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日々是チナヲチ。
素人による中国観察。web上で集めたニュースに出鱈目な解釈を加えます。「中国は、ちょっとオシャレな北朝鮮 」(・∀・)





 連投はさすがにキツいのですが、素材の鮮度を落としたくないので眠る時間を少し削ることにします。

 ……なんて殊勝なフリをしていますが、私にとっては娯楽ですから。多少寝るのが遅くなっても「サカつく」を今日中にあと1年進めておこう、みたいな感じです。

 1年といえば昨日(7月27日)で当ブログも満1歳でした。このブログに手を染めてからプレステ2を全然動かしていません。せめて風水を良くする効能とかがあればいいのに、といまでも思います(笑)。

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 さて標題の通り、四川省の疫病続報です。「ブタ連鎖球菌かその変種」でしたね。

 とりあえず人数いきますか。中国衛生部が昨夜発表した昨日正午時点での発病者数は131名、うち実験室検査により感染が確認された者8名、臨床診断による者76名、疑い例47名。また完治して退院した者11名、危篤状態21名、死亡者27名となっています。

 私は前々回に書いた通り、病気のことは皆目わかりません。ただ中共当局の対応ぶりからみて、すでに事態がヤマを越えていると当局が判断しているように感じました。多少の齟齬はあるかも知れませんが、現状は概ね「想定の範囲内」といったところでしょう。中共当局にとって見られたくないものは過去1カ月の間に、あるいはもっと長い時間をかけて隠してしまったのだろうと思います。

 発病者何名、死者何名とかいうより、その「中共当局にとって見られたくないもの」が何なのかを知りたいです。あとはこの奇病騒動が党上層部の勢力図に影響を及ぼすか、どうか。なにせ「権力闘争の夏」なものですから。

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 ところで耳寄りな情報が。病状にもよるのですが、この奇病の治療に使える漢方薬があるそうです。香港紙『蘋果日報』(2005/07/28)によると、

「●樸夏苓湯」(●=くさかんむり+霍)
「清瘟敗毒飲」

 の2種類がお勧めとのこと。いや冗談ではなくて、「国家疾病預防控制中心」という堂々たる国家機関の御推奨です。悪寒、発熱、頭痛、倦怠感には前者「●樸夏苓湯」が、意識不明や皮膚に斑点が出る重症患者には「清瘟敗毒飲」がいいそうです(笑)。

 だからなのでしょうか。香港紙『明報』(2005/07/28)によれば、WHO(世界保健機関)の西大平洋地区報道官が昨日、この病気について「支援する用意がある」と中国側に伝えたのに対し、中国からは例によって何の返事も来なかったそうです。

 ●『明報』(2005/07/28)
 http://hk.news.yahoo.com/050727/12/1eyrz.html

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 ところで、今回疫病の感染区となった四川省・資楊市というのは同省の省都・成都市や中央直轄市である重慶市と境を接しているんですね。ド田舎という訳ではないようです。それでも今回の騒動で香港各紙の食い付きが異常に速く、記者が一斉に現地入りして取材にかかれたのは、折から成都で珠江・長江デルタ+香港・マカオの代表による経済協力会議が開かれていたからです。

 香港のトップである曽蔭権・行政長官もこの会議に出席しています。そこで香港の新聞やテレビ局が揃って成都に来ていたところに、この突然の事態。ラッキーとばかりに続々と資楊市入りした訳です。資楊市当局にとっては最悪の展開(笑)なのですが、特に厳しい報道規制もなく、記者が比較的自由に取材できたことは前々回に書いた通りです。

 集中豪雨的な取材を浴びた資楊市当局は慣れていない上に話題が奇病ときていますから気苦労がしのばれます。中国国内のマスコミに加えて香港メディアがズラリです。

 この大挙来襲に同市宣伝部は7月25日、各メディアの取材申請を全て断った(それでも記者はもちろん非公式の形で市内各所を勝手に取材して回りました)のですが、その夜には記者一同を招いて夕食会を開くなどフォローに努めてもいます。四川省は豚の生産地として有名で「回鍋肉」のような有名料理もあるのですが、さすがにこの夕食会のメニューには豚肉が一切出なかったそうです。

