面白き 事も無き世を 面白く
住みなすものは 心なりけり

「フェア・ゲーム」

2011年11月04日 | 映画
2001年9月11日の同時多発テロ以降、アメリカのブッシュ政権は世論を巻き込み、イラクが「大量破壊兵器」を密かに保持し、世界をテロの恐怖に陥れる「悪の枢軸」のひとつだとして、戦争準備に入っていた。
しかし、イラクが「大量破壊兵器」を保持するかどうかを極秘に調査していたCIA秘密諜報員ヴァレリー・プレイム(ナオミ・ワッツ)は、潜入捜査の結果、イラクには核兵器開発計画がないことを突き止める。
また、イラク政府が核兵器開発に必要な濃縮ウランを密かに買い付けているとの情報の真偽を確認するため、ヴァレリーの夫で元ニジェール大使のジョー・ウィルソン(ショーン・ペン)も、国務省の依頼によりアフリカのニジェールへ赴く。
そして調査の結果、イラク政府によるウラン購入の事実はないとの結論に達する。
ところがブッシュ政権は、ヴァレリー夫妻の報告を無視。
2003年3月20日、遂にイラクへ宣戦布告した。
ジョーは“真実”を世間に公表するべく、自身の調査報告をニューヨーク・タイムズ紙に寄稿、一躍ブッシュ政権を揺るがす大論争を巻き起こす。

ところがその直後、ワシントンの有力ジャーナリストたちに、ヴァレリーがCIAの秘密諜報員だという情報がリークされる。
しかも、夫に“仕事を与える”ために、ヴァレリーがジョーをニジェールに派遣することを推薦したという報告が出て、夫婦は世間の好奇の目にさらされ、猛烈な批判を浴びる。
ヴァレリーが各国で進めていたプロジェクトの協力者にも危険が迫り、彼女のキャリアと私生活は崩壊し始める。
匿名で送られてくる脅迫状や無言電話、容赦ない世間の中傷。
今まで証券会社勤務だと偽っていた彼女から友人も離れていった。
ジョーは、メディアに自身の正義を論じ、ヴァレリーにも公の場での発言を主張するが、彼女はCIA秘密諜報員としての使命感と家族を守るために沈黙を貫く。
唯一の安らぎの場所だった家庭が壊れそうになったヴァレリーは、子供たちを連れて両親のもとへ向かった。
そして久方ぶりに少し解放された気持ちに浸り、穏やかな時間を過ごすうちに、本当に大切なものに気づく…


CIA秘密諜報員として忠実に職務を全うし、最後までイラク戦争を止めようとしたヴァレリー・プレイムの手記をもとに、アメリカが突き進んだ戦争の陰に隠れた衝撃の事実を映画化。
昨年公開されたマット・デイモン主演の「グリーン・ゾーン」では、バクダッドで懸命に「大量破壊兵器」を探し回る部隊の活動を通して、戦争が行われている最前線からイラク戦争の隠された真実を描き、その不当性を訴えるものだった。
本作では、いわゆる“戦争前夜”から既にイラクに戦争を仕掛けることの不当性が分かっていたことを描いて興味深い。
イラク戦争は石油メジャーの思惑によって推進されたものと記憶しているが(全くの私的曖昧記憶によるものであるので念のため)、戦争を実行したい勢力の一部と化していたブッシュ大統領とその側近は、戦争遂行の妨げになる情報は全て闇に葬り、自分たちに都合のイイ情報とも呼べないような「ガセネタ」を振りかざして、既に瀕死の状態といっても過言ではなかったイラクに侵攻したことがよく理解できた。

イラクに核兵器製造の計画など無く、またその力も無いことも分かっていて戦争をふっかけるブッシュ政権。
そしてその行為に異を唱えた善良な一市民(と言っても大使まで務めた元外交官なので少々“格”が違うが)を、いとも簡単に葬り去ろうとする様は、とても「世界の保安官」などと言えるものではない。
単にブッシュ政権にとって目障りなだけの「反政府的な人物」の妻が、国家に仕えるCIA諜報員だったことから、「フェア・ゲーム」(格好の標的)として狙われたというこの実話は、ホラーやスプラッター、ゴア・ムービーなど足元にも及ばないほど恐ろしいスリラーだ。


本作で描かれた「プレイム事件」から時が経ったアメリカでは、イラク戦争を遂行したブッシュ大統領と共和党は政権の座から降り、オバマ大統領による民主党政権となった。
先の「グリーン・ゾーン」に続いて、イラク戦争の“闇”を描き、共和党時代の“悪事”を暴く映画が次々と登場するアメリカ。
一方、長期に渡って日本の政治を“支配”してきた自民党が政権の座を追われ、代わりに民主党が政権についた日本だが、かつての自民党がしでかした“悪事”を追求するような映画は出てこない。
映画製作側が、「そんな映画を作っても当たらない」と考えているというよりは、「そんな政府に喧嘩を売るような(たとえ過去の政府の話であっても)作品が作れるか」という事なかれ主義的な発想で映画を作ろうとしないのだろう。
特に最近は、ほとんどの映画が「製作委員会」方式を取っているため、政治的に刺激の強い作品は出てこないのではないだろうか。
「原発を推進した張本人を描く」などという映画が作られることは絶対に無いのだろう。
アメリカと日本におけるこの違いは、国家としての成り立ち・生い立ちの違いに根ざす国民性の違いによるものであり、如何ともし難いことかもしれない。


実話をもとにした、見応え十分のクライム・サスペンスの佳作。


フェア・ゲーム
2010年/アメリカ  監督:ダグ・リーマン
出演:ナオミ・ワッツ、ショーン・ペン、ノア・エメリッチ、タイ・バレル、トーマス・マッカーシー