千字のおもい


徒然のことを千字を超えずに載せていきます。

なぜか涙が 

2022年10月30日 | 徒然の記
10月25日の衆院本会議で安倍元首相に対する野田元首相の追悼演説があった。
全文をダウンロードし印刷して読み返した。野田元首相といえば安倍元首相とは政治思想を異にする政敵である。しかし、野田元首相は、真摯に政治を目指しながら政治から離れた時の安倍元首相の人柄を紹介しながら彼の死を悼んだ。
安倍元首相は偉大な政治家だつたのかも知れない。そして、それを認めていた野田元首相もまた偉大な人間だったのだろう。そういう人と人のぶつかり合う人間関係があったのかと羨ましくなる。
エピソードを交えての野田元首相の追悼演説。終盤には「勝ちつぱなしはないでしょう」といって死を悼む。安倍元首相夫人は聞きながら涙を流していたという。
安倍元首相の周囲の人の気持ちを推し量ると、私も涙を拭いながら読み進めていた。
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不便さに慣れよう 2 

2022年10月27日 | 徒然の記
前々回、車を手離す決心をしたことを書いた。読み返してみると、車の運転を止めることで少し気が高ぶり勇ましい書き方になつていたようだ。
そして、昨日、陸送車が愛車を運んで行った。
今回、車を手離す決断には、車にたよらずに済む生活様式がいくらかできていたこともある。たとえば、おかずのみだが夕食の宅配を利用している事、妻の生存の時利用した生活用品(食材、衣料品、その他雑品)の個人宅配を細々利用していた事が今回の決定の後押しをした。それに加えてアマゾンを利用すれば生活用品の調達は楽になりそうだという思いもある。
前回書いた不便さはこれら以外のものだが早くその不便さに慣れたい。
病気からくるのか起立性障害らしきものが自転車に乗るのを怖くしている。自転車に乗れたら嬉しいことこの上なしだが。
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子供の冒険心と事故 

2022年10月25日 | 徒然の記
いつものように公園の遊歩道を散歩している時、小さな子が子供用自転車で私を追い越して行った。10メートル程後ろを母親が急ぎ足で追いかけている。不意に子供は公園の道から車道へ抜ける道に方向を変えた。母親は慌てて、子供の名前を呼びながら走り出し車道の手前で子供を止めることができた。子供は突拍子もない行動をする時があるが冒険心なのだろうか。

自宅近くの公園に遊びに行くといつて出かけた女の子。5分後に追いかけた母親が見失しなったまま行方不明となった松戸市の事故。
2019年には、山梨県のキャンプ場で近くの沢で遊ぶ仲間の所に一人で出かけたまま行方不明となつた女の子。
どちらの女の子も死体で発見されたが痛ましい出来事である。予想もしない行動でつい子供を見失ってしまう母親を責めるのは酷である。でも、そのことを悔いながら暮らしていく母親を思うと可哀そうになる。
山梨県の母親の気持ちを思いながら作った句。
    
   遠雷や山消えの子の靴片方   千字

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不便さに慣れよう 

2022年10月23日 | 徒然の記
11月末に車の車検がある。今は運転しているがこれから2年間運転を続けられるだろうかと迷いがある。問題は下半身の痺れがどのように進行するかだ。それに加えて車検費用、任意保険、自動車税等々の経費を考えて車を手離すことも考えてみた。
そうなれば移動手段はバスだが不便な事もいっぱいあるだろうと迷う。買い物をしてもそれを持ち帰ることができない。用事を済ませた後公園に立ち寄って散歩することが出来ない。月一の理髪店が大変、切手購入など思いついた時に気軽に出かけることができない等々。
だが、いつかは車のない不便な生活がくる。そのリズムに慣れることは、年を経れは経るほど大変になろう。となれば今か?と思う。今なら、杖をつきながらもバスで移動ができる。
三日三晩考えた末、車を手離すことに決めた。そして昨日、中古車販売店と「車輛買取契約書」を取り交した。
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ピーラーで皮剥き 

2022年10月20日 | 徒然の記
夕食の味噌汁を作る時、大根、人参、じゃが芋などの皮はピーラーで剥いている。
かつて料理作りに凝った時があつた。本などに掲載のレシピ通り作るので食材、調味料などにお金がかかっていたが、妻は笑いながら私に任せていた。
調理には包丁を使うが、切り方も桂剥きとか、銀杏切り、胡瓜の蛇腹切り等々料理本で覚えては何となく得意な気分だった。もちろん皮を剥くのも包丁を使っていた。
ところが今はピーラーを使っている。楽に、そして薄く皮を剥けるのがいい。
野菜の皮剥きはほとんどピーラーだ。邪道という人がいるかも‥‥。
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世の変わり目と抵抗