 ●『重慶晩報』(2005/07/26)
 http://www.cqwb.com.cn/webnews/htm/2005/7/26/152813.shtml

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 奇病が「ブタ連鎖球菌」とされたことで、地元の豚肉消費も激減するのは自然な流れ……の筈なのですが、香港紙『太陽報』(2005/07/28)によると資楊市における豚肉の売り上げは普段の3分の1に落ちたとのこと。発病者や死亡者が相次ぐなか、それでも3分の1の需要があることに驚きます。「検査が厳しくなった今の方が安心して食べられる」とは市民の声です。

 25日の記者との夕食会では豚肉抜きのメニューで通した市宣伝部も、27日には安全をアピールすべく、様々な豚肉料理を用意して記者を招き、当局者が「毒味」してみせてから「さあ皆さんもどうぞどうぞ」と記者に勧めたとのこと。記者たちの反応は不明です。

 ●『太陽報』(2005/07/28)
 http://the-sun.com.hk/channels/news/20050728/20050728021644_0001.html

 個人的には、突如降って湧いた重責に慣れないながらも頑張る市当局各部門の担当者に同情します(笑)。奇病発生を受けて雲の上たる中央から衛生部や農業部の専門家がやって来て、成都から内外メディアが大挙押し掛け、昨日午前には四川省のトップである張学忠・省党委書記の視察もありました。

 そのいちいちに応対するのですから骨が折れるのも無理はありません。いや骨折こそしなかったのですが、市衛生庁の謝明道・庁長が過労でバタリと突然昏倒。救急車で病院に運ばれるという一幕もありました。

 ●『香港文匯報』(2005/07/28)
 http://www.wenweipo.com/news.phtml?news_id=CH0507280002&cat=002CH
 http://www.wenweipo.com/news.phtml?news_id=CH0507280013&cat=002CH

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 まあそうやって色々気を使い、疲労も溜まれば気分が刺々しくもなります。しかもネガティブな話題を取材されるのです。「特に厳しい報道規制もなく、記者が比較的自由に取材できた」とは上でも前々回でも書いたことですが、昨日になってトラブル発生。

 市内のホテル・錦江蜀亨大酒店のロビーで『香港文匯報』の記者が一息入れていたところ、固まって座っていた6~7人が言い争いを始めたのです。その中にいたのが地元紙『重慶晩報』の記者たちです。

「仕方がない。出て行けって言うんだからそうするしかないよ」

 と、やるせない表情。記事の内容が市党委宣伝部を激怒させてしまったようです。かと思うと、激論の渦中にいた女性がつかつかと『香港文匯報』記者に歩み寄って来るなり、

「重慶に帰る?すぐに送り返してあげるから」

 と大変な見幕です。実はこのピリピリした女性が市党委宣伝部新聞科の科長さん。どうやら『香港文匯報』の記者を『重慶晩報』取材チームの一人と誤解したようです。何でも『重慶晩報』の報道に「問題があり」、市当局に「面倒をもたらす」内容だったとのこと。そこで『重慶晩報』の取材資格を取り消し、取材チームに対しその日のうちに市外へ出るよう要求した訳です。

 もっともこの禁令は『重慶晩報』だけでなく重慶市のマスコミ全てを集めた上で申し渡したそうで、重慶メディアのある記者は、

「今日中に資陽から離れなかったら、公安の護衛つきで市外に送り出すって言われたよ」

 と話していたとのこと。まあ資陽市当局としては、これだけの騒動になってしまったのですからトカゲの尻尾切りに遭う可能性も高い訳で、保身の感覚も働いて神経質な反応になったのだと思います。

 ただ、なぜ重慶メディアだけが追い出されたのかはわかりません。狙い撃ちということは、もともと地域間の確執といったような裏事情があるのかも知れません。ああそういう内情は是非知りたいものです(笑)。

 ●『香港文匯報』(2005/07/28)
 http://www.wenweipo.com/news.phtml?news_id=CH0507280007&cat=002CH

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 で、気になって『重慶晩報』のウェブサイトに記事を読みに行ってみたら、なるほど資陽市当局が立腹する筈です。中国国内メディアとは思えぬ書きたい放題で飛ばしに飛ばしています(笑)。例えば以下の短い記事。

 ●資陽市当局は上級部門への報告を先延ばしにしていた?(『重慶晩報』2005/07/27)
 http://www.cqwb.com.cn/webnews/htm/2005/7/27/153067.shtml

 6月24日に最初の発病者が出てから、昨日までの間に奇病による死者が相次いで出ている。だが新規発病者の比率が下がっていくにつれて、誰もがこの1カ月について疑問を呈したり反省するようになってきた。この奇病騒動が今なお猛威を振るっているのはなぜなのか、ということだ。

