

今回のイギリスの総選挙で、保守党が大勝し、労働党が大敗するとのBBCの出口調査による予測がでている。現在、確定しているのは5議席だが、保守党が50議席増やし、368議座席と過半数を大きく上回り、労働党が71議席を失い191議席になるとBBCは予測した。
悲しい予測である。1930年10月17日のベルリンでの講演でのトーマス・マンの怒りと悲しみを思い起こさせる。彼の講演のタイトル「ドイツの呼びかけ 理性に訴える(Deutsche Ansprache Ein Appell an die Vernunft)が示すように、大衆が理性的な選択をしなかったことへの、怒りと悲しみである。
1930年9月14日、世界的恐慌に襲われたドイツ国民は、総選挙で国民社会主義ドイツ労働者党(ナチス)を国会の第2党に選択した。トーマス・マンは、これに市民社会が築いてきた理念「自由、公正、教養、楽天主義、進歩への信仰」への否定を感じ取ったからである。
いま、イギリスは、保守党政権下の緊縮財政で格差が広がり、弱者の切り捨てが広がっている。ところが、今回の総選挙で、保守党のボリス・ジョンソンは、EUがすべて悪い、EU離脱だ、強い保守党を、と騒いで、変化を求めるイギリス国民を保守党に集めた。
ヒトラーもジョンソンもトランプも安倍晋三も詐欺師である。変化がどの方向に国民を導くのかを、大衆は、理性的に判断しなければならない。市民社会の理念「自由、公正、教養、楽天主義、進歩への信仰」や「議会制民主主義」は貴重な歴史的遺産である。詐欺師に心理操作されてはいけない。
1930年代と同じく、現在の各国の国民は、変化だけを求めて、理性を失い、破滅にいそしんでいる。大衆は絶望にとらわれ、憎しみを爆発させ、たがいに敵視し、健常なものは精神を病み、引きこもる。
イナゴが多くなり密集度がますと、色が きみどりいろ(黄緑色)から おうかっしょく(黄褐色)に変わり、ますます、数をまし、大群となって移動するという。Locust plagueである。忘れたころに、繰り返し、イナゴの大群が発生し、破滅へと飛び立つという。
旧約聖書『出エジプト記』10章15節にも次のようにある。
「いなごが地の面をすべて覆ったので、地は暗くなった。いなごは地のあらゆる草、雹の害を免れた木の実をすべて食い尽くしたので、木であれ、野の草であれ、エジプト全土のどこにも緑のものは何一つ残らなかった。」
新約聖書『ヨハネの黙示録』9章3-4節にも次のようにある。
「そして、煙の中から、いなごの群れが地上へ出て来た。このいなごには、地に住むさそりが持っているような力が与えられた。
いなごは、地の草やどんな青物も、またどんな木も損なってはならないが、ただ、額に神の刻印を押されていない人には害を加えてもよい、と言い渡された。」
黙示録の世界と違い、絶望した大衆は 「額に神の刻印を押されている」か否かによらず、だれかれ の区別なく、互いに傷つけ合い、破滅がやってくるまで横暴のかぎりをつくすのである。
トーマス・マンでなくとも、イギリスの総選挙の予測結果に、深い悲しみと怒りを感じずにはいられない。しかし、絶望はいけない。絶望は、破滅の予測を本当のものにする。
9月11日の朝日新聞で、英国がEUからどう離脱したいのか、EU側からは理解できないという記事があった。私もよくわからない。解説して欲しい。
わかることは、保守党のボリス・ジョンソン首相が孤立しているということだけである。保守党内でも反乱が起きており、ジョンソン首相側の動議自体が議会ですべて否決されている。ジョンソン首相が英国議会を1ヵ月閉鎖するのは違法であるとの裁判所の判決もでた。最高裁の判決は来週だというが、最高裁でも違法となれば、ジョンソン首相はどうするのだろうか。
英国がEU離脱是非の国民投票を行ったのは、2016年6月24日である。離脱支持が51.89パーセントで、残留支持の48.11パーセントに勝った。
離脱支持が勝ったのは、ブレイディみかこは、貧困層の白人の怒りがEU離脱に走ったからと分析する。
EU離脱支持はイングランド地域に集中し、スコットランドは残留支持が集中する。スコットランド人は、貧困の怒りをイングランド人に向ければ良いが、英国の主流を自認するイングランド人は、貧困の怒りを英国内の誰かにもって行きようがなく、EUにもっていったということだ。
貧困層の白人の怒りがEU離脱に走ったとの分析が本当だとすると、EU離脱か残留かの問題ではなく、貧困を解決するしかないように見える。EUを離脱しても景気は良くならないし、EUに残留しても景気は良くならない。景気は政治で浮揚できるものではない。すると、景気の浮揚ではなく、赤字覚悟での貧困対策しかない。
だとすると、EU離脱で3年間も身動きできなくなっている英国議会は何を狙っているのか、さっぱりわからない。貧困の怒りを、ルールにそった争い、伝統的な議会制度で吸収するために、選挙にでるしかないのではないか。そして、合意なきEU離脱をしようとも、EU離脱が永遠の未来に延期されようとも、どうでもよいのではないか。
モノや金や人が国境を越えて自由に移動できることは理想だが、現実は、ヨーロッパ内のことであり、アジアや中東やアフリカやアメリカを含んでのことではない。それに、理想は、経済的不満を解決できない。
だから、EUを離脱してみて、それがひどい選択だと思ったら、EUに復帰すればよいのではないか。