H's monologue

動き始めた未来の地図は君の中にある

使命の道に怖れなく どれほどの闇が覆い尽くそうと
信じた道を歩こう

10月 奥さんより劣る?

2020-10-30 | 内科医のカレンダー


<突然の高熱を認めた維持透析施行中の80歳男性>


祭日で病院が休みの日だったが,透析当番で出勤した朝のこと。透析室に入るなりスタッフからいきなり気がかりなことを聞かされる。

「Zさんが,昨日家で39℃の熱を出したそうです。持っていた解熱剤で,今は何ともないそうですけど・・。」

なにぃ〜!

Zさんは,透析歴はまだ数年だがシャントトラブルを繰り返している方である。人工血管でのシャント再建術を2回行なっただけでなく,シャント閉塞のため血栓除去術を何度も繰り返している。少し前に循環器の先生にカテーテルで血管拡張術(PTA)をやってもらって落ちついていたんだが・・・突然の発熱とは,とっても嫌な感じである。

一番奥のベッドで透析をしているので,反対側の患者から順に回診を済ませてから,最後にZさんのところへ。透析開始時のバイタルは,BP 108/56, 脈拍 82/分,体温 36.7℃,前回透析からの体重増加は3.5kgでやや多め。見た感じの全身状態は悪くなさそうに見える。

「熱が出たそうですが・・」

「このところ,ずっと仕事をしていて根を詰めていたんだが,昨夜急に39℃の熱がでたんです。」

Zさんは写真の同人会を主宰しているセミプロの写真家で写真展が近々あるため,その準備で忙しいとのことだった。

「何か他の症状はありましたか?」

「別に・・,ちょっと疲れてたからなあ」

「喉の痛みとか,咳とかはありませんでした?」

「いいえ。」

「熱が出た時には,寒気がしました?」

「いや寒くて寒くて,布団を被っても寒くて震えたなあ」

(何だ!?・・・・菌血症の可能性があるじゃないか!)

「がたがたふるえる感じでした?」

「ふるえた・」

「他に,何か症状はありませんでしたか?」

「そう言えば,最近尿が出る時に,ぴーんとこのあたり(下腹部から心窩部までを手で示して)が痛む感じなんですね。」

「腰は痛くない?」

「いいえ」

「解熱剤を昨日使ったんですね。今は具合どうですか?」

「別に,何ともないけど・・」


う〜ん,病歴からは発熱のfocusははっきりしない。透析ベッドに横になったまま一通り診察する。頭頸部には特に異常なし。リンパ節も腫れていない。前胸部で心音,両側の側胸部の呼吸音を聴診したが,特にwheezeやcracklesなどは聞こえない。腹部も圧痛なく,これといった所見はない。横に向いてもらって,CVA叩打痛を確かめるが,はっきりしたものはない。脊椎の圧痛もない。皮疹や関節の発赤腫脹もない。シャント部の発赤もない。

熱源ははっきりしないが,とにかく病歴で明らかな悪寒戦慄を伴った39℃の発熱である。まずは透析回路から血液培養を2セット採取しておく。それと,血算・生化学も提出する。

何度も人工血管の手術をしているので,グラフト感染がまず頭をよぎる。透析患者の(特にブラッドアクセスに人工血管を使っている場合)原因がはっきりしない発熱を見たら,アクセス感染の可能性を考えておくのが鉄則である。人工血管のシャント感染では,皮膚に発赤がなくてもいきなり菌血症になることもある。そんなことを考えていると,血培を取ったらMRSAも含めたブドウ球菌狙いでバンコマイシンは始めてしまおうかとも思う。しかし,それ以外の可能性はどうだろうか?尿をしたときに下腹から腹部にかけての痛み・違和感って何だろう? 尿は少しは出ているが,尿量が少ない透析患者の尿路感染の可能性も少し考える。かなり以前のことだが,ほとんど無尿の糖尿病性腎症由来の透析患者で,導尿したら黄緑色の膿が大量に排出したことがある。最終的には「膿膀胱症 pyocystis」と診断したが,神経因性膀胱に尿路感染を合併したケースで本当に治療に難渋した。症状が乏しいことからは,総胆管結石や胆管炎の可能性も残しておくとブ菌に決め打ちは心配である。

「肛門のあたりに変な感じはないですか?」

「ないです。」

(たぶん前立腺炎は,大丈夫かなあ。透析しているここで,直腸診をやる訳にもいなかいし,まあ否定してもいいかな・・) (ちょっと手抜きか・・・)

 

まずは血液検査の結果を待とう。

 

緊急検査の結果が戻ってきた。白血球 24800,CRP 11.3と炎症反応高値である。患者さんの見た感じの予想よりもずっと上昇している。肝機能検査はあまり動きはない。でも絶対に何かある。腹部に何かあるか・・・

