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小さな自然、その他いろいろ

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「戦争になりますよ」? 安倍元総理「総理になったら尖閣諸島に人員配備」 領土を守る気概を示すべきです。

2012年09月20日 09時06分35秒 | 無題

どうもここ最近パソコンに触る時間がほんとにない状態になって来て、更新ができなくなっています。やっと久しぶりにパソコンを開きました。

世の中、さまざまに動き始めていて、尖閣諸島の問題など危機も増していますが、危機こそ、物事の転換のチャンスですから、これを機に、日本がいい方向へと変ることを祈るばかりです。

今回は久しぶりにさくらの花びらさんのさくらの花びらの「日本人よ、誇りを持とう」からの転載です。

安倍元総理に辞任は当時大きなショックで、安倍氏の持病の事もあり、残念な気持ちと悔しさとなんとも言えない思いをしたものです。あれから結局民主党政権の誕生へとどんどんマスコミの誘導が進んでいって、今の現状をもたらしたような思いもありますが、これはしかし、戦後の矛盾がこうした形で、一度はハッキリと表に出てその正体を晒す必要もあったのではと考えています。日本が良くなるためには、通らなければならない道筋だったとも考えています。

次の選挙の話が出ている現在、自民を始めとする保守系政治家は、今までのような経済利益優先の事なかれ主義やアメリカ追従主義ではなく、日本人の根っこの感覚を持った日本らしさのある保守を目指してほしいものです。安倍首相の憲法観とは少しちがいはしますが、今の日本の諸悪の根源となっている現憲法を是非とも廃棄して欲しいと思います。戦後の偽物を払拭する力のある政治をしてほしいものです。

占領政策のウソで日本の国家から、自己の人生観までをガラリと変えられてしまった日本人の戦後の考え方の、実はおかしい事だらけの真実を日本人に早く気づいてほしいものです。歴史の真実、日本的考え方の真実、天皇の国体の素晴らしさの真実に気づいて欲しいものです。天皇こそ、世界最高の真の平和主義者と言える御存在であり、それは歴史を通してずっと受け継がれてきたご本質だと思います。このような中心者を持つ日本の国柄を誇りに思うべきであり、日本の自然観、宇宙観、国家観はすべてここから発していると思います。それに気づいてほしいものです。

 









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安倍晋三氏 「総理になったら尖閣諸島に人員配備」
9月14日、中国外務省は会見で、海洋監視船の領海侵入について、「尖閣諸島の周辺海域は中国の管轄海域で、監視船の活動は合法だ」と、日本政府の抗議に反発した。
騒動の絶えない尖閣諸島だが、ニュースキャスターの辛坊治郎氏は自民党総裁選挙に立候補した安倍晋三氏から「総理になったら尖閣諸島に人員配置する」という言葉を聞いたという。・・・
先日、民主党「大物」国会議員がオフレコを条件にこう語った。
「辛坊さん、日本は中国に強い態度に出るべきだってみんな言いますけどね、例えば尖閣に自衛隊を駐留させるようなことをしたら、戦争になりますよ。それだけの覚悟が、今の日本にあるんですか?」
その翌週、元総理大臣の安倍晋三氏にこの発言をぶつけると、彼はこう答えた。
「今の日中間の経済関係を考えると、尖閣に人を置いただけで、中国が軍事力を使うとは思えません。私がもう一度総理大臣になったら、尖閣には人員を配備します」
皆さんは、どうお考えだろうか。尖閣に人を置いたら、中国は攻めて来るのか来ないのか?
安 倍氏は同時に、「中国は尖閣諸島を国家の核心的利益と位置づけています。それはすなわち、この島を取りに来ることを意味します」と述べている。一方で中国 は尖閣を取りに来ると言いながら、その一方で日本が人員を配置しても攻めて来ないというのは、どこか論理矛盾ではないかと思わぬでもないが、要員配備が今 すぐの軍事力行使につながらないだろうという点では、安倍氏の見解に賛同したいと思う。しかし、これをするだけでも日本には相応の覚悟が必要だ。
(2012.9.18 週刊朝日)
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「一方で中国は尖閣を取りに来ると言いながら、その一方で日本が人員を配置しても攻めて来ないというのは、どこか論理矛盾ではないか」とあります。
これは全く矛盾していません。
安倍氏は「我が国が尖閣に人員配置をすることで、シナは軍事力を使うことまでして取りに来ない」と言っているのです。これは今、シナが日本との戦争を望んでいないからです。
今、 シナは次期政権移行時期で内部抗争中であり、さらにシナ国内には共産党への不平分子が相当数いて、国内でその機会をうかがっており、反日内部デモが何かの きっかけでシナ共産党へ向かい、それが国家崩壊へつつながっていくことは共産党にとっては非常にまずいのです。日本と戦争をすることでその機会を与えるこ とにもなり、とても日本とは一戦を交えている場合ではないのです。シナ国内が脆弱であるからこそ日本に強気に出てくるというのもあるのです。
 
