徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

続・現世太極伝(第百二十話 忍び寄る光と影)

2007-05-08 17:53:17 | 夢の中のお話 『続・現世太極伝』
 何が起こったのだろう…?
攻撃した方も…された方も…理解し難い現象に戸惑いを隠せなかった…。
マーキスの放った巨大な念の砲弾が、滝川を捉えようとするその一瞬に、突如、消滅してしまった…。

何事もなく無事であることに…滝川はかえって困惑した…。
犠牲を覚悟して反撃に出るしかない…と判断した刹那の出来事だった…。

 消えた砲弾…その代わりに…滝川の前には小さな吾蘭が居た…。
マーキスの方をじっと見つめて立つ吾蘭の背中には…小さなグレーの羽がふたつ…。
滝川の眼にも…はっきりと見える。

 「アラン…どうして…? 」

ふと…あたりを見回すと…いつの間にか巨大な空間が出来上がっている…。
使い分けのできなくなった滝川の眼にエナジーの壁が鮮明に映る…。

 「先生…思いっきり暴れてもいいよ…。 
あちらこちらから…どんどん能力者のエナジーが送られてきてる。
太極たちも力を貸してくれるって…。 」

近くでノエルの声がした。

太極が…?
太極が何で…僕に力を…?

 「また…おまえか…。 」

壁の向こうで呆れたような西沢の溜息が聞こえた。
頑強なエナジーの壁を難なく通り抜けて姿を現した。

 「おとうたん! 」

吾蘭が嬉しそうに西沢を呼ぶ…。

その姿をマーキスは茫然と見ていた。

どこから現れたんだ…このちび助は…?
何でここに居るんだ…?

 「アラン…おてちゅだい…ちた…。 」

力強く抱え上げてくれた西沢に…無邪気に手柄を報告した…。

 「そう…アランがやったの…。 お手伝いありがとう…。
でも…危ないから…ひとりで前に出ちゃだめだよ…。 」

西沢は微笑みながら吾蘭に語りかける…。
大好きな父親の言葉に…吾蘭は素直にうんうんと頷いた…。

 「恭介…僕と同じだ…。 」

西沢が半ば切なげに…滝川に言った。

引き継がれる…滅のエナジー…。
滝川の脳裏にそんな言葉が浮かんだ。

 「ごく稀…だと聞いていたのにな…。
生まれながらに…この力を持つ者は…。 」

西沢の唇から再び溜息が漏れた。

 「アランにも…何れ…見張りがつくということか…? 」

滝川が忌々しげに訊ねた。

 「アランには…僕等が居るから…始終付き纏われることはないけど…。
ある程度は行動を制限されるだろうね…。 」

それを聞いて滝川は憤慨した。

気の毒に…親子二代に亘って…監視つきの生活かよ…。

 「力なんかない方が…かえって幸せかもな…。
おまえも…だぜ…HISTORIANの坊や…。 
なんつったかな…名前…? 」

滝川が突然、マーキスに憐れむような眼を向けた。

何を…言ってるんだ…こいつら…。

マーキスは西沢と滝川の顔を代わる代わる見た。

 「マーキス…マーキス・ラプラス…。 」

聞いたか…ラプラス…だって…さ…。

ラプラス…ねぇ…。

 「馬鹿にしてんのか…おまえら…!
さっきから聞いてりゃ…わけの分からんことばかり…。

いったい今のは…なんだったんだ!? 」

マーキスの放ったエナジーが消えた理由…。
以前にも西沢がエナジーを吸収してしまうのを見た。

けれど…今のは…。

あの時…西沢は…まだ…そこには来ていなかった…。
エナジーが消えた後に現れたのだ…。
その場に居たのは小さな男の子…。

今…西沢の腕に抱かれている…西沢の息子…吾蘭。

マーキス…。

その…吾蘭が口を開いた…。

マーキス・ラプラス…。

おまえにその力があるのなら…今一度…時を遡ってみるがいい…。
アカシック・レコードに記された…過ちの歴史を…おまえ自身で確かめてみることだ…。

幼児の口調ではない…。

王弟…?

背筋に冷たいものが走る…。

吾蘭…王弟の記憶を持つ子供…。
その記憶を消去するために…何度…誘拐を試みたことか…。

消さねばならぬ…その記憶は…邪魔なのだ…。

マーキス…何を怖れる…?
我は最早…記憶に過ぎぬものを…。

記憶…ただの記憶なら怖るるに足らず…。
王弟の記憶は…組み込まれたプログラム…何れは我等を脅かす…。
幾度となく…首座から聞かされた言葉…。

消えろっ!

 マーキスは突如、吾蘭目掛けて攻撃を再開した。
無論、西沢が傍に居る限り、吾蘭には引っ掻き傷すら負わせることはできない。
それでも…吾蘭を狙えば…西沢の神経を逆なですることはできる…。

 繰り返し繰り返し…執拗に…吾蘭を攻撃する…。
際限なく放たれるエナジーの矢を、幼い吾蘭に代わって難なく吸収していた西沢の表情にも、やがて苛立ちが見え始めた…。 

西沢の背中に浮かび上がる漆黒の翼…。
それはすでにゆっくりと羽ばたいている…。

 「紫苑…抑えろ…! こいつは怯えているだけだ…。
アランを抱いたまま…焔を出すなよ…! 」

慌てて滝川が呼びかけた。
西沢の表情は見えなくても翼だけははっきりと見える…。

そう簡単に歯止めが効かなくなるような奴じゃないんだが…。

不審げに西沢の様子を窺う。
翼の動きだけで西沢の感情の動きを判断するのは難しい…。
西沢の腕の中で小さな翼が連動するように羽ばたいている…。

何かに…呼応している…?

