お盆である。お盆と言えば盆踊り。盆踊りとは、年に一度この世に帰ってきた祖霊との交歓の場である。高い櫓の上で太鼓を叩いてその拠り所を高らかに示すことからも、それの目的は明らかである。そして、その前に打ち上げられる種々の花火は、祖先にたいしての迎火である。さあ、今夜はみんなで花火をやって、ご先祖様をお迎えしようではないか!
さて、今日はお盆らしい企画、死霊結婚についてである。これはあるいは冥界結婚・冥婚などとも呼ばれるものであるが、元々日本語にはない言葉で、ゴースト・マリッジの訳である。
「しずかさや・・・」で有名な山寺の、そのさらに北側に若松寺がある。山形市の北隣にある天童市に所在するその寺はそれほど大きな寺ではなく、どちらかと言えば人家の途切れるあたりの山間にひっそりとたっている。ひっそりと、というのは正しくないかもしれない。時に観光バスが訪れるからである。
東北に住むものなら、一度は聞いたことのある民謡、目出たァ目出たァーのぉ、若松様ぁよぉ~で有名な若松様、若松観音がまつられている。この若松様、縁結びの仏様である。はい、おわかりでしょう。この若松様ではなくなった方達の結婚も執り行われるのである。
もともと死霊結婚については、青森(恐山!)、山形、沖縄のほか、台湾から朝鮮半島、中国大陸の一部までそれに類する儀式・信仰が根付いている。しかし、それぞれの基層文化によって、それぞれの現象と目的は多様なかたちをとる。その中で、青森・山形ではほぼ同じ形態をとっている。最大の特徴は、男性が死者/女性はイメージ(あるいはその逆もあるのかもしれない)という組み合わせ。韓国で行われている死者同士の結婚式とは対照的である。
若松寺の場合は、亡くなった子供が結婚適齢期になったときに死霊結婚が行われる。なかには幼くして亡くなった子供に対して行われる場合もある。死霊結婚には、当然何らかの儀式がともなうのであろうが、私はそれを具体的に知らないし、知る術も無い。ただ、その結果として奉納されたおびただしい数の絵馬を見ただけである。
この絵馬をむかさり絵馬という。山形の方言で祝言を意味するむかさりとは、「迎え去る」と言う意味で、その名の通り絵馬には祝言の風景が描かれている。
http://www.geocities.jp/murayamaminzoku/katudou/kensyuu/kensyuukai.html
生きていれば、おそらくこのくらいの年格好だろうと言う新郎の隣には、花嫁が描かれている。古くは、親戚が描いたと言うその絵馬は、次第に専門の画家が描くようになったと言う。その画家もたった一人になり、高齢であるためほとんど絵筆をとることはないらしい。
この婚礼は、ひたすらに子をおもう親のせめてもの供養である。せめてあの世で花嫁を迎え、夫婦となって欲しいという思いが、亡き子供の結婚式を行うただ一つの理由である。恐山でも同様のことが行われているが、こちらは夫婦の人形が奉納されているのである。
山形においでの際は、是非訪れてみることをお勧めします。次回(ではないかも)は韓国の死霊結婚の話をしましょう。
さて、今日はお盆らしい企画、死霊結婚についてである。これはあるいは冥界結婚・冥婚などとも呼ばれるものであるが、元々日本語にはない言葉で、ゴースト・マリッジの訳である。
「しずかさや・・・」で有名な山寺の、そのさらに北側に若松寺がある。山形市の北隣にある天童市に所在するその寺はそれほど大きな寺ではなく、どちらかと言えば人家の途切れるあたりの山間にひっそりとたっている。ひっそりと、というのは正しくないかもしれない。時に観光バスが訪れるからである。
東北に住むものなら、一度は聞いたことのある民謡、目出たァ目出たァーのぉ、若松様ぁよぉ~で有名な若松様、若松観音がまつられている。この若松様、縁結びの仏様である。はい、おわかりでしょう。この若松様ではなくなった方達の結婚も執り行われるのである。
もともと死霊結婚については、青森(恐山!)、山形、沖縄のほか、台湾から朝鮮半島、中国大陸の一部までそれに類する儀式・信仰が根付いている。しかし、それぞれの基層文化によって、それぞれの現象と目的は多様なかたちをとる。その中で、青森・山形ではほぼ同じ形態をとっている。最大の特徴は、男性が死者/女性はイメージ(あるいはその逆もあるのかもしれない)という組み合わせ。韓国で行われている死者同士の結婚式とは対照的である。
若松寺の場合は、亡くなった子供が結婚適齢期になったときに死霊結婚が行われる。なかには幼くして亡くなった子供に対して行われる場合もある。死霊結婚には、当然何らかの儀式がともなうのであろうが、私はそれを具体的に知らないし、知る術も無い。ただ、その結果として奉納されたおびただしい数の絵馬を見ただけである。
この絵馬をむかさり絵馬という。山形の方言で祝言を意味するむかさりとは、「迎え去る」と言う意味で、その名の通り絵馬には祝言の風景が描かれている。
http://www.geocities.jp/murayamaminzoku/katudou/kensyuu/kensyuukai.html
生きていれば、おそらくこのくらいの年格好だろうと言う新郎の隣には、花嫁が描かれている。古くは、親戚が描いたと言うその絵馬は、次第に専門の画家が描くようになったと言う。その画家もたった一人になり、高齢であるためほとんど絵筆をとることはないらしい。
この婚礼は、ひたすらに子をおもう親のせめてもの供養である。せめてあの世で花嫁を迎え、夫婦となって欲しいという思いが、亡き子供の結婚式を行うただ一つの理由である。恐山でも同様のことが行われているが、こちらは夫婦の人形が奉納されているのである。
山形においでの際は、是非訪れてみることをお勧めします。次回(ではないかも)は韓国の死霊結婚の話をしましょう。