goo blog サービス終了のお知らせ 

自由人

 己を『”親も無し、妻無し、子無し”職も無し、ローンもなければストレスもなし』と詠んで、六無斎清々を僭称。

’13年頭のメッセージ

2013年01月01日 02時14分50秒 | ニュ-ス

今を生きる70億を超す人類の共通の祖先が

14~5万年前、アフリカ大陸で生きてたある女性に

たどり着いたのは、ミトコンドリアのDNAが母から

娘のみに伝達されることから逆算して得られた結論だ。

さらに遡れば。四〇億年前に海で誕生した命と

すべての生き物、人類との間に深い関わりがあることは

太陽にすかして見て手のひらを流れる真っ赤な血潮は

海水の成分と同じであることから確認できる。

つまり、人類皆兄弟姉妹、すべての生き物は皆友達

この原点にたって新たな人類史を築かねばならぬ。

 

ホモサピエンス(賢い人)と自称しながら

そのたどった道は、人だけに生じたエゴの増殖

それ故に、世に泥棒の種と争いの種が尽きることなく

この奇跡の惑星を痛め続けている。

 

弱肉強食だと聞こえが悪いからか、新自由主義との

言葉のすり替えによって、”力が正義”の世を

謳歌し、いい思いをしている1%の人々、、、

99%の人々は分断されることなく、連帯して

すべての生き物と人類の名誉にかけて、共存共生の世を

目指そう! 新自由主義と経済成長路線を清算して、、、。


法三章の世を目指して、、、

2012年09月08日 09時14分47秒 | ニュ-ス

 ラテン語の格言で『国家がより堕落しているほど、法はより多い。』というのがある。何か今の世界、今の日本を予告しているような格言である。18世紀以降の産業革命により、物質文明は著しく進歩発展を続けている。それに伴って人類の精神文化も進むのだったら問題ないのだが、、、。物質文明の方は積算出来るし、等比級数的に進歩発展するのに対して、『生まれた時は名無しで裸』である個々の人類にとって、高い精神文化を身につけるのはゼロからの歩みとなるし、足し算と引き算によって増えもするし、退化する場合もある。それ故に、物・金・権力の魅力に取り憑かれ、それらに支配される人間が拡大再生産され続けてきたのではないだろうか、、、。増殖し続けなければならないという資本(金)の論理に、『金じゃないよ、心だよ。』とのモラルの高い人間の論理が寄り切られてしまっているのが今の世の中なのだろう、、、。

 老子の詞に『天網恢々疎にして漏らさず。』というのがある。その言葉にふれて、己の人間性を高めていける人ばかりだといいのだが、法に触れなけりゃかまわないとか、ばれなけりゃかまわないという類の人間が増えると、いくら罰則規定を法で定めてもさらに抜け道を探してエゴを追い求めるため、それを規制する法が必要となり、法の数は増え続け、国家の腐敗も進むのではないだろうか、、、。

 ニュージーランドの近く、太平洋上のある小さな島国で人口が約三万、憲法が、盗むな・怠けるな・嘘をつくなの三箇条で生活している国があるそうだ。また、もう30年以上も前のことだが、佐賀県のある中学校で校則が、時間を大切にすると安全を確認する、の2箇条だが、何ら問題なくスムーズに学校生活をエンジョイしているとの新聞記事を読んだことがある。ある集団を構成する個々人の人間としてのモラルやレベルが高いと、決まりは少なくてすむものだ。住井すゑさんは、ある対談で、世界人類憲法としては、『嘘をつくな』の一箇条で良いと述べておられたのだが、、、。基本的に人間は、家庭教育、学校教育、社会教育、さらに自己教育によってゼロから出発し高い人間性を身につけていくものである。ところが、家庭教育も学校教育も問題だらけ、もともと教育とは人間信頼の立場で進められるものであるが、小さい頃から知らない人に声をかけられたら、逃げなさいと教えなければならない、人間不信の家庭教育、学校教育がごく当然のことになりつつある。

