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猫じじいのブログ

子どもたちや若者や弱者のために役立てばと、人権、思想、宗教、政治、教育、科学、精神医学について、自分の考えを述べます。

いじめられる子が悪いのか、侵略される国が悪いのか、麻生太郎の選挙演説

2022-07-07 22:25:52 | 戦争を考える

麻生太郎は、失言が多いと言われているが、わざと話しているのではないかと思うことが多い。麻生本人は、みんなに代わって、みんなの本音を話して、受けを取ろうとしているのだと思う。

7月4日に参院選の街頭演説で、「弱い子がいじめられる。強いやつはいじめられないんだって。違いますか。国もおんなじよ。強そうな国には仕掛けてこない。弱そうな国がやられる。そういうもんでしょうが」と麻生は言った。

新聞は、「いじめられる子が悪いのか」とこの発言を批判しているが、街頭演説を聞いている人たちはどういう気持ちで演説を聞いていたのだろうか。だれも、麻生の演説を聞いていなかったなら、それはそれでいいのだが、聞いて腹を立てない人ばかりだと、心配になる。聞いている人のだれかが「バカ野郎、ひっこめ」と麻生をなじるべきだったのではなかったか。

麻生の発言は「弱い子はいじめられてしかたがない」「弱い国は侵略されてしかたがない」につながる。麻生は、日本人の本音はそうだと思っている。「強い子は弱い子をいじめてよい」「強い国は弱い国を侵略してよい」と思っている。

日本人は麻生にそう思われて満足なのか。

日本には負の歴史がある。暴力集団、尊王攘夷派が暴力で明治維新に成功したばかりに、「富国強兵」が「正しい国策」になり、日本は、世界征服、戦争の道に歩むことになった。

私が小学校に入ってびっくりしたのは、クラスの男の子たちが、誰が一番強いか、二手にわかれて、毎朝、授業が始まる前に喧嘩することだった。手に はたきやモップやほうきをもって喧嘩するのである。片方の大将は表通りを挟んで向かいの髢(かもじ)屋の息子で、もう片方の息子は工務店の息子だった。ふたりは抜きんでて体が大きかった。

強い子はさらに誰が一番強いのか手下を作って争うのだ。国も同じだ。同盟という名のもとに属国をつくって争うのだ。強い国であることを選べば、それで安泰ではなく、一番強い国にならないと、属国にされるだけである。

私は暴力が嫌いだったから、男たちの争いに加わらなかった。それで、女の子たちが私によってきてくれた。孤独ではなかった。小学生のときは、いつも女の子と遊んでいた。

貧乏な国であるより、ゆたかな国である方がよいが、日本が「富国強兵」である必要はない。軍事強国になろうとすると、敵国より強力な軍備をもたない限り、抑止力にならない。中国より多数のミサイルを、ロシアより多数のミサイルを日本が持てるのか、冷静に考えないといけない。ミサイル一発の値段が、戦闘機なみの値段がする。軍事費を2倍にするだけですまない。そして、軍備を増強したら、じっさいに使って強いことを見せつけたくなる。戦争の道を歩むのである。軍事費のために「ゼイタクは敵」といって、ミサイルのために貧しい暮らしに耐えないといけなくなる。

私の場合、小学校高学年になるにつれて、自分が暴力的でないことが、肉体的に弱いということが、負い目にならなくなった。子どもたちは暴力をふるって威張る子が嫌いである。優しい子、思いやりのある子がクラスの中でリーダシップをとる。私も、いつのまにかオピニオンリーダーになっていた。

アメリカのだす決議案は国連のなかで圧倒的多数の支持を受けたわけではない。棄権が多い。アメリカを自分勝手だと思っている国が多い。

日本は「平和憲法」を恥じる必要はない。誇るべきである。「弱い国は侵略されてよい」と心の中で思っている国は、世界の鼻つまみものになる。

自民党や日本維新の会や国民民主党は、なぜ、暴力の道を進もうとするのか。私は彼らをリアリストだとは思えない。単に狂っているだけだと思う。


あさお慶一郎の「日米安保が不十分、敵基地攻撃能力もつ」が意味不明

2022-06-12 23:26:44 | 戦争を考える

けさの新聞の折り込みに、神奈川県の選挙区から参議院に立候補する自民党あさお慶一郎のチラシが入っていた。それによると、彼は安全保障のエキスパートらしい。つぎのようにある。

