

ほんのわずかな違いが、やがて…🤗

2018年01月23日 | 火山・ジオパーク
先日のブログに「三原山斜面の草が生えている場所と生えていない場所の違いを調べに現場に行ったけれど、わからなかった」という報告をしました。

この場所のことなのですが…

ブログを読んだ、日本緑化工協会の中野さんから以下のような意見をもらいました。

「(草が生えない場所は)礫と礫の隙間が大きく、毛管水を保てず乾燥が激しいからでしょう。風が強いと、風が吹き込みますから、余計に乾燥させてしてしまいます。また、比較的細かなスコリアの場合、風により表層が落ち着かない、移動する、ということがあります。毛管水の遮断に風、これが複合された結果のようですね」

複合作用!
確かに単純に「風」だけでなく「地面の様子の違い」だけでなく、いくつかの要因の組み合わせであれば、微妙な違いも生まれそうですね。

緑化のお仕事をされている中野さんの説明は続きます。
「砂利だらけの基盤に草花を生やす方法を作りました。それは、ほんのわずかの微粒分をごく表層に混入するだけです。見た目、中身も砂利だらけで、大きくは変わりませんが、わずかに手を加えることで草花が生育するようになります。」

ほんのわずかな微粒分!
そうか〜、大島には「火山灰」という立派な(?)微粒分がいっぱいありますね!

地面の様子が見た目上変わらなくても、風下の岩の隙間に軽い火山灰が積もりやすいということはありそうです。


それに、今回歩いて歩行記録をとってわかったのですが、三原山の草の生えない場所は、南西側と北東側、大島の卓越風が吹いてくる方向とほぼ一致していました。

「風、火山灰などの極僅かの微粒分、ご指摘の斜面の向きなどの微細な条件で植物の定着、初期生長は大きく左右されます。これを微気象、微地形と称しています。」(中野さん)

微気象、微地形…最初はほんのわずかの違いだったものが、年月をへてだんだん大きな違いになっていく…。やっぱり地球上の全てのものはミラクルだらけだ〜!!!と思いました☺️

「いったん植物が定着すると、立地条件が変化、緩和され、植物との相互作用で、温暖で雨の多いわが国の場合は、気候的極相にむけて遷移し収斂してゆきます。」(中野さん)

確かに植物が一度生えると、その植物自体が環境を変えていきますよね! 納得。

中野さんは、渋谷区役所、神南分庁舎屋上でのモデル施工の写真も送ってくれました。

「ほんのわずかの微粒分を混入させた砂利に花の種子を上手くブレンドすると、一年中花が咲き続けます。普通の土だと、雑草に押されて花は消えて行きますが、雑草が生育しないので、手間いらず、ノーメンテで花畑を持続させる事ができます。3年間、雨水だけ、特別な手も入れず、お花畑が持続しました。20年近く経ちますが、無灌水、ローメンテで屋上に根付いています。」とのこと。

20年間の実績に裏打ちされた理論、すごいです☺️

「大島のような硬い溶岩、火山砂利の手に入りやすいところでは、このような方法を用いると良いと思います。自然度の高い処ではまずいですが、町に近い所ではつかえると思います。」とのアドバイスもいただきました。

三原山周辺では、ここだけでしか見られないありのままの自然の姿を、集落周辺ではローメンテで1年中花が咲き続けるお花畑を見られる島…。想像すると楽しいですよね〜💓🤗

時間をとって色々教えてくださった中野さん、ありがとうございました!

(かな)

コメント

変身前

2018年01月22日 | その他
お正月の話 我が家にやって来たのは

結構大きかったので お鍋に入らなかった もう、頭と尻尾は泣き別れ(ほほほ)
本当は土鍋にしたかったのですが、全然入らなかった


頭だって右と左にお別れ いよ!いい感じ

ここまではお料理の時間でしたが

右と左に分かれた頭の中身が気になった

殻と実の間  もう一枚の殻が出来ていました。脱皮間近だったのですね

この後この殻もかじってみました。結構硬いが食べられないこともない硬さでした

この子は何歳ぐらいの子なのでしょうか?後何日したら脱皮したのか?
汁を味わいながらいろいろと考えてしまいました

勿論お味は格別でした。口福 口福 (しま)
コメント