 性善説の立場では決まりは出来るだけ少なく、『嘘をつくな』の一箇条だけで社会生活が成り立つと考えるだろう。性悪説ではどんなに多くの決まりを作っても、まだ不安が残るし、監視カメラを全国隅々に設置しても、通信を全て傍受しても、犯罪を犯す人間はいると考えるだろう、、、。人間生まれた時は仏と同じ、『幼な子が、次第次第に、知恵付いて、仏に遠く、なるが悲しき。』とあるように、育っていく中で、性善・性悪の両面を持つようになるのだと思う。かっては、子どもの頃に、良いことをすれば天国に行ける、悪いことをすれば地獄に堕ちる。嘘は泥棒の始まり、閻魔様に舌を抜かれる。等の脅かしで、悪に染まることにストップがかかったのではあるが、、、。人間の善なるものを求め、広めようとする人間の活動が、哲学、文学、芸術、音楽、等であるし、悪なるものを制御するのが、タブー、道徳、宗教、等といえるだろう。そういう人間の精神的遺産を、正しく伝達していくことが出来れば、教育によってのみそれが可能なのだが、、、。少しずつではあるが、人間が文明化し、キリスト教でいう天国、仏教でいう極楽を、この現実の地球上に創り出すことが出来るだろう、、、。最近イスラムへのパッシングが見られるのが気がかりだが、イスラム教徒は酒を飲まないというのは、酒によって自制心を失った人間が何か邪悪なことををやりかねないのを防ぐためだろうし、一日4回以上も自己反省して、アラーの教えに背かない生き方をしようとするのも、豊かなものは貧しいものへ施すのが義務であると考えるのも、また施しを受ける方は卑屈になることなく、財を持つ人の堕落を防ぐ手伝いをしてやると考える。これらは良い面に働く宗教心の現れだし、自然条件の厳しい地域で生きる民族の生活の知恵、この地域の精神文化といえるだろう。イスラムの倫理とは異なる、『金は自由へのパスポート』との考え方が一般的な欧米諸国(昨今の日本もこの傾向が進んでいる)には理解できないことかもしれない。文明の衝突にならないような、違いを認め合う人類的努力は今後ますます必要となってくる。
 イスラム原理主義の立場に立つ者たち全てではないのだが、若者に天国を約束し、ジハードとして自爆テロを唆すのは、宗教の名を借りた洗脳といっていいであろう。

 いずれにしても、法三章(殺すな・傷つけるな・盗むな)で足りる、文明度の高い社会や国家を作り上げるには、それを構成する個々人が、どのような倫理観、価値観、人生観、等を持って生きていくかに関わってくるし、国家を体現する政治家、裁判官、検察官、公務員は当然、マスメディァ、ジャーナリスト、科学者、哲学者、教育関係者、芸術家、宗教家、等が一体となって、人類の文明化に寄与すべきであろう。
 


きな臭さますペルシャ湾

2012年01月26日 16時15分23秒 | ニュ-ス

 アメリカの対イラン経済制裁の強化に呼応してEU諸国もイランからの原油禁輸に踏み切ることとなった。国連の度重なる核開発を止めるようにとの勧告を無視して、核開発(イランは核兵器の開発ではなくあくまでも平和利用との公式見解を発表している)を進めるイランへの制裁措置と強弁しての決定なのだが、、、、。もっとも核の平和利用とは人類への欺瞞であり、原子力発電所の作動は、必然的に核兵器の原料を生産することになる事実から考えても核開発は人類滅亡への一里塚ともいえるものだ。

