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面白き 事も無き世を 面白く
住みなすものは 心なりけり

同窓会

2011年03月06日 | よもやま
土曜日は久しぶりの大学時代のゼミ同窓会だった。
今回はゼミ生全員に往復はがきを送付しての、これまた久しぶりに少々大掛かりな“本格的”同窓会だったが、ほぼ全員の現住所が把握できたのは大収穫だった。
また、卒業以来会っていなかった懐かしい顔もあったり、和やかで楽しい時間を過ごした。

幹事のひとりも言っていたが、こうして集まれる仲間の繋がりが続いていることの幸せよ…

痛たたたっ!

2011年03月01日 | よもやま
ロッテのFA補償は高浜=プロ野球(時事通信) - goo ニュース


日ハムに中田が入った年の高校生ドラフト1位だった高浜が、オープン戦に入って活躍をみせていた。
掛布二世とも言われていた逸材がいよいよ開花したか!?
と喜んだ矢先、FAで獲得した小林の「人的補償」でロッテに引き抜かれるという。

プロテクト選手は28名設定できるが、そのリストを作成して固めた後の活躍だったためにプロテクトできなかったという。
新井の「人的補償」で広島へ移籍し、昨季ゴールデングラブ賞を獲得した赤松の二の舞になるのではないだろうか。
いや、このところのオープン戦での打撃を見ていると、それ以上の痛恨となるかもしれない。

ただでさえ生え抜きの若手が出てこないというのに、これは痛い…


弾圧を超えた虐殺

2011年02月22日 | よもやま
カダフィ包囲網狭まる=体制、崩壊過程に―弾圧の死者600人・リビア(時事通信) - goo ニュース


反政府のデモ隊に空爆を行うなど人間の所業ではない。
何の武器も持たない一般市民に対して攻撃を加えるとは、いくら軍は上官の指令に絶対とはいえ、離反する兵士も多いだろう。
信長の比叡山焼き討ちよりもヒドい。
ついにカダフィが凄まじいまでの断末魔をあげて崩壊し始めたか…?


キャンプの話題

2011年02月20日 | よもやま
中日・チェンが開幕絶望、左太ももを故障(読売新聞) - goo ニュース


確か中日のチェンには、タイガースはコテンパンにやられていた記憶が。
相手の弱点を喜ぶのは気が引けるが、朗報に該当する話題ではあることは確かである。

て、そんなことでほくそ笑むより、タイガースの明るい話題が聞こえてこないのはどうしたことか!?
斎藤のような話題の選手が入ったわけではないタイガースのキャンプで、明るい話題が上るとすれば新戦力の台頭しかないのに、何にも楽しい情報が流れない。
沖縄での1次キャンプで目立った選手として真弓監督が挙げた名前が、球児、鳥谷、新井兄とは、どういうことか。
なぜタイガースの若手は、特に野手連中は覇気が無いのか。
タイガースに入ったことだけで目的が達成されたフヌケしかいないのか!?
もう何年にも渡って期待を裏切り続けている桜井はどうなっているのか??

城島もさすがに開幕にはキツそうであり、いつまでも金本頼みにしているわけにもいかない今季、まったくもって前途多難…いや、お先真っ暗感たっぷりである。


怒涛の数日間…

2011年02月18日 | よもやま

この一週間、連日怒涛の如くオーダを処理していったが、次から次へと舞い込んでくる仕事に追われ、振り返ればグルグルと車輪の中を走るハツカネズミのようだった。
それでもザルから水がこぼれるように、ボロボロと“積み残し”が出たのが辛いところではあるが、とにもかくにも週末はやってきて…

一息。


戦力はある…

2011年02月02日 | よもやま
12球団監督が意気込みを語る(スポーツニッポン) - goo ニュース


真弓監督曰く、
「ケガ人が出ないで、シーズンを乗り切れば、必ず優勝するだけの戦力はあると思っている。」
その通り。

しかし、ファンは思っている。
「戦力は整っているのだから、采配さえ誤らなければ優勝できる。」

今年こそ、納得のいく采配を、勝つ!という強い思いの伝わってくる采配をお願いしたい…


惜別

2011年01月28日 | よもやま
喜劇研の先輩U師の告別式参列のため、久しぶりに東上。
米原から関ヶ原にかけて雪に見舞われたものの、式には余裕で間に合った。
式場周辺は、途中の雪が嘘のように、風もほとんどなく穏やかに晴れ渡っていた。

クラブの先輩お二人に後輩と合流して式場へ入ると、祭壇の前に棺が安置されていた。
祭壇には、生前のお人柄とお仕事ぶりが偲ばれる総々たる献花。
さすがU師!

