奈良

不比等

古都奈良・修学旅行と世界遺産の街(その1447)

2020-08-09 08:15:00 | 奈良・不比等

北円堂を知らずして奈良の歴史は語れない

「数学する精神~正しさの創造/美しさの発見(加藤文元著・中公新書2020刊/2007版の増補版)」を読んだ。加藤文元(かとうふみはる1968生れ)氏は、1993京大(理学部)卒、1997同大学院(理学研究科数理解析専攻)博士課程修了。九大助手/京大講師/同准教授/熊本大学教授を経て、現在は東工大(数学系)教授である。-----

この本「数学する精神」の章立ては次の通り。“計算できる記号”、“ウサギとカメ”、“ビールのパラドックス”、“コンピューターと人間”、“数学の美しさ”、“組み合わせの数”、“パスカルの半平面”、“ドッペルゲンガー”、“倒錯した数”、“数の系譜”、“数学の正しさ”------

“はじめに”には次のように書かれている。人間と数学という主要テーマと緊密に絡み合いながら、この本の内容の底流として密かに流れるテーマが数学の具体的側面と抽象的側面というディコトミー(二分法)である。数学が相手にする対象は物自体ではなく、それらの関係を抽象化した記号である。そしてこれが数学という学問に殺伐たる一般的印象を与え、敷居の高さを感じさせる要因になっていると思われる。確かに数学において抽象化は重要な作業であるし、記号化はそのための最も有効な手段である。しかし、数学が扱う記号には必ず意味がある。それは記号の命であるとすら言い得る重要なものだ。そしてここでまた人間と数学というテーマに戻るのであるが、その命を吹き込むのは人間である。-------

加藤文元氏は、数学の研究者であるが、数学の教育者でもあり、数学を教養科目の一つとして教えるのではなくて、物理科学の研究者を養成する大学の学生に科学研究の道具としての数学を教えるのであり、社会一般に数学は分からないし、どのように役立っているのか知らないという人に向けた本ではない。------

科学研究者必携の道具としての数学を教え、場合によっては、理工学研究者の研究に参画できる位のパワーを持った数学者を任じておられるのだ。嘗てのニュートンなどのように、数学/物理の両面を解して、科学時代を切り開いた人々のような人材を生み出すべく奮闘しておられるようだ。------

お高く留まっておられたこれまでの数学者ではなく、東工大生にとっては頼りになる数学教授であろうと思った。

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