 最初に核兵器を使用したアメリカは、今もって、核兵器使用が人類への犯罪であるとの自覚もないし、過ちから学びより賢くなるすべを自ら放棄している。他国への核開発の放棄を要求するならば、まず持って自らが核兵器不使用を宣言しなければならない。国と国との交渉ごとは互いの信頼がなければ成り立たないし、まして超大国が力尽くで己の意志を貫こうとしても、一寸の虫にも五分の魂、とあるように、易々と聞き入れることはできないだろう。かってはアラブの民族主義イニシアチブをエジプトのナセルから引き継ぎ、反米を旗印にアラブの盟主を気取り、石油源を背景に一時はリビア民衆から圧倒的支持を受けていたカダフィ大佐、アメリカの暗殺計画に恐れをなしたのか、2,003年、核開発の断念を表明し、アメリカにすり寄ったのだが、近々の彼の悲劇的結末はどう考えればいいのであろうか、、、。

 イランの多数を占めるペルシャ人は、彼らの過去の栄光を歴史から学んでいると同時に彼らの悲しい歴史からも多くのことを学んでいる。ペルシャ帝国(オリエントを統一支配)の栄光、アレキサンダー東征による滅亡の悲劇、ローマ帝国と五分に競い合ったササン朝ペルシャの栄光、モンゴル、チムールによる被征服、第一次世界大戦後、イギリス了解の下の独立の回復、第二次世界大戦後はソビエトに対抗するバクダット条約機構の中心国として米英と協調、1,951年には国民の圧倒的支持を受けた民族主義者のモサッデク政権が誕生、当時は社会主義が輝きを見せており、国民生活の安定のためには、より無駄のない社会主義が効果的と考えられていたし、モサッデク政権はソビエトとの関係を深め、石油国有化を試みた。当然米英の強い反発を受け、クデターで失脚、親米一辺倒のシャーの独裁政権が、ホメイニのイスラム革命まで続く、イランとアメリカが敵対関係に至ったのは、シャーが莫大な財産を持って、アメリカに亡命、その財産をイラク国民に返還するよう求めたのをアメリカが拒否、それに怒ったイランの学生がアメリカ大使館を占拠したことから決定的となる。相互の不信が憎悪にまで昂じてしまったのが、今のイランvsアメリカといえるだろう。

 戦争への道を食い止められるのはアメリカ、イラン両国と信頼関係にある日本と言ってよいであろう。イラン、トルコの民衆は歴史を通して日本に親近感を持っている。両国ともかって、帝政ロシアから様々な圧迫を受け続けた。それ故に日本が日露戦争で、そのロシアに一泡吹かせたことが、彼らには何よりの励ましとなり、今もって日本への信頼を保ち続けている。米英は一度も他国の支配を受けたことがないだけに、イラン民衆の反欧米意識は理解できないのだろう。一度アメリカに叩き潰されただけで、アメリカにはかなわないとの従米主義では、イランvsアメリカの仲立ちはできないと思う。焼け跡で、平和国家を目指した当時の精神を取り戻し、ポツダム宣言の完全履行をアメリカに要求し、真の独立国となった日本なら、世界平和のための仲裁国になれると思う。


民のための政治とは、、、

2012年01月13日 15時37分04秒 | ニュ-ス

 古代中国の思想家、孟子は”民を貴きとし”と述べ、覇道でなく王道でこそそれが実現可能と主張したし、この国の民主制を求める最初の自由民権運動の理論的指導者中江兆民は人民主権を主張した。大正デモクラシー運動の原点は、吉野作造が主張した、君主権(1,889年成立の大日本帝国憲法は天皇主権)の下でも、普通選挙(一定の年齢に達したものはすべて選挙権を持つ)と政党政治を実現すれば、民の権利は守られるとの民本主義であった。  その運動に参加した、尾崎行雄、犬養毅、らの努力で、1,925年男子の普通選挙方が成立する。セットで成立したのが悪名高い治安維持法なのだが、、、。

 日本国憲法下の現在、女子の参政権を加え、世界の人類が長年にわたって獲得してきた19世紀の権利といわれる自由権、20世紀の権利といわれる社会権、さらに、平和のうちに生きる権利まで保障されているのだから、キリスト教でいう神の国、仏教での極楽浄土が実現していいはずなのだが、、、。その国の政治は、その国の国民のレベル以上にはならないのが真実なのであろうか、、、。

