「那珂川清流鉄道保存会」のもう一つの目玉は「国鉄10形蒸気機関車」、というより「クラウス」と言った方が知られていると思います。
ここで動態保存されている「17号機」は明治22年(1889年)当時のプロイセン王国で製造・製番:2213。門司に本社のあった九州鉄道で活躍したのち、1925年に建設工事用に東急東横線の前身の「東京横浜電鉄」に譲渡された。東横線工事完成後の1931年(昭和6年)に留萠鉄道に譲渡され、北海道沼田町の明治鉱業昭和鉱業所専用鉄道で、1969年(昭和44年)の閉山まで石炭輸送に使用された。留萠鉄道の廃線後は大井川鐡道で構内運転されたりした後、1970年の大阪万博や「遠野・万世の里」などを経て今の「那珂川清流鉄道」に至る130余年にわたる歴史があります。(この項Wikipediaから)
建屋が狭かったのでチョッと窮屈さは否めませんが、走り装置もよく手入れされ、火さえ入れれば今にも走り出しそうな雰囲気でした


Wikiで知った絵本の「はしれクラウス」は図書館で借りました。

「はしれクラウス」
ふじさわともいち・え
かんべじゅんきち・ぶん
1971年10月/金の星社刊
ほぼ史実のとおりに、丁寧な筆致で描かれていました
ここで動態保存されている「17号機」は明治22年(1889年)当時のプロイセン王国で製造・製番:2213。門司に本社のあった九州鉄道で活躍したのち、1925年に建設工事用に東急東横線の前身の「東京横浜電鉄」に譲渡された。東横線工事完成後の1931年(昭和6年)に留萠鉄道に譲渡され、北海道沼田町の明治鉱業昭和鉱業所専用鉄道で、1969年(昭和44年)の閉山まで石炭輸送に使用された。留萠鉄道の廃線後は大井川鐡道で構内運転されたりした後、1970年の大阪万博や「遠野・万世の里」などを経て今の「那珂川清流鉄道」に至る130余年にわたる歴史があります。(この項Wikipediaから)
建屋が狭かったのでチョッと窮屈さは否めませんが、走り装置もよく手入れされ、火さえ入れれば今にも走り出しそうな雰囲気でした



Wikiで知った絵本の「はしれクラウス」は図書館で借りました。

「はしれクラウス」
ふじさわともいち・え
かんべじゅんきち・ぶん
1971年10月/金の星社刊
ほぼ史実のとおりに、丁寧な筆致で描かれていました