<ロシア軍のウクライナ侵略が起き、日本の安全保障はより現実的なものが必要とされています。日米安保条約は大きな抑止力ですが、さらに我が国の抑止力高めるためにも「敵基地攻撃能力」をもつことが必要と、私は10年以上前から提唱しています。北朝鮮への外貨送金を止める法律を立案した私だからこそ国益を守る議論ができ、実現する力があります。>

ロシア軍のウクライナ侵略が起きると、どうして、日本の安全保障が「日米安保条約」だけでは不十分で「敵基地攻撃能力」が必要なのか、の説明がない。そして、突然、「北朝鮮」の国名がでてくる。安全保障のエキスパートにしては論理性がまったくない。キーワードの羅列である。

チラシの裏には、岸田文雄との緊急特別対談がのっていた。あさおは、鳩山政権のときに民主党を離れたことを自慢する。

<あの当時の鳩山首相は沖縄の基地問題で「最低でも県外」と公言して、アメリカとの信頼関係に亀裂を生みました。もし私が防衛大臣になっていたら、真っ先に辞表を出すことになっていたでしょう。一国平和主義の理想論で日本の安全は守れません。そして、日本が国際社会の安定化に貢献することもできないでしょう。>

ここでもキーワードの羅列である。

たとえば、「最低でも県外」の言葉に、何が「県外」なのかを明らかにしていない。これは、学校や住宅の密集地にある沖縄のアメリカ海兵隊普天間飛行場を移転することを言う。日本からアメリカ海兵隊の飛行場を減らすか、「県外」に移転して沖縄の負担を軽くしましょう、という話しである。鳩山政権が「最低でも県外」と言って何が悪いのか私にはわからない。

「アメリカとの信頼関係に亀裂を生んだ」ことしか、「最低でも県外」と言ったことを非難する根拠がない。しかし、本当にアメリカとの信頼関係に亀裂を生んだのだろうか。じっさいには鳩山政権は沖縄以外の自治体に基地移転の折衝をしたが、実を結ばなかった。沖縄に基地の負担が集中しているのに、負担を軽くしてやろうという自治体があらわれなかったのである。

アメリカ軍の基地施設は迷惑施設なのである。戦争がはじまれば、真っ先にミサイルが撃ち込まれ、まわりの住宅街も商店街も病院や学校も廃墟になる。80年前の日米戦争では、沖縄を日本防衛の捨て石にした。その再現を日本人は望んでいいのだろうか。

「一国平和主義の理想論」という言葉も、相手を貶めるための言葉で、当時の民主党が「一国平和主義の理想」を別に唱えていたわけではない。戦争を避けるためには外交をしなければいけないのは、あたりまえである。しかし、安全保障のエクスパートは「外交」については何も述べていない。

「敵国攻撃能力」と「日本が国際社会の安定化に貢献」とはどんな関係にあるのだろう。

もっとも、私が知りたいのは、バイデン政権がウクライナを武力で守らなかったことを、自民党がどう評価しているかである。バイデンは、ロシア軍のウクライナ侵攻の前に、すべてのアメリカ人を引き上げさせたのである。私は、ウクライナがロシア軍の前に降伏するとバイデン政権が想定していたのではと、いまなお疑っている。

アメリカ国民は昔から基本的に戦争で自らの血を流すのに反対である。アメリカの外で戦争をして欲しいのだ。したがって、アメリカ政府は、弱い国としか、直接戦争しない。これが、今回、明らかになった。

中国が台湾に侵攻をしても、アメリカが直接介入しない可能性がある。中国軍が地上軍で台湾を制圧しないよう、武器を提供するが、アメリカが海兵隊を送らない可能性がある。元自衛隊幹部の中には、アメリカ政府は、韓国政府や日本政府に地上部隊を送らせ、アメリカ人の血を流さない作戦をとると想定している。