2022年10月18日 | 徒然の記
明治の初め、日本初の鉄道が新橋駅(後の汐留駅)と横浜駅(後の桜木町駅)に開通した。この開通に向けて沿線の住民はこぞって反対したようだ。人力車、飛脚、馬車等が流通の中心でそれに関わる人が大勢だつたろうから反対するエネルギーは相当のものだったに違いない。でも、今は日本国中鉄道網がはり巡らされている時代となった。
次に防犯カメラだ。私が30歳代頃から街のあちこちに設置されるようになつた。その頃は監視カメラといってたが、世の大勢の人が監視された世界は嫌だと反対した。今は街のどこにでも防犯カメラがある。行く不明者の足取りを追ったり犯罪者を割り出したりするのに役立っている。独裁国家は、この防犯カメラを市民の監視に利用しているが自由主義国家は多くの規制を設けているので私はあまり心配していない。

そして、今、世の人々の関心事はマイナンバーカードであろうか。
私は取得しているが‥。
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ドライブスルー 

2022年10月16日 | 徒然の記
バイパス沿いにある珈琲カフエよりドライブスルーを利用した車が出てき。2,3台の車がその後ろに並んでいた。ドライブスルーは自動車に乗ったまま商品やサービスを受けられるものというが、自宅周辺でもハンバーガー等のファーストフード店、カフエなどいくつか見かける。
珈琲をドライブスルーで購入した場合、どのようにしてそれを飲むのだろうか。運転中?。私の車に同乗していた子供は「信号待ちの時飲めるよ」と言う。これは交通事故の要因の一つにならいなか。
私としては、ハンバーガーでも珈琲でも店のテーブルで飲み食いしたいので、未だドライブスルーを利用したことがない。
言葉をかえれば、いまいち現代社会に乗り切れていないということになる。
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めまいと「りりか」  

2022年10月13日 | 徒然の記
難病とは名前の示すように治癒を望めないのだろう。下半身に限っているが両足の四六時中の痺れは辛い。軽減をしたくて医師に「りりか」を処方してもらい服用することにした。2ヶ月前のことだ。
「りりか」は以前も腰痛の時整形外科医より処方されて服用したことがあつた。良く効く薬という人が多かったが私には実感するほどではなかった。
今回、医師は「りりか」の処方はしてくれたが、眩暈などの副作用が起きることもあるという。そして服用してしばらくすると眩暈、立ち眩みがおきるようになつた。持病の進行によつて起きるものと思っていたが、「りりか」の副作用についての医師の話を思いだし、「りりか」の服用を止めてみた。そして3週間ほど過ぎたが、最近立ち眩み眩暈が起きていないことに気付いた。
痺れと眩暈と「りりか」の副作用についてはっきりしたことは分からなが、「りりか」の服用は見合わせることにする。

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手摺をしっかりつかんで

2022年10月11日 | 徒然の記
持病、指定難病「慢性炎症性脱隋性‥‥」は、遅いながらも進行している。老人は進行が遅れてもいいと思うがそうではないようだ。脛、足の甲、足裏の痺れが、常に、そして強くなってきた。足裏に均一に力の入らないのが歩行を不自由にしている。バランスを崩し転倒しないためには、歩幅を小さく、ゆっくりゆつくり歩くことになる。このような歩き方をする高齢の人を街で見かけることがある。
だが、杖を使えばバランスが崩れる前に支えることができるので、痺れの苦痛を我慢すれば傍目には元気そうに移動できる。むしろ、杖を使わない家の中の移動がゆっくりゆつくり慎重になっている。

今日、風呂場や家の中の移動のために手摺を設置した。今回、要支援1が認定されたので安く設置ができた。これから家の中の移動は手摺を利用し爪先を上げるなどしっかりした歩き方を意識したい。

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夕食宅配 

2022年10月09日 | 徒然の記
妻が逝ってから食事の用意は私の仕事になつていた。朝食はパン、昼食は適当にしていたので食事の用意と言っても夕食だけである。土日祝日は子供がするのでweekdayの夕食作りだけであった。
子供の作る夕食は手の込んだもので色々の食材があるが、私のは間違いなく栄養取得には偏りがある。それを避けるためにweakdayの2人分の夕食は宅配(おかずのみ)を頼むことにした。私の仕事はご飯を炊き、簡単な1、2品を用意するだけである。
その夕食宅配を取り始めてちょうど1年が過ぎたが、男の作る食事と違って栄養面のバランスは取れているだろうし、食材や光熱費の無駄をなくしていると思っている。その他、夕方の時間に余裕ができた。
そんなことを考えながら、毎日食事作りをする主婦の仕事はきついだろうと想像できる。


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