相模原市の知的障害者施設で起きた殺傷事件から26日で1か月です。NHKが全国のおよそ90か所の施設に聞いたところ、半数近くで入所者や家族から不安を訴える声が上がり、中にはショックから眠れなくなったり食事がとれなくなったりと心身に影響が出た入所者もいることがわかりました。
NHKは、先週から今週にかけ日本知的障害者福祉協会に加盟する入所施設のうち、定員が100人以上の全国89の施設を対象に緊急の調査を行い、93%にあたる83の施設から回答を得ました。
この中で、事件の影響について聞いたところ「入所者やその家族から不安を訴える声が出ている」と回答したのは39施設、率にして47%と半数近くに上ることがわかりました。
このうち、関東地方の施設では、事件後に入所者から「こわい」や「心配」という訴えがあったほか、別の施設では、「何もしていないのに危害を加えられたことが怖い。自分たちも他の人に同じことをされるのではないか」と入所者が不安を打ち明けたということです。
また、中国地方の施設では、入所者が事件を伝えるニュースをみて、みずからが生活している施設の入所者の名前を挙げて「誰と誰が死んだ」と話したということです。
さらに九州地方の施設では、事件を受けて、入所者の女性が情緒不安定となって十分に眠ることができなくなったため、病院から処方される薬の量が増えたケースがあったほか、北海道の施設でも、入所者が事件後の報道をみて、ショックをうけて食事ができなくなったり、部屋にこもったりしたため、事件の4日後に病院に入院して治療を受けたということです。
このほかにも一部の施設からは重度の障害のため事件自体を十分に認識していないものの、職員や家族の様子や施設内の雰囲気を感じ取って落ち着かない様子の入所者がいるという声も寄せられました。
また、入所者の家族からの問い合わせも相次ぎ、防犯対策の問い合わせのほか、「この施設は大丈夫か」とか「不安」といった声が寄せられたということです。また、事件の容疑者が施設の元職員だったことから、最近、トラブルなどで「こじれて退職した職員はいないか」など問い合わせる家族もいたということで、事件の影響が広がっていることがうかがえます。
偏見広がらないか 不安の声も
今回のアンケートでは多くの施設からさまざまな意見が寄せられ、事件への怒りや悲しみのほか、事件を受けて障害者への偏見が広がらないか不安の声も寄せられました。
このうち、中部地方の施設からは「障害者は役に立たないという考え方は絶対に間違っている」とか、北海道の施設からは「障害があるために豊かな暮らしができないという考え方は間違ったモノの見方です」、さらに近畿地方の施設からは「重度で複数の障害がある方すべてが無用の存在なのでしょうか。一人一人がかけがえのない存在です。日々たくさんの支援を必要とはされていますが、それぞれの能力に応じた主体的な生活を目指しておられます」といった意見が寄せられました。
また、四国地方の施設からは事件を受けて「障害者に対して不必要なバッシングや偏見の助長が心配されます」という懸念の声が寄せられました。
関東地方の施設からは「罪もなく、抵抗もできず、多くの人たちの尊い生命が失われたことに強い怒りを禁じえません。今回の事件をうけて、積み上げてきた障害者施策を後退させることなく、どんなに重い障害のある方でも幸せな生活を求め、ともに支え合っていけるような社会の実現に向けて一層の努力が必要だ」、九州地方の施設からは「障害者が特別な存在としてではなく、ごく普通の存在として認識される社会の実現が第2の事件を防止することになる」という意見が寄せられました。
アンケートで回答を寄せた兵庫県赤穂市の「赤穂精華園」は、およそ260人が入所していますが、事件を知った複数の入所者から不安の声が上がったということです。このうち重い障害がある40代の男性は、今でも職員に対して、「ニュースを見た。大変ショックで、信じられません。怖いです」と話していました。また、子どものころから入所している40代の男性は、事件の直後、作業をしている最中に突然、「亡くなった、亡くなった」と言って手を合わせ、拝むようなしぐさをしたと言います。
籔中康司次長は「長いつきあいだが、こんなことは初めてで、かなりのショックだったんだと思います」と話していました。
不安を訴える入所者に対し施設は外部からの侵入者を防ぐ対策をとっているので安心するよう伝えていて、事件のあと警備体制を強化する取り組みを始めました。
赤穂精華園は事件の前まで入所者が生活する4つの建物に1本ずつ不審者を取り押さえる時に使うさすまたを設置していましたが、事件のあと新たに14本を購入して宿直室にも常備し、夜勤の職員が不測の事態にすぐに対応できるようにしました。また、正面玄関は自由に出入りができるよう午後11時ごろまで鍵を閉めていませんでしたが、事件の後は「施設の安全上、施錠しております」と張り紙をしたうえで、施錠時間を午後7時に早めました。
しかし、こうした対策を進めると、地域との結びつきが失われてしまうのではないかとジレンマも抱えています。施設では昭和36年の設立当時から、障害者への理解を深めてもらおうと、地域に開かれた施設を目指してきました。甲子園球場の2倍以上ある敷地に5つある門に扉はなく、周囲も低いフェンスや生け垣で囲まれている程度で、敷地内の芝生の広場は自由に開放され、スポーツを楽しむ地元の住民の姿もみられます。また、毎年5月に開く施設のお祭りには1日に2000人以上の住民が集まる地域に欠かせない催しになっています。
川見和彦園長は「地域の人たちが障害者のことを理解し、利用者にも社会性を身につけてもらいたいと、施設を開放してきた。今後、警備を強化し、門扉や高いフェンスを付けるようなことになるとこれまで目指してきた『地域に開かれた施設』と逆行してしまうのではないかと心配です。入所者を守りつつ、どう地域の人たちとつながりを深めていくか。ジレンマは強いです」と話していました。
「不安打ち消す働きかけを」
事件のあと、不安の声が広がり入所者の心身に影響が出ていることについて、障害者の施策に詳しい浦和大学の河東田博特任教授は「入所している人たちは全く何も知らない人ではなく感性の非常に鋭い人たちでありだからこそ不安になる。そのことを認識したうえで、不安を打ち消しショックを緩和するための周囲からの働きかけが必要だ」と話しています。
そのうえで、「現場の職員は雑務に追われ入所者に寄り添える時間が限られている実態もある。地域の人にはボランティアなどの形で施設の中に入ってもらい職員や入所者をサポートしてほしいし、国も警備などの物理的支援だけでなく、社会的、心理的な支援に重点を置いて取り組んでいくべきだ」と指摘しています。
8月26日 NHK