「日米安保条約」は、アメリカに日本領土内に軍事基地を作っても良いですよ、と言っているだけである。「抑止力」とは何を言っているのだろうか。アメリカは中国を一番の敵国としている。北朝鮮は今のところ脅威ではない。中国とアメリカとは、直接の戦争をしたくない。言葉の応酬だけで済まそうとしている。彼らにとっての「抑止力」とは、自国にミサイルが撃ち込まれたら、相手国に撃ち返すという暗黙の了解が「抑止力」である。

したがって、中国は韓国や日本のアメリカ軍基地にミサイルを撃ち込むことはありえない。戦争というものは戦線を安易に拡大しないものである。

日本が中国の攻撃を受ける可能性は、台湾に中国の侵攻があったとき、アメリカの代理で地上軍を送ったときだと思われる。

あさおは日本の「抑止力」として何を想定しているのだろうか。アメリカ軍が中国軍の基地を攻撃するまえに、日本は本当に中国軍の基地を攻撃しようとするのだろうか。そんなことなんて財政的に無理である。あさおの「敵国基地攻撃能力」がわからない。


ロシアだけがウソをついているのか、ロシア流「大本営発表」

2022-06-11 22:17:12 | 戦争を考える

(オデサОдесаの港) 

けさの朝日新聞に『(耕論)ロシア流「大本営発表」』のタイトルで3人の論者へのインタビューがのっていた。なぜ、「ロシア流」とあるのか、私には わからない。ロシアの悪口を言えば読者に受けるという下心があるのではないか。戦争がはじまれば、どちらもウソばかりをつく。人を平然と殺すことは、まともな人にはできないことである。戦争はまとまな人にもそれを要求する。だから、政府はすべての人を人格障害者にすべく、ウソをつき、煽り立てる。そうして、政府は暴君に変身する。

ウクライナも本格的な戦争が始まった2月から、総動員令を発して、18歳から60歳の男は国から逃げては いけないとしている。国境では、役人に賄賂を払わなければ、男は家族とともに逃げることができない。国は、愛国主義を鼓舞するために、戦いに勝っているような発表をする。そして、戦わない男を卑怯者呼ばわりをする。

なぜ逃げてはだめなのか。

2,3日前に、ウクライナのゼレンスキー大統領は、ようやく、毎日、200人から300人のウクライナ兵士が殺されていると公言した。アメリカに、遠くのロシア兵を殺すための強力な兵器を求めるために、本当のことを言ったのである。

最近、ロシアが捕虜の兵士を裁判で死刑にすると公表した。ウクライナ国籍を持たないのにウクライナ側で戦ったからが理由である。いっぽう、ウクライナも捕虜のロシア兵を戦争犯罪人として裁判で終身刑に処した。

けさの『(耕論)ロシア流「大本営発表」』には、80年前の日米戦争中、日本政府が、北海道帝国大学の学生を、外国籍の英語教師に軍事機密の飛行場の存在を漏らしたとして罰した事件が取り上げられていた。飛行場の存在はみんなが知っていることなので、罰するような軍事機密でなかったという。「見せしめ」である。

現在のウクライナのオデサでは、港湾の写真をとっていけないとなっている。しかし、港オデサは観光地であり、ネットには、いくらでも写真があがっている。なんでもかんでも軍事機密になり、国民は心の中まで統制される。誰かが「見せしめ」に罰せられる。

今、日本のテレビでは、元自衛隊幹部や現役の防衛研究所の所員が、情報戦こそ現代の戦争の要である、ウクライナは成功しており、ロシアは失敗していると言う。

戦争にも参加していない日本のメディアが、なぜ、戦争における情報操作を持ち上げるのか。

戦争が始まったら、政府は勝つために何でもする。政府に異論を唱える者を非国民と呼び、「見せしめ」に罰してくる。

20世紀以降の戦争は総力戦である。アメリカは戦争のたびに他国を空襲し、戦闘員、非戦闘員の区別なく、殺してきている。ロシアだけが異常なのではない。情報操作にだまされてはいけない。