 地元当局が発表したタイムテーブルによれば、資陽市第三人民医院が6月24日に最初の発病者を扱ったというのに、そのことが資陽市雁江区疾病防控中心に報告されたのは7月11日になってからだ。翌12日、これが流行性出血熱の疑い例として資陽市疾病防控中心に報告された。それを受けて四川省衛生庁の専門家チームが資陽入りしたのは7月15日で、7月20日には国家衛生部がこの病例を「資陽市中毒性ショック総合症」と命名。そして7月25日、国家農業部と衛生部がこの奇病をブタ連鎖球菌による感染症と診断した。

 資陽市第三人民医院が最初の患者に接してから7月11日に上級部門に報告するまで、18日間もの時間がある。この長い長い18日間において、なぜ症例報告が遅々として行われなかったのか。資陽の関連部門は本紙記者の取材を拒絶することで、人々にひとつの大きな謎を残すこととなった。だが我々は覚えている。この18日間という時間の中で、4人の発病者が資陽市第三人民医院で息を引き取ったことを。

 ……これが資陽市当局を怒らせた核心の記事なのか、あるいは追い出された後に腹立ちを込めて書いたものなのかはわかりませんが、『重慶晩報』、なかなかやるな。……という感想が湧かずにはおれません。

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 他にもまだあります(標題は内容に即したもので、原題を訳したものではありません)。

 ●重慶の封鎖措置、未だ実施されず――資陽・内江の豚は普段通り市内へ(2005/07/26)
 http://www.cqwb.com.cn/webnews/htm/2005/7/26/152811.shtml

 ●規定違反――個人による勝手なが招いた惨禍では?(2005/07/26)
 http://www.cqwb.com.cn/webnews/htm/2005/7/26/152814.shtml

 ●重慶が四川豚の市内流入を緊急封鎖――しかし抜け道も(2005/07/27)
 http://www.cqwb.com.cn/webnews/htm/2005/7/27/153072.shtml

 ●ずさんな管理体制――奇病が資陽・内江に集中するワケ(2005/07/27)
 http://www.cqwb.com.cn/webnews/htm/2005/7/27/153070.shtml

 ●病院の警備員が取材妨害――記者めがけレンガを投げる(2005/07/27)
 http://www.cqwb.com.cn/webnews/htm/2005/7/27/153068.shtml

 ……実にいい感じです(笑)。頑張れ、もっと飛ばせ『重慶晩報』!とつい応援したくなってしまいます。

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 また長くなってしまいましたが、最後に地獄からの生還者の話を。

 あと半月で売りに出せる筈だった豚が突然死んでしまった韓さん、仕方がないので近所の人に取り分けてもらい、近くの知人友人十数人に声をかけて豚肉パーティー。その効果はてきめん、すぐに発病し、家族に付き添われて資陽市第二医院へ入院する破目に。幸い完治して退院することができた韓さんに、

「病気の豚を食べたらよくないことを知っているのに、それでも食べたんですか?」

 と記者。韓さんの返事は、

「農村の人間は(貧乏で)何カ月か豚肉を口にできなくても、それが普通なんだ。せっかく目の前にある豚肉を(病死した豚だからといって)そのまま捨てられる訳がないじゃないか」

 ……ですよね。

 ●『香港文匯報』(2005/07/28)
 http://www.wenweipo.com/news.phtml?news_id=CH0507280011&cat=002CH



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 今朝はどうしたというのか、嘘のように美味しいネタがどんどん飛び込んできました。疫病に関しても興味深い続報が入っていますし、中国政治や社会の分野でも面白い動きが出てきました。

 量でいえば題材選びに一週間くらい困らないほどですが、まあネタにも鮮度がありますから、そう引き延ばす訳にもいきません。といって、私の気力体力にも限りがあります(笑)。

 で、やっぱり「とりあえず暴動」ということで。

 いや「暴動」ではなく、正確には「土地収用」に起因する典型的パターンの官民衝突が2件、内蒙古自治区と広東省で起きています。

 ……いやいや、これも正確には「少なくとも2件起きたことが報じられています」と言うべきでしょう。最近思うのですが、内外のメディアやタレ込み情報のある反体制系サイトなどに拾い上げてもらえるケースは誠に幸運で、実際には私たちの可視圏外でも無数の事件が起きている筈なのです。

