日々是チナヲチ。
素人による中国観察。web上で集めたニュースに出鱈目な解釈を加えます。「中国は、ちょっとオシャレな北朝鮮 」(・∀・)





 これは画期的です。火炎瓶です。都市部の土地収用をめぐる官民衝突でついに火炎瓶を使用する「民」が現れました。

 ただ最初に申し上げておきますが、官民衝突とはいえ、今回はこの種の事件につきものの悲壮感を感じることのできない珍しいケースです。なぜかといえば、たぶん応援したくなるような「正義」を「民」の側に感じることができないからでしょう(笑)。

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 舞台は遼寧省は瀋陽市・皇姑区。再開発事業を立ち上げることとなり、周辺住民(数千世帯)に移転命令が出ました。お約束の筋書きなのです。それにあくまでも住民が応じなかったというのもお決まりの展開なのですが、それがたったの1世帯。

 数千世帯の中の1世帯だけです。何やら香ばしくなって参りました(笑)。

 それが2001年6月といいますから古い話です。残りの住民があてがわれた移転先に続々と引っ越しつつあるなか、なぜかこの1世帯・李某だけは立ち退かない。

 ……どころか、支給された補償金で再開発計画用地内の違法建築住宅を買い取り、当局に賠償金を要求しつつ住み続けたとのこと。これはいよいよ香ばしい(笑)。

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「正常な規定によれば、違法建築住宅には手厚い特殊補償が出ないことになっています。でも事業を進める時間的都合上、李某にも移転先として面積48平方メートルの住宅を手配しました。それなのに李某はなかなかOKしないんです」

 とは皇姑行政執法分局の責任者。「時間的都合」と言うくせに役所側も変に気が長いものですが、そこには複雑な事情が絡んでいるようです。李某の家族の言い分は、

「役所は李某の移転先を手当てしてやらないから、李某も仕方なく現住所に住んでいるんです」

 と、当局とは正反対。しかも、

「それに裁判にも勝っているのに、どうしていま立ち退かなければならないんですか」

 と意外な話を持ち出してきました。計画によれば、李某の現住所は道路になる予定で、皇姑行政執法分局から李某へと移転通達が出されました。ところがこれを不服とする李某が同局を訴える挙に出たのです。その結果、李某を立ち退かせる正当性を示す「道路計画認可図」を間に合わせられなかった同局が敗訴。裁判所の出した結論は、

「李某の住宅は違法建築だが、(証拠となる『道路計画認可図』がないため)皇姑行政執法分局は李某の住宅を期限を切って取り壊すことはならない」

 というものでした。勝訴を勝ち取った李某、火炎瓶男ながら単なる蛮勇の徒ではないようです。

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 が、敗訴した役所側も対策を重ねてきました。前回間に合わずに裁判では涙をのんだ「道路計画認可図」も準備OK。李某が再び法廷闘争に出ても勝訴できる条件が揃ったのです。当の李某には動く気配がみられない、ということで、皇姑区の規定に照らして最終期限を設定した強制執行通知を李某に出しました。

 その李某、今度は裁判でも勝てそうにないとみて、せめて最後の一戦を試みようとしたのか、武装抵抗を行うべく戦備を固めて待ち構えていたのです。

 それが孤軍奮闘、10時間半にも及ぶ長丁場になろうとは、誰が予想したことでしょう。

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 そして7月15日、瀋陽市は皇姑区の現場と相成ります。時間は午前8時半。強制執行の係官が最後の説得を試みるべく李某の老父と話をし始めたところ、ほどなく李某が平家建ての屋根の上に姿を現わしました。しかも用意のいいことに、片手にはハンドマイク持参です。

