猫じじいのブログ

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労働への尊厳を失った社会への批判、マイケル・サンデル

2022-01-10 23:16:06 | 働くこと、生きるということ

去年の6月に図書館に予約した本がようやく届いた。

マイケル・サンデルの『実力も運のうち 能力主義は正義か?』(早川書房)である。原題は“The Tyranny of Merit”で、副題が“What’s Become of the Common Good”である。

原題は『有用性の横暴』、副題は『公共の善はどうなる』というところか。

”merit”は有用であることを意味し、訳者は「実力」あるいは「能力」と訳している。 “common good”は「公共の善」のことで、「正義」「共通善」と訳している。日本語のタイトルはちょっとサンデルの趣旨とずれている。

(補注)"merit"は、家柄や受け継いだ財産などに対立する概念なので、能力とも受け取ることができる。

サンデルの関心は、なぜトランプが、労働者の熱狂的支持を得たかである。サンデルはその理由を、リベラリストが労働者の尊厳を踏みにじってきたことにあると結論する。そして、リベラリストが依拠する “meritocracy”を批判する。特に、「学歴主義」を序論から激しく批判する。

大筋でサンデルの主張に私は同意する

“merit”は有用であることだから、そこには価値観がない。サンデルは「公共の善」に価値を置く。そして、社会が働くことへの尊厳をもたなくなれば、”merit”はただのブランド(たとえば学歴や知能指数)でよくなり、徒党を組んだ陰謀が社会に幅を利かすようになる。

民主党のビル・クリント、ヒラリー・クリント、バラク・オバマが無前提的に「教養」「教育」を強調することは、大学にいっていない労働者をおとしめることになると、サンデルは言う。私も「教育」がすべてを解決するとは思わない。

民主党がサンデルの激しい攻撃の対象になっているが、共和党がろくでもないのはあたりまえで、民主党が、リベラリストが労働者を裏切っているから、サンデルは怒るのだ。

サンデルは「アイビー・リーグ」を持ち出し、アメリカ社会が、学位ありなしだけでなく、大学に格差をつけていることに、異議申し立てをしている。

日本も学歴社会である。しかし、アメリカの学歴社会と異なる。日本の学歴社会は、日本社会が官僚社会であることにもとづく。「有用」であることより「服従」を重視する。アメリカやドイツの真似をしていれば、企業が経済的に成功すると思われていたので、個人の「能力」はどうでも良いとされた。企業は権力のゆえんを「学歴」に求めた。

私は若いとき、日本の「学歴」社会は壊れると思っていた。自分の「学歴」は一部の人にしか明らかにしなかった。「学歴」ではなく「能力」で評価して欲しかったからだ。

当時、日本では、学位のない田中角栄が首相になり、竹下登が首相になった。

若いときの理想のアメリカが、いま、「学歴」社会であることには愕然とする。アメリカが「学歴」社会に落ち込んだのは、アメリカ社会が労働を尊厳しなくなったからであるとサンデルは考える。移民が、移民の子どもたちが、物を生産し、物を運び、商品を陳列し売り、家庭のごみを集めて処理する。そして、グローバリゼーションによって、物の生産の多くは海外に移って、高学歴のエリートが企画と生産の監視と販売の促進をするだけの社会になり、多くの若者が労働を通して社会に貢献し、尊厳を得る機会が奪われるようになった。失業保険を払えばよいとか、食料スタンプを発行すれば良いとかの問題でないのである。

私は古代ローマ社会を思い出す。ローマ法を確立し、有用であれば誰でもローマ市民になれるようになった。しかし、土地は大地主に占められ、土地をもたない市民、プロレタリアには仕事がなかった。地中海沿岸に平和が訪れると、兵隊になることもなくなった。反乱を防ぐために、プロレタリアにはパンとサーカスが与えられた。サーカスとは剣闘士の命がけのショーである。そして、古代ローマは没落の一途をたどった。

“common good”(公共の善)と労働への尊厳を失った社会は崩壊の一途をたどるしかない。サンデルの新書は立憲民主党へのお叱りでもある。



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