「1件の官民衝突記事の裏には、実は伝わらない10件の事件があると思え」

 てなところでしょうか。

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 前置きが長くなりましたが、まずは内蒙古の事件から。ロイター通信が報じたものを昨夜(7月27日)「明報即時新聞」が掲載したのが第一報です。今朝の香港紙(2005/07/28)ですと『蘋果日報』『成報』が報道。前日に先んじていたので詳しい記事が載るか、と期待していた『明報』はなぜかスルーでした。

 さてその事件の内容ですが、典型的パターンだけに経緯と展開はお察しの通りです。

 内蒙古自治区・通遼市で先週の木曜(7月21日)、道路建設のため土地の強制収用を行おうとした市当局に地元の農民2000名が反発、これを阻む挙に出たため市当局は警官隊を現場へと派遣。村民と睨み合いになった末に衝突が発生し、数十名の負傷者が出た。

 ……というものです。以前から地上げ話で揉めていたのでしょうから、いざ強制収用となれば、警官隊は当然最初から現場にいたものと思われます。それどころか匿名を条件にAFP通信の取材に応じた農民は、

「警官の中には銃を手にした奴らもいた。発砲はしなかったけどね」

 と語っています。武装警察でしょうか。

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 やや典型的でないのはこの事件、睨み合いから農民による抗議デモ、そして衝突へと展開して事態が終息するまでに6時間も要したことです。

 この間、農民たちは2000名という多勢を恃んで警官隊と格闘し、道路建設工事のためやってきたブルドーザーをも奪取。その上で、数十名の負傷者を出しつつも何と警官隊を撃退しているのです。

「地元政府筋は『村が無政府状態になった』と語った」

 とロイター通信が報じています。何やら農民たちの勝鬨を上げる声が聞こえてきそうです。一方の警官隊には増援もあったそうですが、銃器を所持していながらよく我慢して発砲しなかったものだと感心してしまいます。

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 ところでこの事件、土地をめぐるトラブルですから、典型に沿うとすれば、お上が取り上げる土地の補償額をめぐって農民との話がまとまらない、ということになります。

 ところが今回はそれと違って、農民2000名は「嫌だ嫌だ」の一点張りなのです。売りたくない、土地から離れたくない、というのです。それが補償額アップのための駆け引きなのか本音なのかはわかりませんが、

「おれたちは何も惜しくはない。ただこの場所を守るだけだ。この場所を汚職のタネにはさせない」

 と農民は語っています。「嫌だ嫌だ」が駆け引きではないのなら、土地から引き剥がされて「失地農民」(※1)になるのはゴメンだ、そうなれば先が見えている、という思いなのかも知れません。

 ●「明報即時新聞」(2005/07/27)
 http://hk.news.yahoo.com/050727/12/1eyla.html

 ●『成報』(2005/07/28)
 http://www.singpao.com/20050728/international/741153.html

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 さてもう一方のトラブル、こちらは広東省は仏山市・南海区が舞台です。これまた土地収用をめぐる典型的な官民衝突ですが、ここは結構前から衝突が繰り返されている激戦地です。ブルドーザーなどを持ち込んで農地を無理やり造成地にしてしまおうという当局を、その都度村民(三山港村)が団結して阻止してきました。

 ただ『蘋果日報』(2005/07/28)は村民支援者の話として、ここ数カ月、村民は阻止はするものの当局側に殴られても殴り返さないというスタイルに徹してきた、としています。ところが、ついにその我慢も限界を超えてしまいました。今週月曜(7月25日)のことです。

 この日は当局側がセメント車を持ち込み、護衛の警官400名は警棒と防盾を手にした完全装備(防暴警察=機動隊かと思われます)。村民数千名と機動隊が長時間にわたって対峙した挙げ句、業を煮やした機動隊が手を出して村民4名に怪我を負わせ、1名が拘束されました。

 村民もこれでとうとうキレて、反撃に出ました。肉弾戦もあり、投石もありました。こうなると丸腰とはいえ、数が物を言います。機動隊は形成不利とみて急ぎ撤退。村民側が再び農地防衛に成功した訳ですが、それだけでは収まりません。拘束された村民1名を返せと公安局(警察署)を数千名で包囲。本格的な暴動に発展しかねないとみたのか、同日午後11時、捕えられていた村民は無事解放されました。

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 官民衝突とは直接関係がないのですが、最近ちょっといい感じの文章を目にしたので、精度不確実ながらも以下に訳しておきます。

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 ●郭松民氏:失業は「発展の結果」なのか?(『江南時報』2005/07/26)
 http://opinion.people.com.cn/GB/40604/3569173.html

