日々是チナヲチ。
素人による中国観察。web上で集めたニュースに出鱈目な解釈を加えます。「中国は、ちょっとオシャレな北朝鮮 」(・∀・)





 睡眠不足です。

 何度か書いていますが、私は仕事上の必要から完全夜型生活です。打ち合わせなど昼間に用件がない限り、お日様が出て来ると床に入ります。ところが今日はロクに寝てもいられませんでした。

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 まずは全人代(全国人民代表大会=立法機関)開催目前で中国国内メディアの記事量が昨日(3月1日)から激増しまして、日課にしている仕事しながらの記事漁りからして普段より時間をとられました。それでようやく寝ようかと思ったら、今度は香港から電話の嵐です。

 以前当ブログに登場したチナヲチのオタや風水先生、また仕事の仲間からも何人か……いずれも善意の「御注進」なんです。要するに香港のトップである董建華・行政長官(通称「特首」)がクビになるらしい、というニュースが香港で流れたというものです。ええ、そりゃもう香港では大ニュースです。

 電子版をチェックしてみますと、本日付(3月2日)の香港主要紙が一斉に、トップニュースとしてこれを報じています。報じなかったのは『香港文匯報』などの親中紙ぐらいでしょう。

 各紙はおしなべて、「複数の中国筋が明らかにしたところによると」という書き方です。どうやら香港にある北京政府(中共)の出先機関、それに全人代報道のために北京にいつもより大勢貼り付いている香港紙の記者の方からも同様の消息筋情報を入手したもののようです。

 香港の友人・知人たちはみんな、私がここでこんな駄文を書いていることは知りません。ただ私がかつて住み古した香港の社会に関心を失わずにいること、また香港政治や社会環境に関してかつて幾度か公の場でアプローチを試みたことは知っています。そのよしみで報告してくれたという訳です。

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 しかしですね。大ニュースではあるけど、メールでいいじゃないか。お前ら(仕事仲間)もそろそろ寝る時間だろうに、わざわざ電話してこなくたって……とこちらは思うのです。思うのですが、わざわざ電話してきたくなるほど興奮しているということなのでしょう。

 挙げ句の果てに「ラジオ。ラジオを聴いてみなよ」と電話で話しながら、地元ラジオ局(商業電台)のインターネット放送のURLを貼付けてメールして来る奴もいました。

 仕方ないので言う通りにしますと、時事ネタのトーク番組でこのニュースを扱っているのです。

「好o野!大家好開心喇!」(やったー!みんな大喜びだ!)
「香港政府は一日だけ特別な休日にして、市民がお祝いの爆竹を鳴らすのを許可しなくちゃ」(市内での爆竹は禁止)
「董建華が辞めると『蘋果日報』(Apple Daily)が困るだろう。叩くネタがなくなるから」
「辞める原因については、ここで検討するまでもないね」
「董建華は『今日の新聞は親中紙以外は全部隠してくれ』ってスチュワーデスに頼んだだろうな(笑)」(董建華は全人代関連できょう飛行機で北京に向かった)

 ……といった感じです(笑)。標題に「激震」と書きましたが、大方の香港市民にとっては、「春の到来を告げる大ニュース」といったところではないかと思います。

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 董建華は香港の初代行政長官(任期5年)であり、1997年の香港返還と同時に就任、現在2期目に入っています。この董建華をどう紹介すればいいのか、これは考え込んでしまいます。香港人に言わせれば「低能」であり、「愈幇愈忙」(手を出せば出す程みんなに迷惑をかける)という評価になるでしょう。

 支持率は多少の上下動はありますが、ずっと低いままです。でも「嫌われている」とか「憎まれている」というよりは、もはや「呆れられている」といったニュアンスだと思います。呆れられるに相応しい豊富なエピソードの持ち主なのですが、長くなるのでここでは割愛します。とにかく、

「香港をダメにした馬鹿」

 というのが大方の香港人にとっては妥当な評価でしょう。

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 ただ、悪い時期に行政長官になってしまった不運な人物、ということもできるかと思います。就任直後から香港では災難が続きました。アジア通貨危機とネットバブル崩壊、それに伴う不景気と失業率急上昇、そして中国肺炎(SARS)。

 長い目で見れば、中国の改革・開放政策が深化していくにつれ外資が直接中国に乗り込むようになり、中継地ないしは窓口としての香港の存在価値が希薄になりつつあるのも一因です。香港を含む珠江デルタ地区から上海を軸とする長江デルタ圏へと経済成長の焦点が移ったこともあるでしょう。本来なら調子の良かったそれ以前の時期に香港は次の段階でのポジショニングを準備しておくべきでした。それを怠ったのは「港英政府」と呼ばれた植民地時代の統治機構であり、董建華のせいではありません。

 でも市民にしてみると、

「董建華が行政長官になってからロクなことがない」

 という印象になります(これは占いや風水が定着していることも関係があるかも知れません)。重要なのは、苦境に陥った香港に対して、董建華は無為無策ではありませんでした。ただ打つ手打つ手がことごとく外れ、そのたびに市民の失望と怨嗟を招き、植民地時代、東アジアでは優秀なレベルとされていた官僚組織の使い方も下手だったために、「香港をダメにした馬鹿」という感想になってしまうのです。

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 当然のことながら、行政長官は中共の代弁者でもあります。

「高度自治」(裁量権の大きい自治体制)
「港人治港」(香港人が香港を治める)

