面白き 事も無き世を 面白く
住みなすものは 心なりけり

「プンサンケ」

2012年08月26日 | 映画
朝鮮半島を南北に分断する北緯38度線を跳び越えて、ソウルとピョンヤンの間を僅か3時間以内に何でも配達するという“運び屋”の男。
全く言葉を話さない彼は、北朝鮮の出身者であるのか、元々韓国で生まれ育ったのか、その素性は一切分からない。
いつも「豊山犬(プンサンケ)」の煙草を吸っていることから、彼を知る者たちからは「プンサンケ」と呼ばれていた。

南北に別れて暮らしている「離散家族」が託す手紙やビデオレターを運ぶプンサンケ。
時には家族の依頼で幼い子供を連れていくこともあるが、ある日彼は、韓国に亡命している元北朝鮮高官の愛人・イノク(キム・ギュリ)をソウルに連れて来るという依頼を受ける。
いつものように北朝鮮に潜入したプンサンケはイノクを連れ出し、吐く息が真っ白になるほど凍てつく中、地雷や銃撃を辛くも逃れ、川の中に身を潜め、全身に泥を塗って夜の闇に紛れながら、3時間以内にソウルへと連れて来ることに成功する。
自らの感情を表に出さないプンサンケだが、イノクと共に何度も命の危険にさらされる事態をくぐり抜けていくうちに、いつしか互いに言葉にはならない“特別な感情”を抱くようになっていた。

無事に仕事を果たしたにも関わらず、依頼人である韓国情報員の男達は、報酬を支払うどころかプンサンケを拘束し、北朝鮮のスパイを疑い拷問を加える。
どんなに過酷な責めを受けても決して言葉を話すことのない彼に、情報員はある危険な提案をする。
それは、北朝鮮に捕らえられた情報員の一人を救出する代わりに、イノクと共に国外脱出のチャンスを与えるというもの。
一方、亡命している元高官を暗殺するために韓国に潜入していた北朝鮮工作員達が介入し、イノクに危機が迫り、プンサンケも狙われる立場へと追い込まれていく…


南北離散家族の“心の掛け橋”となっていた彼が、南北の国家からは命を狙われる不条理。
本作を通して我々は、分断国家が抱える理不尽な現実を目の当たりにすることになる。

内在するテーマは重いのだが、キム・ギドクのもとで“修行”を積んだチョン・ジェホン監督が、エンターテインメント性豊かな作品に仕上げていて、まずは単純に映画として楽しめる。
そして、あとからいろんな場面を振り返るとき、南北統一を願ってやまないチョン・ジェホン監督の熱い思いが、心に沁み込んでくる。
プンサンケが逆襲に転じるクライマックスシーンは、第三者的立場である自分からすれば可笑しくも悲しい。
しかし、「自らの主張をぶつけ合うだけで、互いに対立するばかりでは、再び半島が一つになる日などやって来ない!」という、チョン・ジェホン監督の南北統一を願う心の叫びが聞こえた気がした。


自らの感情は出さず、離散家族の“思いの掛け橋”を担っていたプンサンケは、驚くべき身体能力を発揮する。
地雷の爆発もものともせずに猛スピードで中立地帯を駆け抜け、驚異的な跳躍で北緯38度線を飛び越えていく。
超人的な活動を続けていた彼だったが、イノクに対して“特別な感情”を抱いてからは、徐々にその高い能力に翳りが見え始める。
“私”を殺しているうちは“神がかり”的な活躍を見せていたプンサンケが、“私”的な感情を持ったがために“神がかり”は影をひそめ、“人間”として命に危険が迫ってくる。
神に見放されたがために残酷な運命をたどっていくように見えるのだが、そもそも「南北分断」という政治的な体制がプンサンケを生み出したのであり、言いかえれば離散家族という悲劇を生んでいるのである。
本作から、「国家」というものは、必ずしも「国民」に幸せをもたらすものではないという事実を思い知らされるが、これは何も朝鮮半島だけの話ではあるまい。
もっと身近に、我々が住む列島にも当てはまることではないだろうか。


民族の分断という悲劇に対するチョン・ジェホン監督のアンチテーゼが、エンターテインメントの中に絶妙に盛り込まれていて、スリリングなストーリー展開を楽しみつつ、朝鮮半島が抱える問題に思いを巡らせることができる、思考喚起型娯楽活劇。
今、このご時世だからこそ必見の良作!


なお、キム・ギドクとは“盟友”の間柄であるオダギリ・ジョーがカメオ出演しているので、お見逃しなく。
(自分は見逃したが…)


プンサンケ
2011年/韓国  監督:チョン・ジェホン
出演:ユン・ゲサン、キム・ギュリ