面白き 事も無き世を 面白く
住みなすものは 心なりけり

「RIVER」

2012年08月05日 | 映画
秋葉原で2008年6月に起きた無差別殺傷事件。
この凄惨な事件に巻き込まれて亡くなった恋人の健治の面影を追って、ひかり(蓮佛美沙子)は秋葉原へと向かっていた。
ひかりは、健治を失くしてからというもの、現実から離れて家に引きこもっている。
一人で食事をして、庭にパンジーを植えて、ぼんやりと過ごす日々。
しかし、ひかりを温かく見守り続ける母(根岸季衣)や、高校の同級生まりあ(尾高杏奈)との何気ない会話から、徐々に落ち着きを取り戻していた。

秋葉原の駅に降り立ち、健治が好きだった街を歩き始めるひかり。
惨劇のあったあの場所に立ち止まり、ぼんやりと道行く人々や風景を眺めていると、秋葉原の街を行く人々の写真を撮っているという女性カメラマンの沙紀(中村麻美)が、写真を撮らせてほしいと声をかけてきた。
健治が教えてくれたビルの屋上に行くと、尾崎という若者(柄本時生)が、一緒に自殺しようかと声をかけてくる。
街角でふと、路上ミュージシャン(Quinka,with a Yawn)の歌声に惹きこまれたひかりは、ボーカルの女性と話しこむ。
メイド喫茶のスカウトマンである修(田口トモロヲ)に声をかけられ、思い立ったように体験入店すると、店で働く桃(菜葉菜)が話を聞かせてくれた。

メイド喫茶で働くことはやめたひかりは、健治のことを知る人間を探して再び秋葉原の街をさまよっていると、ガード下に暮らす佑二(小林ユウキチ)という青年に出会った。
しばらくひかりの話を聞いていた佑二だったが、突然テレビを指差して叫んだ。
「これが現実なんだ!」
そこに映し出されていたのは、東日本大震災の被災地。
佑二は東北の出身で、親と喧嘩して家を飛び出してきた過去があった。
故郷を捨ててきた佑二ではあったが、震災によって故郷の風景と両親を完全に失うことになってしまったのだった…


健治を失くした喪失感に打ちひしがれていたひかりは、同じように埋めがたい喪失感に苦しむ佑二との出会いをきっかけに、再び歩き出す力を得る。
母親や友人との対話を通して少し勇気をもったひかりは、引きこもりから身を乗り出し、秋葉原を行き交う人の流れに身を投げ出し、自ら歩みを進めるキッカケをつかんだ。
「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」とは古くからの物言いだが、辛いことに直面したときの真理でもある。
それぞれ異なる場所で、突然「日常」を失ったひかりと佑二が、互いの喪失感に共鳴することで互いに力を合わせるようにして現実を受け止め、未来へと続く人生という川の流れに再び乗り出していく。


「ゆく川の流れは絶えずして、しかも もとの水にあらず。淀みに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとゞまる事なし。世の中にある人と住家と、またかくの如し。」
観終わった瞬間、学生の頃に古典で習った一節が頭の中を流れた。
鴨長明が語った“川”が映像化されたような感覚は、飛躍のし過ぎとは思えない…

主人公ひかりを演じる蓮佛美沙子の瑞々しい演技が抜群の存在感を示すヒューマンドラマの佳作。


RIVER
2011年/日本  監督:廣木隆一
出演:蓮佛美沙子、中村麻美、根岸季衣、尾高杏奈、菜葉菜、柄本時生、田口トモロヲ、小林ユウキチ、小林優斗