 確かに政党政治は戦後ずっと形式的には行われてきた。つまり政党とは、同じ政治的考えを持つ集団であり、その考えを、公約として主権者の国民に提示する。そして選挙で多くの支持を受けた政党(与党)が政府を作り、公約の実現を目指す政治を行う。野党は現政権を批判し、次期選挙で多数の支持を得て、自らら政治信条の実現を目指す。政権交代があってこそ民の政治が実現するとの考えが政党政治の目指す理念である。しかし、戦後短い社会党中心の連立内閣があったが、ほぼ政治の中心は自民党で、その長期独裁政権が続いた。権力は腐敗するは真実で、自民党から離脱したグループに、細川氏が立ち上げた日本新党を中心に非自民の細川内閣が、1,993年、国民の圧倒的支持を経て成立した。然し、政権交代可能な選挙制度として”小選挙区制”が導入され、現在に至っている。

 現在の政党政治に対する国民の不信は、政党が公約に違反する政治行動を権力維持のためにとるために生じてくる。戦後一貫として、約三分の一の議席を維持し、保守政権が目指した、憲法9条改訂の意図を防いでいた旧社会党が、村山内閣でその公約を変更したこと、3年前の民主党政権成立時の国民との約束をことごとく裏切ったことなどで、拡大再生産されているといってもよいであろう。

 民主主義とは、手段であって目的ではない。一人一人を大切にし、結果的にみんなが幸せになる世(神の国や、極楽浄土)を実現するための遠い道のりである。独裁者が民衆の蜂起で失脚するのが民主化ではない、一党独裁が是正されるのが同じく民主化ではない。民主主義のセールスマン、アメリカが世界の民主化の実現を目指し世界各地に軍隊を派遣しているが、当のアメリカで、我々は99パーセント、1パーセントの強欲を許さない、との占拠が行われ、警察力によって押さえ込まれたけど、真の民主主義が実現している国とはいえないだろう。

 家庭、学校、地域社会を考えたとき、家庭は民主主義のゆりかご、学校は幼稚園、そして地方自治は民主主義の学校となる。然し大きな自治体まして国政では、直接民主制は物理的に採用できないし、間接民主制、つまり代議制をとらざるを得ない。それ故に民主的な選挙制が必要となる。その選挙制で大切なことは代議制の議席と国民の意思が正比例することが原則である。それを実現する選挙法は、大選挙区:比例代表制といえるだろう。小選挙区では少数意見が無視されてしまう。少数意見を大切にという言い伝えは、人類の歴史の中で、正義;真実ははじめは常に少数であったという歴史から得た理念だ。

 あえて極端で理想的な選挙法をいわせてもらえば、国政では、一院制、定数500、全国区制、完全比例代表による政党への投票、大政党であろうと小政党であろうと、その公約の国民への周知徹底はメディアの大切な役割、そして主権者の得票率が70%の場合は、新国会の議席は350名、150名は欠員とすればよい。民意の向上のためには、政党は必死の努力が必要だし、メディアも権力に左右されないことが大切で、投票率を100%に近づける努力は永遠に続ける必要がある。議員定数を削減してからの増税なら、、、との意見がもっともらしく提起されているが、現行の小選挙区、300,比例代表、200の内、比例代表の数を減らすとの小手先の変更は、少数意見を抹殺する暴挙といえるだろう。 

 

 

 

 


混乱の収まらぬリビア その①

2011年03月27日 14時00分32秒 | ニュ-ス

 燃える土、燃える水の存在は古代から知られていたが、灯油の明かりとして利用されたのは、17世紀ルーマニアが初めてだそうだ。そういえば第二次大戦後、ソビエトの支援を受けてナチスドイツから独立を果たした東欧諸国が、ソビエトの衛星国化する中で、自国の石油資源を背景に独自路線をとり、国民から圧倒的な支持を受けルーマニアを統治したチャウチェスク大統領、やがてその独裁を強め、悲劇的な結末を迎えた二の舞を、カダフィ大佐も迎えるのであろうか、、、。

