古代中国の思想家、孟子は”民を貴きとし”と述べ、覇道でなく王道でこそそれが実現可能と主張したし、この国の民主制を求める最初の自由民権運動の理論的指導者中江兆民は人民主権を主張した。大正デモクラシー運動の原点は、吉野作造が主張した、君主権(1,889年成立の大日本帝国憲法は天皇主権)の下でも、普通選挙(一定の年齢に達したものはすべて選挙権を持つ)と政党政治を実現すれば、民の権利は守られるとの民本主義であった。 その運動に参加した、尾崎行雄、犬養毅、らの努力で、1,925年男子の普通選挙方が成立する。セットで成立したのが悪名高い治安維持法なのだが、、、。
日本国憲法下の現在、女子の参政権を加え、世界の人類が長年にわたって獲得してきた19世紀の権利といわれる自由権、20世紀の権利といわれる社会権、さらに、平和のうちに生きる権利まで保障されているのだから、キリスト教でいう神の国、仏教での極楽浄土が実現していいはずなのだが、、、。その国の政治は、その国の国民のレベル以上にはならないのが真実なのであろうか、、、。
確かに政党政治は戦後ずっと形式的には行われてきた。つまり政党とは、同じ政治的考えを持つ集団であり、その考えを、公約として主権者の国民に提示する。そして選挙で多くの支持を受けた政党(与党)が政府を作り、公約の実現を目指す政治を行う。野党は現政権を批判し、次期選挙で多数の支持を得て、自らら政治信条の実現を目指す。政権交代があってこそ民の政治が実現するとの考えが政党政治の目指す理念である。しかし、戦後短い社会党中心の連立内閣があったが、ほぼ政治の中心は自民党で、その長期独裁政権が続いた。権力は腐敗するは真実で、自民党から離脱したグループに、細川氏が立ち上げた日本新党を中心に非自民の細川内閣が、1,993年、国民の圧倒的支持を経て成立した。然し、政権交代可能な選挙制度として”小選挙区制”が導入され、現在に至っている。
現在の政党政治に対する国民の不信は、政党が公約に違反する政治行動を権力維持のためにとるために生じてくる。戦後一貫として、約三分の一の議席を維持し、保守政権が目指した、憲法9条改訂の意図を防いでいた旧社会党が、村山内閣でその公約を変更したこと、3年前の民主党政権成立時の国民との約束をことごとく裏切ったことなどで、拡大再生産されているといってもよいであろう。
民主主義とは、手段であって目的ではない。一人一人を大切にし、結果的にみんなが幸せになる世(神の国や、極楽浄土)を実現するための遠い道のりである。独裁者が民衆の蜂起で失脚するのが民主化ではない、一党独裁が是正されるのが同じく民主化ではない。民主主義のセールスマン、アメリカが世界の民主化の実現を目指し世界各地に軍隊を派遣しているが、当のアメリカで、我々は99パーセント、1パーセントの強欲を許さない、との占拠が行われ、警察力によって押さえ込まれたけど、真の民主主義が実現している国とはいえないだろう。
家庭、学校、地域社会を考えたとき、家庭は民主主義のゆりかご、学校は幼稚園、そして地方自治は民主主義の学校となる。然し大きな自治体まして国政では、直接民主制は物理的に採用できないし、間接民主制、つまり代議制をとらざるを得ない。それ故に民主的な選挙制が必要となる。その選挙制で大切なことは代議制の議席と国民の意思が正比例することが原則である。それを実現する選挙法は、大選挙区:比例代表制といえるだろう。小選挙区では少数意見が無視されてしまう。少数意見を大切にという言い伝えは、人類の歴史の中で、正義;真実ははじめは常に少数であったという歴史から得た理念だ。
あえて極端で理想的な選挙法をいわせてもらえば、国政では、一院制、定数500、全国区制、完全比例代表による政党への投票、大政党であろうと小政党であろうと、その公約の国民への周知徹底はメディアの大切な役割、そして主権者の得票率が70%の場合は、新国会の議席は350名、150名は欠員とすればよい。民意の向上のためには、政党は必死の努力が必要だし、メディアも権力に左右されないことが大切で、投票率を100%に近づける努力は永遠に続ける必要がある。議員定数を削減してからの増税なら、、、との意見がもっともらしく提起されているが、現行の小選挙区、300,比例代表、200の内、比例代表の数を減らすとの小手先の変更は、少数意見を抹殺する暴挙といえるだろう。