monologue
夜明けに向けて
 



小学校時代、こんなことがあった。日頃、わたしはクラスでおどけてばかりいたのだが担任の女教師が突然怒りだしたのだ。「山下君、まだ、あやまりにいってないの?」
その前の週に保津峡というハイキングコースへの遠足があって着いた保津川の河原でみんなで川に小石を投げ込んだりして楽しく遊んだのだが翌日、仲の良いMという女の子が片目を腫らして登校してきた。担任がだれにやられたと訊くと山下君の投げた石が当たったと答えたのである。わたしは不思議に思った。そんな覚えは全然なかったのだから。近くにその子がいたことは覚えているけれどその子に向けて石を投げてはいない。だれかの石が当たったらしい。それでも先生はMの親御さんが怒っているから謝りに行きなさい、と言う。わたしは、どうしてぼくがやったと言うのだろう、と思いながらじっと黙っていた。次の日も、そしてその次の日も先生はわたしをなじった。わたしは、どうしたらいいかわからなかった。ぼくはやっていないのにどうしてあやまりにゆかなければいけないのだろうと先生の顔を見ていた。すると「女の子の顔に傷をつけたのは大変なことなのよ、お父さんについて行ってもらって一緒に謝って貰いなさい、」とすすめた。わたしはどうしたらいいかわからなかったけれど帰宅した父におそるおそる一緒に謝りにいってほしい、と頼んだ。「おまえが石を投げて傷つけたのか?」「さあ、わからへんけど、あやまらなあかんのやて。」

 Mは寺の住職の子だったので父とわたしはその寺に菓子折を提げて謝りに行った。
翌日、女教師はニコニコして「山下君、昨日、謝りに行ったんやね、よかった」と喜んでいた。わたしは釈然としないまま、ただこれで先生に毎日責められなくなったと思っていた。


 そして、数年後中学生になったわたしの家にMを初めとする小学校時代の女生徒たちが連れだってやってきた。女の子たちは応対に出たわたしの声を聞くと驚いた。雨蛙のような声がガマ蛙の声に変わっていたのだから。その頃、わたしは喉が痛くて辛い声変わりを終えていたのだ。浅田飴や龍角散をなめたりしたがかなり長引いた。声変わりが終了するとそれまでのボーイズソプラノが消え去りバスも出るようになっていた。女の子たちは明らかに会わなければよかったとがっかりして帰って行った。高音のクラスの道化者少年は王子様ではなく低音のガマ少年に変身して女生徒たちの夢をこわしてしまった。勝手に会いに来ず夢は夢のままにしておくほうが良かったようだ。人はどんどん変わるものだから。
fumio

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