来月の22日にウチで『ショートフィルムフェスティバル』を開催することになり、その関連で電話を数本したのが、今日俺がした唯一の仕事。後は、ソファにひっくり返ったり、テーブルで珈琲を飲みながらの読書三昧……なんて云うと知的生活っぽいが、実際は『洞窟オジさん』、『フェルナンド・ペソア最後の三日間』、『下山事件・最後の証言』なんて本をパラパラめくりながら、ウタタネに入り、そこから覚めるとまた本をパラパラ……なんて『眠的生活』と云った方がいい一日だった。でも、それはそれなりの充実感はある。今日一日の睡眠量は普段の寝不足を補って余りあるものだったし、今日一日の読書量(例えパラパラでも)は普段の活字欠乏症を埋め合わせてくれたし、それに今日の孤独感は、早く明日になって店で一人でも多くの人と話したいと云う欲望をいやが上にも掻き立ててくれたのだから。
映画を試写室以外でお金をちゃんと払ってみたのは何年ぶりだろ?睡眠時無呼吸症候群の為もあってか、映画館が暗くなって5、6分もすると、ストーンと落ちる様な睡魔に襲われ、そのままラストまで起きなかったと云う体験を繰り返している内に、映画を見に行くのが怖くなってしまったのだ。だから今夜、草薙幸二郎さん主演の店のイベントが終った後、部屋でややこしい帳簿の整理をしている時に、Aちゃんから『六本木ヒルズで映画みない?』とお誘いがあっても、とりあえずお断りした。おまけにその映画と云うのが『NANA』と云う少女漫画を原作にしたロックミュージシャンが主人公の物語と云うのだから断って当然。でも、Aちゃんは粘る。寝てていいから。どうせ部屋にいても後は寝るだけでしょ?しまいには根負けして、目の前にあっても一度も足を踏み入れたことのない六本木ヒルズ内の『バージンシネマ』に、本当に寝るつもりで出かけることになってのだが、何と、何と、俺は一睡もしなかった。いや、出来なかった。四人の主人公の内、顔と名前を知っているのは松田龍平だけ。後の三人とは初対面。名前も知らない。それなのに、グイグイ最初から引きつけられる。別に大きなドラマがある訳じゃない。何処にでもある恋物語だ。でも、それがサスペンス映画の様に描かれて行く。恐らく原作の展開とは違うのだろうけど、これは映画としての構成が秀逸。若い女の子の恋物語で57歳の俺が涙がとまらなくなるなんて、脚本家と監督のテクニックがなければ、ありえないことだからね。こんな機会を作ってくれたAちゃんに感謝!
以前にも書いたけど、作家の頭と飲み屋の親父の頭は両立しない。作家の頭は神経質で、自分の感性に敵対するものは全て許さない。飲み屋の親父の頭は反対におおらかで、あらゆるものを受け入れる構造を持ってないと成立しない。元々作家だったし(売れなかったけど)、飲み屋の親父になってもその残り滓は引きずっているのだろうけど、最近イベントスペースを活性化させる為もあって、作家をやったり、プロデューサーをやったりしていることもあって、頭の中がより作家的になってきてしまって困っている。昨日なんか典型的だ。11月に上演する自分の書いた台本について女優のTさんと議論したことで頭の中が極端に作家的になっていたのか、Lちゃんとは衝突するわ、客とは喧嘩するわ、もう許容度ゼロの世界。帰りの道でヤクザと会っていたら喧嘩して殺されていたかも知れない。うーん、折角飲み屋の親父になったんだから作家なんかしなくていいじゃん?厨房で皿を洗っていると何処からかそんな声が聞こえて来る。どうせ大したものが書ける訳じゃないんだし、飲み屋の親父として人生を全うしたら?……ダヨネ。
今の店を始めて一年半になるけど、客に帰ってくれとレッドカードを出したのは今日が二度目か?レッドカードを出すきっかけは同じ。その客が他の客の迷惑になる行動を取ったり、非難をしたりする時。俺に対してはどんなに馬鹿とかジジイとか云ってもいいけど、他の客に対してブスとか馬鹿とか云ったり、一人で大人しく飲んでいる客に絡んだり、セクハラまがいのことをしたりする客に対しては、とりあえずイエローカードを出し、それでも聞かない場合はレッドカードを出す(いきなりレッドカードの場合もある)今日の客も他の客の飲み方を気取っていると非難したり、他の客の間に割り込んで云って議論をふっかけたり、うるさかったので、もう帰ってくれとレッドカードを出すことになった。金を出して飲むんだからどんな飲み方しようと勝手だろというのは通らない。ウチの店にはウチの店のルールがある。
最近カウンターが結構満員になるので、またイベントスペースにバーコーナーを作ってみた。以前作った時は不評で、すぐ廃止してしまったけど、今回は結構評判がいい。今日も別々に来た女優のTさんと俳優事務所のBさんが俺を真ん中にして座って五時間もいてくれた。三人だけに照明があたり、ちょっと演劇的。その間カウンターの方はLちゃんとTちゃんが仕切っている。二人目当てのお客さんで結構賑わっていると、自分の店じゃなくなった気がして、ちょっぴり寂しくなったりするが、それはそれでいいと自分を納得させる。深夜にB庁ご一行様7人が来店。ここのキャリア官僚Tさんの大好物すき焼をいつもの様にオーダーされる。深夜、ウチの店の無機的なイベントスペースで展開されるすき焼パーティはちょっとシュール。こうしてみると、ウチの店はかなり面白いスペースじゃないか?
