五積散(ごしゃくさん)の位置づけ、附子湯との比較
エキス剤として五積散があるせいか、冷え性に対して五積散が処方されている例を見かける。メーカーの効能、適応症には、慢性に経過し、症状の激しくない次の諸症、胃腸炎 腰痛 神経痛 月経痛 頭痛 冷え性 更年期障害 感冒が適応症であると記載されている。いささか何の目的に五積散を使うのか明確でない。漢方の初学者なら迷ってしまうだろう。
五積散は、宋代中国の医学書「和剤局方」に収載された方剤であり、日本漢方の使い方として、冷たい飲食物の取りすぎや、冷房など寒冷の環境のために、食欲不振、悪心、上腹部の不快感、下痢などの胃腸炎や、下半身の冷え、腰痛、神経痛、関節痛、月経痛など、或いは発熱、頭痛、悪寒などの感冒や冷え性に用いられる。こうした日本での五積散の使われ方を生理してみると、「寒」がメインとなる諸症ということになるが、、
忘れてならないのは「湿」の関与である。冬場の上海などでは寒冷と共に「湿度」が非常に高い感じを受ける。10日間ぐらい冬場の上海に滞在すると、腰痛や背部筋肉痛、下肢の神経筋肉の鈍痛、手足の冷えに加え、腹具合が悪くなり軟便傾向も出現してくる。こうした「寒湿」に五積散は有効であると思われる。
五積散(ごしゃくさん)宋代「和剤局方」
組成は
白芷 川芎 炙甘草 茯苓 当帰 肉桂 白芍 半夏 陳皮 枳壳 麻黄
?朮 桔梗 干姜 厚朴
とかなり多数の生薬からなっており、その目的とする方意(ほうい)がつかみにくい方剤である。赤は温薬、ブルーは涼寒薬、グリーンは平薬である。
その命名の由来から論を進めると、「寒 湿 気 血 痰」の五積に対処するもので「五積散」と名づけられている。清書には発汗解表の麻黄 白芷と温里散寒の干姜 肉桂が君薬としているが、実際の臨床では発汗を目的にする場合は少ないようだ。麻黄は発汗解表剤とされているが、私たちの経験では、心臓が弱い場合で附子を使いにくい場合に、代わりに同じく温薬である麻黄を利水(辛温)鎮痛の目的で使用する場合がある。いずれにしても、麻黄 白芷 干姜 肉桂の組合わせで表裏内外の寒邪を除くと理解できる。
?朮は燥湿健脾 祛風除湿 発汗解表に働き、特に燥湿健脾作用が強い。湿因中焦症の吐き気、食欲低下、だるい、やる気低下、ねばり舌などに効果がある。?朮は痰飲、温湿、寒湿による痹症にも用いられる。湿熱邪に関係する痹症(ひしょう:関節や筋肉の痛み)や痿症(いしょう:痹症からの筋肉の無力)に対しての二妙散(?朮、黄柏)三妙散(加 牛膝)四妙散(+薏苡仁)は有名な方剤である。余談であるが??には明目作用があり、夜盲症に効果があるとされ、中国では羊肉とスープ にして服用する。VitAが含有されていることが判明している。
さて、五積散中の?朮と厚朴は燥湿健脾に働き、湿邪を除く。厚朴は、?朮と異なり行気作用が強い。三焦の気滞に広く用いられており、特に中焦の気滞に効果がある。厚朴は水腫による喘息、食欲低下、食後の胃部膨満感にも有効である。??には厚朴のような降逆平喘作用は無いといえる。?朮と厚朴を一緒に使用することによって、行気、燥湿の作用になる。
陳皮 半夏は理気化痰に作用し、茯苓は利水滲湿に働く。当帰 川芎 白芍は四物湯のうちの3薬であり養血活血に働く。炙甘草は和中健脾に働く。枳壳と桔梗は下降、上行の気機の対薬である。以上を総合して、寒 湿 痰 血 気の滞りを改善するとある。
白芍 炙甘草の配合は芍薬甘草湯であり、酸甘化陰により陰液を保護して止痙鎮痛に働く。
こうして五積散に含まれる生薬の組合わせを解析していけば、寒邪によって生じる寒・湿・気・血・痰の五積を解消する目的でこの方剤が組み立てられたと理解できるが、
実際の臨床では何を基準にして処方するのかというと、その具体例がなかなか思いつかない。冒頭に述べた、単純な症例モデルとして、寒湿が慢性化し気血失調をもたらした症例に使用すると私は考える。つまり患者は四肢、特に下肢の冷えや冷えによる腹痛、あるいは関節痛などが慢性化していると訴えている。舌は寒湿内盛のためにやや青みがかっており、苔は白?である。慢性の中焦虚寒証である下痢などが見られる。気滞や気逆の証である腹満感や嘔気がある。女性では、血淤証である生理痛とくに血塊が月経血に混じるような場合も存在する。このような症例に五積散を用いるイメージが湧く。
附子湯との比較
附子湯(ぶしとう) 漢代「傷寒論」
組成は真武湯の附子、白?を倍量にして、生姜を人参に変えたもので、茯苓 白朮 附子 人参 白芍である。傷寒論原文には、附子湯証として、口中和(少陽病でも陽明病でもないことを意味する)、手足冷、身痛、骨節痛、背悪寒、脈沈細、舌苔白滑とあり、少陰身痛証の骨節の痛みに附子湯を使用すべきとある。
「温陽益気」「除寒湿止痛」が効能であり、附子の温経散寒止痛作用、白朮の健脾利水作用を強化し、人参を加えることにより補益の作用を加えたものであると理解できる。嘔吐、下痢などの消化管の症状の指示は無く、四肢、骨節(関節)の水滞と冷えと疼痛に用いるように指示されている。つまり、陽気不足、浮腫、関節痛を伴う冷えに効果がある。
私自身の経験では
寒冷多湿の上海から正月休みに帰国してくると、手足の冷えはもちろんのこと、膝や大腿部、背部の鈍痛にいつものように悩まされる。下痢はあったりなかったりするが、いろいろ方薬を試してみたところ、冷えと関節痛に即効性があるのが附子湯であり、穏やかに作用してくるのが五積散で、軟便傾向も改善するような気がする。すこし風寒傾向(カゼひき傾向)がある場合には、桂枝加朮附湯がいいようであり、背部筋肉痛がある場合には葛根加朮附湯が私の体質に合っているようである。
続く、、