ある晩、ぼくは夜中にふと目を覚ました。
ぼくが寝ているのは、二段ベッドの下の段だ。ぼくはそのまま寝つかれずに、ベッドの上の段の床を見ていた。上の段には、にいちゃんが寝ている。
ぼくは、すぐ眠れるように、いつものように野球やサッカーのスーパースターになった時のことを想像しようとした。
そうすると、未来への不安がなくなって、いつもならすぐに眠れるのだ。
と、そのときだ。
ふと、
(死んでしまったら、その後はどうなるのだろうか?)
と、考えてしまった。
いろいろな疑問がむくむくと湧き起ってくる。
(お話にあるように、天国とか、地獄とかに行くのだろうか?)
(それとも、もう一度何かに生まれ変わるのだろうか?)
ぼくは、生まれる前のことを考えてみた。
何も思い出せない。灰色の無の世界が拡がっているだけだ。もしかすると、ぼくが死んだら、そんななんにもない世界に行ってしまうのかもしれない。
(ぼくが、この世からいなくなる)
そんな死後のことを、考えると恐ろしくてたまらなくなってきた。
(うわーっ、いやだ、いやだ)
ぼくは、ベッドからはねおきた。
いつの間にか、背中にはびっしょりと汗をかいていた。
それからは、眼がさえて眠れなくなってしまった。もし眠ったら、あの灰色の無の世界に引きずり込まれるような気もした。
ぼくは、またベッドの上の段の床を見つめた。二段ベッドの上では、にいちゃんが軽い寝息をたてて眠っている。のんきに寝ているにいちゃんの寝息を聞いていると、その図太さがうらやましかった。
でも、にいちゃんを起こして助けてもらうわけにはいかなかった。
とうとうぼくは、ベッドから起き上がると、子ども部屋を抜け出して両親の寝室へ行った。
トントン。
寝室のドアを軽くノックをする。
「どうした?」
おとうさんの声がした。すぐに目を覚ましてくれたようだ。
おとうさんはすごく敏感で、どんな小さな物音でも目を覚ますんだそうだ。そんなところは、ぼくはおとうさんに似たのかもしれない。
ドアを開けると、おとうさんが布団から上半身を起こしていた。その横では、おかあさんが寝息をたてている。こちらは、おとうさんとは対照的に、一度眠ったらどんなことがおきても目を覚まさないんだそうだ。こちらの血は、間違いなくにいちゃんに受け継がれている。
「眠れないんだ」
ぼくがそういうと、
「じゃあ、おとうさんのところへおいで」
と、おとうさんがいってくれた。
ぼくは部屋に入ると、片手で開いてくれたおとうさんの布団の中にもぐりこんだ。
ぼくは、すぐにおとうさんのにおいにつつまれた。少し汗臭いけれど、なんだかホッとする。
「おとうさん、聞きたいことがあるんだけど」
「なんだい?」
「おとうさんは、死ぬのは怖くないの」
ぼくは、小さな声でたずねた。
「怖いよ」
おとうさんはすぐにそう答えたけれど、
「でも、子どものころよりは怖くなくなった」
と、付け加えた。
「なぜ?」
「たぶん、よっちゃんやにいちゃんが生まれたからだろうな」
おとうさんはそういうと、こんな話をしてくれた。
「あるとき、死ぬことを夢に見て、ハッと目をさましたことがあったんだ。いつもなら、怖くて、怖くてたまらなくなるところだ。だけど、そのとき、かたわらに赤ちゃんのころのよっちゃんと、まだ幼稚園に行く前のにいちゃんが寝ていた。そのころは、まだ、二人が小さかったから、おかあさんと四人で同じ部屋に寝ていたんだ。そのとき、よっちゃんやにいちゃんの寝顔を見ていたら、なぜか気持ちがだんだん落ち着いてきた。それ以来、死ぬことが、前よりも少しだけ怖くなくなったかもしれない」
「へえ」
ぼくは驚いておとうさんの顔を見た。
「おそらく、自分の血が、よっちゃんやにいちゃんに確かに引き継がれていると、思ったんだろうな。難しい言葉でいうと、DNAが伝えられるってことになるけれど」
「ふーん」
よくわからなかったけれど、ぼくはうなずいた。
「きっと、よっちゃんにも自分の子どもができたら、同じようになるよ」
「そうかな?」
「だいじょうぶだよ。だから、もうおやすみ」
「はーい」
なんだかよくわからなかったけれど、ぼくはそのまま少し安心して眠りについた。
ぼくが寝ているのは、二段ベッドの下の段だ。ぼくはそのまま寝つかれずに、ベッドの上の段の床を見ていた。上の段には、にいちゃんが寝ている。
ぼくは、すぐ眠れるように、いつものように野球やサッカーのスーパースターになった時のことを想像しようとした。
そうすると、未来への不安がなくなって、いつもならすぐに眠れるのだ。
と、そのときだ。
ふと、
(死んでしまったら、その後はどうなるのだろうか?)