 その燃える土、水が地表にあって、灯火に利用できたのは、アメリカ、ルーマニア、コーカサス地方に限られていたが、アメリカにおいて、1859年油井の発明、1870年、ロックフェラーによるスタンダード石油の設立、さらに19世紀末からの自動車産業、20世紀からの飛行機、等、内燃機関での利用が可能となって、20世紀半ばには、戦車、軍用機、戦艦、には必須の資源となり、帝国主義全盛の時代、{石油の一滴は血の一滴}とまで言われるようになった。

 ゴールドラッシュ並みの油田開発、中東に油田が発見されたのが、第二次大戦末期、それまでは人口はまばらだし、先進国の市場にはならぬし、乾燥地帯で資源もなく、帝国主義国にとって見放されていた地が脚光を浴びることとなった。この地は古くは、エジプト文明、メソポタミア文明を生み、フェニキア人の植民都市、カルタゴ(現在のチェニジア)が栄えたが、、ローマ帝国(欧米文化のルーツ)に滅ぼされた後、ローマ帝国に貢物を出すことによって生存を保証され、ローマ衰退後は、アラビア半島から起きたイスラム教により大統一国家(イスラム帝国)が成立するが、その後は、紆余曲折はあるものの、第一次大戦、まではオスマントルコ帝国の支配を受けていた。衰退を見せるオスマントルコに対して、食指を動かしたのが、ロシアとイギリスである。南下政策と3C政策の激突である。イギリスは、露土戦争、クリミア戦争ではトルコを支援するが、第一次世界大戦後のアラブの民族主義を利用してトルコを弱体化させ(アラビアのロレンス)、3C政策を貫徹した。高まるアラブ民族主義の高まりと中東の油田確保を意図して、この地に打ち込んだ楔が、”イスラエル建国”である。


難破船からの早期離脱

2011年03月07日 11時10分57秒 | ニュ-ス

 政治資金規正法によると、外国人からの献金は禁止されているのは、献金を受けた外国により政治が左右されないためとある。その趣旨は当然であろうが、今回の前原氏の辞任は彼の中学時代からの苦労を知る(父を中学時代に亡くす)在日のおばちゃんが、苦学生に何かしらの資金援助をしたその継続で、政治家になった彼にも引き続き出来るだけの(年間5万円)支援を行っていたに過ぎない。自分の息子のように思えた人物に、その成長を我がことの喜びとしただけである。その事実をどこでつかんだのか、国会で取り上げた自民党の代議士も、人情知らずといえるだろう。国政を左右するかもしれない外国からの献金というのなら、例えば朝鮮総連からの資金とか、CIAからの資金の流れとかを想定してるのであって、政治資金規正法の罰則にあたるのは当然である。前にも述べたように在日としての困難な生活の中から、多少の資金を前原氏の成長に役立てようとしたことは法にも触れないし、そういう善意を受け続けたことは何ら恥じることではないし、その責任を取って辞任する必要もない。日本で生活し、税金も払い、犯罪を犯していない人には、参政権も、献金を通して支持を表明するのも、当然の権利として保障されるべきである。

 前原氏の早期辞任の表明は、別の意図ありありである。中国脅威論を唱え、日米同盟深化を主張する前原氏には、アメリカの期待が大きいのが事実である。依ってポスト菅の有力候補に挙げられているし、沈みゆく菅内閣との心中はご免との彼自身のリアリズムの表れであろう。責任を取って辞めるのなら、国交相だった時の、八ツ場ダム問題、尖閣問題でそれまでの日中間の暗黙の了解を無視し、船長を逮捕に踏み切り、日中問題をこじらせた責任を取るのが政治家としての責任の取り方だ。国交相を辞任することなく、若い時代からの念願の外務大臣に抜擢され、アメリカを訪問、クリントン国務長官から、尖閣は安保条約の適応範囲との言質を取り、英雄気取りの前原氏には危うさを感じる。