いずれにせよ原因がはっきりしないが菌血症の可能性を考えて治療を始めてしまうつもりになる。焦る気持ちを抑えつつ,とにかく患者さんに説明。

「原因ははっきりしませんが,とにかく何らかの原因による菌血症を疑います」

「腹腔内に何かがあって熱が出ている可能性もあるので,入院した方がいいと思います。」

腹部には圧痛なく腸腰筋徴候は陰性。とりあえずバンコマイシンと腹腔内感染の可能性を考えてグラム陰性桿菌はカバーするためもう一剤加えたい。セフトリアキソンだとどうかな。ちょっと実力不足?考えたあげくに”少し下品”と思いつつ,メロペネムを1回入れてしまうことにした。やり過ぎかもしれないが,祭日の今日は,充分な検査もできないし,外したくないので明日まではこれでカバーしておこうと思った。

 

さて入院である。

呼吸器の症状はないけれど,入院前に胸部単純X線写真は取っておくことにする。それと明日まで様子を見ようと思ったが,やっぱりはっきりさせて方がいいと判断して胸腹部CTも撮影することにした。

4時間の透析終了後に画像検査に回ってもらって,病棟に入院の手はずを整えた。午後3時頃,病棟の看護師から電話が入る。

「あのう先生,つい先ほどCT室から電話があって,酸素濃度が低いので酸素投与をします?と聞かれました。それと肺が真白だっていってましたが,どうしますか?」

(なに??,肺が真白??)

早速電子カルテで画像検査を確認すると,単純写真で見ても右肺にしっかり広範な浸潤影がある。CTでは,両側下肺野に,consolidationと周囲にスリガラス上の陰影が広がっている。

(え〜〜っ? 肺炎???)

病室に戻って患者さんに確認する。

「さっき透析室で伺ったときに,咳はでてなかったと,おっしゃってましたが,ホントにホントに咳はでていませんでした。」

「1週間位前から,ときにゴホッという感じには咳はでてたかな。」

(何だよ〜咳は出てたんじゃないか!)

ちゃんと起き上がってもらって,もう一度背部から念入りに聴診する。右側下肺野を中心にcoarse crackleがしっかり聴取できた。あちゃー,透析室では聞き逃していた。何が『最後はやっぱり身体診察(注)』」だ・・・・ああ恥ずかしい。さらに入院の手続きのためにこられた奥さんから聞いた言葉。

「2日位前から変な咳をしていて痰もでてきたので,肺炎じゃないかと思ってました。」

奥さんの診断能力の方が,自分よりも優れていたということか。何とも情けない話で・・・・とほほ。

 

注)以前に何とエラソーにこんなタイトルで講演会をしたことがあった

 

<What is the key message from this patient?>

今回の症例は,もう数年以上前のことで,何ともお恥ずかしい限りだが,胸部X線写真をとって初めて肺炎と診断することはままある。高齢者の発熱の原因として肺炎はよくあることである。高齢者の肺炎では症状が乏しいことも珍しくない。また高齢者では典型的な症状が出ないことも多い。つまり高齢者の肺炎の診断は診察だけでは結構難しい。 

 新型コロナウイルス感染が広がっている現在,発熱患者に対するpracticeは一変してしまった。そもそも病院の入口で発熱があったとわかった時点で,通常の診療ラインには乗せないやり方になる。通常の診察室とは離れた発熱外来でガウン,マスク,ゴーグル,手袋で装備した上で診察をすることになる。やってみると分かるが,この状況での診療は,普段どおりの思考過程で動くことは意外に難しい。コロナ第1波の真っ最中には,感染のリスクも考慮して可能な限り診察を簡略化して,疑わしきはさっさと胸部CTに回すという流れにならざるを得なかった。

 それでもつい最近,病歴からは発熱のfocusが絞りきれなかったが,背部の聴診でちゃんと肺のcracklesを聴き取れて,結果的に肺炎を見逃さずに済んだ例が2例あった。その二人の患者はいずれも呼吸器症状を訴えず,病歴だけからは積極的には肺炎を疑えなかった。focusが絞れなかったからこそ,注意深くとった聴診所見が疑うきっかけになった。

 「ゆっくり聴診するならさっさと胸部CT」というのは,今まで自分達が目指してきた(そして教えてきた)診療スタイルとは全く正反対である。感染のリスクを考えると,致し方ない部分もある。それでも『最後はやっぱり身体診察』と言えるだけのスキルは持っていたい。身体診察は役に立つと自信を持って研修医たちに言えるようになりたい。いろんな検査に制限がある発熱外来だからこそ,H&Pは重要だと思う。そう言えるように精進しなければと思っている。

コメント
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