グローバルネイチャークラブのガイド日記

グローバルネイチャークラブ(旧グローバルスポーツクラブ)のガイド仲間が観察した伊豆大島の自然の情報を中心にお届けします。

ミサゴ

2011年11月30日 | 
今朝はいつも立ち寄る海岸でミサゴが精悍な姿を見せてくれました。
ま、もちろんミサゴは私に見せている気なんて全然ないんだろうけどー(笑)





沖のほうから真っ直ぐこちらにやって来て・・・




上空で少しホバってくれました(嬉)






揃えた足が誠に可愛らしいです。






ミサゴは伊豆大島では冬の間中見ることができます。
海に飛び込んで魚を獲る場面が見られることも!




しばらくすると5羽のミサゴが集まり、「ピヨ、ピヨ」と猛禽らしからぬ声で鳴き交わしていました。(この画面には4羽います)
仲間で「あっちのほうがたくさん魚がいるよ~」とか「この秋はいつまでもあったかいね~」とかお喋りしていたのでしょうか!?


                          がんま
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火山博物館の方たちと

2011年11月29日 | 火山・ジオパーク
昨日、他地域の火山博物館の方たちと島を回りました。
阿蘇、桜島、有珠の博物館、そして大島とはかかわりの深い専門家の方々、皆さん火山のエキスパートです。

少し風が強かったものの天気は最高!


みなさんで、”白ママ層”と呼ばれる白くて薄い地層を観察中。

838年の神津島噴火の火山灰が降り積もったといわれているこの地層は、島のあちらこちらで見ることができます。

元町溶岩流にも寄ってみました。
川のヘリが高くなっているのは、溶岩が流れてきたとき、その高さまで溶岩が流れたことを示すのだそうです(言われてみれば確かに)
低くなっている部分は、まだ固まっていない溶岩が流れ去ってしまったためにへこんだものだとのこと。

どの高さまで溶岩が流れたかは、その後の植物の生育に関係するかもしれませんね。

そして、近くにある溶岩樹型です。
溶岩流に飲み込まれ、中身が燃えてしまったので木は跡形もなく、今はただ穴があいているだけです。

岩に刻まれた模様や全体の景観から、噴火の時の光景を再現することができるそうです。

この丸い穴の周辺の模様、じっくり観察してみてください。
模様から、どんなふうに木が飲み込まれていったかわかりますか~?
(わからない方はぜひ連絡ください・笑)

今回、わずかな時間でしたが専門家の皆さんと歩いて“火山に対する情熱”や、他から学ぼうとする謙虚な姿勢を素敵だなぁと思いました。
ジオパークがこういう専門家の方たちに支えてもらっている仕組みであることを思うと、改めて「スバラシイ~」って思います。

3月までの間にはジオパークのシンポジウムや講習が予定されています。
(詳細はまだ決まっていませんが…)

これを機会にいろいろ勉強して、もっと楽しい発見ができるようになりたいと思います。
知れば知るほど、不思議を楽しめますからね~。ワクワク(^^)v

(カナ)



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ヤマユリの実

2011年11月28日 | 植物
お休みの日は歩きに行きましょ。
今日は裏砂漠に!裏砂漠のバス停付近から入って来ました 登り坂はしんどいぞ~

風の通り道は 飛んでみましょう(もっと強ければ紐を用意しておいた方が良いでしょうかね フフ)

歩くときはキョロキョロと 下も見なくては

サネカズラ(美男蔓)

サルナシ

ムカゴ

オオムラサキシキブ
ふ~

これは何でしょうね

見上げて捜すと木から下がってぶらぶらしている物が有りました

これも判りません(もっと勉強せいよ!)