「日本は中国に強い態度に出るべきだってみんな言いますけどね、例えば尖閣に自衛隊を駐留させるようなことをしたら、戦争になりますよ。それだけの覚悟が、今の日本にあるんですか?」
このように言った民主党の大物議員とは誰か知りませんが、国家観のなさがこういう発言に出るのです。
この発言の裏には「戦争になるなら領土はすべて差し上げたっていい」と言っているようなものです。そして「そんな覚悟が国民にあるのか」と脅しともとれるような言い方をしています。
しかし、本来、一番覚悟が必要なのは“政治家自身”なのであります。
この大物議員はシナ工作員にうまく操られているのか、単なる国家観なしの売国議員なのかわかりませんが、自国の領土を守るということは決して戦争も辞さないほどの覚悟が必要なのです。
民主党や朝日ではこういう議員を“大物”というのかもしれませんが、普通の国ではこういうのを“小物”というのです。
 
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[転載] 【青山繁春】日朝政府間協議と一切報道されない拉致被害者家族会有本氏からの手紙の内容とは

2012年09月08日 11時26分21秒 | 無題

ここ最近、少し多忙で、パソコンを開く時間がなかったのですが、ネットから遠ざかっていることに慣れてくると、ある種の平和な気分に心地よさを覚えてしまいますね。とはいえ、たまにテレビのニュースを見ると、やはり腹立たしくなりますが、それでも、個々のニュースの一喜一憂する思いとは別に、今徐々に日本が変わりつつあるのだということを信じる気持ちを強く持たなくては、いけないとおもいます。現代の日本を見ると情けなくなる気持ちがつい強くなりますが、日本人の精神の源流というか、奥底にあるDNA、潜在意識の底に隠されている愛国心、天皇陛下への思い、そうしたものを信じる気持ちをしっかりと持たなくては、ダメですね。

今は戦後の隠されていた忌まわしきものが、ハッキリと姿を表してきた変化の過渡期だという気持ちで、真性日本を目指して頑張りたいものです。

さて、今回はくにしおもほゆからの転載です。さらにこの元記事はtearfaceからであり、二重転載の形になっています。

自民党時代の福田政権にも、また現在の民主政権にも、拉致された国民同胞を思いやるという気持ちがほとんど見られない気がします。多くの国民の中にも、拉致被害者や家族への気持ちは他人事でしかないのでしょう。しかし、政府がこうした対応をしているうちに、国民の国への信頼は、少しづつ失われていくのではないでしょうか。いざという時に、頼りにならない、自分たちを守ってくれることはないという信頼が徐々に失われていけば、国家崩壊へ少しづつ進んでいくのではないでしょうか。そして、またマスコミは拉致被害者やその家族の動きを最近は殆ど報道しません。これはマスコミが拉致被害者の味方では決してないということを表わしているように思います。

 

 

 

 
【売国マスコミの隠蔽】
 
【青山繁春】
日朝政府間協議と一切報道されない拉致被害者家族会有本氏からの手紙の内容とは
youtube
【青山繁春】
日朝政府間協議と一切報道されない拉致被害者家族会有本氏からの手紙の内容とは
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(以上、転載部分)
teaface様のブログより転載させて頂きました。
 
誰だって家族を思う気持ちはとても強い。
家族会としての意見をまとめるための苦しみ、葛藤がいかほどであったかと、思いはかられます。
家族会がここまで言ってくれているのに、福田政権は何をしていたのだ!
そして今の民主党政権は敢えて交渉するなら、真剣にやろうとする気持ちが全く感じられない。今のような展開は最初から見えていたではないか!
またマスコミは家族会の決定をなぜ情報遮蔽するのだ!