棺のそばにいらっしゃった奥さんも“落研仲間”で、顔見知りでもあるのでご挨拶に伺う。
聞けば、1年半ほど前にガンが見つかった時点で悪性であることが分かっていたという。
そして余命1年半ばかりと宣告されていたのだとか。

全く知らなかった。

年末年始にかけてクラブ関係者から、U師がガンだったことは聞いていたが、そんなに前の時点で既に覚悟をされていたとは!
ご家族にも一切、弱音を吐いたり嘆いたりすることなく、また痛みを訴えることもなく、最後まで気丈に振る舞われていたとか。
実にU師らしい。
U師と同期のY先輩が堪えきれずに涙するのを見て奥さんは、
「そんな、泣かないで笑ってください、楽しいことが大好きな人なんですから…」
と言いながら涙ぐんだ。

来るときの新幹線でたどった自分の記憶を、もう一度たどってみる。
もう10年以上U師とはお会いしていなかったが、最後に会ったのは名古屋在住の先輩I師の結婚披露宴のとき。
余興に二人で漫才をしたのが最後の思い出で、名古屋城を見ながらネタ合わせをしたことなどを奥さんに話すと、頬を涙で濡らしながらも笑顔になられた。

棺を拝ませていただくと、今にも「…て、死んでたらどうする!?うひゃひゃひゃひゃっ!」と言いながら起き上がってきそうな、実に穏やかな表情。
ただ眠っているだけのようで、しかしもう目を開けられることは無いということが信じられない…

告別式と繰り上げの初七日法要もつつがなく執り行われる中、弔電が読み上げられた。
まずひとつめ。
少し長めながらも型通りではない温かみのある電文だなぁと思っていると司会者が紹介した。

「同志社大学喜劇研究会第23代御一同様」

え!?

勤め先の社長名、労働組合委員長、果ては連合委員長名の弔電(勤め先の労働組合で委員長をされていた関係)を“差し置いて”真っ先に読まれたのは、なんと喜劇研の同期の皆さんからの電報だったのである。

「楽しいことが大好きな人なんですから。」

奥さんの言葉が脳裏をよぎり、ここまで涙ぐまずにいたのに、ふいに涙がこみ上げてきた。

落研出身の奥さんとはいえ、この選択はすごい!
U師が、いかにご家族を大切にされていたか、またU師がいかにご家族から慕われていたか、そして何より、どれだけ奥様がU師を理解し、愛していらっしゃったかが瞬時にうかがえて感動に震えた。

参列者全員で献花を棺に入れ、最後にご親族の皆さんが収め終わると、いよいよ「最後のお別れ」。
棺が霊柩車に乗せられ、皆が合掌しながら車を見送ったのだが、敷地を出た途端、すぐそばにあるJRの踏切にひっかかって停車。
「ゆっくり見送れるなぁ」などと思っていると遮断機が上がり、先頭の霊柩車と1台目の後続車が踏切を渡ったところで、再び警笛が鳴って遮断機が降りてきたため、後続のマイクロバスと「導師」のお坊さんの車が停車した。
先に踏切を渡った霊柩車は、またしても線路の向こう側で待機。
再び踏切が上がるのを皆で眺めていた。
「もうエエて早よ行きなはれ」とツッコむ余地を与えながら逝かれるとは、ツッコミ専門やったのに最期はボケに回りはったんですね♪
そう思って微笑んでしまったのだが、豪快な振る舞いながら寂しがりだったU師が、名残を惜しんでいただけかもしれない。

霊柩車に棺が運び込まれるまでの間、またお見送りした車列が全て踏切を渡って遠ざかるまでの間、暖かい日差しが降り注いでいた。
風もほとんどない中、黒い礼服が日の光を吸収してじんわりと暖かく、あまり寒さを感じないでいられたのは、人一倍“気ぃ遣い”な、U師の計らいだろう。
雲ひとつ無い抜けるような青い空は、先輩が「おう、まあ笑うて見送ってくれや」と言うてはるようで。

度々説教をくらったのに、今にして思えば全く懲りてなかったなぁと…
卒業式で、式典が終わって先輩が会場から出て来られるタイミングを逃してしまい、喜劇研の伝統である部員で胴上げするはずができずに終わって先輩に寂しい思いをさせてしまったのは、最後にして最大の失敗だった。
迷惑を面倒をかけるばかりでお返しもできなかったという、本当にロクでも無い後輩だったことを謝ったが、最後の最後をお見送りできたのは、本当に良かった。


もう誰にもどこにも気を遣われる必要はありませんから、ゆっくりお休みください。
て言うてもムリなんかな!?
すみません、こちらは気遣えない後輩で。
どうか安らかに…

合掌