 というのは香港返還が決まった際にトウ小平あたりから出たキャッチコピーなのですが、返還されてみれば所詮はお題目であり、実質的には反故にされてしまいました。そもそも「港人治港」と言いますが、行政長官は普通選挙によって選出された訳ではなく、香港における親中派から800人を選んで選挙委員会とし、その800人を「香港人の総意を代表する有権者」ということにして行われた「なんちゃって選挙」で当選したものです。

 それがミニ憲法である「香港基本法」の規定に則ったやり方ではあるのですが、「香港人の総意に照らしたか?」ということになると、正統性が疑われても仕方ありません。

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 それでも、有能であればまだ良かったのです。董建華は「無能」であったために、それまで一貫して拝金主義であり政治には全く無関心だった香港人が、行政長官の資質に異を唱え、現行の政治制度(無能なトップを辞めさせられない)に疑問を抱き、その結果、民主化運動に目覚めてしまうことになります。

「行政長官を普通選挙で選ばせろ」
「立法会議員を全議席、普通選挙で選ばせろ」

 香港の民度に照らせばごく当たり前の要求ですし、その内容は将来の民主化に関する手続きも織り込んである「香港基本法」に即したものでもありました。しかし、中共にとっては、

「民主化など、とんでもない」

 ということになります。北京の意に沿わない行政長官や議会が誕生してしまったらどうする、というのが本音です。

 結局は、民度です。愚民政策と反対意見を力づくで押さえ込むことしか知らない一党独裁の専制政権である中共が、自分より民度が高く、多党制でもある香港社会をコントロールできる訳がありません。その器量も技術もない。だから大陸でやっているのと同様に、愚民政策と力づくで我意を通そうとします。

 その代弁者であり代執行者となるのが行政長官の董建華でしたから、その面で損をした部分もあります。とはいえ総じて言えば、その資質は香港のトップとして甚だ不適格だったと言うしかありません。それは、今回のニュースに接した民衆の反応をみれば明らかでしょう。

 まあ、「甚だ不適格」なおかげで香港人が民主化に目覚めた、つまり植民地の「被支配者」から「市民」へと脱皮した、ということにもなりますけどね。遺憾ながら、香港の政治制度は未だに「植民地」の実質を保ったままではありますが。

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 とはいえ、「董建華行政長官辞任!」というのはまだ正式発表がなされたニュースではありません。ただ主要紙が揃いも揃って「複数の消息筋によれば」と報じ、董建華や香港政府の報道官も「ノーコメント」で否定はしていませんから、限りなく確度の高い情報ということにはなります。まあ、中共指導部が故意に情報をリークして香港市民の反応を見た、というところでしょう。いまごろは満足していることと思います。

 実はこの辞職話も、唐突に降って湧いたものではありません。端緒となったのは、ちょっと前にマカオを訪問した胡錦涛・国家主席兼総書記が、報道陣のいる前で董建華の施政を批判するという異例の事態が起きてからでしょうか。

 チナヲチらしい話をしますと、董建華はもともと江沢民の引きで行政長官に就任し、しかも2期目も担当させてもらえたという背景があります。江沢民の影が薄くなってきたあたりから、北京政府の董建華に対する態度が次第に冷淡になってきていたのは事実です。

 それでもあからさまに批判めいたことは言わなかったのですが、ここにきて何と中国人にとっての禁忌ともいえる「衆目の下での面罵」です。後ろ盾がしっかりしていれば、董建華もここまで面子を潰されることはなかったでしょう。要するに、江沢民勢力の退潮を反映した出来事だということです。

 そしてつい先日、董建華が全人代とともに開催される政協(全国政治協商会議)の副主席になるらしいという消息筋情報が流れました。『明報』だったか『星島日報』あるいは『太陽報』だったか、これを評して、

「明升暗炒」

 と4文字で綺麗にまとめた新聞がありました。表向きは昇進だが実質的にはクビ、という意味ですけど、こういう機微をピタリと短切にまとめられるのが中国語のいいところです。で、政協の役付きになるのと引き換えに行政長官を辞任すれば董建華の顔も立ち、余計なゴタゴタや変な憶測を呼ぶこともなく円満に収まる、という中共の目論見ではないかという観測が出ました。どうやらその通りに事が運びそうな気配です。

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 ずいぶん長くなってしまいましたが最後にごく簡単に後任人事に触れておきますと、「香港基本法」の規定により、任期途中で行政長官が不在となった際はナンバー2の曽蔭権・政務官が代行、ということになります。そして多分半年以内にまた「なんちゃって選挙」が行われるでしょう。

 曽蔭権はおしなべて支持率の低い香港政府の閣僚の中でも市民の受けが比較的よく、官僚出身であることからその方面の手腕も高いとみられている人物。あるいは「なんちゃって選挙」を経た正式な第三代行政長官に就任する可能性も高いです。

 董建華がマカオで面罵された場で、胡錦涛が唯一自ら握手を求め話しかけた香港政府の閣僚が、この曽蔭権だそうです。馬鹿らしくもありますが実はこういうエピソードがチナヲチでは重視されます。江沢民と董建華の間にも同じような逸話が残っています。

 まあ、香港人にしてみたら「とにかく董建華でなければ誰でもいい」というところかも知れませんけどね(笑)。


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 【追記】この問題については書き足りないことが多いです。何より行政長官が任期途中で辞職することによって香港の民主化の進展に影響が出る可能性がありますが、そこらへんはクビが本決まりになったら取り組むことにします。(2005/03/03/04:33)



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