韓国、野田首相の親書に反論できずに送り返す方針 

2012年08月23日 16時10分18秒 | 無題

さくらの花びらの「日本人よ、誇りを持とう」からの転載です。

さくらの花びらさんが言っているように、韓国は文書で回答する自信がないのでしょう。捏造の主張は、結局ウソにウソを塗り固めたものですから、うっかり文書などにしたら、それをもとに、事実で反論されて嘘がバレてしまいますからね。結局前代未聞の親書を送り返すという非礼な行為をあえてせざるを得ないということです。

韓国は自分たちの歴史の捏造が、結局自分たちの首を絞め、墓穴を掘る事になっていくのではないでしょうか。日本もさすがに、あまり非常識ないちゃもんや、非礼な行為に、平和ボケも目が覚めるでしょう。

韓国から親書を突っ返された民主党もさすがに、今まで使わなかった不法占拠という言葉を使い始めたそうです。民主政権が誕生してから、何かと韓国へ気を使って、東日本大震災でも菅首相が、わざわざ韓国とシナの支援部隊だけは出迎えたり、朝鮮王室儀軌を、日本が韓国において来ざるを得なかった日本の宝物は返してもらわないのに、一方的に返してしまい、韓国支援であるスワップ協定など、韓国のための政権かというくらいに、韓国へいたれりつくせりでした。それほどやってきて、韓国から親書を突っ返された野田政権は、困惑しているようです。

駐韓国大使もまた韓国へ返してしまうし、ここまで来ても、弱腰が治らないようです。一度自分たちの国が誰に支えられているかを思い知らせたほうが、いいと思うのですが。

 

 

 

 

 

 

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野田首相の親書、送り返す方針=「間違い」と主張、23日にも―韓国
聯合ニュースによると、韓国政府は22日、李明博大統領宛てに野田佳彦首相が送った竹島上陸などへの遺憾の意を示す親書を送り返す方針を固めた。23日にも外交ルートを通じ返送する可能性が高いという。首相親書の返送は異例の対応で、日本側のさらなる反発は必至だ。
大統領府高官は「親書には大統領が竹島を訪問したとあるが、そのような事実はない。大統領は独島を訪問した」と説明。事実関係に「間違い」がある親書に答えられないとの考えを示した。
また、外交的非礼とならないかとの指摘には「非礼となっても原則を曲げる必要があるのか。日本も親書を送る過程で外交儀礼に反する面があった」と述べ、大統領に伝達される前に内容が報じられたことを暗に批判した。
野田首相は17日、大統領の竹島上陸や天皇陛下への謝罪要求発言に遺憾の意を示すとともに、竹島問題の国際司法裁判所提訴の方針を伝える親書を送付。韓国政府は、回答しない、送り返す、反論の書簡を送るの三つの選択肢を検討したが、送り返すべきだとの意見が大多数だったという。
(2012.8.22 時事通信)
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野田首相が韓国政府に送った遺憾の意を示した親書を韓国側はそのまま送り返すそうです。
こ こには韓国大統領の竹島上陸、陛下への謝罪要求発言、国際司法裁判所提訴が書かれていたようですが、この親書を読んだ韓国側は嘘で捏造した反論はいくらで も言えても、正式にきちんと文書にして反論することが出来ないので、「回答しない」、「送り返す」のどちらかになり、結局、何も回答せずに無視するのも 後々日本側から言われても返事に困るから、「遺憾」で「受け入れられない」ということでそのまま送り返す方が周りからみても強気に見えるからいいだろう、 と判断したのでしょう。
 