 


{村や町を強くしろ!}に向けて、、、

2011年02月28日 19時34分39秒 | ニュ-ス

 タイトルは、日本最初の公害事件、足尾鉱毒事件に関わった田中正造氏が到達した真理だが、この国の資本主義勃興期、企業の立場を擁護する中央政府の横暴に対しての最終結論として、田中氏が提起したスローガンである。今喧伝されている地方の時代の先駆けともいえるだろう。さらに中国革命時、毛沢東が提起した(農村から都市を包囲)との戦略とも通じるものがあるのだろう。

 資本主義は生産力拡大という物質的富を生み出す仕組みだが、その過程で都市は常に農村から人的富を収奪し続けた。古くはエンクロージャーで、(おとなしい羊が人をかみ殺した)といわれる現象を生み出したし、最近では、1960年からのこの国の世界を驚かせた高度経済成長では、優れた労働力(手先が器用で、学習能力を保持し、辛抱強い)の保持者の農村から工業都市へ若年労働力が移転し続けた。1960年代、稲作と裏作の麦、葉タバコやこんにゃく等の栽培により、地域にある中学校に500人を超える生徒を送り出していたのに、最近は百人を割り、来年は閉校となるという現実、安価な労働力が枯渇し、より安い労働力を求め、グローバリズムの美名のもと、海外への工場移転、国内の労働事情は悪化の道をたどっている。豊かさとは何かを問い直さなければならない時期が来たといえるだろう。

 中央が地方を合法的に収奪する仕組みが、中央集権、それを正当化する仕組みが官僚機構である。明治以降、民権と国権はせめぎあいを続けたが、常に国権が勝利した。自由民権運動が敗北し、大日本帝国憲法が成立(君主権>議会)後、天皇への直訴により、民権を訴えたのが田中氏であったし、普通選挙と議院内閣制の実現により民権が守られると主張したのが吉野作造氏の民本主義であった。第一次大戦後の世界的民主主義、平和への願いの高まりの中、わが国でも短い期間政党内閣の確立,いわゆる大正デモクラシーを実現するが。5;15。2;26でファシズムの道を選択、結果が8;15となる。戦後も、古い上着にサヨナラした一時期もあったが、アメリカの冷戦発動により、そのアメリカに協力することにより免責された古い上着が権力を再構築し、保守合同により常に三分の二近くの議席を保持し、保守政権を続けていたし、その議席を保証したのも保守的と言われた農村部の議席であった。

 伝統的に革新勢力の強い、北海道や京都府では早くから、革新知事が誕生し、特に京都府では蜷川府政が7期28年間も続き、15の春を泣かせない、のスローガンで、高校三原則(地区制、総合性、男女共学)を維持し続けた。保守派は、京都大学の入学率が府立高校は低下していると抗議し、保守府政を回復する。学者(政治家と違い金権ではない?)と革新統一で、東京(美濃部)、大阪(黒田)、福岡(奥田)、が誕生するが、老人医療無料化等の功績はあるが、議会では少数与党であり不完全燃焼で終わり、いずれも保守派に奪い返された。


得意分野で成果なし、あとは退陣か、、、

2009年07月11日 14時48分02秒 | ニュ-ス
 北海道サミットを花道に前総理が退陣し、国民的人気(?)に期待して選挙用党首として現総理を選出した自民党、即時解散していれば、自民党もこれほどの退潮はなかったであろう。何しろ小泉郵政解散(憲法上疑義があったのだが)によるバブル議席、しかも公明党がぴったりすり寄って、衆議院における絶対多数。メディアもあまりにも支援し過ぎたとの反省もあって、“郵政民営化はGo!他は白紙委任ではない”などとのたまわっても、権力の暴走には歯止めが掛からなかった。重大なテーマで、それ一つでも主権者たる国民の意志を確認すべきことなのに、何度三分の二、の条項を利用して再可決してしまったことか、、、。