六時過ぎに寝たら用がなければお昼過ぎまで寝てても罰はあたらないだろと思うけど、十時過ぎにはトイレに行きたくなって起きてしまう。そうするともう眠れない。だから年寄りは嫌だ。でも、午後の仮眠は至福。今日は一時間ばかり。頭をすっきりさせて六時から『リテイク2』の打ち合わせにのぞむ。11月の公演に向けていよいよ稽古に入るが、これから色々問題が出て来る予感。後は初演出をするMさんに任せるしかない。店は俺が打ち合わせしている間に混みだしている。著名な演出家のHさん、プロデューサーのOさん、俳優事務所社長のAさんとスタッフのTさん、キャスティングプロデューサーのSさん、外務省のAさん、Tちゃんの知り合いのXさん、近所の美人姉妹のAさん、それと昨日日記で紹介したANちゃん。遅くなってからも高校の同級生のU君が取引先の人と、N女子大のK先生が去年卒業したMちゃんと、S酒造メーカー宣伝部のMさんが同僚二人と、近所の中古車ディーラーのSさんが取引先の人と、女優IさんのマネージャーSさんが出版社のMさんと、シナリオ学校の生徒Y君が仲間六人と来店してくれたりして、売上は大して行かなかったけど、まぁまぁ飲み屋の格好はついた。一時過ぎ、お客さんが皆帰って、Lちゃんも久しぶりに早く帰すことが出来て、二時にバルサンを焚いて俺も店を出る。
アンジェリーナちゃんがこのブログに自分のこと書いてと色っぽい目で俺に迫る。うん、書きたいよ。今日だってお店に出てみたらアンジェリーナちゃんが女優のTさん、マネージャーのMさん、劇作家のTさん、プロデューサーのMさん、近所のYさん、そしてLちゃんTちゃんを相手に激烈トークの真っ最中。完全にウチの店のスターだ。こんなアンジェリーナ劇場が毎日の様に続いているんだから、一杯書くことがあったんだけど、今日まで書かなかったのは、アンジェリーナちゃんを「彼」と呼ぶべきか「彼女」と呼ぶべきか分からなかったからだ。それに「彼」と「彼女」の真ん中にいるアンジェリーナちゃんの世界はデリケートだし、俺が書く悪気のない一言が傷つけてしまうことがあるだろうと思うと億劫になってしまっていたのだ。でも、今日からはANちゃんと呼んでこの日記に登場させよう。ANちゃんが帰った後、トークの中心になったのは昨日も来た脚本家のNさん。今日はTちゃんのお友達のAちゃんが遅くまで残ってくれたので、Nさんのトーク満開。みんなが帰った後もトークが続いていたので、もう終わりだと店を閉めてTちゃんAちゃんと一緒に西麻布へ移動。食べながら飲みながらNさんのトークショーが終ったのは朝五時半だった。
後輩数人を引き連れて突然現れたベテランタイムキーパーのIさんの顔をカウンター越しに見ていたら、彼女の妹のTさんと恋をして、それがきっかけで最初の離婚をしたものの、Tさんとは結局結ばれずに終った三十年近く昔のホロ苦い思い出が甦って来た。会社の同僚を連れて来てくれたI君は、俺の高校のクラスメイトの子息。彼と父親の話題で盛り上がっていると、俺が高校時代に彼の父親と出会った時から今日に至るまでの四十年の歳月が走馬灯のように頭の中を駆けめぐる。近所の常連Mちゃんに興味を持ったのか、三時過ぎまで残って話し続ける脚本家のNさんとは、彼がデビューした25年以上も前からつきあいだけど、こんな風に一人の女の子を真ん中に新宿の安い飲み屋で話した夜のことがデジャブの様に浮かび上がる。時は流れる。二十年、三十年、四十年が瞬く間に流れる。乃木坂の地下の穴倉で今夜俺は自分の人生をダイジェストで見た。
五日間にわたった『アブレボ』公演が終った。前日リハもいれてこの六日間、気づいてみれば部屋でちゃんとした食事を取らなかった気がする。睡眠時間が多い時で五時間、少ない時は二時間で飛び起きて店に自転車を飛ばす。音響を含めたいくつかのトラブルがあったし、その処理やマチネ公演の準備に時間を取られた為、そのまま店でコンビニのおにぎりやサンドイッチを食べるのが第一食。第二食は他の公演の打ち合わせを兼ねての外食や店でパスタかカレーを食べるか。日によっては忙しくて忘れていたこともあった。第三食は深夜のファミレスか千成ラーメンか部屋に帰ってのカップ麺。不健康ここに極まり、桃井章の食生活とはとても思えない。でも、その引き換えに想像以上の売上。今の俺にとってお金はビタミン剤かカンフル剤だから体は別に異常がないけど、やっぱり食事は桃井章らしくちゃんと取らないと。それと睡眠。一日最低五時間はね。今日後片付けが終った後、ずっと休みがなかったTちゃんの慰労も兼ねて六本木の安い寿司屋から西麻布のバーに流れて飲んでいる間に、半分眠りながら話している自分に気づく。まだ飲み足りなそうなTちゃんと別れてベッドに入る前にソファで爆睡。ラジオから聞こえて来る選挙速報がいい子守歌だ。
今日もまた『アブレボ』公演が昼夜二回ある為,十一時に店へ。二回共70人近い入りで会場はぎっしり超満員。ウチにお金が入るのは嬉しいけど、こんなに動員力があるんだったら本当の劇場を借りた方がいいんじゃないかと思ってしまう。夕方一旦引き上げるが、N女子大のK先生が今から四十人で行くと電話があった為、急遽店へ。結局は20数人だったけど、芝居の客とスタッフがかなり残っていたので、会場設定に慌てる。終ったのは二時。明日も十時に店かと思うと少し気が重くなりながらチャリを漕ぐ。