現代児童文学

国内外の現代児童文学史や現代児童文学論についての考察や論文及び作品論や創作や参考文献を、できれば毎日記載します。

小川洋子「肉詰めピーマンとマットレス」不時着する流星たち所収

2017-05-04 17:40:48 | 参考文献
 1992年のオリンピック開催時に、バルセロナに留学している息子(交通事故のため片耳が不自由)を訪ねて行った母親(息子が小さい時に離婚しているので母一人子一人)の話です。
 息子が借りている部屋の大家さんに借りたマットレスや、作りすぎたので大家さんにもあげた肉詰めピーマンのエピソードも出てきますが、基本的には母子のウェットな親子関係(母親は障害にも負けずに息子が一人で留学するようになったことを、すごく誇りに思っています)が中心で、作者にしては珍しく感傷的な文章で描かれています。
 なお、「日本戦での審判の不手際に抗議して全員がスキンヘッドになった」バルセロナオリンピック男子バレーボールチームアメリカ代表に触発されて書かれた作品のようなのですが、こうしたトラブルは人間である審判がジャッジするスポーツの世界ではよくあることなので、何が作者の琴線に触れたかについてはコメントできません。

不時着する流星たち
クリエーター情報なし
KADOKAWA
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小川洋子「貴婦人Aの蘇生」

2017-05-04 14:07:35 | 参考文献
 ここでは、小説を書く上での事実(調べたこと)と虚構(創作したこと)のバランスについて考えてみたいと思います。
 この作品では、「ロシア最後のロマノフ王朝のアナスタシア皇女」、「強迫神経症」、「動物の剥製」といった事柄について、作者は詳しく調べています(前二つに関しては、巻末に参考資料もあげられています)。
 しかし、資料として用いたのは、おそらく本などによる公開されているものだけでしょう。
 特に新事実もありませんし、作者が独自に調査したということもないようです。
 誰にでも入手可能な情報をもとに、毛皮にイニシャルのAを刺繍するのが趣味で手品が得意な、アナスタシア皇女だと思われるロシア人の老女(主人公の義理の伯母さん)、強迫神経症でいろいろ奇妙な動作をしなければならない主人公のボーイフレンド、著名な剥製収集家だったすでに亡くなっている主人公の伯父さん、「剥製マニア」という怪しげな雑誌に記事を書いているフリーライターのオハラなどの魅力的な登場人物を、作者は創造しています。
 読者は、至極まっとうな主人公(家庭の事情で年老いた伯母さんと同居して面倒を見ています)とともに、この摩訶不思議で魅力的な小説世界を味わうことができます。
 小説(児童文学でも同様ですが)を書くのに、突拍子もない体験は必要ありません。
 テーマやモチーフが決まったら、効率の良い下調べ(これを怠っている児童文学作家のなんと多いことか)と豊かな創造力(これは自分で磨いていくしかありません)さえあれば、読み応えのある小説(児童文学も)を生みだせることを、この作品で作者は証明して見せています。
 また、逆に調査にばかり手間暇かけて、肝心の作品の出来がさっぱりという例も、自分自身も含めていやっというほど見聞きしています。
 要は、調べた事柄を作者が十分に消化して、作品世界に昇華させることが必要なのだと思います。

貴婦人Aの蘇生 (朝日文庫)
クリエーター情報なし
朝日新聞社
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