 金融危機が解散などできなかったとの後付の理由で解散を回避、“百年に一度”との先延ばしの理屈だが、経済に真に詳しいなら、100年に一度どころか、人類史上最大の経済危機であることは分かっていなければならないことだ。親の会社を受けついで会社を経営したことが、“経済に詳しい”との自負心となっているようだが、親から引き継いだ会社をいったん潰し、1から出直して会社を再建、引き継いだ会社より大きな業績の会社にしたのなら、経済に詳しいといって良いのだが、、、。“定額給付金”等は三分の二を使ってやることもないと思うのだが。

 ばらまいても支持率は上がらず、相手のミス待ちか、得意の(?)の外交で点数を稼いで解散に持ち込む腹づもりだが、総理自身がブルーリボンを付けているようでは、北朝鮮外交はうまく行くことはないだろう。強く出れば、相手は日本からの支援を欲しがっているのだから、拉致問題は解決するはず、ぐらいの単純な思考では外交音痴といっても良いだろう。対ロシアとの領土問題、これもロシアは日本の経済協力を欲しているのだから、色よい返事があっても良いとでも考えているのではないだろうか。

 歴代この国の保守政権は、千島列島(クリル諸島)は、日ソ中立条約を一方的に破って、不法占領したと喧伝してきた。そしてサンフランシスコ会議で、当時の全権大使、吉田総理大臣(現総理の祖父)はアメリカの圧力に屈し、千島列島は放棄すると言わされた。実質支配していたソビエト(ロシア)は、自国領土に組み入れたのである。そして、吉田全権が放棄したのは、国後・択捉島より北の千島であると強弁しているのだが、千島列島の地勢状は、北海道とカムチャッカ半島との間の諸島であり、択捉・国後は当然含まれる。因みに、歯舞・色丹島は根室半島との続きであり、千島列島に入れないのは地理学上の常識である。それ故に、ロシアも歯舞・色丹島については返還の意志があるのだと思う。
 ヤルタ密談(当時のソビエトを対日参戦に引き込むための米ソ会談)の不法性を国際司法裁判に提訴し、千島列島は全て日本の固有領土であることを国際的に認めてもらうことが大切だ。ポツダム宣言で、日本は戦争で拡大した領土は返還すると決めたのだから、南樺太はソビエト(ロシア)に、満州(東北)と台湾は清(中華民国、中華人民共和国)へ、朝鮮は朝鮮へ帰属してしかるべきだ。

 千島列島は、日本の固有領土だが、サンフランシスコで放棄したのだから、領土権は主張しない、但しその帰属は、ロシアにあるとは言えない。帝国主義の膨張政策が、多くの少数民族を苦しめたり絶滅させた人類の歴史を反省し、千島列島は本来この地に移り住み、自然と共生して人類の生活の場を広げた、北方少数民族に戻すべきだと思う。ロシアとの交渉で、“人類的立場”に立ち、国家の枠を乗り越えた妥協をする必要がある。

敢えて北朝鮮民衆に与したい・・その⑤

2009年03月09日 17時32分29秒 | ニュ-ス
 休戦成立後も、東西の代理戦争は続行され、互いの体制の優位を競い合う状況は続いた。李政権下の韓国は、彼の反共主義、反日政策で、統一を主張するだけで容共と見なされていた。休戦後は前にも述べたように、北の国造りが順調で、『地上の楽園』とまで喧伝されていた。在日(強制移住や流民として)を余儀なくされた人たちの中でも、朝鮮総連、民団に分裂対立に合うことになる。日本国内で厳しい差別を受けていた人の中には、北の国造りに協力するために、国交のない北朝鮮へ、赤十字の仲介で日本を離れた人も多くいた(帰還事業)。革新政党の中にも北の国造りを賞賛し、帰国を勧めたりしたが、政治的にラジカルな在日を体よく追っ払ってしまおうとする保守政権のねらいもあった。