政府に戦争をさせないことが、いちばん、だいじなことである。他国を敵国と呼び、軍備増強を図る政党に投票しないことが、だいじである。戦争をしたときのために、緊急事態条項を憲法にいれるなどという政党に投票しないことが、だいじである。


自民党安倍派と日本維新の会は憲法を改正してまで戦争をしたいのか

2022-06-09 23:31:21 | 戦争を考える

けさの新聞に、6月8日に日本維新の会が「緊急事態条項」の創設という憲法改正案を発表したとあった。この「緊急事態条項」とは、緊急事態に「内閣は緊急事態宣言を発出し、国会審議を経ることなく法律と同じ効力の緊急政令を制定できる」というものである。しかも、「合理的に必要と認められる範囲内で、一時的国民の自由や権利を制限できる」と明記されている。

政府は、それでなくても、法律の「解釈」を通じてその恣意的な施行をしてきている。この憲法改正で、状況を緊急事態と内閣が解釈すれば、政権をとったものは、野党を無視して、大手を振って専制的行政ができるようになる。

このトンデモナイ改正案は、もともと、自民党の右派グループによって提案されてきたものである。

ロシア軍のウクライナ侵攻を機に、日本維新の会は、自民党の安倍派とともに、防衛費のGNPの2%、原発の積極的活用を主張し、日本を軍事国家への道に追いやっている。彼らは岸田政権を激しく攻撃し、「新しい資本主義」を空洞化してきた。朝日新聞は、それなりに、この流れに警告を発してきたと思う。

日本政府は借金を続けて、総額はGNPの約1.7倍を超えている。こんなに借金している国はない。韓国の借金はGNPの20%である。台湾の借金はGNPの30%である。

安倍晋三は、借金である国債を日本の銀行が買っていて、外国に借金していないから、お札をどんどん刷れば問題ないと放言している。現代は、各国の経済が深く入り込んでいるから、日本の銀行が買っているからなんて、呑気なことを言ってはいけない。1ドル138円の円安になっていることが、外国経済との連動の証拠である。円安の進行とは日本の経済が信頼されていないことのあらわれである。

日本の経済が自民党政権のもとに、どんつまりに落ち込んでいるときに、本当に日本がGNP2%の軍備をもつべきだろうか。中国の人口は日本の11倍である。現在は、中国のGNPは日本の3倍である。いずれ、人口に比例し、中国のGNPは日本の11倍になるだろう。中国と日本との軍事力の差は仕方がないことである。

それなのに、中国を敵国と明言し、中国に対抗する軍備をもとうとするのは、現実的でない。日本は軍事力に頼らない道を歩むべきである。

ウクライナは、ロシア軍の侵攻の前から、国内のロシア派と戦争をしていて、軍備を整えていた。しかし、いくら、軍備を整えていても、お互いに疑心暗鬼になっていれば、戦争は起こるのである。

戦争が起こりそうになったら、自民党と維新の会は、緊急事態宣言を発出して、戦争に反対する人たちを拘束したいのか。戦争が起きたら、有無を言わさずに、戦争に駆り出したいのか。

ウクライナでは、ロシア軍の侵攻に伴って、総動員令が出され、18歳から60歳までの男は戦闘に参加しなければならず、国外に避難できない。こんな事態が理想なのか。

敵国を名指しして、不信感を煽り、経済合理性を無視して、軍事的にも法的にも戦争の準備をするのには、私は反対せざるを得ない。


戦争がエンターテイメントである子どもたちが大人になったとき

2022-05-29 22:37:14 | 戦争を考える

私はNPOで子どもたちの作品を集めて「文芸誌」をだしつづけて5年目になる。文芸誌と名付けたが、イラストや工作や積み木の写真が圧倒的に多い。私は子どもの意思を尊重する立場から、投稿されたものを、タイトルを含めて、そのまま載せることにしている。大人が作品に手を加えるのに反対である。