「もう話すことは何もない。みんな離れていろ」
「近付くな。後悔することになるぞ」

 とハンドマイクで怒鳴る李某の右手には火炎瓶が。それに構うことなく近付こうとした係官3名に、李某はためらうことなく点火した火炎瓶を投げつけました。

 その瞬間、ボウッと上がる直径1m近い炎の塊。驚いた係官たちは10歩も進まぬうちに慌てて退きました。しばらくして李某宅を取り壊すブルドーザーが現場に到着しましたが、李某はこれに対しても火炎瓶を投げつけます。この時点で物見高いギャラリーはすでに1000人以上。火炎瓶にせよ野次馬にせよ、これでは仕事にならないと、係官は消防署に応援を頼みました。

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 皇姑消防中隊が現場に到着したのは午前8時40分。公安(警官)も加勢に駆け付けました。それを見た李某、

「近所の連中は離れてろ。あんたらに恨みはない。……オラ役人、とっとと近付いてきたらどうなんだ」

 そう言う足元には火炎瓶らしきもの40数本、さらに黄色に包まれた物体が置かれています。それにガスボンベやらガソリン缶などもあり、正に徹底抗戦の構えです。

 係官5名が再び李某宅へと歩み寄りましたが、李某が火炎瓶を投げてくるので容易に近付けません。そのうち1本の火炎瓶は狙いが外れて、取材中の地元紙『華商晨報』記者の眼前で爆発、炎が上がりました。これは至近弾とみえて、記者の頭髪の一部が炎で焼かれたそうです。

 以前「株式投資は従軍記者より危険な職業」というトンデモ記事を紹介したことがありますが、この現場取材も株式投資には及ばぬものの(笑)、従軍記者に負けない危険度といえるかも知れません。

 しかし攻め手にも策がありました。十字砲火ならぬ十字放水(死角がなくなる)を形成すべく、消防車を2カ所に分散配置したのです。

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 9時20分。警官20名以上が現場の整理(たぶん現場と野次馬との線引き)にあたるなか、頃合はよしとみたブルドーザー2台が、それぞれ南北から李某宅に接近していきました。

 李某がまた火炎瓶を投げつけます。見事北側のブルドーザーに命中、運転台前面に炎が広がりましたが、そこで消防隊の出番です。2方向からの放水で素早く火災を消し止めました。しかしブルドーザーは驚いたのか、慌てて10mばかり退却します。

 その後、李某は係官や警官にも火炎瓶を投げつけたりしましたが、全て十字放水によって直ちに消火されてしまいます。これではラチが開きません。……というのはお互いにとってです。意外な抵抗で目標に近寄れない警官や係官は、上司へ電話して状況報告。一方の李某も手持ち無沙汰となったのか、どっかりと屋根に腰を下ろし、水を飲んだり、ゆったりと煙草を吸い始めます。

 何やら長期戦の様相を呈してきました。

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 事態が動いたのは午前10時ごろのことです。作戦会議で強制執行の続行ということになり、ブルドーザー2台が再び李某宅へと前進していきました。これを見た李某も火炎瓶片手に立ち上がります。左手には例によってハンドマイクです。

「もう1回言うぞ。近寄るな。どうなっても知らないからな」

 どうやら南から接近するブルドーザーとの間合いが手頃とみたのか、李某がそれを目当てに火炎瓶を投げつけました。炎をかぶること3回。それでも十字放水で全て消し止められましたが、あと10mというところまで近付いたときに火炎瓶が運転台に命中。炎上することはなかったものの、肝を潰した作業員はブルドーザーから飛び下りるなり、一目散に逃げ出しました。

 あとは北側から近付いてくるブルドーザーです。李某が立て続けに投げた火炎瓶によりこちらも3度炎上しましたが、いずれも消防隊が素早く消火してしまいます。とうとう李某宅の目の前、1m足らずのところまで接近することに成功しました。

 ところがです。そこまで引き付けておいて李某が放った火炎瓶が運転台に飛び込んで炎上。ブルドーザーに乗っていた作業員と係官はいずれも全身火だるまとなって車外に転がりました。

 思わぬ事態に強制執行は一時中断され、負傷者は病院へと搬送されました。

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 作戦中断となると、変にのんびりした空気が現場を包みました。正午ごろ、消防隊は無情にも撤収。係官も為すところなく、ただ待ちの一手です。

