千字のおもい


徒然のことを千字を超えずに載せていきます。

孤独 ?

2018年10月30日 | 徒然の記

「世界的に広がる孤独の脅威」という見出しの小論を読んだ。

米国人の調査というが、時々、あるいは常に孤独を感じる人は50%に近いという件があった。
振り返った時、自分はそれに該当すると思う。
社会人として現職にあるときは、いくつかのチームに所属しながら仕事を進めている。そこに多くの人と繋がりを持ってきた。
一線を退いた今、その濃密さは薄れている。

月2回の麻雀、月1回の俳句会、極々まれな昔の仲間との茶飲み会が会話のある交流である。
その他、ほぼ毎日のスーパーの買い物、週1~2回のカフェでの珈琲タイム、月2~3回の日帰り温泉など人と接している。

妻が逝った今、日常的な話し相手の居ないことに孤独を覚えることがある。
ありし日の妻を思いだしてつらくなる時がある。これが心の病?

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今日はトレーニングセンターへ

2018年10月28日 | 徒然の記

腰痛や痺れの悪化防止と体力の維持のため、自宅でのストレッチと散歩を含めた歩行を毎日するようにしている。

天気の悪い日や気分転換に自宅近くの温水プールで運動をすることがある。
市営の温水プールだがトレーニングルームもありトレーニングマシンが設置されている。時間制限なく240円で使用できるので気軽に利用することができる。
腰痛にはプール内の歩行が有効だと聞くが、昔から泳げないのでプールは入らずにトレーニングマシンで1時間ほど運動するのが普通だ。
今日は気分転換も兼ねてトレーニングルームを利用した。バイスクルに20分、ランニングマシンに(ランニングでなく歩行である)20分、その他マシンとストレッチに30分ほど費やしてきた。

歩行や立ち姿勢の時、痺れがひどく長い時間維持できないのが情けない。休むことで回復はするのだが。

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機種変更四苦八苦

2018年10月26日 | 徒然の記

使用中のスマホのバッテリー疲弊が激しくすぐ電源切れの状態になる。使用不能になったら電話帳などの各種データーが紛失するので買い換えることにした。
同じアンドロイドのスマホで大判の最新機種にした。

旧スマホのデーターとアプリの一部はショップで移動してくれたが従来と同じ使い勝手にするために自分で設定する部分も結構多い。

以前は機器を購入すると取扱説明書として書籍が添付されていたが、今は取説といってデジタル化して購入した機種に保存されている。
書籍であれば傍線を引いたり立ち戻って読み返したりできるが、デジタルはそれができない。そして目が疲れる。

旧スマホと同じように使うために試行錯誤しながら、またはショップに電話で質問しながらの作業となった。以前と同じような使い勝手にするために丸々3日間かかった。

最新機種にした分、旧スマホより便利な使い勝手になっているのがうれしい。

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遺影から位牌へ

2018年10月24日 | 徒然の記

般若心経を毎日唱えるようにしているが、今朝、般若心経を唱えた後に、妻の遺影でなく位牌に向って話しかけて居ることに気づいた。
今までは唱える前と後に線香を灯し「おはよう」とか「今日すること」など話しかけていたのは妻の遺影に向かってだった。遺影に現身の妻を感じるからである。

仏壇には父母の位牌もあるが、新仏の妻の位牌を真ん中に、その両脇に父母の位牌を立てている。
そして、妻の位牌の前に小さな妻の遺影を立ててあるのだ。

振りかえると、今朝位牌に向いてはなしかけたことに違和感を覚えることなく穏やかに話しかけていたように思う。
一周忌を終えて妻ヘの想いも穏やかになったということか。

妻想う時のあの愛おしさ、切なさが薄らいでいくのだろうか。

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スマホ族

2018年10月21日 | 徒然の記

俳句会に所属し、月一回の句会に参加している。一昨日の句会で次の句を投句した人がいた。

「秋空へ背中を向けてスマホ族」

若者達は誰も彼もがスマホを持っている。電車の中、広場のベンチなどあらゆる所で俯いて一心にスマホをいじっている。澄んだ秋の景色に目を向けることなくただ俯いてスマホをいじる集団はやはり普通ではない。
それを句にしたのが先の俳句である。彼らはゲームに夢中なのかと思ったが、むしろインターネットをしている人が多いようだ。

という私もスマホを離せない。
電話以外に手帳の代りとして重宝している。行事予定の確認と記入、天気予報の確認、銀行口座よりの送金、インターネットを使ってニュースを含めた必要な情報の取得、などなどスマホは本当に重宝している。