 「私たちみんなが、生活が数年前より良くなったと感じている。だがなぜ仕事がなかなか見つからないのか?それは社会が今まさに発展していて、人口も増えつつあり、一方でハイテクの時代のため、人間の仕事を機械やコンピュータが代わりにやってしまうからだ。そして仕事に就けない者たちが騒ぐことになるが、これは社会発展が一定の段階に達したことによる必然的な結果だ」

 これは秦皇島市の宋長瑞・市党委員会書記が「住民に形勢を語り、報告を行い、難題を解いてみせる」という場で語ったものだ。「生活が数年前より良くなった」というその「感じ」は宋書記自身の感覚なのか、それとも我々全体の感覚なのか。この点は研究に値すると思うがひとまず措くとして、失業の原因に関する宋書記の解釈について考えてみよう。もし宋書記の言うように失業が発展の結果に過ぎないのなら、その帰結は「ヒマになる」だけであり、それなら失業は悪いことではないばかりか、喜ぶべきことになる。ヒマな時間が増えるというのは、まさしく生活レベルの向上を示すものだ。「ヒマになる」一方で、寒さや飢えや教育、医療、老後、住宅といった心配事も消えるのなら、我々は「調和社会」の段階に入ったということになる。

 時間をどう使うかについては、悩む必要などない。釣りに行ってもいいし、日光浴をしてもいいし、社交ダンスに時間を費やしてもいい。だが残念なことに、経験が我々に教えてくれている。現実の生活は、そういう素晴らしい暮らしから遥かにかけ離れたものである、ということをだ。

 それがなぜかについて、数字で例を挙げてみたい。統計によれば、1996年から2003年までの間に、中国の耕地面積はまるまる1億ムー(1ムー=6.67アール)も減少している。そのうち地上げ活動、つまり政府によって収用された土地は約6600万ムーほどになる。これによって生まれた「失地農民」は約1億人だ。こうした土地が「市場」に出されるころには、その平均価格は1ムー当たり10万元前後にもなる。然るに農民の移転のために使われる費用は、平均2万元にも達しない。要するに、総計5兆元近くにもなる利鞘という「ケーキ」が、各地方政府とデベロッパーの胃袋に収まるのだ。土地を失って、しかも生活のための創業資金もない農民は、失業者の大軍に加わるしかない。それと引き換えに得られるものは、不動産業界の「高速発展」だ。――もちろん、こうした発展のカタチは「少数の人たちの発展」でしかない。

 また統計によれば、国有企業は1997年から2002年の間に、企業総数が47%減少し、就業人数が39%ダウンしている。総計4145万人の従業員が職を失ったということだ。同じ期間に、集団所有制企業の就業人数も1000万人減っている。つまり1997年から2003年にかけて、合計6000万名近くもが職場を失っているのだ。その中で私営企業に吸収される人はほんのわずかで、残りの大半は自らの力で再就職先を見つけるか、いっそ失業するかだ。
(中略)

 秦皇島市の失業はそうした原因によるものでは全くなくて、単に「社会が今まさに発展していて、人口も増えつつあり、一方でハイテクの時代のため、人間の仕事を機械やコンピュータが代わりにやってしまう」ことに起因するものなのか?私は調べたことがないので、軽はずみな発言は控えることにしておこう。
(後略)

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 『成報』が引用した「公式統計」によると、汚職や職権乱用、土地をめぐるトラブルや貧富の格差などを原因とする抗議行動や衝突事件は、1994年時点だと、

「年間合計1万件、参加者総数73万名」

だったそうです。ところが、それから十年を経た昨年(2004年)は驚くなかれ、

「年間合計7万4000件、参加者総数376万名」

 ……にも達したとのこと。この十年の間に飛躍的な経済成長を遂げたとされる中国ですが、この数字が示す通り、それは非常に歪んだ形での経済発展(少数の人の発展)であり、中共当局は正にいま、そのツケを払わなければならなくなっているのだと思います。


 ――――


 【※1】土地を収用され指定された移転先に引っ越す農民。移転先の土地が農業に適していないケースが多く、支給された補償金がわずかなため転業資金にもならない。いきおい移転前の生活レベルを維持できず、日雇い労働のようなその日暮らしの生活に堕ちてしまうことが多い。中国の歴代王朝が滅亡する前兆として発生する流民に等しい存在、といえなくもない。ちなみに「失地農民」という言葉は昨年の十大流行語のひとつにも選ばれている。



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