普 段はギャーギャーと歪曲して文句と言いがかりを言ってくるにもかかわらず、「反論の書簡」としてきちんと文書を出してしまえば歴史的にも残る外交文書とな るので、捏造した反論では後で嘘がバレてしまい、足元をすくわれるので、あえてそのまま送りかえしたのでしょう。情けない韓国です。
 
「大統領府高官は、親書には大統領が竹島を訪問したとあるが、そのような事実はない。大統領は独島を訪問したと説明して事実関係に間違いがある親書に答えられない、との考えを示した」そうです。
こ れなどはもはやまともな反論と言えるものではなく、竹島と独島の呼び方が違うから親書は間違いであり答えられないと言っています。日本と韓国で島の呼び方 が違うのはお互いに承知していることであり、それを理由にして「間違いだから親書に答えられない」というのは通じません。
また、韓国大統領に親書が届く前に内容が報じられたことが「外交儀礼に反する」ということも理由にしています。日本に突き返す理由をこじつけで言っているに過ぎません。日本の竹島を勝手に実効支配したり上陸したり、日本海を東海と名付けて国際世論に訴えてきたりして今まで外交儀礼に反することをしてきたのは韓国の方です。
さらに韓国は国際司法裁判所の提訴にも応じませんが、韓国側は実効支配しているということ以外に自国領土と証明できることがないので、勝てないのを知っているから応じないのは明らかです。
 
韓国が如何に日頃から嘘と捏造で日本に言いがかりをつけているかが、このことだけでもよくわかります。もし、この親書が韓国側から送り返されてきたら、野田首相は「受け取らない場合は金融制裁する」と書いて送り返してやればいいのです。
それでも送り返してきたら金融制裁を発動し、今度は「最後通牒」として送り返してやればいいのです。
 
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李明博が天皇陛下の訪韓には謝罪が必要と発言、【草莽崛起】8.10 李明博竹島侵入抗議![桜H24/8/13]

2012年08月15日 11時20分04秒 | 無題

民主党になって以来、日本は弱腰外交が進み、ロシアの北方領土に対する態度、尖閣諸島に対する支那の態度、さらに竹島に対しての韓国の態度、今までの歴史上、ここまで日本政府がなめられる状態が起こってきたことは、民主党の無能さとともに、民主党には日本という国への愛国心もなく、国家意識も希薄であることから、起ったことであると思います。

李明博大統領が本来日本固有の領土である竹島に不法侵入し、しかも日本への挑発とも取れるような発言もしています。なんと、「天皇訪韓には謝罪が必要」と言っているのです。日本を貶め、天皇陛下を貶めるために、日本に土下座させようとしているような気がします。


【ソウル=加藤達也】韓国の李明博(イミョンバク)大統領は14日、天皇陛下の訪韓に言及し 「(天皇陛下が)韓国を訪問したいのなら、独立運動で亡くなった方々に対し心からの謝罪をする必要があると(日本側に)伝えた」と述べた。忠清北道で開か れた学校教育関係者の会合で語った。

 李大統領は会場の教師から、竹島(韓国名・独島)に上陸した気持ちを尋ねられ、日韓関係について語った。その中で天皇訪韓に触れ、「(盧泰愚大統領訪日 時に昭和天皇が表明した)『痛惜の念』などという単語ひとつを言いに来るのであれば、(天皇の)訪韓の必要はない」と述べた。

 李明博政権下で天皇訪韓が具体化したことはない。李大統領が唐突に言及した背景には、竹島上陸に引き続き対日関係で強硬姿勢を見せることで“愛国的大統領”として任期を終えたいとの考えがちらつく。
産経新聞

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120814-00000544-san-int

 

