再犯への不安 受け入れ難色
路面電車やJRが行き交う長崎市の中心部。その一角のビル内に、全国に先駆けて1月に開設された「長崎県地域生活定着支援センター」がある。
センターは、犯罪を繰り返す知的障害者を福祉へと橋渡しするのが役割だ。刑務所や保護観察所から依頼を受け、出所後に必要な福祉サービスを整える。国は本年度中にすべての刑務所に社会福祉士を配置し、都道府県ごとに設置されるセンターと連動させる計画だ。
長崎県のセンターは、社会福祉法人「南高愛隣会」(雲仙市)が県の委託を受けて運営している。7月中旬までに支援を手がけたのは16人。ただ、同会以外の福祉施設へ橋渡しできたのは1人だけだ。センター相談員の伊豆丸剛史さん(33)は「恵まれない境遇から罪を犯さざるを得なかったのに、犯罪者だからと不安を抱かれてしまう。受け入れてくれる福祉事業者を探すのは難しい」と話す。
福祉サービス受給の手続きをすべて終え、受け入れ先も決定したが、最終的に頓挫したケースがある。母と精神障害の兄と3人暮らしで、生活苦から盗みを繰り返し、佐賀県の刑務所にいた中度の知的障害のある女性(39)。故郷の熊本県に戻りたいと希望し、同県内の社会福祉法人がいったんは受諾した。
しかし、出所直前になって施設側が難色を示した。女性は、保護観察所の監督下に置かれない満期出所。仮出所なら問題行動を起こした際、刑務所への再収監もあるが、満期ではその法的強制力はなく「リスクが大きい」と判断されたという。結局、女性は行き先が宙に浮いたまま刑期満了を迎え、5月に南高愛隣会の施設に入った。
国、費用後押し 施設側の意識改革急務
国も刑務所を出る知的障害者の受け皿確保には力を入れている。4月から、センターを通じて知的障害者を受け入れた福祉施設に、障害者自立支援法に基づく報酬を1人当たり日額で最高6700円上乗せする「地域生活移行個別支援特別加算」を新設した。費用面での後押しと言えるが、それでも「刑務所帰り」を理由に協力を渋る福祉事業者はいる。意識の改革が進まなければ、センター誕生の意義は薄れかねない。
センターの機能もまだ完全には発揮されていない。満期出所の直前に支援依頼が飛び込んでくることも少なくないといい、「もっと早ければ、スムーズに福祉に乗せられるのだが…」と、伊豆丸さんは残念がる。
住民票設定などを行う市町村との連絡調整、療育手帳取得などの事務手続き…。出所後すぐに福祉につなげるためには、これらを受刑中に行わなければならない。必要な期間は最低でも6カ月という。しかし、送り出す側の刑務所、保護観察所にこうした仕組みは十分浸透していないのだ。
これまでセンターが支援に動いた人のうち、2人が必要な手続きが整わないうちに刑期満了になった。さらに4人が間に合わないことがほぼ確定している。
長崎の場合、居住先が見つかるまで南高愛隣会の施設で一時的に保護するが、こうした「シェルター」がない地域では、適切な支援ができるか、不安は尽きない。
<受刑前に“福祉の手” 札幌>
支援事業所・弁護士連携 事務手続き、受け皿確保
犯罪を繰り返す知的障害者に福祉の手が届くようにするためには、刑務所に収監される前の取り組みが重要だと、手探りながらも活動を始めている人たちが札幌市内の福祉関係者や弁護士にいる。いち早い対応。それは、裁判所で公判が行われている時から始まるケースもある。
「自由はいい。もう塀の中には戻りたくない」。27日、厚別区の障がい者相談支援事業所「ますとびぃー」で、出所したばかりの男性(71)が笑った。前科28犯。窃盗と強制わいせつで服役回数は17回、刑務所生活は30年を超える。この日、過去の出所と違って、道北の福祉施設から迎えが来ていた。それは、公判中の「約束」があったからだ。
男性は札幌市内で運動靴などを盗んだ疑いで逮捕され、昨年4月に起訴された。「犯行の動機が説明できない。何かがおかしい」。国選でついた札幌の弁護士の岸田貴志さん(41)が疑問を感じた。これまでも、現金を所持したまま盗みを働いてはその場で捕まった。強制わいせつ事件でも、女性だけでなく中学生の男児にも抱きつくなど首をかしげたくなる行動が目立った。
同事業所の相談支援専門員の小関あつ子さん(57)に面会に同席してもらい、男性に中度の知的障害があると分かった。公判では小関さんが情状証人に立った。「出所後は必ず福祉につなげます」。求刑は懲役2年。支援による更生に期待が込められ、判決は懲役1年2カ月に減らされた。岸田さんは言う。「もっと早く弁護士が福祉との接点をつくっていれば、人生の半分近くを刑務所で過ごすことはなかったんじゃないか」
