現代児童文学

国内外の現代児童文学史や現代児童文学論についての考察や論文及び作品論や創作や参考文献を、できれば毎日記載します。

生きていくこと

2020-04-10 09:15:51 | 作品
 ある晩、ぼくは夜中にふと目を覚ました。
 ぼくが寝ているのは、二段ベッドの下の段だ。ぼくはそのまま寝つかれずに、ベッドの上の段の床を見ていた。上の段には、にいちゃんが寝ている。
 ぼくは、すぐ眠れるように、いつものように野球やサッカーのスーパースターになった時のことを想像しようとした。
 そうすると、未来への不安がなくなって、いつもならすぐに眠れるのだ。
と、そのときだ。
ふと、
(死んでしまったら、その後はどうなるのだろうか?)
と、考えてしまった。
 いろいろな疑問がむくむくと湧き起ってくる。
(お話にあるように、天国とか、地獄とかに行くのだろうか?)
(それとも、もう一度何かに生まれ変わるのだろうか?)
ぼくは、生まれる前のことを考えてみた。
何も思い出せない。灰色の無の世界が拡がっているだけだ。もしかすると、ぼくが死んだら、そんななんにもない世界に行ってしまうのかもしれない。
(ぼくが、この世からいなくなる)
そんな死後のことを、考えると恐ろしくてたまらなくなってきた。
(うわーっ、いやだ、いやだ)
ぼくは、ベッドからはねおきた。
いつの間にか、背中にはびっしょりと汗をかいていた。
それからは、眼がさえて眠れなくなってしまった。もし眠ったら、あの灰色の無の世界に引きずり込まれるような気もした。
 ぼくは、またベッドの上の段の床を見つめた。二段ベッドの上では、にいちゃんが軽い寝息をたてて眠っている。のんきに寝ているにいちゃんの寝息を聞いていると、その図太さがうらやましかった。
でも、にいちゃんを起こして助けてもらうわけにはいかなかった。

とうとうぼくは、ベッドから起き上がると、子ども部屋を抜け出して両親の寝室へ行った。
トントン。
寝室のドアを軽くノックをする。
「どうした?」
おとうさんの声がした。すぐに目を覚ましてくれたようだ。
おとうさんはすごく敏感で、どんな小さな物音でも目を覚ますんだそうだ。そんなところは、ぼくはおとうさんに似たのかもしれない。
ドアを開けると、おとうさんが布団から上半身を起こしていた。その横では、おかあさんが寝息をたてている。こちらは、おとうさんとは対照的に、一度眠ったらどんなことがおきても目を覚まさないんだそうだ。こちらの血は、間違いなくにいちゃんに受け継がれている。
「眠れないんだ」
ぼくがそういうと、
「じゃあ、おとうさんのところへおいで」
と、おとうさんがいってくれた。
ぼくは部屋に入ると、片手で開いてくれたおとうさんの布団の中にもぐりこんだ。
ぼくは、すぐにおとうさんのにおいにつつまれた。少し汗臭いけれど、なんだかホッとする。
「おとうさん、聞きたいことがあるんだけど」
「なんだい?」
「おとうさんは、死ぬのは怖くないの」
 ぼくは、小さな声でたずねた。
「怖いよ」
 おとうさんはすぐにそう答えたけれど、
「でも、子どものころよりは怖くなくなった」
と、付け加えた。
「なぜ?」
「たぶん、よっちゃんやにいちゃんが生まれたからだろうな」
 おとうさんはそういうと、こんな話をしてくれた。
「あるとき、死ぬことを夢に見て、ハッと目をさましたことがあったんだ。いつもなら、怖くて、怖くてたまらなくなるところだ。だけど、そのとき、かたわらに赤ちゃんのころのよっちゃんと、まだ幼稚園に行く前のにいちゃんが寝ていた。そのころは、まだ、二人が小さかったから、おかあさんと四人で同じ部屋に寝ていたんだ。そのとき、よっちゃんやにいちゃんの寝顔を見ていたら、なぜか気持ちがだんだん落ち着いてきた。それ以来、死ぬことが、前よりも少しだけ怖くなくなったかもしれない」
「へえ」
 ぼくは驚いておとうさんの顔を見た。
「おそらく、自分の血が、よっちゃんやにいちゃんに確かに引き継がれていると、思ったんだろうな。難しい言葉でいうと、DNAが伝えられるってことになるけれど」
「ふーん」
 よくわからなかったけれど、ぼくはうなずいた。
「きっと、よっちゃんにも自分の子どもができたら、同じようになるよ」
「そうかな?」
「だいじょうぶだよ。だから、もうおやすみ」
「はーい」
 なんだかよくわからなかったけれど、ぼくはそのまま少し安心して眠りについた。


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