韓 国が現在の経済的な発展を成し遂げた陰には、清國の属国だった時代に国家破綻寸前だった旧朝鮮王国を、日本が併合し、朝鮮を近代化するために多くの資金を 注ぎ込んだ日本があるからです。植民地とはまったくちがいます。日本は朝鮮を本気で近代化させようと、本国を後回しにして資金を注ぎ込んだのんです。日本 では東北地方で、娘の身売りが起こるほどに貧窮しているときに、旧朝鮮のインフラを整え、教育に力を注いだのです。東南アジアの国々が白人諸国の植民地で あった時、搾取するのみであり、愚民化政策で、歴史や文化を継続する為の文字や言語さえも廃れさせていたのと、まったくその政策は違っていたのです。

 

【草莽崛起】8.10 李明博竹島侵入抗議!緊急国民行動[桜H24/8/13]

 

韓国へのスワップの継続を表明する民主党、これだからなめられるのです。きちんと、筋を通して、非道なことには、それをきちんと非難する、経済のために、とか友好のためにとか言って、そのために言うべきことを主張しないのは、それは単なる事なかれ主義であり、臆病者であり、卑怯者であり、金のためなら誇りを捨てる奴隷根性であると思います。

戦後『日本国憲法』になってから、どれだけ日本人はいい加減に物事を考え、筋を通すことをせず、平和と言いながら、他人の痛みに無関心であり、かつての日本人の義勇公に奉じた精神をなくし、義を見ても何もする勇気を出せなくなり、個人主義利己主義の殻に閉じこもってしまったこと、この現状を見つめなおして、日本人とは何か、どうあるべきかを考え直す時期にきていると思います。

 

 


幼児期は感性を育てる時期 高橋史朗氏のことば

2012年07月11日 08時53分06秒 | 無題

【人の心に灯をともす】http://merumo.ne.jp/00564226.html より転載です。

これを読むと、戦後、日本社会がどんどんアメリカ型に変わっていったことを実感させます。育児までも、アメリカ流になっていたのです。最近になって、グローバリズム(実はアメリカ式やり方)への疑問を持つ人々が増えてきました。しかし、戦後、アメリカへ留学した人々は、アメリカの合理的に見えるやり方にかなり心酔してしまったようです。

日本のなんとなく曖昧な情緒的なやり方を見ていると、アメリカ帰りの人々はイライラとして、こんなことではダメだと思わずにはおれなくて、アメリカ型を実行していったようです。誰だったか忘れましたが、もしかしたら官僚の誰かだったかも知れませんが、やはりアメリカで過ごした期間に、アメリカの合理的にてきぱきと物事を判断するやり方を学んで日本に帰って、日本のやり方に随分イライラと不満を募らせて、自分はアメリカ流でばりばりやっていた人が、今度はヨーロッパに行って、そこでヨーロッパがアメリカ流を退けて自分たちのやり方をやろうとする姿勢の洗礼を受けて、初めてそこで、やっとアメリカ流という洗脳から脱却できたと言っていました。

戦後、日本は敗戦国として、戦勝国であるアメリカ製の憲法を受け入れ、日米安保体制のもと、日本はアメリカの庇護のもとで生活してきました。アメリカに負けた悔しさと同時に、アメリカに追い付けとばかりに頑張る中、敗戦国は無意識に戦勝国を憧憬する部分があって、アメリカ型がなんでもいいような気がしたところがあるのではないでしょうか。そうして、日本の伝統的なものを封建的と思い、日本式のやり方を古いとばかりにかなぐり捨てて、アメリカ型に乗り換えた結果、今になって実は日本的なやり方の中に、素晴らしいものがたくさんあったことに気づいてきました。

幕末に日本を訪れた外国人が、日本人は社会の非常に貧しい階層までが幸せそうにしているということに驚いたと書いています。外国ならば、そうした貧民はスラム街を造り、まるで地獄のような鬱屈して不幸な顔をした人々ばかりが暮らしています。ところが日本では、村人がそうした人を助けて、貧しい人はそれなりに、自分に出来る仕事をしながら、幸せそうに笑顔でいるということに、まるでユートピアのように感じたといいます。ある漁村では、夫に死に別れた女性や、子供に先立たれた貧しい親に、漁師たちが売り物には少しばかり小さすぎたり、傷物だったりする魚を分けてくれるのです。それを感謝してもらって、笑顔で帰っていく光景を書き残しています。それとよく似た光景を、現代の漁村でもやっていたのを、テレビで見たことがあります。病気や年とって働けなくなった世帯の人に、以前からの同じ働き仲間が分けてあげていて、それは昔からの慣習だと言っていました。今も昔からのやり方が残っているところもあるのです。