中を割ってみると。白い果肉と可愛い種が入っていました。鳥に食べてもらう作戦ですね。

ユリの朔果も見つけ。冬に気がつくときはもう種が入って無ので

そ~と開けて覗いてみますと!びっくり
 な なんと網が付いてる!!これって何の為何だろう・・・

中には薄い種が行儀よく入っていました。正確には薄い種ではなく薄い羽根が付いている種なのです。花の大きい割には種が小さい。
この種、発芽するまでには2年 花を咲かせるまでもう2年で合計4年ほどかかるようです。
自分で育てるには球根で咲かせる方が早そうですね。でもその時のルールが有るそうで、山で球根を掘り上げる時には球根の鱗片を2~3枚はがして掘り上げた周辺に埋めるそうです。根こそぎ取らず次に又花が咲くように(鱗片挿しでも花が咲くまで2~3年ぐらいかかるそうです)とのやさしい配慮なのですね。

今頃、山では種たちが風に飛んで居る事でしょうか?今年見た花の子供たち4年後に又会いましょう(しま)
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それぞれのツアー

2011年11月27日 | ツアー
一昨日と昨日は風の弱い晴天の三原山でした。

一昨日はN社の社員旅行、25名の方達と歩きました。
東京、茨城、栃木、宮城から、海を渡って大島に集まってくださいました。

青空、微風という絶好のコンディションの中、火口を1周しました。
ふだんあまり歩いていないとおっしゃる方も多かったのですが、全員無事に歩き切りました。

この時期のこの時間、舗装された遊歩道を下るコースをとる時は、この場所は外せません!
私のお勧めの“234年物のとっておきの椅子”

元気な方には、登っていただきました(^O^)

スベスベで座り心地の良い溶岩の上で、眼下に広がる輝くススキの海を眺める…
この時の気持ちは、この場所に実際に立ってみないとわかりません。

言葉の説明が何もなくても、目の前の景色が何かを語る場所…
こういう場所って“極上のジオサイト”ですよね~(^^)v

さて、引き続き昨日のツアーです。
昨日は2名の看護士の方と歩きました。

お一人は古くからのダイビングのお客さまです。
山に登る途中、旬のイズノシマダイモンジソウを見に、森に立ち寄りました。

少しだけ盛りを過ぎた感じですが、まだ可愛い花が楽しめました。

この花は、湿った崖が好きで、溶岩が降り積もって水がしみ出るような環境で見ることができます。

激写中(^O^)

植物観察で始まった昨日のツアーは、カルデラに入った後もそのリズムで続いていきました。
お客さまが注目したのは、まずは溶岩の上のコケ。

ある場所には集まっているのに、全く生えていない場所もあります。
「なんでだろ?」と思ったのが観察のきっかけでした。

手で触れたコケはフワフワで、観察するうちに疑問の追求より、その可愛さにハマりました(笑)
高倍率の虫めがねで見た、コケはこんな感じでした。

「綺麗~。」「かわいい~。」

火口では…

火口底のハートを手に乗せてみました(^O^)

赤い溶岩が降り積もった場所では、微妙に黄色いこんなものを発見。

「これが職場に落ちていたら、みんなビックリするだろうな~。」
「ぜったい○○だと思うよね~。」と、看護士さんらしい話題で盛り上がりました(^_^;)

「ここ良く崩れないよね。」
小さな火山礫が降り積もった黒い山で、お2人が熱心に撮っているものは何でしょう?


それはこんな風景、のはずです。

直前まで私も同じ姿勢で撮っていたのでわかるのです(笑)
「写真だと、傾斜がわからないね~。」と言いあいながら、みんなで空を写しました。

「あ、芽が出てる!」byお客様

地面に張り付いているイタドリを掘って、地下の茎に来春の芽生えが準備されているのを見つけての発言です。
(茎の下の方にチョコンとついた赤い出っ張りが小さな芽です)

「うわ~、完成度の高いカラスの像」

「…と、思ったら本物だった!!」byお客様。

「ウワ~、カメムシがいっぱいいる!」

ピンク色に色づいたマユミの実に10匹ほどのキバラヘリカメムシが集まって食事中のようでした。
「ここにも!」「ここにもいる!」と、しばらくカメムシ探しに熱中。

そしてまたまた看護士さんらしく…

地面に転がっているカエル(?)の骨を熱心に観察。
「椎骨だ!」←業界用語(^_^;)

「これは何の骨だろう?」

解決しませんでしたが、次の課題ということで…(^_^;)