 こうなると、いよいよ人数の増えた野次馬たちが大胆にもじりじりと李某へ近付き、10mほどのところまで近寄った市民もいました。

「離れてろ。俺を怒らせるなよ。話すことは何もないんだ」

 と言いつつ再び火炎瓶をかざしてみせる李某に、野次馬たちもサーッと退き、遠巻きにしながらの見物に戻ります。李某は屋根に仁王立ちのまま、今度はソーセージを食べ始めました。

 午後2時。噂を聞き付けて野次馬は増える一方です。それが近付いてこようとすると李某は怒鳴って群衆を下がらせたりしていましたが、今度は火炎瓶ではなく、足元に置かれていた黄色いビニール袋を手にしました。それを野次馬へと示しつつ、

「この中には爆薬が入っている。見ろ。ガスボンベもある。だから俺を急かすなと言ってるんだ」

 膠着状態はなおも続き、役所側にも動く気配はなし。そのまま午後6時半ごろになると、今度は雷を交えた雨が降ってきました。土砂降りです。雨足が強まる中、ふと気付くとパトカーも姿を消していました。すでに10時間の長丁場、当局も戦意を喪失してしまったようです。

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 変化が訪れたのは午後7時ごろ。大雨が降り続くなか、李某はなおも残っていた野次馬にめがけて残りの火炎瓶をどんどん投げつけていったのです。事態が動くのを待ち望んでいたギャラリーも、これで蜘蛛の子を散らすようにいなくなってしまいました。

 そのあと、李某はガソリン缶2つを屋根から投げ落としました。

「ここまでだな……」

 と言うなり、点火したガスボンベも投げ下ろします。李某の砦だった違法建築住宅の周囲に3本の炎と激しい黒煙が噴き上がりました。

 そして、李某は姿を消してしまったのです。

 午後7時5分、駆け付けた消防車によって火災は消し止められました。同じころ、一度は引き揚げていた警官たちがまた現れて現場検証。肝心の取り壊しは日を改めて行われることになりました。

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 当局を相手に奮戦の限りを尽した挙げ句ついにその戦意を喪失せしめたうえ、最後には野次馬を追い払って攻防戦の幕を引き、人知れずいなくなってしまった李某、何だか古武士のようで格好良すぎます(笑)。

 とはいえ火炎瓶で負傷者が出ていますし、一種の公務執行妨害ですから警察はその行方を追っているのですが、目下のところ続報はありません。

 李某が結局何をしたかったかもわからないままです。意地を示した、というところでしょうか。元々奇人臭を感じさせるキャラ(家族も持て余し気味?)ですから、理解しようとすること自体、無駄なのかも知れません。

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 ただこの事件を都市における一連の「地上げトラブル」の中で捉えてみると(捉えるべきかどうか迷いますが)、まず消防隊や警官が途中で現場を放棄してしまうようなヤル気のなさが目を引きます。

 そもそも十字放水で火がついたら消すなんて姑息なことをするよりも、最初から高水圧で李某を直接狙って放水し、反撃できないところを警官に拘束させれば済むことではないでしょうか。それなら寄せ手に負傷者も出ませんし、延々10時間以上の長期戦にもならなかった筈です。

 もう一点は、言うまでもありません。今回はかなり特異なケース(笑)とはいえ、都市部の土地収用をめぐる「官民衝突」において、「民」の側が初めて火炎瓶という武器を準備して戦いに臨んだということです。しかもそれによって大きな効果を上げています。特異なケースだけに後に続く者が出るかどうかは疑わしいのですが……。

 ともあれ、「官」が再三煮え湯を飲まされてオロオロするシーンを目にすることのできた野次馬たちは、痛快だったことでしょう(笑)。


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 【参照】『華商晨報』電子版(画像あり)
     http://www.huash.com/gb/hscb/2005-07/15/content_2047095.htm

     『明報』電子版
     http://hk.news.yahoo.com/050715/12/1ekkx.html



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