3日前、来月に発行する文芸誌を編集していたら、「せんとうき」というタイトルのレゴ作品の写真があるのに気づいた。放デーサービス利用の小2の男の子の作品だ。いつも部屋の片隅で一人で正座して、レゴを組み立ている。寡黙の子である。迎えに父親に誇らしげにレゴ作品を見せている。

それまで、彼が宇宙探検隊を組み立てていると私は思っていた。だから、驚いた。同僚にこの話をしたら、「ウクライナ侵攻」の影響ではないか、という返事が返ってきた。しかし、ウクライナ侵攻のテレビ報道では戦闘機がでてこない。

彼の過去の作品を調べると、「にゃんこ大戦争のたたかい」とのタイトルのイラストがみつかった。ウクライナ侵攻の前から、「せんそう」がエンターテインメントなのである。

自分の子ども時代を思い出してみると、彼ぐらいの年頃のとき、島の地下全体が要塞になっていて、敵の戦闘機を打ち落とすイラストを描いていたような気がする。少年誌の影響である。当時の少年誌には、小松崎茂のリアリスティックな絵つきの戦争ものや、横山光輝の秘密基地の戦争マンガがのっていた。敵国がアメリカでなければ戦争ものが少年誌にのっても良かったのである。それが、アメリカに従属していた日本の自由であった。

さらに、町のパチンコ屋では軍艦マーチが流れていた。映画でも日露戦争ものが上映されていた。ロシア(ソビエト連邦)がアメリカ公認の敵国であったからだ。

それでも、日本に「平和主義」が存在しえたのは、戦争体験者が生きていたからだ。母親からは、空襲の話や軍人が威張っていた話や町の有力者の妻たちが銃後の婦人会として威張っていて竹槍でアメリカ兵を殺す訓練をやらされた話しを聞かされた。赤紙で中国での戦争にひっぱられた父親の話は、理由もなく上司に殴られたとか、食べるものがなく、中国人の家を壊して壁に埋められていた食べ物を探したとか、であった。今から思うと、人を殺したという話しがなかった。戦闘の話は父にとって悪夢で話せなかったのだと思う。

戦争がエンターテイメントであることは、いまもかわらない。テレビでは、宇宙人を殺すことはあたりまえである。彼の上の世代は松本零士や宮崎俊のアニメを見ており、ガンダムのプラモデルを組み立てている。

いっぽうで戦争の体験者がどんどん死んでいなくなっている。リアルの戦争を知らない私の世代も後期高齢者を迎えている。

戦争をしらない親に育てられた子供が、戦争をエンターテインメントと思って大人になったとき、世の中はどうなるのだろう。

憲法第9条の改正をしたら、戦争を封印する重しがなくなるのではないだろうか。すでに、日本は相手を屈服させるために4年前に隣国に経済戦争をしかけた。経済戦争から武力戦争に拡大するリスクが増大するのではないだろうか。

このまえ、BSTBS『報道19:30』で元自衛隊幹部が「今の自衛隊は人を殺したことがないのです」と言っていた。戦争とは人を殺すこととわかっていず、アメリカ軍の指示に従って戦闘訓練をしている自衛隊の精神構造はどうなっているのだろう。上官によるいじめと、いじめによる自殺が自衛隊で起きている。

そんな自衛隊がだんだん大きな口をきくようになると、いったい何が日本に起きるのだろうか。

加藤陽子の『とめられなかった戦争』(文春文庫)の第2章に、軍部(陸軍参謀本部、海軍軍令部)で精力的に働いていたのは40歳代で、少年時代に日露戦争を少年少女雑誌で体験していた世代だとある。戦争をエンターテインメントとして受けとめ、軍人を志したのである。軍事予算は特別会計になっており、敗戦までその内訳が明らかになっていなかった。20年かけてアメリカとの戦争を準備した彼らにとって、無謀な戦争ではなかったのである。そして、彼の上の世代だけが戦争犯罪の追求をうけた。

日露戦争にあこがれた世代の軍部がそのまま戦後に生き残ったのである。