ひさしぶりにNPOの研修で私は怒りを爆発させてしまった。
私のNPOでは、1月に1度、研修を行って、誰かの体験をみんなで共有する。そのとき、感想なのか意見なのか、昔は不登校やひきこもりや発達障害はなかった、横浜の北は団地が多く、みんな個人主義になったからだ、のような旨の発言があった。これに、怒りが抑えられなかったのだ。
かえりみて、1月以上前、倍賞千恵子がテレビで「タテ社会がヨコ社会になって、目を合わせて話さなくなった」と語り、私はびっくりした。意外とこのような考え方をしている、中高年が多いのではないか、と思う。
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昔、差別がなかったわけではない。昔、ひきこもりがなかったわけではない。昔、発達障害がなかったわけではない。
数年前、中学の同窓会に参加したら、1割以上が死んでいた。たまたま、丈夫な奴が生き延びているだけだ。
昔は、親戚に一人や二人、仕事もせず、家でぶらぶらしているものがいたものだ。また、飲むと暴れて家族に暴力をふるうものがいた。障害者は家に閉じこめられて外に出てこなかった。昔は、「ひきこもり」や「発達障害」という言葉がなかったから、誰も、「ひきこもり」や「発達障害」の存在に気づかなかっただけである。
小学校のときのことだが、私の同級の友達の父は引揚者で、兄は引揚の途中に熱病で片目の視力を失い、また、頭がおかしくなったという。たまに、友達が兄を連れて外にでてくると、みんなが囃したてた。兄は顔立ちが整い、すらっとして背丈があったのに。
昔は、今のように障害者が外に出てくることがなかった。障害者が外に出てこられるようになっただけでも、いまのほうが良い。また、今は、昔のような飲んだくれは少なくなっている。
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だから、個人主義が問題ではない。ヨコ社会が問題ではない。いままで、隠れていたものを、隠さなくなっただけだ。
では、現在、個人主義が確立しているのか。ヨコ社会は確立しているのか。今は分岐点で、確立してはいない。
エーリヒ・フロムは『自由からの逃走』(東京創元社)で、自由とは個人の確立と不可分だと言っている。自分で物事を判断し、行動することが、自由なのである。それを放棄することが、「自由からの逃走」なのである。
フロムが『自由からの逃走』を出版したのは、アメリカに亡命してからの、1941年である。先ほど私が「今は分岐点」と言ったのは、状況がナチスの登場したときに似ており、いつでも、タテ社会の、集団主義の、国家主義の昔に戻るかもしれないと思うからだ。
決して、昔は、「愛」があったのではなく、集団主義や国家主義は権威的な序列があった抑圧社会である。現在、日本社会は、「競争」を普遍的真理なように受けとめているが、「自由」「個人」の理想とは無関係で、「競争」は「序列」を肯定するための手段で、「平等」と相反するものである。
「発達障害」のためのNPOで、集団主義や国家主義の昔が良かったという中高年がいるとは、とても腹の立つことである。
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