苛立ちはあっても…怒気は感じられない…。
切れて抑制力を失っているというわけではなさそうだ…。

何が紫苑の翼を目覚めさせたんだろう…?
力を貸してくれる…とノエルが言っていたが…太極…だろうか…?

 滝川は急いで太極の気配を探った…。
けれども…その気配は…ノエルの作った空間壁に集まってきている巨大なエナジーたちの気配に紛れて区別がつかなくなってしまっていた…。



 西沢が滝川の居る特別な部屋…に向かった後、仲根は残っているスタッフを松村に任せて、スタジオ内を調べて回った…。
最初に気配を感じた…HISTORIAN以外に…この建物の中に入り込んでいる敵が居ないかどうか…。

 相手も能力者集団だから…誰にも気付かれないように気配を消して潜入することも有り得る…。 
しかし幸いにも…それらしき者が潜入した形跡は何処にもなかった…。

 敵がひとりきりだということに安堵して…仲根はもとの部屋に戻ろうとした…。
扉に手をかけて…何気なく店舗側に眼を向けた瞬間…心臓が高鳴った。

 建物の窓や扉など外に通じるガラス張りの部分から、何やら、揺らめくような光が侵入してくる…。
太陽の光…などではない…。
その光は意思を持つかのように、するすると建物の内部に入り込み、特別な部屋を目指して移動していく…。

 光は目的の場所に向かいながらじわじわと膨張し…建物のありとあらゆるところから溢れ出しそうに満ちていく…。
やがて、扉の向こうに残るスタッフたちを、得体の知れないものから護ろうとして、部屋の前に立ちはだかる仲根をも中に取り込んでしまった。

 不思議な光に包まれたその時…仲根は…全身から力が抜けていくのを覚えた…。
決して不快ではない…。
それどころか…ほのかに温かく柔らかく…何処かしら懐かしささえ感じられる…。
どちらかと言えば…穏やかで気分がいい…。

いかん…眠ってしまう…。

何とか光の外へ抜け出そうと試みたが…手も足も囚われたように自由が利かず…扉の前からは一歩も動くことができなかった…。
 


いつまでも煩いな…。

放たれるマーキスのエナジーの矢や砲弾を黙って吸収し続けていた西沢が…不意にそう呟いた…。

 「恭介…少し…お仕置きしてもいいか…? 」

そんなことを言い出した…。

 「だめ! おまえはアランを庇ってるだけでいいの…! 」

滝川がそれを制した。

ほんのちょっと…ちょっとだけだよぉ…。

西沢の口許に…悪戯っぽい笑みが浮かぶ…。

 「だめだったら…だめ! おまえのちょっとは…ちょっとじゃ済まねぇんだから! 」

こんなふうに西沢が子供っぽいことを言い出すのは…すでに苛々が怒りに変わりつつある証拠…。

 「大丈夫だよ…。 殺しゃしないから…。 手加減するよ…。 」

その言葉が終わるか終わらないか…不味いことに…焦れてきたマーキスが特大の砲弾をぶっ放した…。

西沢はそれを吸収せず…叩き返した…。
滝川が…あっと思った瞬間…それをもろに受けたマーキスの身体が吹っ飛んだ…。

どこが…手加減だ…。

滝川の顔が引きつった…。

 「だめだったら…紫苑! 子供相手に本気を出すな! 」

本気じゃねぇし…。
ねぇ…アラン…。

西沢は吾蘭に笑いかけながら可笑しそうに言った。

 「マーキス…大丈夫か…? 怪我しなかったか…? 」

倒れたまま動かない少年に滝川は不安げに声をかけた。
返事がない…。

ありゃりゃ…のびちゃったかな…?

滝川は慌てて傍に駆け寄った。
状態を診ようと手を伸ばした途端…マーキスの矢が滝川に向けられた。
至近距離から放たれた矢は滝川の額を貫いた…。

 「見たか…西沢…! これでおまえもおしまいだ…! 」

滝川の身体が崩れ落ちるのをはっきりと目の当りにしたマーキスは、高らかに勝利を宣言した。

そう…抑制装置を失った西沢は…暴走を止められない…。
宗主に殺されるのが先か…世の中を破壊し尽くすのが先か…。

 「恭介…馬鹿やってないで…起きろ…。 」

西沢の冷めた声が、マーキスの耳を突き刺した。

何を言ってるんだ…こいつ…?
起きられるわけが…ないだろう…?

倒れているはずの滝川の方に眼を向けると…片手で頭部を押さえながら…ゆっくりと身体を起こした…。

 「効いた…。 マジ…効いた…。 」

額に衝撃を受けたせいで…ぼんやりとはしているが…それほどのダメージを受けてはいないようだ…。

 「不意打ちはないぜ…坊や…。 」

ふらふらしながら立ち上がった滝川を見て…マーキスは凍りついた…。

化け物か…。

首座兄弟が消えた今…HISTORIANの中では右に並ぶもののない能力を誇る最高指導者…マーキス…。
その力が…まったく通用しない…。

何故だ…!

有り得ない…。
こんなこと…有り得るはずがない…。

パニックに陥っているマーキスを見て…滝川はひどく危険なものを感じた…。
西沢も真顔に戻って…うろたえる少年の様子を窺っている…。

少年の中で…何かが崩壊を始めた…。







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