ひまわり博士のウンチク

読書・映画・沖縄・脱原発・その他世の中のこと

鶴見俊介『思い出袋』

2010年08月11日 | 本と雑誌
Omoidebukuro
 
  思い出袋
 鶴見俊輔 著
 岩波新書
 
 この本は、岩波書店のPR雑誌『図書』に「一月一話」というシリーズ名で、2003年1月から2009年12月まで連載されていたエッセーをまとめたものである。
 『図書』は断続的に購読していて、ここ数年は定期購読にしたので毎月必ず目を通すことが出来ている。
 「一月一話」はとくに愛読していて、送られてくると真っ先に目を通していたのだが、昨年末で終了してしまった。
 残念に思うと同時に、読みそこなっていた初期の頃のを読みたいと思い、単行本化されないだろうかと願っていた。
 
 ところが、これが岩波新書として3月に発行された時には気付かなかった。タイトルが「一月一話」でなく、『思い出袋』になっていたからだ。
 5月になって、新聞広告で見つけ、あわてて買った。
 
 鶴見俊輔さんは今年米寿である。この連載が始まったとき、すでに80歳になっていた。本文中にも「もうろく」という言葉がしきりに出てくるが、もうろくとはほど遠い矍鑠たる雰囲気が伝わってくる。
 特に凄いのは、その読書量だ。
 これまで読んできた膨大な本の中から引き出して話題をつくっていて、その幅の広さも感動に値する。
 つまりこの連載は、優れた読書案内としての性格も兼ね備えているのだ。
 アガサ・クリスティもプルーストも夏目漱石も登場し、ジョイスやホッブスにも言及する。橋川文三、保田與重郎そして都留重人。
 
 鶴見さんは、三島由紀夫を「政治的には賛同しかねる」としながらも、その文学を高く評価している。
 ご存知のように、鶴見さんは9条の会に名を連ね、ずっとリベラルな姿勢を貫いている。三島由紀夫と言えば、市ヶ谷の自衛隊駐屯地で檄文を読み上げ、その直後に切腹自殺をした極右の作家である。しかし、作品を読む限りでは、それほど過激な右翼思想は感じられない。鶴見さんに、三島の政治思想と文学を別個のものとして評価できる人間性の幅広さを感じずにはいられない。
 
 「一月一話」の最終回は「もてあそばれた人間」と題し、テーマは原爆である。それは「二重被爆」のドキュメンタリー映画を観て、岩永章の「もてあそばれたような気がする」という言葉からきている。
 
 「もてあそばれたような気がする」と言った岩永章は、二発もったから二発とも使うという米国の事情を探りあてていたと思う。化学が国家と結んで人間をもてあそぶ時代の幕開けだった。
 
 もう一つ。「政治史の文脈」と題する、比較的初めの頃の文章がある。「人を殺したくないと思った」で始まり、張作霖爆殺事件の号外が家に投げ込まれた5歳の頃の話から、それから60年後のイラク戦争へと話題が移る。
 
 イラクの戦争をやわらげにいった三人の日本人が、現地で人質になり、やがて開放されたが、日本政府に迷惑をかけたという声が高くなり、国会では「反日分子」として追求する議員が出た。
 (中略)
 イラクで人質になった三人の日本人を、米国国務長官パウエルはほめて、こういう若い人が出ないと社会は前に進まない、と言った。

 
 「あだ名からはじめて」では、オーブリーの『名士小伝』というイギリスの新聞の死亡記事を集大成した本が紹介されている。
 
 伝記を小伝に、小伝をあだ名に煮詰めてゆくと、人間認識が蒸留されて、老人用の記憶に貯えられる。
 
 あだ名にもレヴェルがあり、小伝の巧みなことは「小学校別にあだ名のつけ方のレヴェルがちがうごとくである」と語る。
 『名士小伝』読んでみたいと思ったのだが、絶版で、新書判の小さな本なのにプレミアがついて数千円もする。そのうちどこかの古本屋の店先のワゴンにでも投げ込まれているのを期待するしかない。
 
 しかし、この本のおかげで、改めて読んでみたい本がまたいろいろ増えてしまった。
 
◆~~~~◆~~~~◆~~~~◆~~~~◆~~~~◆
(PR)【GALLAPからのお知らせ】
★ライティング & エディトリアル講座 受講生募集中★
●個別コンサルティング承り。当オフィス、またはスカイプ利用でご自宅でも受講できます。
 *1ヵ月2回コース~12ヵ月24回コース。(1回60~90分)
 *現在、2名空きあり。定員オーバーの場合、お待ちいただく場合があります。
●出張講座承り(1日4~5時間)
 ■ご相談・詳細はメールで galapyio@sepia.ocn.ne.jp まで。
 
●自費出版、企画出版、書店流通。
*坂井泉が主宰する編集プロダクション“GALLAP”が、編集から流通まで、責任持ってすべて引き受けます。
 ■ご相談・詳細はメールで galapyio@sepia.ocn.ne.jp まで。