 流れが変わったのは、李政権の独裁に対する学生たちの反乱、李大統領の亡命、民主的選挙で一気に統一への動きが出た韓国であるが、ク・デターで政権を獲得した、日本の士官学校へも在籍した、朴氏からである。アメリカの後押しもあり、それまでの反日を改め、日本の経済支援で国を豊かにする政策を採用した。’65年に日韓基本条約で国交を開き、植民地時代の保障を、有償無償の経済援助、技術援助で肩代わりさせ、『漢江の奇跡』と言われる経済成長に成功した。キーセン観光の屈辱に耐えながら、、、。最大の後ろ盾だった中国での文化大革命、支援を得られなくなった北は、先軍政策を維持するために、権力の世襲を決めるが、経済的には行き詰まりを見せることになる。そんな焦りの中から、南への工作活動、その延長沿いに、敵国(南を唯一の合法政権と見なし、経済支援を続ける)日本に対する拉致事件も起きたのだろう。

 小泉訪朝により、日朝国交樹立が期待されていたのであるが、正式文書を取り交わす前の決めごとを、一方的に破ったのが日本である。拉致を一部勢力の勇み足として認め、謝罪したようであるが、約束違反(一時帰国者を戻さない)を建てに頑なな態度を取る北に対して、経済制裁を開始、それまで民間で細々と続けられていた交流まで断ち、万景号の寄港まで禁じてしまった。海産物の輸入は、漁民の収入を保障したろうし、日本では不要になった中古自転車を満載して北に戻る船は民間交流としてほほえましかったのであるが、日本が発動した経済制裁で苦しむのは一般民衆であって、問題ある政権に対しては、反日キャンペーンでさらなる体制の引き締めの口実を提供することになっている。

 国交樹立が最初である。そして、植民地時代の保障は、政府間ではなく、民間の支援活動に任せるべきである。小泉訪朝では、一兆円を示唆したらしいが、実際の被害を受けた一般民衆に渡らないといけない。賠償に関わる汚職、日韓汚職も摘発はされなかったが,ODAによる支援についても常に利権が絡んでいる。日朝間ではそんなことはあってはならない。国民の負担する税金は、全て一般民衆の生活支援に使われるべきである。

 

巷間の憂さ晴らしを口にしただけ、、、

2008年11月21日 13時01分25秒 | ニュ-ス
 党内事情で選出された総理が、自らの発言で窮地に陥っていますね。『口は災いの元』を地でいってるようで、、、。「訓読みで、踏むという字を、音読みで、“ふ”と縮めて、読んだだけ」との句で、免責してあげたいのだが、漢字の読み違いを連発すると、資質そのものが疑問視されますね。

 今回の医者に関する発言、医師会から怒りの抗議を受け、撤回したとのことだが、人間全く違ったことを言われると腹が立たないのだが、少しでも思い当たる面があると、必要以上の怒りを表すもので、今回の医師会の反応はこの例に当てはまるものだと思う。

 昔から巷間で、『先生・警察・医者・坊主、は世間の常識が通用しない。』といわれ続けてきた。その理由として、それらの人が不断付き合っているのが、こども・犯罪者・病人・故人、という訳で、、、。社会的に尊敬され、生活も安定してると考えられる人に対する庶民の妬みもあるのだろうが、、、。私も教職の道に進んだし、初めて担任になった頃、受け持ちの生徒の親から、この言葉を聞いて以来、自分を戒めることとして現職中忘れずに肝に銘じてきた。

 巷間での憂さ晴らしを、庶民を代弁するつもりで、口にしたのだろうが、医師会も怒り露わに抗議するより、自らの職責の再認識に務めるべきだろう。いとも簡単に、自らの発言を撤回するのは、世間を知らないオボッチャマと言われても仕方がないし、巷間での憂さ晴らしの対象の、4者に加えて、世襲政治家を入れて良いのかもしれない。