俳句を作るために常に外界に目を向けることは多いが、俯いてスマホを弄る老人と蔑まれているのかも知れない。

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金持ち?老人?の思い上がり

2018年10月18日 | 徒然の記

東京都港区青山はセレブの街なんだって。この街に行政が児童相談所を建設しようとしたら住民の何人かが反対運動を立ち上げた。
その理由が「青山の一等地になぜその施設が必要か」「その施設があると港区の価値が下がる」「この土地はDV被害などで保護を受けるひとが暮らすのには適さない」などなど独善的で思い上がった理由である。

一昨年、兵庫県芦屋市(セレブの街なんだって)でも保育所の建設計画に対して反対運動が起きた。理由は「子どもがうるさい」「地価が下がる」「送迎車が増えて危ない」など自分本位である。

この両街の反対者は保育所の空きを待つ母親を救うこと、健全な青少年を育成すること、など社会問題となっていることを考えていない。
このような心貧しい者が金満家とは腹立たしい。

反対運動の報道では老人が醜悪な姿をさらしているがこの街の若者たちはどう思っているのだろうか。

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亡き妻を思いだすきっかけ

2018年10月16日 | 徒然の記

阿蘇山の火口を覗きみることのできる「阿蘇山ロープウェー」が解体されるとの報道があった。
火山の噴火による運休から、熊本地震による駅舎の損壊など復旧の見込みがたたないことによるらしい。

阿蘇山といえば定年退職の翌年、妻の提案で九州旅行をしたことを思いだした。
飛行機で博多まで行き、そこからレンタカーで九州一周である。お互い初めての九州で楽しい5日間であった。
阿蘇山にも寄り、草千里、阿蘇中岳火口など楽しんだ。ただ「阿蘇山ロープウェー」には乗らなかった。

「阿蘇山ロープウェー」解体のニュースから阿蘇山での妻の様子が思い浮かんだ。
そして九州のいろいろの場所での妻が目に浮かぶ。
懐かしいが切ない。

最近、妻を思いだすことは少なくなったが、きっかけとなる出来事、場所、人などと向き合ったとき思いだされる。

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「質問多いね」 医者の一言

2018年10月14日 | 徒然の記

整形病院を変えて3ヶ月経過した。リハビリや自宅での散歩、ストレッチを積極的にしている。血流の検査と骨密度の検査が定期的にあるのはよい。
特段よくなっている実感はないのだが。

久しぶりに医師の診察を受けた。レントゲン写真を前に手術の箇所以外で脊柱管が狭くっているとこがあるなど症状についての説明があった。
その過程でいくつか質問することがあった。

「脊柱管の狭くなっている所は手術の必要はないか」「今後リハビリはどのように進められるのか」「腰痛と両脚の痺れは立ち仕事をしている時が酷いが対処法があるのか」
など、どんなことに気を付けるべきか知りたかった。

上のことについて答えてはくれたが、そのうちに一言「質問多いね」。

「質問多いですね」「1回の診察の質問は1回で」のような調子ではない。目を逸らしてぶっきら棒な一言であった。
その時の医師の心の内がわからない。
K診療所の診察室でのことである。

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豊洲市場オープン

2018年10月11日 | 徒然の記

今日11日、紆余曲折を乗り越え東京豊洲市場がオープンとなった。テレビ各局は賑やかに報道をしていた。

放送内容が豊洲市場の旅たちにたいして好意的なものと批判的なものと二種類あつたように思う。

一つは、冒頭に、今朝は新しい豊洲市場の魅力伝えてまいりますという言葉から始まる番組。
市場内のある店がお得意さんの店に品物を届けるのに「築地最終便です。明日より豊洲便となります」と笑顔で配達している光景、「築地ブランドは豊洲ブランドになります。気持ちは同じです」と話している人。
未来へ向かう人の笑顔や市場の活気を映像にしているテレビである。

二つは、市場内は垂直移動のためにターレの移動は大変で、一人の女性が怪我をして病院に搬送されたとか、豊洲市場までの道路が非常に混雑し大渋滞だったとか、映像とコメンテーターの解説など否定的に取り上げる番組である。

東京在住ではない自分としては他人事ではあるが、二様の放映姿勢があると感じた。
気持ちよく視聴できたのは前者である。

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天災と賠償責任

2018年10月09日 | 徒然の記

先日の台風で北海道の発電所が被災し電力供給の遮断で北海道全域が停電となった。いわゆるブラックアウトである。
2日間の停電で市民生活はもちろん各企業も大打撃であった。

今日のニュースで苫小牧のある企業が北海道電力に対し損害賠償の請求の是非について討議されたという。最終的にそれはないとその企業の表明があったが。
電力供給の遮断は天災によるものであっても損害賠償請求が検討されたということである。

天災は人知を超えたものと思っていたが、他者へ損害を与えた時は賠償請求がされる。
これからそれが普通になるのかも知れない。

そういえば、東日本大震災で被災した東京電力は、原発事故からくる放射能汚染で、今までに8兆円を超す賠償金を支払っているようだ。

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