性同一性障害で女性に性転換した京都市の40代経営者が、フィットネスクラブから戸籍上の男性として施設を使うよう求められ人格権を侵害されたとして、運営元のコナミスポーツクラブ(本社・東京)に賠償を求める訴訟を近く京都地裁に起こす。性同一性障害特例法の規定で戸籍の性を変えられない事情があり、「人の生き方を不当に制約する法のあり方も問いたい」と訴える。
代理人の南和行弁護士(大阪弁護士会)によると、経営者は2009年6月、コナミが運営する京都府内のクラブに男性として入会。12年2月に性同一性障害と診断され、ホルモン剤の投与で身体的特徴も女性に近づき、昨年3月に性別適合手術を受けた。
日常生活を女性として送る一方、クラブに行く時は化粧を落とし、男性の服装で通っていた。手術を前に女性用の更衣室やトイレが使えるか、インストラクターに確認した。しかし、支店長の意向で「戸籍上の性別も変えないと無理」と伝えられたという。
障害の診断書と手術の承諾書を支店長に示すと、女性名で会員証を再発行すると言われたが、後日、「本社がだめと言っている」と撤回されたという。さらに「他の利用者が不快に思わないよう男性の格好を」と求められ、「戸籍上の性別に準じた施設利用」に同意する書面への署名・押印を促されたとしている。
性同一性障害特例法で、戸籍上の性別を変えるには未成年の子どもがいないことが条件の一つとなる。経営者は10代の娘がいて、成人するまでは戸籍の性を改められない。そうした事情も支店長に伝えたが、対応は変わらなかったという。
経営者側は、コナミの対応は自ら望む性別で人間らしく生きる権利を妨げ、幸福追求権を保障した憲法13条の趣旨に反するなどと主張。慰謝料など約480万円を求める。
コナミは取材に対し、性同一性障害の人に対しては戸籍上の性別に即していることを基準に対応していると説明。「非常にデリケートな問題。他のお客様の理解も必要」としている。
性同一性障害の人の施設利用をめぐっては先月、戸籍上は男性だが心が女性という経済産業省の職員が女性トイレの使用制限などで差別を受けたとして、国に賠償を求める訴訟を東京地裁に起こしている。
■息苦しさに「声上げたい」
「勇気を出して声を上げないと、世の中の意識は変わらない」。経営者は提訴に踏み切る思いを語る。
小学校に入った頃から、周囲とのギャップを感じるようになった。自分を「オレ」と呼べなかった中学時代。詰め襟の制服を着るのに嫌悪感を覚え、そっても生える体毛に苦しみ、「おかま」といじめられた。
大学卒業後、高校時代から友人だった妻と結婚。転機は30代後半、生後まもない息子を小児がんで亡くした時だ。「人が生きる意味って……」。悲しみの中で、今ある人生を大切にしようと思い定めた。「変わりたい」。娘は泣いたが、「パパが苦しむのは私もつらい」と言ってくれた。
周囲に「理解」を押しつけるつもりはない。だからフィットネスクラブでも息を潜めた。でも、戸籍の性を押しつけられるのはおかしいと思う。「少数者が息苦しい社会を放っておけば、いずれ誰にとっても生きづらい世の中になる」(阿部峻介)
■戸籍変更の要件、先進国では異例
《東(ひがし)優子・大阪府立大教授(性科学)の話》 施設側の戸惑いは理解できるが、他の利用者の動向も見て検討するなど柔軟に対応してほしかった。戸籍上の性別変更の難しさも問題。未成年の子がいると制限されるのは「子どもがショックを受けて家族がバラバラにならないように」という趣旨とされるが、不合理な要件で先進国では異例。当事者には大きな壁になっている。「当たり前の生活」は人それぞれで、自分らしく生きる権利は最大限尊重されるべきだ。その多様さを社会はどう受け止めるべきかを問う訴訟になるだろう。
〈性同一性障害〉 心と体の性が一致しない状態の診断名。04年施行の性同一性障害特例法は、性別適合手術を経て、20歳以上▽未婚▽生殖機能がない――などの条件を満たせば家裁に性別変更を申し立てられると規定。当初は「子どもがいない」ことも条件だったが、08年に「未成年の子どもがいない」に改正された。家裁が性別変更を認めたのは昨年末現在5166人。
コナミ側から渡された同意書。「性別(戸籍上の性別)に準じた施設利用を」とある
2015年12月18日 朝日新聞