帰脾湯(きひとう)と漢方トランキライザー
心神が犯され、脾(胃腸)が障害を受け、生理不順が起こるタイプ
心脾両虚(しんぴりょうきょ)とは?
中国漢方医学では心は神を蔵し、脾は気血生化の源、思を主り、血が血管外へ漏れるのを防ぐ統血作用をもつとされます。
過剰な精神的刺激によってまず心神が犯され、思慮過度(くよくよ思い悩む)や過労により心脾が傷害されると、脾気虚により食欲不振、倦怠感、脘腹の張満、下痢などが出現し、生化の源です脾虚により、気血不足となり、心血不足になる。心血が消耗すれば、心神が不安定になり、驚悸(物事に驚きやすく動悸がする)心悸怔 忡 (持続性の動悸)、不眠、多夢、健忘、不安が生じる。これらは中国医学で心神不寧(しんしんふねい)といわれます。
気血不足のために、顔色は萎黄(くすんだ黄色)で無華(艶がない)です。舌質は淡、苔は一般に薄く、脈は細です。発熱を起こすこともあります。気虚発熱の病理は脾気虚(ひききょ)が生じると、その結果、津液(しんえき)(体液と考えていいでしょう)が生成不足になり、陽気(ようき)を制御する陰(いん)に属する津液の不足によって、陽気が外表に広がって発熱をきたすとする説と、脾気が弱ると清陽不升(せいようふしょう)といい、陽気が上昇できなくなり、郁滞(うったい)する結果、やがては発熱をきたすという説が有力です。
脾気虚弱になると、統血作用が損なわれ、皮下出血、血便、吐血などの出血傾向が生じます。月経を主る衝脈でも同じような出血傾向が生じ、不正性器出血、過多月経、月経先期(月経周期の短縮)、経期延長などが起こります。血虚のために生理血は淡色で希薄です。脾虚による水湿の運化が生じると、内湿や痰のような津液の病理産物が生じやすくなり、湿濁は帯下の原因になる。このように女性にとって面倒な様々な症状を呈します。
帰脾湯(きひとう)宋代「済生方」明代「校中婦人良方」の組成
茯神 酸棗仁 遠志 竜眼肉 白朮 黄耆 人参 木香 当帰 炙甘草
赤は温薬 緑は平薬です。元法では大棗 生姜と水煎服用します。
全体として「温」の性質を持つ方剤です。
茯神 酸棗仁 遠志の三生薬が養心安神剤です。遠志は心腎を交通させ心神を安定させる働きの定志寧神作用があります。
甘温の白朮 黄耆 人参 大棗により益気健脾し、当帰で肝血を養い心血を生じさせ、甘草は諸薬を調和すると共に健脾に働きます。木香は益気補血剤の滋?を防止し、理気醒脾に働きます。竜眼肉には補気作用と補血作用があり、帰経は心と脾です。補心作用は不眠症に対して養心安神に働き、補脾作用は消化不良、軟便などの脾気虚に用いられます。
帰脾湯の名前の意味
神智思意は火土合徳という考えがあります。心は神を蔵し、思を用し、脾は智を蔵し、意を出(いず)るとする考えです。五行学説では心は火、脾は土で、心を母とすれば脾は子であり、母病及子、子病及母の関係にあります。心神が犯されれば脾にも影響が生じ、脾が障害を受ければ心神も不安定になるのです。大原則として、脾は後天の元、気血生化の元により、心神不寧をきたす心血不足などは、肝血不足が原因であり、その基本的な病理は脾虚による気血生化の低下に帰すという考えです。
加味帰脾湯(かみきひとう)とは?
帰脾湯に疏肝理気剤の柴胡(さいこ)と三焦の清熱剤です山梔子(さんしし)を加味したもので、日本のエキス剤には帰脾湯が無く、加味帰脾湯のみです。
七情内傷はすべての臓腑の気機失調を起こし、気は血の帥(すい)、血は気の母(気は血を生み、巡らせ、血は気を養う)ですから気血の動きが乱れる。
中国医学には「鬱即気滞、気滞久必化熱」(鬱は気滞を起こし、気滞が長引けば必ず火と化す)の考えがあります。
心脾両虚の帰脾湯証に肝鬱(肝郁)化火の証:口苦、怒りっぽい、いらいら、吐血、鼻出血、眼球結膜の充血、胸脇部の痛みなどがある場合に用いられる。柴胡 山梔子は涼寒薬ですから、冷えを伴う場合には、帰脾湯証がある程度そろっていても不適です。
帰脾湯証を西洋薬で治療するとなれば、、
心神不寧の驚悸(物事に驚きやすく動悸がする)心気怔 忡 (持続性の動悸)、不安などにはマイナートランキライザー、不眠には睡眠導入剤や睡眠維持剤、食欲不振、脘腹の張満、下痢などの消化器症状には胃炎薬、胃腸運動改善剤、倦怠感には総合ビタミン剤などになるのが常です。うつ病に対する抗うつ剤も考慮されます。気虚発熱に対しては解熱剤の頓服、脾不統血による皮下出血、血便、吐血などの出血傾向には血管系の止血剤、不正性器出血、過多月経、月経先期(月経周期の短縮)、経期延長などは婦人科での増血剤やホルモン治療になることが多いでしょう。
患者さんは一般内科、心療内科、神経内科、婦人科と多くの科を併診することになります。各科の横の連携がなされていないと治療費、治療期間ともに耐えられないものになる恐れがあります。
帰脾湯中に含まれる生薬
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人参:(大補元気 補脾益肺 生津止渇 安神増智)
抗疲労作用、疲労回復作用、抗ストレス作用に優れる
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黄耆(おうぎ):(補気昇陽 益衛固表 托毒生肌 利水消腫)
人参と共に優れた補気作用を持ち、生血、補気摂血に働き出血傾向を改善する
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当帰(とうき)(補血止痛、活血止痛、潤腸)
補血養血の要薬とされ、肝血を補い以って心血を補し心神不寧を改善する
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茯神(ぶくしん)(寧神安神)
茯苓(ぶくりょう)の最中心部、安神作用に優れ、睡眠障害、不安に効果がある
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酸棗仁(さんそうにん):(養心安神)
心肝血虚の不眠症などに特に効果があり、盗汗、自汗にも有効である
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竜眼肉(りゅうがんにく):(補心脾、益気血、養心安神)
補気養血作用に優れ、心脾を益し、以って心神不寧を改善する
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遠志(おんじ):(寧心安神、祛痰開竅)
温性の唯一の安神薬である。抑鬱状態の改善に優れ、心腎不交の不眠に用いられる。古くより怪痰の痰を消す作用があるとされる。
(温性なので胃熱がある場合は不適)
続く、、