<1週間前からの微熱と腹痛で来院した47歳女性>
予約外来の途中で,ひとり予約外患者のカルテが混じっていた。
名前を見ると,自分が高血圧で診ている○△さんである。彼女は47歳の美容師さんで,以前めまいで入院した時に高血圧を発見されて,以後外来でfollow upしている方だ。そこそこの肥満があるが,普段はとても元気な方である。
(あらま,どうしたんだろう?)と思いながら問診票を見る。
主訴には「1週間より微熱と腹痛(37.0~38.7℃)」とある。
その横には外来看護師による,青いボールペンで(今朝血圧131/78,鈍痛で時々きゅーっと差し込むような痛み。市販薬のセデスを飲むとおちつく。)という追加情報が書いてあった。
1週間続く熱と,腹痛か・・・頭に浮かんだのは,キャンピロバクター腸炎のような感染性腸炎だった。食事のことは,ちゃんと聞かないといけないなあと思いながら,患者さんを診察室に呼び入れた。
「どうしました?,○△さん」
「あ,先生でよかった〜。実は,1週間前から微熱が続いてて,おなかが痛いんです・・・」
いつもばっちり化粧してくる○△さんがまったく化粧なしで来ているので,本当に調子が悪いのだろう。実際,かなり具合悪そうにみえる。
「一番最初の症状は,何でしたか?」
「まず身体がだるくて,熱がありました。次の日から下腹が痛くなりました。ずっと37.2~37.8℃位の微熱がづづいて,市販のセデスを飲むと何とかなっていました。」
「下痢はありましたか?」
「ありません」
「柔らかい便もでていなかった?」
「ないです」
う~ん,どうも感染性腸炎の線はなさそうかなあ。下痢が最初はなくて腹痛が強いキャンピロバクターは何例か経験があるけれど,とりあえず感染性腸炎の可能性はかなり低くなったかな。
「食欲はありましたか?」
「食欲はなかったです。」
「水分はとれていました?」
「何とかとれていました。」
「オシッコする時に痛みとか,回数が増えたりは?」
「ありません」
「○△さん,生理はまだありましたっけ?」
「去年の秋に上がりました。」
「帯下が増えたりはしていませんでしたか?」
「ないです」
尿路感染や婦人科的な問題はなさそうか・・・
食欲がなくて,腹痛があって熱・・・とくるとアッペはやっぱり落とせないなあと考える。しかし最初の38℃の発熱は典型的ではない。とは言っても悪寒戦慄を伴う38℃の発熱が初発症状だった虫垂炎も経験があるので,それだけで否定する材料にならない。むしろ,1週間が経過していることをを考えると,アッペが穿孔して膿瘍形成していないか心配だ。
「まだ何とも言えないんですけれど,虫垂炎は一応考えないといけないような気がしますね~」と話す。すると,
「私,前に外科の☓☓先生に盲腸で診てもらったことがあるんです。その時は,あんまり太っていて手術は大変だから点滴で治療したんです。その時は,それで良くなったんですけど,今度なるときまでに痩せなさいっていわれてました。」
なになに・・・以前やったことがある!
診察台に横になってもらい診察を始める。
腹部は柔らかい。全体としてみてもpercussion tendernessはない。腸雑音も正常。心窩部に圧痛なし。下腹部を圧迫すると,うっと顔をしかめる。でもpercussion tendernessはない。
もう一度,どこが痛かったのか確認すると,最初は臍周囲から心窩部まで腹部全体が痛かったようだが,その後下腹部が痛くなったとのこと。
「今はどこが一番痛いですか?」と訊ねると,下腹部やや右寄りを掌で押さえる。やはりアッペは絶対否定できないと確信。
直腸診は必須だと思ってやると,腹膜の圧痛点はどこにもない。子宮頚部の圧痛もない。いったん診察台から降りてもらったが,腹膜刺激症状をもう一回確認しようと思って,再度横になってもらって診察しなおした。Obturator sign,Psoas signは認めず。cough test陰性。そしてあらためてやったHeel drop testは陽性。
これらの所見から,おそらく骨盤腔の下の方へは向かわず腸腰筋には接していない部分にあるアッペの炎症なんだろうと考える。
「最初の方で,結構痛みがひどい時期があったのではないですか?」
「実はそうなんです。でも結婚式なんかが立て込んでいて忙しくて休めないし,痛み止めを飲んで我慢して仕事をしてました。」
「歩くと痛みが響いたんですよね?」
「ええ,あんまり痛いんで,そっ~と歩いていました。」
やっぱり・・・。1週間前に発症したアッペで,そのあと穿孔して痛みが軽くなったのではないか。ますます膿瘍形成が怪しい。
血液検査はオーダーするとして,画像検査は・・・まずエコーを最初考えたが,肥満体型を考えると,よく見えない可能性もある。時間がもったいないので,さっさと造影CTまでやったほうが得策だろうと判断。
血液検査を入力指示。このところ血液検査をしていなかったので腎機能が正常であることは確認したい。おそらく食事はとれていないだろうから,等張液で少し補液しておいたほうがいいだろうと判断。ラクテック2本(1000ml)輸液の指示をしておいて,腎機能を確認次第,腹部CTを至急でやってもらう手配をした。その後,他の患者を診察しつつ,○△さんの血液検査の結果が出ないか何度か確認するが,なかなか採血の結果が出てこない。
しばらくして看護師のNさんが,泣きそうな顔をしてすみませんと謝りに来た。ライン確保と同時に採血を取ろうとしたが,太っていて難しいのだという。それではと処置室に行ってみると,確かに血管が見にくい。たまたま手首の内側に血管が見えたので,そこに21Gアンギオカット針を挿入して,無事採血も終了。
しばらくして結果が出た。
WBC 7540, Hb 12.6, Ht 36.8, Pl 27.5, CRP 11.41
ここへきて白血球が正常であることは,まったく気にならない。CRPは上昇している。BUN 15, Cr 0.75で腎機能正常を確認できた至急で造影CTへ。
結果はやはりアッペの膿瘍だった。しかも虫垂はCTで想像したような位置にあった。
放射線診断医の読影レポート『S状結腸に接して,隔壁をともなう直径5cm位の低吸収域があり,膿瘍と考えられる』
これを見て,症状として下痢(正確にはテネスムス)があってもおかしくないのにとも思った。さっそく外科の先生に連絡して入院となった。入院後,エコーガイド下に膿瘍部分に穿刺ドレナージが試みられた。2-3日抗菌薬投与で,症状の改善があれば待期的手術の予定だったが,2日目に発熱があり症状の改善もないため手術となった。術後経過は良好で その後無事退院した。
<What is the key message from this patient?>
これは,はっきり言って会心の一例である。問診票の段階ではわからなかったが,病歴の早い段階でアッペが想起できて,経過から穿孔・膿瘍を疑うことができた。診察所見から病変の局在までイメージして,腹部CTでそれがほぼ確認できたという意味では,心の中でガッツポーズだった。そのつもりで病歴を見直すと,疾患の進行が想像できるようでとても教育的である。
いつもばっちり化粧をしている患者さんがホントに具合悪くてスッピンで来られた,文字通りスッピンな(SpPin)病歴であった。