今日・立冬の東京は晴れ
いまは金曜日がお休みなので、行列のできるので有名な日本橋室町の天丼屋さんへ開店時刻よりチョッと前にいったのですが、ン十人の大行列を目にして、、、「こちとら江戸っ子でぇぃ(私で三代目)。天丼なんて並んでまで食うもんじゃねぇやい」と負け惜しみをいいながら、日本橋がダメなら人形町があるさと、甘酒横丁あたりを目指してテクテク
甘酒横丁の界隈は古くからのお店も多く、こちらの喫茶店は大正8年(1919年)の創業

看板にある『喫茶去(きっさこ)』とは 禅の言葉で『お茶を一服如何ですか』というような意味で「去は強調の助辞」のこととものの本にありますが、中国は唐代の禅僧・趙州の禅問答に出てくる言葉で、貧富貴賤の別なく無心に客に茶を供する心を述べているそうです。
にぎやかな表通りから一本裏手を歩いてみたら目に入った「ビフかつれつ 下町の洋食や 目の前でお作りします」ののぼりに惹かれて角を曲がった先の こじんまりとした白木のカウンターの洋食屋さん「そよいち」
さっくり揚がった薄めの衣の中は 中心はほんのりピンクの関東では少数派のビフかつ
カウンター上にはマスタードの他に、ウスター、中濃、醤油に塩と選べるのもいいですね
お値段も安くはないですが、味はなかなかのもの。 家に帰ってネットで調べてみたら、どういう事情かは分かりませんが、人形町の老舗洋食屋さんで有名な「〇ラク」の料理を作っていたおばさんやスタッフ全員が2008年開店の今のそよいち(旧店名「そときち」)に移ったとか。。。
ちなみに田崎真也さんが、人形町の洋食の店として「絶賛」していたのは、この旧メンバーがいらした頃だそうです。
人形町から甘酒横丁を冷やかしながら浜町公園から堤防を越え、隅田川に沿って川岸をテクテク
新大橋の下を観光船が通っていきます。 隅田川もずいぶん綺麗になったもんですね~ 

上を首都高9号深川線とともに架かる隅田川大橋の下から下流を見ると、永代橋の先に見える石川島・大川端リバーサイドの高層住宅群

民間で日本初の洋式造船所がつくられた石川島は、昔は佃島とは独立した島でしたが、伊能忠敬江戸実測図(1817年)では一体となっており、かつての造船所跡は高層住宅群となっていますが、川一つ隔てた越中島では化学物質による土壌汚染が建替え工事に伴って撒き散らされたと 住民が公害調整委に申し立てを行っているとのニュースもあります。
さて 川の上流の方から石川島へと渡る橋が「中央大橋」

橋の中ほどから上流を振り返ると 永代橋の向こうにスカイツリーが綺麗です
リバーサイドの高層住宅群を抜けるとそこは昔ながらの月島の住宅街

路地で見上げると 洗濯ものが空を覆っています
佃島の守り神 住吉神社の界隈は、大川端リバーサイドから来ると、時間が止まったようでした






いまは金曜日がお休みなので、行列のできるので有名な日本橋室町の天丼屋さんへ開店時刻よりチョッと前にいったのですが、ン十人の大行列を目にして、、、「こちとら江戸っ子でぇぃ(私で三代目)。天丼なんて並んでまで食うもんじゃねぇやい」と負け惜しみをいいながら、日本橋がダメなら人形町があるさと、甘酒横丁あたりを目指してテクテク

甘酒横丁の界隈は古くからのお店も多く、こちらの喫茶店は大正8年(1919年)の創業


看板にある『喫茶去(きっさこ)』とは 禅の言葉で『お茶を一服如何ですか』というような意味で「去は強調の助辞」のこととものの本にありますが、中国は唐代の禅僧・趙州の禅問答に出てくる言葉で、貧富貴賤の別なく無心に客に茶を供する心を述べているそうです。
にぎやかな表通りから一本裏手を歩いてみたら目に入った「ビフかつれつ 下町の洋食や 目の前でお作りします」ののぼりに惹かれて角を曲がった先の こじんまりとした白木のカウンターの洋食屋さん「そよいち」
「看板」の「ビーフカツ・ハーフ」をお願いしました 

向かいのビルの反射光がスポットライトみたい


向かいのビルの反射光がスポットライトみたい

さっくり揚がった薄めの衣の中は 中心はほんのりピンクの関東では少数派のビフかつ

カウンター上にはマスタードの他に、ウスター、中濃、醤油に塩と選べるのもいいですね

お値段も安くはないですが、味はなかなかのもの。 家に帰ってネットで調べてみたら、どういう事情かは分かりませんが、人形町の老舗洋食屋さんで有名な「〇ラク」の料理を作っていたおばさんやスタッフ全員が2008年開店の今のそよいち(旧店名「そときち」)に移ったとか。。。
ちなみに田崎真也さんが、人形町の洋食の店として「絶賛」していたのは、この旧メンバーがいらした頃だそうです。
人形町から甘酒横丁を冷やかしながら浜町公園から堤防を越え、隅田川に沿って川岸をテクテク



少し下ったところに ないやら怪しげなランチが2艘… 


日本橋消防署浜町出張所の消防艇でした
遠くに スカイツリーが見えます
さらに下ったところに架かる「清洲橋」

関東大震災の震災復興事業として、永代橋と共に計画された橋で、ケルンにあった大吊り橋をモデルにした優美な曲線です 


日本橋消防署浜町出張所の消防艇でした

遠くに スカイツリーが見えます

さらに下ったところに架かる「清洲橋」


上を首都高9号深川線とともに架かる隅田川大橋の下から下流を見ると、永代橋の先に見える石川島・大川端リバーサイドの高層住宅群

民間で日本初の洋式造船所がつくられた石川島は、昔は佃島とは独立した島でしたが、伊能忠敬江戸実測図(1817年)では一体となっており、かつての造船所跡は高層住宅群となっていますが、川一つ隔てた越中島では化学物質による土壌汚染が建替え工事に伴って撒き散らされたと 住民が公害調整委に申し立てを行っているとのニュースもあります。

さて 川の上流の方から石川島へと渡る橋が「中央大橋」

橋の中ほどから上流を振り返ると 永代橋の向こうにスカイツリーが綺麗です

リバーサイドの高層住宅群を抜けるとそこは昔ながらの月島の住宅街

路地で見上げると 洗濯ものが空を覆っています

佃島の守り神 住吉神社の界隈は、大川端リバーサイドから来ると、時間が止まったようでした