2日間、全員で火口を一周したという達成感も、看護士さんらしい発言も、とても楽しかったです。

ところで今日は、火山の専門家の方達と大島を回りました。
しかし、これを報告するとあまりに長くなるので…、次回に報告します~。

(カナ)





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オオジュリン

2011年11月26日 | 
今年の秋もオオジュリンに出会うことができました。
一昨日のことです。
去年は11月6日に出会ってこのブログに書いています。
その時は草木にとまっているだけの画像だったのですが、今回は地面に降りて食べ物を探している場面です。







じっとしていたらどこにいるのかわまりません。
車に驚いて飛んだので気付きました。
スズメやホオジロと比べると全体的に白っぽいのです。







小鳥が懸命に食べ物を探している姿はなにか心を打つものがあります。
この日は凄い風が吹いていました。
ブレブレ写真が量産されましたよ!





草の中にこんなに潜り込んで・・・





車が来るとここに避難です。





すぐにまた戻ってきて栄養補給続行。
必死さが伝わってきて、私もなんとかしなきゃ!と思いました(いろいろと 笑)


                        がんま
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となりの島

2011年11月25日 | 火山・ジオパーク
所用で島外へ出かけて来ました。
22日の夕方は波が穏やかで、雲間から海面へ射す光がステキでした↑。
大島から定期船で出かける場合、3方向へ行くことが出来ます。

1つは南へ向かって、利島、新島、式根島、神津島へ沖の島を巡るコース。
2つ目は北東へ向かって、東京竹芝桟橋へ行くコース。
こちらは季節や曜日、船によっては、三浦半島の久里浜や
横浜大桟橋へ寄港する便もあります。
3つ目は北西へ向かって、静岡県の熱海港へ行くコース。
こちらは、伊東港を経由する場合もあります。

今回は熱海行きを利用しました。
20年前は、大島←→熱海をゆったり2時間くらい掛けて
行き来する船がありましたが、現在はジェット船で45分です。

熱海に近づくと見えてくるのが、こちら↓
初島です。

大島・熱海間は45キロmくらい。
初島・熱海間は10キロmほど。でも、初島には寄港しません。

行くには、熱海港から民間の定期船で25分。

ジェット船は航行中は船室から出られないので、窓ガラス越しに撮った写真です。
平らな感じに見える島ですね。
観光と漁業が主な産業だそうです。

中程に大きな建て物・・・ホテルが見えます。
むかし、
橋本首相とロシアのエリツィン大統領が会談したホテルかな?

その右手、島の東側に、標高51メートルの最高地点に灯台が。
初島の周囲は約4キロm。
静岡県唯一の有人離島とのことで、5年前の記録では人口が243人。

縄文時代前期、約7000年前の遺跡が発掘されているらしい。
・・・と言うのも、おとなりの島なのに、行ったことがない(汗)

熱海の方から見て、初めにある島なので「初島」と聞いたことがありましたが、
いつか真相を確認に行かなければ・・・
伊豆半島も50万年くらい前は、
本州に接していない離島だったらしいのですが、
初島も火山活動で誕生したのでしょうか?

同じおとなりでも、江ノ島や城ヶ島と違って、
島の位置からして、
伊豆諸島と同じフィリピン海プレート上にあるようです。

でも、「伊豆諸島で最も北に位置する大島」ということになっていたはず?!
初島が伊豆諸島でないのは、なぜでしょう?

もう20年くらい前のことになりますが、
伊東市沖合いで海底火山の噴火がありました。
海底堆積層への玄武岩質マグマの貫入によるマグマ水蒸気爆発で、
海底に直径200メートルの火口が形成されたことが確認され、
手石海丘と呼ばれています。

それと同じように、初島も出来上がったのではないか、
と考えている内に、ジェット船は早いので、
初島が見えなくなってしまいました(汗)
左側↑に濃く見えるのは、
真鶴半島辺りだと思われます。
薄っすら見える山並みは、大山丹沢山塊ですね。

気になっていたので、帰宅して調べると、初島は、
海底が隆起して海上に姿を現した海成段丘の島と言われるとか。
海成段丘とは、隆起と海水の浸食によって出来た地形のこと。
初島灯台が建っている第1段丘の付近は、地質学的な調査で、
2万年ほど前に海上に姿を現したと考えられているそうです。

全て火山島の伊豆諸島と違い、とも書いてありましたが、
どういうメカニズムで海底が隆起するのでしょうね?
火山とは無関係?!