男性は出所前の6月、療育手帳を取得した。受刑者が手帳を取得したのは道内では初。これが実現したのも、公判中からの支援があったからだ。「このケースを突破口に、もっと多くの人を救えれば」。手続きを代行した小関さんは力を込めた。
男性は小中学校にほとんど通わず、読み書きができないため、人間関係をうまく築けなかった。土木作業員を10年前に辞め、生活保護を受けたが、罪を犯して出所後に橋の下で生活する日々も送った。「これからは受刑中に覚えた農作業に精を出す。趣味の釣りにも行きたい」。男性はようやく穏やかな生活を手に入れようとしている。
国もいち早い公的な支援を模索している。6月、厚生労働省は南高愛隣会の活動を中心とした「触法・被疑者となった高齢・障害者への支援の研究」を始めた。
地域生活定着支援センターが刑務所出所後の知的障害者を支援するのに対し、起訴猶予処分や執行猶予付き判決を得て刑務所行きを回避した障害者を福祉につなげる仕組みづくりで、3年後には実現する計画だ。(宇佐美裕次)
<長崎の社会福祉法人「南高愛隣会」田島理事長に聞く>
福祉につなぐ早期体制必要
社会福祉法人「南高愛隣会」の田島良昭理事長に地域生活定着支援センター設立の経緯や意義などを聞いた。
◇
かつて知的障害者は一度入所施設に入ると、一生出ることができなかった。無期懲役でも30年ほどで仮出所があるのに、とても福祉とは言えないものだった。世間と隔離されていたため、障害者の問題はだれにも注目されなかったのです。
センター設立に向けて研究が始まった時、ある専門家に言われました。「罪を犯した知的障害者がいることはタブーなんだ」と。障害者は危ないとの偏見に拍車がかかることへの懸念です。しかし、研究は大きなうねりとなって国会でも関心が広がりました。
障害者は一般社会では著しく適応能力が劣っていても、刑務所では模範囚になれる。私語は禁止で職員には絶対服従しなければならないが、障害者は言われたことはやるので、適応しやすいのです。福祉関係者として、刑務所が福祉の安全網になっていた現実に驚き、恥ずかしかった。
刑務所を出た障害者を救う懸け橋は、か細いつり橋のようなものですが、整いました。ただ、実刑になってしまう前に、何度も罪を犯している人は多い。刑務所に足を踏み入れてしまう前に、こうした人を早く福祉につなぐ必要があります。
路面電車やJRが行き交う長崎市の中心部。その一角のビル内に、全国に先駆けて1月に開設された「長崎県地域生活定着支援センター」がある。
センターは、犯罪を繰り返す知的障害者を福祉へと橋渡しするのが役割だ。刑務所や保護観察所から依頼を受け、出所後に必要な福祉サービスを整える。国は本年度中にすべての刑務所に社会福祉士を配置し、都道府県ごとに設置されるセンターと連動させる計画だ。
長崎県のセンターは、社会福祉法人「南高愛隣会」(雲仙市)が県の委託を受けて運営している。7月中旬までに支援を手がけたのは16人。ただ、同会以外の福祉施設へ橋渡しできたのは1人だけだ。センター相談員の伊豆丸剛史さん(33)は「恵まれない境遇から罪を犯さざるを得なかったのに、犯罪者だからと不安を抱かれてしまう。受け入れてくれる福祉事業者を探すのは難しい」と話す。
福祉サービス受給の手続きをすべて終え、受け入れ先も決定したが、最終的に頓挫したケースがある。母と精神障害の兄と3人暮らしで、生活苦から盗みを繰り返し、佐賀県の刑務所にいた中度の知的障害のある女性(39)。故郷の熊本県に戻りたいと希望し、同県内の社会福祉法人がいったんは受諾した。
しかし、出所直前になって施設側が難色を示した。女性は、保護観察所の監督下に置かれない満期出所。仮出所なら問題行動を起こした際、刑務所への再収監もあるが、満期ではその法的強制力はなく「リスクが大きい」と判断されたという。結局、女性は行き先が宙に浮いたまま刑期満了を迎え、5月に南高愛隣会の施設に入った。
国、費用後押し 施設側の意識改革急務
国も刑務所を出る知的障害者の受け皿確保には力を入れている。4月から、センターを通じて知的障害者を受け入れた福祉施設に、障害者自立支援法に基づく報酬を1人当たり日額で最高6700円上乗せする「地域生活移行個別支援特別加算」を新設した。費用面での後押しと言えるが、それでも「刑務所帰り」を理由に協力を渋る福祉事業者はいる。意識の改革が進まなければ、センター誕生の意義は薄れかねない。
センターの機能もまだ完全には発揮されていない。満期出所の直前に支援依頼が飛び込んでくることも少なくないといい、「もっと早ければ、スムーズに福祉に乗せられるのだが…」と、伊豆丸さんは残念がる。
