面白き 事も無き世を 面白く
住みなすものは 心なりけり

「旅立ちの島唄 十五の春」

2013年06月03日 | 映画
沖縄本島から東に360km離れた南大東島。
人口およそ1300人の小さなこの島には高校がない。
そのため、進学する島の子供たちは皆、中学校を卒業すると同時に島を離れていく。

小学生から中学生までの島の女の子たちで構成される、南大東島の民謡グループ「ボロジノ娘」。
高校進学のために島を離れる中学3年生のリーダーから、恒例の卒業コンサートの日に新しいリーダーを受け継いだ優奈(三吉彩花)も、来春の高校進学を決めていた。
それは同時に、来年の春には島を離れることを意味している。
沖縄本島の那覇には、高校に進学した姉の美奈(早織)と共に島を離れて以来、めったに島に戻ってくることのない母親の明美(大竹しのぶ)が住んでおり、久しぶりに母親と一緒に暮らせることを、優奈は楽しみにしていた。
しかし同時に、優奈には気がかりなことがあった。
兄も姉も沖縄本島に生活を移している今、自分が母親と一緒に那覇で暮らすことになれば、島には父親の利治(小林薫)がたった一人残ることに心を痛めていたのである…


8Km離れた北大東島を除き、周囲は数百キロに渡って陸地の無い絶海の孤島である南大東島。
人口はおよそ1300人。
島民は皆顔見知りであり、島全体がひとつの大きな家族のようで、互いに支え合い、寄り添うように暮らしている。
島民にとって何よりも大切なはずの家族が、子供の進学と共に離ればなれになってしまうという島の宿命。
子供だけが島を離れることもあれば、子供と共に母親が沖縄本島に渡るケースも多いとか。
都会に暮らす自分には思いも及ばない現実が、この小さな島には厳然と存在する。
物理的に離れて暮らす家族が、やがては互いの心も離れていくこともあることも事実。
多くの離島を持つ沖縄では、このような状況が原因となって離婚に至る夫婦も多いのではないだろうか。
南国リゾートのイメージと、明るく陽気な人々が暮らすように見える沖縄が、実は離婚率が高いというその要因には、経済的な厳しさだけではない、沖縄特有のこのような事情があるような気がした。

優奈の家族もまた同様の問題を抱えている。
姉が高校を卒業してからも戻ってこなかった母・明美と、島に残って黙々とさとうきび畑を守ってきた父・利治との間に“距離”を感じ始める優奈。
360kmという“地理上の距離”をカバーするためには、互いを思いやる“心の距離”を近く保つ努力は必要なはず。
不器用な利治は、明美の心に寄り添おうとする努力が十分だっただろうか。
姉の美奈(早織)は、夫との間に距離を置くために実家に戻ってきた。
“物理的な距離”はそのまま“心の距離”と同化していく。
二人の心が再び寄り添うためには、夫が“物理的な距離”を乗り越える必要がある。
そして家族の問題だけでなく、優奈の恋愛にも“距離”の問題が大きな影を落とすことになる。
全編を通じて“距離”が大きな鍵となるのもまた、南大東島を舞台とした物語なればこそ。
普段は意識することのない“距離”について、過去に思いを巡らせ、現在そして未来について考えた…


北大東島の同級生の男子と文通で恋を育み、那覇で新しい暮らしを確立していた母の姿にショックを受け、那覇から子供を連れて帰り、いつ戻るともなく実家で過ごす姉の姿に気を揉む優奈。
時に激しく混乱し、大きく心を揺らしながら、様々なことを乗り越えて成長していく優奈と、そんな娘を寡黙ながらも温かく見守り続ける父親の姿を描きながら、南大東島の“今”をありのまま伝える、ヒューマンドラマの秀作。

本作のために三吉彩花は実際に三線を習い、島唄を猛特訓したという。
優奈と同じ年頃の彼女が歌う渾身の島唄「アバヨーイ」が胸を打つ。
朗々とその歌声が響くクライマックスシーンで涙するのは、スクリーンの中の優奈のおとうとおかあだけではない…


旅立ちの島唄 十五の春
2012年/日本  監督:吉田康弘
三吉彩花、大竹しのぶ、小林薫、早織、立石涼子、山本舞子、照喜名星那、上原宗司、手島隆寛、小久保寿人、日向丈、松浦祐也、若葉竜也、ひーぷー、普久原明