また、宿題ということで・・・。
(なるせ)

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大島を体験しに。

2011年11月24日 | ツアー
今日はジオパークの勉強に来てくれたT大学の学生さんたち4名と山を歩きました。
大島の地域振興をテーマに、12月には大島高校での出前授業を行う予定だそうです。

出前授業を行う前に、自らが大島のことを良く学び、体験するしようと
ツアーをリクエストしてくれました。

天気予報では、南西の風10m。
大島らしい風の向きと強さです。

この場所でもすでにゴ~とかビュ~とかいう音がしていましたが、とりあえずみんな元気そうだし
(たぶん私が一番危ない)火口を目指すことにしました。

火山が造った様々な景色を見ながら火口西展望所までやってきました。
歩いてくる途中でももちろん風は強かったのですが、この展望所は特に風の当たりが強いのですよね(^_^;)

「ウワ~!」「スゲ~!!」
「こんな恐い思いできるとこ、そんなにありませんよ!」と、とても楽しそうな皆さん(^O^)

ちょっと油断して体制が崩れて…

「おっとっと、柵って大事なんですね。」と体感することに(^_^;)

この後は、溶岩のバラを発見したり…

(動物以外の発見は久しぶりです。バラの花を発見するなんて、ロマンチストですね(^_-)-☆)

25年前の噴火で、火口から飛んできた1滴の溶岩の上に、スケール代わりに寝てみたりしました。

「おい、その寝方かよ~。」
「いや~、おれ、こういう育ちだからさ。」

山を下ると目の前に広がるのは、大地のひび割れから噴き出た溶岩が造った渓谷のような風景です。

陰影がクッキリする迫力のある風景を楽しめるのも、早い時間に太陽が傾くこの時期ならではのことです。

傾いた太陽は、影遊びも楽しませてくれます。
5つ並んだ長い影…

「この影、いいよね~。」「スゴイいい~!」と、皆で写真を撮りながら歩きました(^。^)

裏砂漠に着いて振り向くと、太陽が三原山に沈もうとしていました。

秋から冬にかけてのツアーでは、強風、晴天の日が多くなります。
風の強さの体験や、光と影が織りなす風景を、ちょうどツアー時間中に楽しむ事ができるのは、
この時期のツアーの醍醐味かもしれません。

今日、歩き終わった後の16時過ぎの風景です。
三原山と櫛形山が、ほんのり赤く染まっていました。

地球って綺麗ですね~(^O^)

さて、ツアー終了後、電気自動車を借りている皆を誘導しながら山を下りてきて、
違う宿に入ったり、目の前においたものに気づかずリュックを探したり…と笑われまくりの私(^_^;)

宿の方に集合写真を撮ってもらった時も、ストロボが発光しないようだったので「あれ?光らないですか?」と近づいたら、バシャッとシャッター音がしました(^_^;)

みなさんから、「ぜひこの時の写真をブログに載せてくださいね。」とリクエストがあったので、載せます(^_^;)(^_^;)

たくさん笑った三原山ジオツアー。
今日歩いてみなさんが感じたことが、大島高校での出前授業でどのように語られるのか、私も授業を聞いてみたいです。

高校生に化けて侵入したい…無理か(^_^;)

PS.掲示板に謎の白い物体の写真を載せてくださったS様へ
今日、もう一度、調べてきました。
掲示板に観察結果をUPしておきますのでチェックをお願いします~。

(カナ)



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何があったのか?

