もう20年近くも前のことになる。還暦を迎え、久しぶりに中学校の同窓会がもたれたのだが、その際の話で、小学校時代の話題が上がり、その当時の教室の様子が浮かんできた。木造校舎の柱に竹筒の花瓶が飾られ。その下の色紙に、”心に太陽を持て、、”、”唇に歌を持て、、”が飾られていた光景である。
心に太陽を持て
心に太陽を持て
嵐が吹こうと、吹雪が来ようと、
天には黒雲、地には争いが絶えなかろうと、
何時も心に太陽を持て。
唇に歌を持て
軽く、朗らかに自分の務め
自分の暮らしに、よしや苦労が絶えなかろうと
何時も、唇に歌を持て
苦しんでいる人
悩んでいる人には
こう、励ましてやろう、「勇気を失うな!」
唇に歌を持て、心に太陽を持て
上のような詩の一部だったのは、あとになって知ったのだが、当時の先生方は戦前の教育の反省に立って新しい教育のあり方を模索していられたのだと思う。先生がお元気ならお会いしたいとの話がまとまり、それこそ時間を忘れて話し込んでしまった。当時先生は米寿を迎えておられたが、元国体の選手さながら矍鑠としておられた。その話の中で、先生から戴いた言葉が”閑是寶”であった。つまり古の聖人 、孔子の言”小人閑居して不善を為す”とは正反対に生き方を示唆された。その教えを忘れないために、河原散歩していて、平たい石を拾ってその石に”閑是寶”の文字を記し、文鎮代わりに利用している。
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