と、考えてしまった。
いろいろな疑問がむくむくと湧き起ってくる。
(お話にあるように、天国とか、地獄とかに行くのだろうか?)
(それとも、もう一度何かに生まれ変わるのだろうか?)
ぼくは、生まれる前のことを考えてみた。
何も思い出せない。灰色の無の世界が拡がっているだけだ。もしかすると、ぼくが死んだら、そんななんにもない世界に行ってしまうのかもしれない。
(ぼくが、この世からいなくなる)
そんな死後のことを、考えると恐ろしくてたまらなくなってきた。
(うわーっ、いやだ、いやだ)
ぼくは、ベッドからはねおきた。
いつの間にか、背中にはびっしょりと汗をかいていた。
それからは、眼がさえて眠れなくなってしまった。もし眠ったら、あの灰色の無の世界に引きずり込まれるような気もした。
ぼくは、またベッドの上の段の床を見つめた。二段ベッドの上では、にいちゃんが軽い寝息をたてて眠っている。のんきに寝ているにいちゃんの寝息を聞いていると、その図太さがうらやましかった。
でも、にいちゃんを起こして助けてもらうわけにはいかなかった。
とうとうぼくは、ベッドから起き上がると、子ども部屋を抜け出して両親の寝室へ行った。
トントン。
寝室のドアを軽くノックをする。
「どうした?」
おとうさんの声がした。すぐに目を覚ましてくれたようだ。
おとうさんはすごく敏感で、どんな小さな物音でも目を覚ますんだそうだ。そんなところは、ぼくはおとうさんに似たのかもしれない。
ドアを開けると、おとうさんが布団から上半身を起こしていた。その横では、おかあさんが寝息をたてている。こちらは、おとうさんとは対照的に、一度眠ったらどんなことがおきても目を覚まさないんだそうだ。こちらの血は、間違いなくにいちゃんに受け継がれている。
「眠れないんだ」
ぼくがそういうと、
「じゃあ、おとうさんのところへおいで」
と、おとうさんがいってくれた。
ぼくは部屋に入ると、片手で開いてくれたおとうさんの布団の中にもぐりこんだ。
ぼくは、すぐにおとうさんのにおいにつつまれた。少し汗臭いけれど、なんだかホッとする。
「おとうさん、聞きたいことがあるんだけど」
「なんだい?」
「おとうさんは、死ぬのは怖くないの」
ぼくは、小さな声でたずねた。
「怖いよ」
おとうさんはすぐにそう答えたけれど、
「でも、子どものころよりは怖くなくなった」
と、付け加えた。
「なぜ?」
「たぶん、よっちゃんやにいちゃんが生まれたからだろうな」
おとうさんはそういうと、こんな話をしてくれた。
「あるとき、死ぬことを夢に見て、ハッと目をさましたことがあったんだ。いつもなら、怖くて、怖くてたまらなくなるところだ。だけど、そのとき、かたわらに赤ちゃんのころのよっちゃんと、まだ幼稚園に行く前のにいちゃんが寝ていた。そのころは、まだ、二人が小さかったから、おかあさんと四人で同じ部屋に寝ていたんだ。そのとき、よっちゃんやにいちゃんの寝顔を見ていたら、なぜか気持ちがだんだん落ち着いてきた。それ以来、死ぬことが、前よりも少しだけ怖くなくなったかもしれない」
「へえ」
ぼくは驚いておとうさんの顔を見た。
「おそらく、自分の血が、よっちゃんやにいちゃんに確かに引き継がれていると、思ったんだろうな。難しい言葉でいうと、DNAが伝えられるってことになるけれど」
「ふーん」
よくわからなかったけれど、ぼくはうなずいた。
「きっと、よっちゃんにも自分の子どもができたら、同じようになるよ」
「そうかな?」
「だいじょうぶだよ。だから、もうおやすみ」
「はーい」
なんだかよくわからなかったけれど、ぼくはそのまま少し安心して眠りについた。