住民票設定などを行う市町村との連絡調整、療育手帳取得などの事務手続き…。出所後すぐに福祉につなげるためには、これらを受刑中に行わなければならない。必要な期間は最低でも6カ月という。しかし、送り出す側の刑務所、保護観察所にこうした仕組みは十分浸透していないのだ。
これまでセンターが支援に動いた人のうち、2人が必要な手続きが整わないうちに刑期満了になった。さらに4人が間に合わないことがほぼ確定している。
長崎の場合、居住先が見つかるまで南高愛隣会の施設で一時的に保護するが、こうした「シェルター」がない地域では、適切な支援ができるか、不安は尽きない。
<受刑前に“福祉の手” 札幌>
支援事業所・弁護士連携 事務手続き、受け皿確保
犯罪を繰り返す知的障害者に福祉の手が届くようにするためには、刑務所に収監される前の取り組みが重要だと、手探りながらも活動を始めている人たちが札幌市内の福祉関係者や弁護士にいる。いち早い対応。それは、裁判所で公判が行われている時から始まるケースもある。
「自由はいい。もう塀の中には戻りたくない」。27日、厚別区の障がい者相談支援事業所「ますとびぃー」で、出所したばかりの男性(71)が笑った。前科28犯。窃盗と強制わいせつで服役回数は17回、刑務所生活は30年を超える。この日、過去の出所と違って、道北の福祉施設から迎えが来ていた。それは、公判中の「約束」があったからだ。
男性は札幌市内で運動靴などを盗んだ疑いで逮捕され、昨年4月に起訴された。「犯行の動機が説明できない。何かがおかしい」。国選でついた札幌の弁護士の岸田貴志さん(41)が疑問を感じた。これまでも、現金を所持したまま盗みを働いてはその場で捕まった。強制わいせつ事件でも、女性だけでなく中学生の男児にも抱きつくなど首をかしげたくなる行動が目立った。
同事業所の相談支援専門員の小関あつ子さん(57)に面会に同席してもらい、男性に中度の知的障害があると分かった。公判では小関さんが情状証人に立った。「出所後は必ず福祉につなげます」。求刑は懲役2年。支援による更生に期待が込められ、判決は懲役1年2カ月に減らされた。岸田さんは言う。「もっと早く弁護士が福祉との接点をつくっていれば、人生の半分近くを刑務所で過ごすことはなかったんじゃないか」
男性は出所前の6月、療育手帳を取得した。受刑者が手帳を取得したのは道内では初。これが実現したのも、公判中からの支援があったからだ。「このケースを突破口に、もっと多くの人を救えれば」。手続きを代行した小関さんは力を込めた。
男性は小中学校にほとんど通わず、読み書きができないため、人間関係をうまく築けなかった。土木作業員を10年前に辞め、生活保護を受けたが、罪を犯して出所後に橋の下で生活する日々も送った。「これからは受刑中に覚えた農作業に精を出す。趣味の釣りにも行きたい」。男性はようやく穏やかな生活を手に入れようとしている。
国もいち早い公的な支援を模索している。6月、厚生労働省は南高愛隣会の活動を中心とした「触法・被疑者となった高齢・障害者への支援の研究」を始めた。
地域生活定着支援センターが刑務所出所後の知的障害者を支援するのに対し、起訴猶予処分や執行猶予付き判決を得て刑務所行きを回避した障害者を福祉につなげる仕組みづくりで、3年後には実現する計画だ。(宇佐美裕次)
<長崎の社会福祉法人「南高愛隣会」田島理事長に聞く>
福祉につなぐ早期体制必要
社会福祉法人「南高愛隣会」の田島良昭理事長に地域生活定着支援センター設立の経緯や意義などを聞いた。
◇
かつて知的障害者は一度入所施設に入ると、一生出ることができなかった。無期懲役でも30年ほどで仮出所があるのに、とても福祉とは言えないものだった。世間と隔離されていたため、障害者の問題はだれにも注目されなかったのです。
センター設立に向けて研究が始まった時、ある専門家に言われました。「罪を犯した知的障害者がいることはタブーなんだ」と。障害者は危ないとの偏見に拍車がかかることへの懸念です。しかし、研究は大きなうねりとなって国会でも関心が広がりました。
障害者は一般社会では著しく適応能力が劣っていても、刑務所では模範囚になれる。私語は禁止で職員には絶対服従しなければならないが、障害者は言われたことはやるので、適応しやすいのです。福祉関係者として、刑務所が福祉の安全網になっていた現実に驚き、恥ずかしかった。
刑務所を出た障害者を救う懸け橋は、か細いつり橋のようなものですが、整いました。ただ、実刑になってしまう前に、何度も罪を犯している人は多い。刑務所に足を踏み入れてしまう前に、こうした人を早く福祉につなぐ必要があります。