2011年11月23日 | 
昨日見つけました。
海岸近くの草地にひっそりと。



ツミ幼鳥でいいと思います。
日本で見られる猛禽の中では一番小さいといわれています。


大きさはこれくらい。









図鑑などに記してある鳥の全長とは『鳥を上向きに寝かせてクチバシを水平にした時のクチバシの先から尾の先までの長さ』をいいます。
だから30センチちょっとくらい。
メスのほうが大きいのでメスだと思います(オスの全長は27センチ)


体重は。

平均体重は75~160グラムだそうです。
範囲内ですが触ってみるととても痩せているように感じました。


頭部。

目がそんなに乾いていないので死んでからあまり経っていないと推測します。


喉に縦線はありません(ツミ幼鳥はある場合が多いそうです)


後ろはこんなに白いのね。


腹部。

このハートマークを元気な子で見たかった!!


尾羽。

12枚ありました。


足指。

ギュッとしているのが私にとってことさら死を象徴しているように思えます。


翼。



綺麗。


これがいない鳥はいないと思います。

ハジラミ。


ツミの繁殖は伊豆大島では確認されていません。
今年生まれのこの鳥は大島に渡ってきてどうして命を落としてしまったのでしょうか。

撮影したあとは埋葬しました。
もちろん手洗いはしっかりしましたよ。


                           がんま
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大島三中 三原山学習会

2011年11月22日 | 火山・ジオパーク
本日の報告
大島の第三中学校一年生の三原山校外学習に参加しました。


帰り時間はくれぐれも厳守!  と言われていました
ところが…時間が過ぎてもバスが来ない・・・・(どうしたの?中止になったの?事故ではないよね?)
時間を大分過ぎて到着 (予定のバスが来なかったとのこと!とりあえず良かった)

少なくなった分帰り時間から逆算して行ける所まで行きましょう!!(沢山見てほしいのに)


三原山はトニカク登らなければ(さすが中学生はパワーありますね)


ジオサイト定番の説明ポイント。溶岩の断面を見る事が出来ます。


山頂の大きな石は実は小さな噴石の固まり、どうやってここに来たのか?


時間が少ない為か駆け足の説明になってしまいました。(もっとゆっくり詳しくしゃべりたっかったし火口にも行きたかったな)
地元の中学生なので自分の育った所を誇りに思って貰いたいし、これからもっと関心を持って貰いたいと思っていましたが、どのぐらい伝わったでしょうか?これが三原山火山の興味の一歩になってくれたら嬉しいのですが。(しま)
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私の全島避難(25年前の出来事)

2011年11月21日 | その他
本日は大島町防災の日。25年前の三原山割れ目噴火による全島避難の日です。

煙も有毒ガスも出ていないので植物が旺盛に茂り裏砂漠も侵略されそうです。

25年前今の時間(今22時)私達は正式には引き渡しの済んでいない第三中学校の新しい体育館に避難していました。
そこから家に帰れると思っていましたが、波浮港から船に乗ることとなりバス2台と歩きの組に分かれました。
我が家は子供3人(7歳、5歳、生後約40日)、義妹と子供2人、義母の計8人の内我が子2人、義妹の子1人の計4人がバスで。後は歩きで波浮港に向うことになりました。しかし、バスは波浮港には向かわずに元町港から船に乗り港区スポーツセンタに避難しました。一方歩き組は波浮港から小舟に乗り、沖の自衛隊の艦船に乗り移ったそうです。(長男は戦艦に乗ったと喜んでいたそうです。小学校1年生でしたから)戦艦組は江東区東陽町へ避難しました。

小さい子が居るので実家に避難したいのですが子供が入れ替え有って居てその頃は何処に避難しているのか判らない状態でした。共同通信の記者さんが調べてくれ迎えに行けないので私に代わって子供を迎えに行ってくれました。
家族そろった頃には夕方の電車ではラッシュ時になってしまい知人に車を頼み横須賀に落ち着くことができました。義母、義妹はその後母の実家の新島に避難しましたが、多くの人は避難所で約1カ月の共同生活を送りました。
早く大島に帰りたい!それが希望でした。何にもない事が幸せ そう感じました。(しま)

※今でしたら、ちょっと噴火しないかな… なんて思ってしまいます。三原山の噴火がじっくり観察出来そうだから
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