自由競争で、まるで弱肉強食のような資本主義社会が、それはそれでひとつの平等主義かも知れませんが、それだけでは、社会の幸福は実現できないのではないでしょうか。日本式の情緒豊かな社会の中に、アメリカのように突出した億万長者はいなくても、幸せな社会があったのではないかと思います。まさに戦後は、アメリカ式の洗脳の時代だったと思います。日本人は日本式を取り戻す時期が来ていると思います。

 

 

明星大学の高橋史朗氏教授の心に響く言葉より…


かつて三世代同居が当たり前だった時代、子育ては祖父母からの次の世代に自然にと受け継がれていたため、伝統的な子育ては当たり前のように継承されました。

しかし、高度経済成長期に核家族化が進むとともに、家庭での伝統的な子育てが揺らぎ始めたのです。

その原因となったのが『スポック博士の育児書』でした。


この本は欧米流の合理的な育児方法が紹介されており、当時の厚生省はこの本を土台にして『母子健康手帳副読本』を作成したのです。

例えばここには、赤ちゃんが突然「わーっ」と泣き出しても親は構ってはいけないとあります。

これは厳しい社会を生き抜けるよう、甘やかしてはいけないというアメリカ社会の理論によるものです。


一方、日本では昔から赤ちゃんが泣き出したら、親はしっかりと抱きしめてきました。

そもそも家庭教育のベースに愛着形成があり、無条件で丸ごと受け入れることで親子間の「基本的信頼関係」が構築されてきたのです。

そしてこの基本的信頼関係が育まれる中で、子供の対人関係能力や自己制御能力などが培(つちか)われてきたのです。


欧米流の育児書が出回ったことで、年々日本の伝統的な愛着形成が不足する事態を招き、これが学級崩壊という一つの現象へと繋(つな)がっていたのです。

我が子がなかなか泣きやまないのは自分のせいだとパニックに陥る親の中には、挙句静かにさせようと虐待してしまうケースもあるのです。

また、日常の生活でもおんぶや抱っこなどが昔に比べて極端に少なくなり、それが愛着形成を阻害する一因になっているのです。


日本の伝統的な教育は厳しい躾(しつけ)にあり、いまはその躾がなっていないのが問題だという意見があります。

確かに躾は大事なのですが、その根底には母性的な慈愛に基づく愛着形成が不可決なのです。

その前提があって初めて会津藩の武士の心得「什(じゅう)の掟(おきて)」にある「ならぬことはならぬのです」という父性的義愛、つまり子供の我がままと対決する形で躾というものが成り立つのです。


これを昔の日本人は、

「しっかり抱いて、下に降ろして、歩かせる」

と表現してきました。

幼児期は感性を育てる時期であり、その上に花が咲き、実が成るのです。

『致知 2012 8月号』(教育現場からの提言)致知出版社



愛着とは、なれ親しんだことに、深くこころが惹(ひ)かれることだ。

この愛着という言葉は、「この時計に愛着がある」などと、物に使うことが多いが、親子間、特に母子の関係性や深い絆(きずな)作りに最も必要なものだという。


子供の頃から、感性を育むには、無条件の親の愛が必要だ。

子供に、よそよそしかったり、無表情だったり、はては暴力をふるったりすることは、疎外することであり、無視することだ。


感性が育っていない子供は、人の痛みや、悲しみを感じることができない。

いじめや、学級崩壊等々の諸問題の原因の根が、この感性の欠如にあると言っても過言ではない。


日本古来の教育をもう一度見直し、感性豊かな子どもたちを育てたい。

 

 


用水路のアオサギ